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8 未来の旦那様

 大陸暦717年5月14日 都市ロッシュ、ソレイユの執務室 15:00

 レンは、洗練された所作でテーブルの上に白地にピンクのバラの意匠のソーサーとカップを並べながら尋ねる。

 「リュミエール様、この都市ロッシュで、我がソレイユ隊へ5000人ほどの志願者が集まりました」

 「レン、志願はありがたいことですが、多過ぎます。選抜して2000人に抑えなさい」

 「明日にでも選抜試験を実施します。その後は訓練をしていきます」

「頼みましたよ。それから、アードラー帝国の奴隷として扱われているマレ村を、早々に開放しなければなりません」

リュミエールは、左腕に白布をかけ、右手にティーカップをもつレンに視線を向けて言った。

 「リュミエール様、それはマレ村に限った事ではありません」

 「では、短期間に町や村を転戦していくことになりますね」

 「それも1つの手です。しかし、もっと効率よく達成できる方法もあります」

レンはリュミエールの顔を(のぞ)き込むようにして、香り豊かなスパイスティーをカップに注いだ。

 ティーカップからシナモンの爽快(そうかい)な香りが(ただよ)い、リュミエールの心を満たしていく。

 「・・・効率よく?」

 「このスパイスティーのように、ひと手間かければですが」

 「ひと手間・・・・ !!」

 「お気づきになりましたか」

 「・・・確かに効率的ですが、その後は・・・いえ、待って。諸侯に衝撃を与え、

 動かざるものが動く」

 「日和見(ひよりみ)の諸侯を動かし、アードラー帝国に与した諸侯は震撼することでしょう」

 「ひと手間かける価値はありますね。リヤン王子に献策(けんさく)し、ご判断を(あお)ぐことにしましょう。

 レン、直ちに王子の下へ使者を立てなさい」


 大陸暦717年5月25日 都市ロッシュ、ソレイユの執務室

 「リヤン王子から勅命が届きました」

 レンが王子からの勅命を持ち、リュミエールの部屋に入って来た。

リュミエールが目を通す。

 「オロール王国王子リヤン・オロールの忠臣リュミエール・ビアージュは、軍事城塞グリズリッシュに(こも)る逆賊リョグフ・フォン・ザンリューグ伯爵を誅殺(ちゅうさつ)せよ。

                オロール王国王子リヤン・オロール」

 「レン、貴方の進言したひと手間が功を奏しましたね。これで、軍事城塞(ぐんじじょうさい)グリズリッシュを攻められます」

 「1週間ほどお待ちください」

 「どうしましたか」

 「昨日、面白い情報を(つか)み、密偵にその真偽を探らせているところです」

 「どのような情報ですか」

 「事実上オロール王国の施政者である皇子ジェルムの摂政(せっしょう)ガラメルが、オーベルシュトルツ将軍を首都パリリスに召還(しょうかん)しました。ところがオーベルシュトルツ将軍は、急病を理由に首都パリリス東100kmにある居城の城塞都市フルーブに留まっていると言うことです」

 「本当に急病なのでしょうか。少しきな臭さを感じます。

 オーベルシュトルツ将軍と言えば、アードラー帝国軍の騎神との誉れの高い名将のはず」

 「それを探らせております。オーベルシュトルツ将軍は平民出身で、政治的な後ろ盾がないと聞いています。その辺りが関係しているのかもしれません」


 大陸暦717年6月1日 都市ロッシュ、ソレイユの執務室

 「ソレイユ様、先のオーベルシュトルツ将軍の件について調べた密偵が帰還しましたので、報告にあがりました」

 「入れ」

 レンとデュランが部屋に入って来た。

 「密偵とはデュラン、お前であったか」

 「マレ村に関係するときいちゃ、行くしかない。オーベルシュトルツ将軍を探ると、なぜマレ村の解放に(つな)がるのだ?」

 「デュランには話しておく。

 ソレイユ隊で軍事城塞グリズリッシュを陥落(かんらく)させる」

 「それがなぜマレ村に?」

 「最後まで聞け。同時に、軍事城塞グリズリッシュに籠る逆賊のザンリューグ伯爵を討つ。

 するとどうなる?」

 「この地域の最大の都市であり、堅固な城塞がソレイユ隊に占拠されれば、反アードラー帝国派は一気に勢いづくな。味方してくる貴族も増えるだろう。

 そして、オロール王国に反逆して、アードラー帝国に与した貴族は、次は我が身が狙われるかもと、震え上がるだろうな」

 レンがデュランの考えに補足する。

 「このロッシュは大きな都市ではあるが守りは弱い。一方、軍事城塞グリズリッシュならこの地域最強の中核軍事施設だ。ここをソレイユ隊が占拠すれば、その周辺の町や村は分断され、その脅威と地理的孤立から、町や村を放棄せざるを得なくなる」

 「なるほど、そういう事か。

 だが、軍事城塞グリズリッシュには、ザンリューグ伯爵の兵だけでなく、アードラー帝国軍も数多く駐留している。本当にソレイユ隊だけで陥落させられるのか」

 「そこで、デュランの仕入れた情報が生きるのだ」

 「なるほど・・・では、俺の仕入れた情報だ。

 バーバラによる城塞都市アルカディアの攻略が失敗したこと、都市ロッシュを奪われたこと、ロッシュを占領したソレイユ軍と交戦をしなかったことを、オーベルシュトルツ将軍に問題があったと摂政ガラメルは考えているようだ。

 オーベルシュトルツ将軍の反意(はんい)まで疑われているのではないか、との(うわさ)もあるそうだ。

 まあ召還と言っても、内情は判決ありきの軍事裁判をするらしい。恐らく自死が言い渡される。言うなれば、()みの状況だな。

 そこでオーベルシュトルツ将軍の副官、あのクルーゲが召還に反対して、仮病を使って都市リベルに駐留しているという事だ」

 「レンが言っていたように、平民出身のため政治的な後ろ盾がなく、政治的に(もろ)いオーベルシュトルツ将軍に、今回の軍事作戦全ての責任を(なす)り付けるつもりなのだな」

 「デュラン、そこまで調べられるとは上出来だ。予想以上の密偵能力だ」

レンが感心していると、デュランが首を振って言う。

 「副官クルーゲから聞いたんだ」

 ソレイユが驚いて聞き返す。

 「なに! あの副官クルーゲ本人からか」

 「ああそうだ。酒瓶を持って話しかけたのが、たまたまクルーゲだったので」

 「・・・・」

 その後、レンは何事か思案しているかのように腕を組んでいたが、おもむろに口を開く。

 「クルーゲもデュランを利用しようとする考えが、透けて見えますね。

 デュラン、今度はこのロッシュから西北西に10km軍事城塞グリズリッシュを探れ。

 必ずやアードラー帝国軍は出て行くはずだ」

 「レン、気安く言うが、俺は密偵ではないぞ・・・まあ、マレ村のためにやるけどよー」

 「デュラン、頼んだぞ」

ソレイユがデュランの肩を叩いた。


 大陸暦717年6月2日 都市ロッシュ、ソレイユの執務室

 「リュミエール様、衛兵から不審者を拘束したとの報告がありました。

 その不審者は反アードラー帝国へのレジスタンスと名乗り、ソレイユ様との面会を強く希望しているとのことです」

レンの報告に、リュミエールは白のベネチアンマスクをつけて命じる。

 「会ってみよう。その者を連れて来い」

 三十代前半の屈強な衛兵6名に囲まれ、その不審者はソレイユの前に連れてこられた。

 ソレイユとレンはその不審者を見て驚きを隠せずに、思わず声を漏らす。

 「反アードラー帝国のレジスタンスが、まさかこのような少女とは・・・」

 「ソレイユ様、私も予想していませんでした」

 その女性は顔を真っ赤に染めて抗議する。

 「少女とは何よ。あたいは15歳。もう立派なレディよ。

 そりゃ、あどけなさが残るこの美貌(びぼう)で、よく誤解を受けるけどさー。ほんと、失礼ね」

 「それは失礼した。レディ・・・」

 「オーリの義賊ナナよ」

 「レディナナ、我がソレイユだ」

 「ふふーん、やっぱりあんたがソレイユ様か・・・均整の取れた顔立ちと柔らかな物腰、いい男だねぇ」

ナナはマスクを被ったソレイユをしげしげと見つめていた。

 「ナナ、其方は我に何用があるのだ」

 「このロッシュの攻略は実に見事でした。迷いなく突撃する姿に()れました。まぁ、あの飲んだくれた工作員はバレバレで問題外でしたが」

 ソレイユは酒瓶を持ったデュランの姿を思い浮かべた。

 「それで?」

 「オーリの義賊がソレイユ隊に入ります」

 「我らソレイユ隊への協力の申し出はありがたいが、オーリの義賊はナナと同じ年頃の集まりなのか?」

 「若者ばかりではないかと心配しているの?」

 「その通りだ」

 「あたいが最も若い。オーリの義賊は全員がオーリ族で、歴戦の勇士だ。族長のガレは戦傷で1か月前に死んだ。それを娘のあたいが引き継いだの」

 「オーリの義賊は、ソレイユ隊に入隊して何をするつもりだ」

 「あのアードラー帝国軍をこのオロール王国から追い出す。

 オーリの義賊は、諜報(ちょうほう)活動や破壊工作、流言、離間工作、暗殺など、影仕事で役に立つわ。

 今は義賊を名乗っているけれども、元々オーリ族はそれらの影仕事を生業(なりわい)としてきた一族。あたいらは、そこいらの軍隊よりもよほど役に立つわ」

 「ほー、それは凄いな。アードラー帝国軍を追い出した後は、何が望みだ」

 「ふふ、そうねー。あたいの望みは、ソレイユ様の嫁」

 レンはぷっと噴き出しそうになるのを押さえた。

 「我の嫁か・・・そのハードルは高いぞ」

 「障害が高いほど、あたいも燃えるわ」

 レンが口を挟む。

 「ナナの気持ちは分かったが、オーリの義賊の者たちは、ソレイユ隊への入隊に納得しているのか」

 「ソレイユ様へのあたいの気持ちは個人的なもの。でも、オーリの義賊全員の意志で、ソレイユ隊入隊を決定した」

 ソレイユはナナに微笑みかける。

 「そのオーリの義賊たちにも、是非会ってみたいな」

 「そう? ・・・オーリの義賊のカイとロキよ」

 衛兵6名のうち三十台前半の2名が前に進み出て、顔を布で何度か(こす)り化粧をとった。すると、1名は60歳に近い初老、もう1名は20代前半の男性の顔に代わっていた。

 「!!」

レンがソレイユの前に飛び出して、壁となって守る。 

 「大丈夫よ。将来の旦那様に手出しはしないわ」

2人の男性は、ソレイユに片膝をつき頭を垂れた。

 「カイと申します」

60歳に近い初老の男性が言った。

 「・・・ロキ」

二十代前半の中背の男性が小さな声で(ささや)いた。

 「ふははははは、これは驚いた。見事な影だ」

ソレイユの笑い声に混じり、レンは苦虫を(つぶ)した様な表情で(つぶ)く。

 「不覚だ。ソレイユ様の警護に、これほど大きな(すき)があったとは」

 「オーリの義賊は全部で16名。ソレイユ様に忠誠をお誓いします。

 ・・・よろしくね。あたいの未来の旦那様(だんなさま)

と言って、ナナは首を(かし)げてニコリとほほ笑んだ。


 都市ロッシュ、ソレイユの執務室 21:00

 レンは左腕に白い布巾をかけ、ピンクのバラの意匠のティーポットから洗練された動きでカップに紅茶を注ぐ。

 「・・・・」

 リュミエールは、報告書を作成するペンを止めた。

 「もう、私の警護のことなら気にしなくてよろしいのよ」

 「それは既に手を打ちました」

 「報告と申し上げたいことがあります」

 「遠慮せずにどうぞ」

 リュミエールは、お気に入りのカップに入った紅茶を口に含んだ。

 「マスカットフレーバーの甘く、芳醇で上品な香り。ダージリンティーね・・・」リュミエールはダージリンティーの甘い香りから、出陣前にフォルトでダンスの練習をした時の、レンのあの眼差(まなざ)しを思い出した。

 「・・・リュミエール様、どうかしましたか」

 「何でもありません。報告を」

リュミエールは、頬を赤らめレンの瞳を思い出したことを不思議に感じていた。

 「先ずは報告からです。鍛冶工房長のザクールが例の難題の試作品を創ったので、試射をしてほしいと言う事です。ザクール曰く、まだ実用段階とは程遠いとのことです」

 「至急この地に輸送するよう連絡をしてほしい」

 「はい、既にここに向けて出発しているようです。では次に申し上げたきことです。

 リュミエール様がソレイユ様である秘密を守ることには、限界があると考えております」

 「ナナたちオーリ族がソレイユ隊に加わったから?」

 「それもありますが、それは些末(さまつ)なこと。いずれはリヤン・オロール王子との謁見(えっけん)もあることと思いますし、戦場でリュミエール様がお怪我をすることもあるでしょうから、秘密の発覚は時間の問題かと存じ上げます」

 「そうね。その時はその時です。対応策はレンに任せるわ」

 「はい。それと軍事城塞グリズリッシュ攻略の時期が、迫っていると考えます」

 「機が熟して来たと言う事かしら」

 「その通りです。過日のデュランの話では、オーベルシュトルツ将軍の副官クルーゲがそれとなく情報を伝えています。私たちにアードラー帝国の内紛を知らせ、この機を逃さず軍事城塞グリズリッシュを獲れと言っているようなものです」

 「レンは、オーベルシュトルツ将軍がこれを承知していると思いますか」

 「いえ、オーベルシュトルツ将軍は立派な軍人。例え理不尽に我が命が奪われようとも、祖国を裏切る真似はしないでしょう。

 将軍の身を案じた副官クルーゲの単独だと考えます」

 「クルーゲの人物をどう評価していますか」

 「お尋ねにならなくとも、リュミエール様と同じです。将軍に忠誠を尽くす実直な人柄。

 ですから、今回の事で彼の心の中は、将軍をお救いしたいという己の心に忠実な心と、祖国のために尽くすという大義(たいぎ)で、かなりの葛藤(かっとう)があると考えます」

 「悪意から尊敬する人を守るため、敬愛の心が大儀との葛藤を生むとは、理不尽なものですね」

 「誠に・・・敬愛と大儀の葛藤で苦しむ。しかし、人間とはそういうものでしょう」

 「レン、覚えておいて・・・レンは私を救うために苦しむ必要はありません。

 大儀を選択しなさい」

 「リュミエール様、そのご心配は無用です。私は迷わず大儀を選択します」

 「あら、ほっとしたような、少し寂しいような・・・」

 「当然の事です。リュミエール様の至高の執事、至強の従者であることが私の大儀」

 レンの迷いない回答を聞き、金色の長い髪と端正な目鼻立ち、透き通るような白い肌といつも通りのリュミエールであったが、その青い瞳だけは細かく揺れていた。


 大陸暦717年6月4日 

 「レンの言う通りだったぜ。俺が軍事城塞グリズリッシュに着くなり、アードラー帝国軍5000が出て行った。残りはザンリューグ伯爵の3500の兵だけだ。

 この軍事城塞グリズリッシュの空白は好機? 罠? 偶然? 必然?

 事が終わればなるほどと辻褄(つじつま)を合わせで考えることはできるけれども、事前に先を読むことは至難。レンはよくもまあ、次々と・・・」

デュランは呆れかえる様な目をレンに向けた。

 「レン、お前の読み通りアードラー帝国軍は、オーベルシュトルツ将軍を討ちに、都市リベルへ向かったに違いない」

椅子に腰かけたまま、ソレイユは地図を眺めていた。

 「戦となれば4大軍神のオーベルシュトルツ将軍は強い。事ここに及んでは、摂政ガラメルの最大の脅威はオロール王国軍ではなく、オーベルシュトルツ将軍とその配下の軍でしょう。

 摂政ガラメルは、対オーベルシュトルツ軍として、各地から将軍や多数のアードラー帝国兵を集める必要があります」

 「こりゃ、正に漁夫の利だな」

 「レン、デュラン、明朝6時出発だ。目標は軍事城塞グリズリッシュ」


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