第15話 夢の中にて(上)
ミーシャたちはそれから、たっぷりとお湯をぜいたくに使い、のぼせそうになるぐらい長風呂を楽しんだ。そして、寝落ちしてしまいそうになるぐらい前室での休憩を楽しんだ(なんと入浴後には、はちみつ入りの冷えたミルクまで出てきた!)2人は、すっかり全身がほぐれた状態で部屋に戻ってきた。すでに下着を長袖にしたような、寝間着に着替えている。
「はぁーっ。いいお湯でした。お風呂っていいですねえ」
「本当。最高の贅沢だわ。値は張るけど、それ以上に満足した」
1つのベッドへ並んで座り、2人は入浴の余韻を楽しんでいた。
ミーシャは、他の冒険者と雑魚寝をするのを嫌い、鍵のかかる個室をギルドで借りている。
ベッドが1つ、小さなテーブルとイスが1セット、壁掛けハンガーと、なんでもしまえる鍵付きクローゼットが1つだけの小さな部屋だ。
明かりは窓とカンテラだけなので、部屋の中はとても薄暗い。隣に座っているエリサの顔ですら、判別が難しいほどだ。
これで1日につき銀貨8枚。雑魚寝の場合は銀貨1枚なので、かなり負担は大きいが、これで十分なセキュリティが確保できる。
「明日はまた、ゴブリンの巣探しに出かけるよ。期限まであと3日しかないから」
「わかりました。じゃあ、早く寝ちゃいましょうね」
「うん、おやすみ。エリサ」
「おやすみなさい」
そういうと、エリサは先にベッドにもぐりこんだ。
(だれかに「おやすみ」なんて言ったの、いつぶりかな……)
ミーシャはそう思いながら、自分もエリサとは背中合わせにベッドにもぐりこむのだった。
◇
目覚めると、ミーシャは暗い森の中にいた。
(これは……夢だよな)
あたりをきょろきょろと見回し、そう思う。
ここがどこの森なのかは見当がつかない。
ただ、自分にとっては庭と同じである、ラブレーの森とは全然違うことはわかる。
「……お、歩ける。ちょっと動いてみるか」
ミーシャは、体が動くことに気づくと、森の中を歩き始める。
暗い森と言ったが、歩くのには困らない。青白く発光するヒカリゴケやゲッコウタケが無数に生えていて、それに空を見上げると満月だ。暗闇に目が慣れると、木々の枝ぶり、岩陰の様子などがよく分かる。
「……なんだってこんなところに……?」
夜の森など、よほどのことが無ければ分け入ることは無い。夢が何かしらの意図を持って、ミーシャをこの森に招いたのだ。夢には、そういう役割がある。この時代、人々はそうごく自然に考えていた。
「あ、向こうに灯りだ」
やがて、ミーシャは遠くに、人工的な光を見つける。
そこに向かって走って行くと、1軒の家が見えた。
森の中に似つかわしくない、かわいらしい家。
灯りはそこから漏れている。
ミーシャが近づくと、人の声が聞こえる。
「エ……たら……磨く…………?」
「…………!」
「それ……」
声は女と子どものものだ。
ミーシャは(夢だから別に大丈夫だろうけど)と思いつつも、一軒家に向かって慎重に近づく。
茂みの中から様子を伺い、背の低い雑草が生えた庭を忍び足で歩く。ウッドデッキがあり、そこの窓が開いている。
灯りは、どうやらここから漏れていたらしい。
ミーシャは、息を殺してウッドデッキに上がり、窓の隙間から中の様子をうかがう。
(親子、かな……?にしては、なんだか様子が変だな)
家の中には、黒髪の女性と、その女性の物陰に隠れて、よく見えないが5,6歳ぐらいの子どもの姿が見えた。
室内には、所せましと棚が並び、本や紙束、ガラス瓶などが無数に置かれている。
天井についたガラスの球体から、暖色の光が輝いていて、ろうそくとは思えないほど室内は明るい。
「……たよ。えらい?」
とてとてと部屋の中を走り回る子どもの姿を見て、ミーシャは息をのんだ。
(エリサだ――!)
腰まで届くローズピンクの髪がさらさらとした、かわいらしい女の子。
亜麻の生成りのワンピースだけを着て、黒髪の女性のまわりを走り回っている。
「……もう……とダメよ」
黒髪の女性は、子どものエリサを優ししくたしなめたかと思ったら、
「わるい…………食べち……ぞ!」
両手をクマのようにして、エリサを追いかけ始める。
エリサはキャアキャアと騒ぎながら、部屋の中を走り回る。
黒髪の女性はそれを捕まえようとして、ゆっくり追い回す。
(顔が、見えないな……)
おそらく黒髪の女性は、エリサの言う『師匠』なのだろうか。
そう思ったミーシャは、何とかして女性の顔を見ようとするが、どうしてもぼやけて見えない。
やがて、エリサは女性に捕まえられると、そのまま持ち上げられた。
女性はエリサのことをぎゅっと抱きしめる。エリサはそんな女性の胸元に顔を預け、甘えるように鼻を鳴らした。
「さぁ……寝…………おや…………リサ」
女性はそういって、エリサの頬にキスをする。エリサはうれしくなったのか、女性に頬ずりをした。
そしてエリサは女性に抱きかかえられたまま、部屋の奥にあるドアの向こうに消える。
(これは、エリサの、夢?)
ドアの向こうに2人が消えたのを見て、ミーシャはほっと息をついた。
こうした隠密は斥候の得意とするところだが、まさか夢の中でこんなことをするとは思ってもみなかった。
(戻ってきた)
やがて、ドアが開き、黒髪の女性が一人で出てくる。
彼女は、少しうつむきながらドアに手を当てて、大きくため息をついた。
それからのろのろと歩き、テーブルの上のグラスに赤葡萄酒のようなものを注ぐと、一気に飲み干す。
そしてまた、大きくため息をつく。
だが、自分の両手で顔をパンッ!とはたいて気合をいれると、壁に掛けてあった白い儀礼服に身を通した。
(あの服、エリサが着ているのに似てるな……杖も)
ミーシャは、目を凝らして様子をうかがう。しかし、どうしても女性の顔は見えない。
女性は杖を手にして、再びドアの前に行く。杖を両手で捧げ持ち、軽くうつむく。
「……………………】!」
すると、ドアに複雑な幾何学模様が浮かび上がった。
幾何学模様は虹色に鈍く光り輝き、そのままドアに貼り付く。
女性は一度だけドアを手でなぞり、頭をドアにくっつけると、少しだけ肩を震わせる。
(――――っ?!)
そのときである。ミーシャは、ぶわ、と総毛だつような気配を感じた。どこだろうか、この家からではない。外だ。
森の中ではない。空だ。ミーシャが空を見上げる。
森の木々の隙間から、それが見えた。
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