第17話 どこかで見たイヤーカフ
「……ちょっと、マジで意味わかんないんだけど……」
夜が明けた。窓を開けると、朝の光が部屋の中いっぱいに差し込んでくる。
ミーシャは、掌に収められていた、紅玉がついたイヤーカフを朝日に向ける。紅玉が、赤くキラキラと瞬いた。
「もう一回整理しよう。アタシは夢を見た。夢の中で、これを渡された。で、なぜか現実でもこれを持っている……」
夢にしては、相当リアルな夢だった。今でも鮮明に、記憶の中に残っている。
窓を開けてもまだぐうぐう寝ているエリサをしり目に、ミーシャは指でつまんだイヤーカフをまじまじと眺めている。
「あれ、これ、何か入ってる」
陽光に照らすと、紅玉の底に、何か糸のようなものが見えた。ただ、糸にしては細い。
「髪の毛……? いや、でも紅玉と土台の間に挟まっているんじゃなくて、紅玉の中に閉じ込められてる……?」
ミーシャはイヤーカフを表から裏から観察する。
おそらく土台は金だろう。くすんで鈍い光を放っているが、簡素な彫りのわりに、全体はおそろしく滑らかな加工が施されている。
裏には、きわめて細い線で、まるで網の目のような文様が描かれていた。昔、古代遺跡でこんな感じのものを見たことがあった。
「呪われている……感じはしないんだよなあ」
これ、もしかしたら遺物かもしれない。売ったとしたら、いくらの値が付くだろうか。
あーでも、出所が説明できない。どこの遺跡、どこの地域から出たものか説明できなきゃ、偽物だと判別されてしまう。
「……って、これ、売っちゃまずい奴だよなぁ。それこそそんなことしたら、呪われそうだ」
ミーシャは頭を振って、妙な考えを追い出した。
「しっかし、汗だくだー。行水してこよ」
正体不明のイヤーカフ、自分一人で悩んでいても仕方ないと判断したミーシャは、自分がひどい寝汗をかいていることを思い出した。
タオルと替えの服を持ち、部屋のカギをもって支度をする。
イヤーカフはどうしようかと悩んだが、とりあえず右の耳にかけておくことにした。
イヤーカフは、少しも引っかかることなく、ぴた、と吸い付くようにミーシャの耳に収まる。
「それじゃエリサ、行ってきまーす」
ミーシャは、枕を抱きしめてすぴすぴ言っているエリサに声をかけ、浴場へ行った。
◇
「おかしい。外れない!」
行水に行った帰り。ミーシャは、右耳をぐいぐいしながら部屋に戻ってきた。イヤーカフが、外れなくなったのだ。
浴場から帰る道々、皆が不思議そうな顔をしてミーシャを見ていた。
「あいつ、昨日ベルンハルトとやり合ったとき、頭ぶつけてどうかしたのかも」という声もちらっと聞こえてきた。あいつ、顔は覚えたぞ。
部屋に戻ると、すっかり身支度を終えたエリサが、掛け布団をたたんで、大人しく座っていた。
「あ、ミーシャさん。おはようございます」
「あ、おはよう、エリサ……」
「どうしたんですか。耳なんか引っ張って。昨日、あの男との人と戦ったときに、どこかぶつけちゃったんですか?」
エリサが心配そうに声をかけてくる。
エリサは、本気で心配してくれている。だから許す。
「いや、ちょっとね……」
エリサはまじまじとミーシャの右耳を見つめた。
ミーシャは思わず、イヤーカフを手で覆って隠す。
「ちょっと! なに隠してるんですか? 傷でもあるんですか?」
エリサはぴょこんとベッドから飛び降りると、ミーシャの周りをウロチョロしはじめた。
「な、なにもないって!」
「あやしい」
「あやしくないって!」
ミーシャは耳を押さえながら、エリサの追及を難なくかわす。
「傷とかあったら、嫌なんですよ!」
エリサも負けてはいない。ミーシャからすれば亀のようにとろいが、あきらめずに右耳を見ようとする。
「傷とかないから、大丈夫だって」
別に見せてもいいのだろうけど、何かおかしいことになったら困るよな、と思いつつ、ミーシャは逃げ回る。
エリサはじいっとジト目でミーシャを見たかと思うと、不意にミーシャの胸をわしづかみにした。
「きゃっ!」
ミーシャは可愛らしい声を上げると、思わず両手で胸を抱え込む。
「な、何すんだよ」
顔を赤らめて抗議するミーシャの顔を、エリサが見つめる。
「あっ!」
ミーシャが叫ぶと、右耳を再び隠そうとして、観念してやめた。
「ミーシャさん、それ、かわいいじゃないですか! よくお似合いです!」
「へっ?」
「いいなー。なんか大人っぽい感じもして。ステキですねー」
エリサはイヤーカフを見つめながら、そういった。
「え、あ、ありがと」
ミーシャはちょっと拍子抜けというか、予想が外れた展開に、ちょっと戸惑った。
エリサにとっては、大事な師匠、いや、それ以上の存在かもしれない人が身につけていた装身具だ。もし追及されたらどう答えればいいのか。でもそれを、まさか夢の中でもらいました、なんていえないし、説明がつかない。
(それに、夢の中の話を、まだエリサにしちゃいけない気がする――)
「あれ……? でも、わたし、そのイヤーカフ、どこかで見たことある気が……」
ややあって、エリサがどきりとさせるようなことを言った。だがすぐに、
「でも、気のせいだと思います。あはは、どうしてだろう、へんだなぁ……」
と自分の発言を取り消した。
その様子を見て、ミーシャはなぜか胸がちくりとした。
「ま、それはともかく。さぁ、ミーシャさん。朝ごはんをたくさん食べて、ゴブリンの巣、探しに行きましょう!」
そんなミーシャの気持ちを知ってか知らずか、エリサは元気よく腕を上げて、そういった。無邪気に笑うエリサを見てミーシャは、
(……やっぱり、エリサはアタシが守ってあげないと!)
そう、強く思うのだった。
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