第16話 夢の中にて(下)
(――なんだあれ?! 船?! 竜か?!)
満月を背にして、それがあらわれた。
巨大な鳥のような、船のような何か。ゴゴゴゴ……という轟音があたりに響き、風が巻き起こる。
「来たわね! 《天使》ども!」
黒髪の女性の声が、はっきりと聞こえた。
女性は杖を手に家のドアを開け、キッと空をにらむ。
「ここで終わりよ……なにもかも、全部終わりにしてやる!」
ミーシャがいることには気づかないのか、女性は杖を空に向けると、
「【障壁】!」
一声叫ぶ。空間がぶるりと震える。
「……歴史を改ざんし、玲央の存在を消し、そしてアタシのことも消そうとしてる……でも、エリサだけは、消させない!」
空に浮かんだそれから、何か無数のきらめくものが飛び出した。
ミーシャがなんとかそれを視界にとらえようとする。
(人だ! 人が、空を飛んでる!)
ミーシャが驚いたその刹那、無数のきらめくものから、幾筋もの光線が放たれる。
それは放物線を描きながら、一軒家に向かって高速で飛来する。
ド、ドドド、ドドッ!と、光線は【障壁】にぶつかるたびに激しく爆散し、飛び散った光の破片が周囲の木々をなぎ倒す。
「【光網】!」
女性が杖の先から、光の玉を射出する。
それは《天使》と呼ばれた人間たちの近くまで飛び、わずかな間の後、巨大な光の網に変わる。
網は大きく広がったかと思うと、カッ!と強く光り、網にとらえられたすべてのものを蒸発させた。
だが、《天使》の攻撃は終わらない。なおも光線がいくつも浴びせられる。
そのたび、【障壁】が揺れ、周囲に火の手が上がり、動物や鳥たちが逃げ惑う音がする。
「白魔女アルボフレディスを、舐めんじゃねえぞ!」
彼女――アルボフレディスは、再び【光網】を飛ばす。そのたび、いくつものきらめきが空に浮かぶ。
だが、《天使》たちの数は数百はいるだろうか。
やがて地表に降下した部隊が、森の奥から姿を現す。
(あれ……教会の壁画で見たことがある!)
ミーシャは、幼いころに教会で見た『天使』の姿を思い出した。
鎧を着て、背中に羽が生えている。手には剣を持ち、神の威光を知らしめる男性の戦士。
空と地面からの絶え間ない攻撃が続き、やがて、【障壁】がガラガラと音を立てて崩れた。
「神に逆らう大罪人、魔女アルボフレディス――大人しく死を受け入れよ!」
空中からの攻撃が一度止まったかと思うと、降下部隊のリーダーらしき男が大声を上げた。
「あなた聖騎士ミゲルね? ずいぶんと偉くなったものだわ。世界をアタシたちに救わせておいて、大罪人とはよく言ったものよ!」
アルボフレディスは負けじと叫ぶ。
「玲央も、アタシも、用済みってわけね! そうやって、あんたらはこれからも、のうのうと生きていくワケ?!」
「……あなたが、神の禁忌にさえ触れなければ、こんなことにはならなったはずです」
「フフフ、何よ! その禁忌とやらを、あのイカれたクソジジイたちは欲しているんでしょう!」
「……なんと畏れ多い! 枢機卿会議への侮辱は、神の威光を否定することと同じですぞ!」
「あら……ほんとはアンタもおかしいって思ってるんでしょう? アタシはただ、イカれたクソジジイ、としか言ってないわよ?」
アルボフレディスは、にやり、と笑ったような気がした。
そう、まだミーシャにはその顔は見えておらず、雰囲気だけしかうかがえないのだ。
「くっ……世迷いごとで我らを愚弄するか……全員、攻撃準備!」
「死なばもろともよ……アンタたちも、あの飛行艇も、何もかもっ」
アルボフレディスが杖を掲げる。
「termonuklea!!」
これまでの光線よりも細く、長く、オレンジ色の光が、高速で飛空艇と呼ばれた空飛ぶ船に向かって飛ぶ。
「ああっ!」
地上に降下した《天使》たちが、一斉に空を見上げた。直後、まるで太陽が落ちてきたかのような巨大な爆発が、音もなく巻き起こる。
「教会が持つ最後の飛空艇も、これで灰になったわ。アンタたち《天使》も、これで翼を失ったってわけ! さあ、次は命をもらうわよ!」
やがてぱらぱらと、炭化した残骸があたりに降り始める。
「…………radioaktiva poluado」
ぼそり、とアルボフレディスは呟いた。とたんに、周囲に猛烈な冷気が生じる。
すると、空から降り注ぎ続ける、炭化した残骸が、青白く光り始めた。
「な、なにを……あなたは……?!」
ミゲルと呼ばれた男は、狼狽しながらアルボフレディスに問う。
すると、彼の周りにいる《天使》たちが無言でその場に崩れ落ちる。まるで操り人形の糸が切れたかのように、不自然な方向に体を捻じ曲げながら。
全員こと切れているようで、鎧の隙間からはだらだらと血が漏れ出していた。
「く、くそっ! 魔女め!」
ミゲルは手にした武器をアルボフレディスに向け、めったやたらに光線を撃ち放った。
しかし、アルボフレディスは【障壁】を張っているのか、光線は当たらない。
「ミゲル。アンタはしばらく生かしてあげる。そして、《天使》軍の壊滅とアタシの死を、あのクソジジイたちに伝えなさい!」
そして、アルボフレディスは不意にミーシャの方を向く。
彼女は、自分の右耳につけていた、小さな紅玉があしらわれたイヤーカフを外すと、ミーシャに向かって放り投げた。
ミーシャは慌ててそれを受け取る。それをみた彼女が、ミーシャにだけ聞こえる声で言う。
「…………あの子を……エリサを……お願いします」
ミーシャははっとした。一瞬だけ、アルボフレディスの顔が見えた。涙を流しながら、ほほえんでいた。
あの、とミーシャが声をかけようとした直後。
「……Fermu ĝin!」アルボフレディスが叫ぶ。
これまで以上にない猛烈な光と爆音が、ミーシャの視力と聴覚を奪った。
◇
「――っ!」
ミーシャは、がば、と跳ね起きた。
あたりを見回すと、ギルドの自室。カンテラのぼんやりとした光と、窓の隙間から差し込むかすかな朝の光。
まるで水をかぶったかのように、ぐっしょりと汗に濡れた自分の体。
「……むにゃむにゃ、もうおなかいっぱいですー」
隣でのんきに寝言を言っているエリサの姿。
遠くで鶏の鳴く声。
そして、掌の中の、イヤーカフ。
平日月・水・金の朝7時過ぎ更新です!
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