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9 軍事城塞グリズリッシュ攻略戦

 大陸暦717年6月5日 

 ソレイユ隊3000は軍事城塞グリズリッシュ4㎞の地点に陣を敷いた。

 ソレイユとレン、デュラン、ナナは偵察に出て、グリズリッシュに600mと迫る小高い丘から眺めている。

 「あれが臆病者(おくびょうもの)のザンリューグ伯爵が(こも)る軍事城塞グリズリッシュか」

 「ソレイユ様、グリズリッシュは小山そのものを軍事要塞化しています。

幾重(いくえ)もの高い城壁と強固な城門に守られ、正に難攻不落(なんこうふらく)と言えます」

 「レンでもあのグリズリッシュ攻略は難しいか」

 「2万の兵がいても不可能です」

 「それほどなのか」

 「はい、グリズリッシュ攻略を困難にしているのは、あの城壁や城門の存在だけではありません。あの河です。西から流れる河がグリズリッシュ手前で二手に分かれ、グリズリッシュの南と北を守るようにして流れています。

 グリズリッシュを攻略するには、あの河に架かった南北1つずつある橋を渡るしかありません。そこは城壁からの格好の弓の的になります」

 「では、東側から攻めてはどうだ」

 「確かに東側から攻めることが攻城の定石(じょうせき)となりますが、あれを見てください。東側は特に城壁が堅牢(けんろう)で城塞の狩場となるよう設計されています。

 あの三角州の小山を軍事要塞化した築城家は、称賛に値します」

 「つまり、グリズリッシュは南北と西の3方向が河によって守られ、東側は軍事城塞グリズリッシュの仕掛けた(わな)であり、防御側の狩場として設計されているということか。

 ・・・天然の要害攻略は不可能なのか」

ソレイユはゴクリと唾を呑み込んだ。

 「不可能と言ったのは、正攻法での攻略のことです。

 いかに難攻不落な要塞でも、弱点はあります。例えば・・・」

レンは、西を指さした。

 「上流に何かあるということか」

 オーリ族のナナが、なるほどとばかりに手を叩く。

 「水の()み上げ地点か!」

 「その通り。いかなる要塞であろうと、生活飲料水は必要となります。それが地下水であったり、河の水であったりするのです。グリズリッシュは、給水口が唯一の弱点となります。

 ナナ、給水口を見つけ、要塞内部を探ってこられるか」

 「ふふっ、任せて。今夜侵入するわ」

 「ソレイユ様、別件ですが喜ばしい知らせです。夕方には機密鍛冶工房長のザクールが、あの新たな難題への試作品をここへ運搬してきます。明日にでも試射してもよろしいかと」

 「いよいよか、まだ試作品とは言え楽しみだな」


 「ザクール、遠路よく来てくれた」

ソレイユは機密鍛冶工房長のザクールと職人4名を満面の笑みで迎えた。

 「ソレイユ様の武功は、フォルトの街でも歓喜しております」

 「例の試作品はその馬車の中か」

 「はい。試作品の砲003です。2門持参しました。

 この世では、砲は銃よりも先に発明されましたが、使い勝手が悪くて、投石機と同様の扱いにしかなりませんでした。

 如何(いか)せん、弾の届く射程は短く、連射もできない。それでいて高価・・・尚且つ、最大の弱点は、その命中率が極端に低いということでした」

 「そのようだな。しかし、そこで開発を(あきら)めては、それまでだ。

 それを克服する新たな発想を得て、それを支える技術が開発できれば、封印された扉が開く。

 扉の向こう側は、これまでとは全く違った新しき世界となるはずだ」

 ザクールは誇らしげに答える。

 「はい、その扉を開けることが、我ら職人の務め。ワクワクしております。

 この砲003は、まだ試作品の試作品ですので、射程と命中率は未知数です。

 今後の改良のために、ソレイユ様のご意見を伺いたく持参しました。

 それから、最新型銃改Ⅱの追加注文の300挺と補充の銃弾もお持ちしました」

 「ザクール流石だな。礼を言うぞ。

 最新型銃改Ⅱを、更に500挺追加だ」

 「500挺も!・・・最新型銃改Ⅱをそれだけ評価していただけたということですね。

 ソレイユ様の命ならば、職人も踏ん張ります」

 「頼んだぞ。ところで、砲003の砲弾はどのようなものだ」

 「試作のため砲弾は炸裂しません。18.5㎏の鉄の弾です」

 「十分だ。明日にでも試射する。明日の試射に備えて休んでくれ」

 

 大陸暦717年6月6日 5:00

 ソレイユの部屋にノックの音が響く。

 ソレイユはベッドから体を起こすと、白のベネチアンマスクをつけた。

 「入れ」

 「ソレイユ様、ナナが偵察結果を報告に来ております」

 「会議室へ通せ。10分で行く」

ソレイユが身支度をして会議室へ入ると、そこにはレンとナナ、カイ、ロキが待っていた。

 「未来の旦那様に報告します。

 グリズリッシュの西には、河からの鉄格子のある給水口がありました。

 中に入ると、井戸の底につながりロープが伸びていました。また直接水を汲めるように上に続く階段通路もありました」

 「やはり給水口があったか。そこからグリズリッシュ要塞内部へ侵入は可能か」

 「はい、できます。しかし、途中に鉄柵が3か所あります。侵入がばれれば閉じられてしまいます。階段通路を登った要塞入口には、監視所があり兵が4名いました。

 要塞内の最上部は監視塔となり、その下にザンリューグ伯爵の部屋があるようです」

 「まさか伯爵の部屋の位置まで調べて来るとは・・・」

 「要塞外壁を登り、小窓から確認しただけですよ」

 「予想以上の情報だ。ナナ、カイ、ロキ、ご苦労だった」

 「ふふっ、これでソレイユ様の嫁に一歩近づいたわ」

 レンがソレイユに冷静に伝える。

 「1時間後に作戦会議でいかがでしょう。その席にはデュランとナナをお呼びください」


 ソレイユの部屋

 「レン、攻城の良い策はあるのですね」

リュミエールはサンドイッチを一口頬張ると、白地にピンクのバラの意匠のついたソカップで紅茶を飲んだ。

 「当然です」

 「これはフルーツティーですね。・・・イチゴとラズベリー、ほんのりと()き立つ甘酸っぱい香りの逸品ですわ」

 「乾燥させたイチゴとラズベリー、ブルーベリーを入れてあります。今日の戦で汗をかくと思われますので、必要な栄養を()っていただきました」

 「さて、レン、本題は?」

 「グリズリッシュを丸1日で占拠します」

 「え、今、あの難攻不落な軍事城塞を、(わず)か1日で占拠すると言いましたか?」

 「そう申し上げました」

 「・・・是非戦術を聞かせてほしいわ」

 「作戦の第1段として、午前から夕刻にかけて、ソレイユ様率いる兵2800で東側から攻めます。これはグリズリッシュに我が隊の存在を示すだけでよろしいのです。ですから、我が兵の消耗を極力抑える事が肝心となります。

 第2弾は、その深夜に西側の給水口から、オーリ族とデュラン率いる200名が侵入します。

デュランの目的は、給水通路出口の制圧と、東側城門の開門です。

 オーリ族の目的は、ザンリューグ伯爵の身柄確保です。もし、伯爵の身柄を確保できれば、己が命を最優先にする伯爵のことです。容易に降伏をさせることができるでしょう。

 もし、伯爵を確保できなければ、開かれた城門からソレイユ隊2800が雪崩(なだ)れ込みます。

 そして、伯爵を確保します」

 「なるほど、不落の要塞であっても、伯爵自身の臆病な心を攻めれば落とせるということですね」

 「伯爵をいかに確保できるかが鍵となります」

 「砲003の試射は作戦第1段ですね」

 「こちらを脅威と感じてもらえるほど、敵の注意はこちらに向きますので、砲003の砲撃から始めるのがよろしいかと」

 「ふふふ、そろそろ会議の時間ですね」

ソレイユはカップに半分ほど入ったフルーツティーを飲み干すと、白いベネチアンマスクを付けた。


大陸暦717年6月7日 9:00

 ソレイユ隊2800が軍事城塞グリズリッシュ東側600mに陣を敷いた。

 「砲003の準備はよいか」

ソレイユが鍛冶工房長のザクールへ尋ねた。

 「ソレイユ様、砲003の射程は1㎞で設計しておりますが、これはあくまで試射ですので400mまで近づいてもらってもよろしいですか」

 「400mだと、城塞からの騎馬隊突撃の脅威に(さら)されるがよいのか」

 「何をおっしゃりますか。我々は、この砲の完成への第一歩として、ここへ来たのですよ。

 我々職人は製品に命を賭けます。距離が遠いと着弾点や威力などが目視できません。400mの距離でお願いします」

 「職人の魂か・・・よかろう。全軍400mの位置まで前進」

 軍事城塞グリズリッシュから400mで待機すると、その強固な城壁は更に巨大な壁に見えた。

 「ザクール、あの城門を狙ってくれ」

 「承知しました」

ザクールの合図で2つの砲003を職人たちが動かし、城門に狙いを定めた。

 「撃てー!」

ソレイユの命が飛んだ。

 砲003の1つが火を噴いた。凄まじい爆音(ばくおん)(とどろ)き、脇を守るソレイユ兵たちは思わず両手で耳を押さえた。

 ヒュルルルーと空気を引き裂く音を上げながら、砲弾は糸を引いて軍事城塞グリズリッシュへ飛ぶ。

 「あーーっ」

 「えーーー」

ザクールと職人たちが思わず悲鳴を上げた。

 狙った城門の遥か上、グリズリッシュの城の最上部に着弾した。城塞最上部では石や木材が宙に舞い、大きな穴が開いた。

 グリズリッシュ内のあちらこちらから悲鳴が聞こえ、城壁を守る兵士たちが上へ下へと走り回り、大混乱している。

 「城門を狙ったはずが・・・。

 多量の火薬の爆発が大きな反動を生み、砲筒(ほうづつ)自体を不安定にしているのか」

ザクールは、砲弾の着弾地点を確認してから、腕を組んで考え込んでいた。

 ソレイユは目を丸くして、着弾点を見ている。

 「・・・レン、これは予想を超えている。とても投石機レベルではない」

 「はい、凄まじい破壊力です」

 ザクールが修正点を洗い出して、職人に指示を出す。

 「発砲の衝撃で砲先が上がった。発射台の後ろを固定し直せ」

 「了解」

 ザクールが修正点を基に2つ目の砲003が固定された。

 「撃てー!」

ソレイユの指示の下、2つ目の砲003が火を噴いた。

 天を包むような轟音が、ソレイユ兵たちの耳を支配した。

ヒュルルルーと、砲弾は糸を引いて軍事城塞グリズリッシュへ飛ぶ。

 「あーーまただ」

 「くそーこれでもだめか」

ザクールと職人たちが地団駄(じたんだ)を踏んだ。

 砲弾は1発目よりは修正されたものの、グリズリッシュ中央の城上部に着弾した。城塞上部からは、悲鳴と共に石や木材が宙に舞い落ちた。

 グリズリッシュ兵たちが、何やら叫びながら城塞を駆け上がって行くのが見えた。

 「固定が弱い。(くい)を使って完全に固定しろ」

 「親方、了解しました」

 ソレイユとレンは、ザクールと職人たちの会話を眺めている。

 「レン、職人魂とは、凄いものだな」

 「失敗から藻掻(もが)き学ぶ。正に試行錯誤です」

 その時、グリズリッシュの東城門が開いた。

 「ソレイユ様、グリズリッシュ兵が打って出て来ます」

 「銃士隊前へ、歩兵は横陣で敵の突撃に備えよ」

ソレイユが命じると、銃士隊100名が前に進み、片膝(かたひざ)を着いて最新型銃改Ⅱを構えた。

 銃を構えるデュランが、銃から顔を離してソレイユに告げる。

 「ソレイユ殿、門は開きましたが様子が変です。兵が出てこない? 人見知り?

 開門の意味と連動していないような、いるような? どっちです?」

 ソレイユとレンは開かれた門を黙って凝視している。

 門から騎馬兵1騎がゆっくりと進み出て来た。手に槍を持ち、その槍の先には白い布が風に揺れていた。

 ソレイユ隊から歓喜の大歓声が巻き起こった。

 「デュラン、あの騎馬の下に行って状況を確認して来い」

 「了解・・・俺は使者ではないってのに・・・」

デュランが駆け寄ると、騎馬兵は馬を降りて地に()した。

 デュランはソレイユの下に戻るとこう言った。

 「リョグフ・フォン・ザンリューグ伯爵の命とその領土の保証、リヤン・オロール王子への弁明を認めてほしいとの条件で、グリズリッシュは、オロール王国軍ソレイユ隊に降伏するとのことです」

 「デュラン、あの使者のところへもう一度行け。

 そして、条件は1つだけ認める、己と兵の命を守るか、死して伯爵という名を守るか、のどちらかを選べと伝えろ」

ソレイユの命を受けたデュランが、ソレイユの言葉を使者の騎馬兵に伝えると、騎馬兵はグリズリッシュに戻って行った。


 1時間後にザンリューグ伯爵以下3500名が投降して来た。

 こうしてソレイユたちは、軍事城塞グリズリッシュを攻略した。ソレイユは堂々とその城門を馬に乗って通過して行った。

 グリズリッシュの投降兵は元を質せばオロール王国民である。グリズリッシュの命に従わざるを得なくアードラー帝国に加担していた者も多かった。オロール王国民となり、ソレイユ隊編入を希望する2000名が新たに加わった。

 

 軍事城塞グリズリッシュ ソレイユの部屋 21:00

 「レン、リヤン・オロール王子への軍事城塞グリズリッシュ攻略の報告と、元ザンリューグ伯爵と家族、その親類など合わせて62名の護送の件はどうなりましたか」

 「リヤン・オロール王子への報告の使者は書面を携え、既に出発しております。

 また、予定通り明日午前8時に、ソレイユ兵100名がリヤン・オロール王子の下に護送します」

 リュミエールは、気に入ったフルーツティーを飲みながら黙って頷いた。そして、思い出した様にレンに視線を向けて口を開く。

 「ところで、グリズリッシュ攻略の最大の功労者である鍛冶工房長のザクールと職人たちが、改良点が山ほど見つかったと目を輝かせて帰還して行く姿には、職人魂を見た気がします」

 「莫大な戦功には目もくれず、職人としての矜持(きょうじ)を大事にしているようです。

 同じ物を見ても、私たちとは異なる物を見ているのかもしれません」

 「人の価値観は様々だと教えられます」

リュミエールは微笑みながらレンに尋ねる。

 「レン、軍事城塞グリズリッシュ攻略作戦が、第1段階の終了も待たずに完遂したことを不満に思っていますか」

 「私はナルシストでも殺戮狂(さつりくきょう)でもありません。当該者すべての者にとって良い結果となり、心より満足しています。

 ただ、あのザンリューグ伯爵のような低俗な者が、世襲で領主となる世に不満はあります」

 「レン、世の批判、それはここだけの話にしておきます。

 ですが、レンの想定をも超える自己中心的で臆病なザンリューグ伯爵には、辟易(へきえき)とすることには同意します」

 「リュミエール様、事後報告になりますが、よろしいですか」

 「何ですか」

 「元ザンリューグ伯爵領の街や村すべてに、ソレイユ隊が軍事城塞グリズリッシュを陥落させたこと、領主ザンリューグが領地を放棄したこと、この領地はオロール王国民領となり、一時的にソレイユ・ビアージュが治めることの旨を伝える使者を飛ばしました」

 「レン、仕事が早いですね」

 「リュミエール様もそれはお考えになっていたことでしょうに」

 このレンの出した元ザンリューグ伯爵領への御触れが、事態を急変させていった。


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