第10話 すごくうれしくない逆ハーレム
一方そのころ。
エリサは、オオカミやヤマイヌたちに囲まれ、絶体絶命のピンチを迎えていた。
ミーシャが定宿にしている部屋に行き、荷物を片付けたまではよかった。
それから「食堂で待っているように」と言われていたので、ちょっと身ぎれいにしてから、おとなしく食堂で待っていただけなのだが。
「キミ、カワイイねえ。冒険者なの?うちのパーティに来ない?」
「ねえねえ、おじさんが冒険者としての基礎をね、手取り足取り教えてあげようか」
「きっ……キミも魔法使いなの? ボ、ボキも同じ魔法使いなんだ。これって運命カモ?」
有象無象の冒険者の男たちに、エリサは取り囲まれていたのだ。
(ミーシャさん、早く来て下さいーっ)
エリサは、食堂の中央にある丸テーブルに座り、生まれたばかりの子羊のように震えていた。
テーブルの上には、注文したわけでもないのに、種々の料理が所狭しと並んでいる。香草と果物のサラダ、山鳥のロースト、川ガニのフライ、カワカマスのムニエル、アナウサギとキノコの油煮、チーズと半熟の目玉焼きが乗ったそば粉のガレット、白パン、フレッシュなぶどう、チーズの盛り合わせに干したアンズ、それに素焼きのボトルに入ったはちみつ酒。
どれもこれも、エリサの周囲にいる男たちからの差し入れだ。
「あ、あの。みなさん、ご自分のお席があるんじゃ……」
「やだなあ。ボクはいつでもキミのとなりだよ」
「お前みたいなナヨナヨ坊やじゃダメだろ。俺のようなたくましい歴戦の戦士でないと」
「何だよ、おっさん。エールの飲みすぎで腹が出てるじゃないか」
「なんだてめえ。年上への口のきき方を知らねえのか」
「いい加減引退したらどうなんだ。いいだろう、ちょっと表出ろよ」
「えっ、えっ。ちょっと、ケンカしないでください!」
若い細身の剣士と中年の大柄な戦士が、エリサの隣で口論を始め、やがて胸倉のつかみ合いになる。
「お、いいぞやれやれ!」と、周囲の他の酔客たちがはやし始めた。エリサに群がっていた他の男たちが、上手にライバル2人を輪から外す。エリサのことを忘れて怒りに溺れる2人は、やがて揉みあいながら店の外に出る。
「ねっねっ。ああいう乱暴なやつは、だめだよねぇ……」
するとエリサのすぐ脇に、長髪をだらしなく垂らした小太りの魔法使いがのぞき込んできた。
その魔法使いと、ガマガエルの魔獣の姿が一瞬だけ二重写しになり、エリサは「ひっ!」と声を上げ、大きくのけぞった。
(ふええ、男の人は、苦手なのにーっ)
エリサが誰かに助けを求めようと視線を走らせる。受付のリリーちゃんはどこかに行ってしまっている。
厨房のお母さんたちの姿はここからじゃ見えない。エリサは視線を2階に移した。
すると、長く美しい黒髪をたなびかせ、階段を勢いよく駆け下りてくる、板金鎧姿のきれいなお姉さんを見つけた。
「あのー!……「ひゃあああ!」……ああー」
お姉さんは、奇声を上げながらそのまま外に飛び出していく。エリサは落胆した。そして、だれかが、「あれ、姫騎士様だよな」とつぶやいたのが聞こえた。
(なんとか、なんとかしなくちゃ!)
状況を打開しようとエリサが頭をフル回転させようとしたとき、背後から、ぬぅ、と太くたくましい腕が伸びてきて、エリサの肩を、がし、と抱き寄せる。
力任せで乱暴なように見えて、意外と優しい手つきだが、それはけしてミーシャの腕ではない。
(ぴぎゃああああああっ!)
エリサは、 口から心臓が飛び出しそうなぐらいにドキリとして、心の中で絶叫した。
「……おうおう、なんだいお前ら。俺がいない間に随分と楽しそうじゃねえか」
エリサが、こわばりながら視線を声の方向に向けると、銀髪を短く刈り上げた、赤銅色の肌の大男がいた。粗野ではあるが整った顔立ち、しかし、全身から野獣めいた危なさを感じさせる。エリサは今、その男に背後から抱きすくめられていた。
「べ、ベルンハルト……」ガマガエルの魔法使いが、顔を引きつらせながら言う。
「さん、をつけろよ。ラード野郎」
ベルンハルトと呼ばれた男が魔法使いをにらみつけると、魔法使いはダラダラと脂汗を流し、口をパクパクさせる。
「なぁなぁ、こんな別嬪さんを囲んで宴会だってのに、俺が呼ばれてないってのはどういう了見なんだ」
ベルンハルトは、テーブルの上に置かれた山鳥のローストをわしづかみにすると、むしゃむしゃと食い散らかし、
「手が汚れたな」
山鳥の脂で汚れた手を、魔法使いの着ていたローブで拭った。その手ではちみつ酒が入ったボトルをつかんでグイっとあおると、
「甘い酒だな。こんなの、女子供が飲むもんじゃねえか」
といって、乱暴に卓の上に置いた。
(なんだか、また面倒くさそうな人が来た……)
エリサは泣きそうになるのをこらえて、じっと体をこわばらせる。
「……『騎士くずれ』のベルンハルトだぜ、生きてやがったんだ」
「……あいつよぅ、賞金稼ぎのクセに懸賞首なんだろ?」
「ああ。このあたり一帯をうろついては、表も裏も関係なく依頼を受ける。金、酒、女、暴力、自分の欲求のままに生きてやがる。あいつと関わると、ロクなことにならねえ」
背後の遠くのテーブルから、ささやくように男の噂が聞こえてくる。
エリサは、ヨツデグマに出会った時以上の恐怖を感じた。
(本当にお願いです。ミーシャさん、早く助けに来てください!)
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