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第3章 旗印   7 真の名将

 大陸暦717年5月12日 9:00

 「ソレイユ様、あれが都市ロッシュです。都市の四方を10mほどの城壁に囲まれています」

森の端から枝を下げ、レンは(ささや)いた。

 「現在ロッシュに駐留しているアードラー帝国兵の数は不明だ。先ずは偵察隊を送れ」

 「攻城戦では、城を攻める側は、それを守る側の3倍の兵力が必要とされると言われています。ロッシュは城ではありませんが、見る限りでは、それなりの城壁に守られています。

 我が隊は、少なくとも敵の2倍の兵力が必要だと考えます」

 「敵を発見すれば、あの城門はすぐに固く閉じられるだろう。せめて城門を開けられれば・・・」

遠い森の中から、ソレイユとレンが都市ロッシュを見て話していた。

 「俺に任せてくれ」

 ソレイユとレンが振り向くと、その後ろには、橙と黄のツートンカラーのベネチアンマスクを付けたデュランが身を屈めていた。

 ソレイユは、デュランの顔を覗き込むようにして言う。

 「デュラン、お前はあの門を開いたままにできるのか」

 「1時間、いや60分かな?・・うーん、やっぱり1時間もらえれば、城門を通れるようにしてみせる」

 「では、その開いた城門へ、ソレイユ隊は突撃する」

 「ソレイユ様、お待ちを・・・。

 デュラン、お前に勝算はあるのか」

と、レンが刺すような鋭い視線で問いかけると、

 「1時間後に答えが出る。

 俺がこの銃を空に向けて撃ったら、突撃してくれ。パンと鳴ったらドドドーだ」

デュランは、2本の指を交互に振って走る姿を現した。

 「デュラン、もしロッシュ内のアードラー帝国兵が1000名を超えているようなら、1時間以内に戻って、その状況を報告しろ」

レンがデュランの腕を掴んで言った。

 「1000を超えたら報告? 了解」

デュランはそう言い残すと、ベネチアンマスクを外してロッシュへと歩き出した。

 デュランは、懐から酒瓶を取り出すと、グビグビと飲みだした。

 「ぷはーっ、おぉ、これは高級品?・・・うーん、いつもの安酒だ」

と、酒瓶のラベルを(のぞ)いた。

 そして、振り返り首を傾げ、レンに尋ねる。

 「・・・1000と1万はどっちが多いんだ?」


 「デュランがロッシュへ入ってから、間もなく1時間だ。こちらも奇襲準備だ」

 「ソレイユ隊、紡錘(ぼうすい)陣形」

とレンが命じた。

 ソレイユとレンは、遠目からロッシュを観察する。

 「ソレイユ様、1時間を経過しましたが、銃声はおろか、ロッシュには何も動きがありません」

 「銃声は必ず鳴る。突撃態勢維持」

 「デュランは失敗したのかもしれません。

 例え、デュランの銃声が鳴ったとしても、我らを誘き出して、街中で殲滅(せんめつ)する計略の可能性もあります」

 「レン、この作戦は、デュランを全面的に信じることが大前提だ」

 レンは、ソレイユの背を見て満面の笑みを浮かべ、心で「信と(たん)」と(つぶや)いた。

 「レン・・・何だ。デュランを信じられないのか」

 「それを論じる必要はありません。私は、ソレイユ様を信じております」

 ソレイユは屈託のない顔でレンに微笑んだ。

 その時、ロッシュから1発の銃声が(とどろ)いた。

 「合図だ・・・ソレイユ隊、突撃!」

ソレイユはサーベルでロッシュの城門を指した。

 ソレイユは白馬雪風に乗り、疾風(しっぷう)の如く先頭を駆ける。脇には黒馬に(またが)ったレンが並び、後には白蝶(しろちょう)騎兵隊等の騎兵50騎、歩兵900、銃士100が追走する。

 ロッシュの城門が閉まり始めた。

 「ソレイユ様、城門が」

白蝶騎兵隊の1人から声が聞こえた。

 「心配無用。城門は必ず通れる」

ソレイユは、ただ城門だけを見つめてそう声を張り上げた。

 ロッシュの城門が閉まり続けていく。

 レンが、馬上で振り向き、動揺する兵に叫ぶ。

 「(ひる)むなー! あの城門は必ず通れる。全力で走り抜けろ!」

 「「「「「おおー!」」」」」

ソレイユ隊は懸命に城門へと走る。

 ドドーンという音と共に、ロッシュは完全に閉鎖された。

 「くっ」

ソレイユが奥歯を噛んだ。

 「ソレイユ様、城門の上、あそこの城壁をご覧ください」

レンが指さす城壁から1人の兵士が落下した。

 ソレイユが目を凝らすと、兵士たちが戦っている。

 「ソレイユ様、まだ希望はあります」

 ソレイユは、後続の兵を鼓舞する。

 「信じろ! 城門は必ず開く。このまま進めー!」

 今度は、城門がギギギーと音を立てて開いていく。

 半開きの状態の城門を、馬上で背を(かが)めたソレイユとレンが通過する。白蝶騎兵隊も走り抜けると、後から雄叫びを上げて1000名の歩兵が雪崩(なだ)れ込んで行く。

 城壁内では、アードラー帝国軍同士の激しい戦いが繰り広げられていた。

 ソレイユがサーベルを手にして、行く手を阻むアードラー帝国兵へ切り込む。レイもソレイユを援護しながら敵を()ぎ払って行く。

 白蝶騎兵隊が剣で討ち払いながら、ロッシュを蹂躙(じゅうりん)していく。

 銃士の最新型銃改Ⅱ100(ちょう)が火を噴いた。ドラムを連打するように轟音(ごうおん)が絶え間なく重なる。2撃目も発射された。

 「うあー、何という鉄砲の数だ。もう無理だ」

 「命だけは助けてくれー」

この轟音を聞いたロッシュのアードラー帝国兵たちの一部は、戦意を失って武器を投げ捨てた。

 これを見ていたアードラー帝国兵たちも、次々に武器を置いて降伏した。

 「降伏兵をあの広場に集めろ」

レンはソレイユ隊の兵に指示を出した。


 降伏したアードラー帝国兵たちが、広場で項垂(うなだ)れて座っている。剣を持ち、また銃を構えたソレイユ兵に囲まれ、降伏兵800名の腕に縄がかけられた。

 「お見事でしたー、ソレイユ殿ー。

 ・・・ちょっと手間取りました。何せ、この酒が想像以上に美味くてつい夢中に」

そう言って、デュランが銃を片手に千鳥足(ちどりあし)で近づいて来た。

 「ご苦労。デュラン、どうやって城門を制圧した?」

 「酔った勢いで敵兵に話しかけたら、それがたまたまマレ村出身の奴で、それからはトントン拍子に協力者が増えていって・・・気づけば、マレ村の奴隷(どれい)兵士200名が城門をもう制圧しちゃっていて、ほんとビックリ」

 そのマレ村の奴隷兵士たちは、武器を捨て恭順(きょうじゅん)の意を示し、整然と座っていた。

 ソレイユは、マレ村の奴隷兵士たちの前に立った。

 「ソレイユ・ビアージュだ。

 勇敢なマレ村の民たちよ。ご苦労であった。

 其方たちの勇気ある行動で、無駄な死傷者を出さずにこのロッシュを奪還(だっかん)できた。

 リヤン・オロール王子に代わり、礼を述べる」

ソレイユは、深く頭を下げた。

 マレ村の奴隷兵士からは、頭を下げるソレイユの姿に(ざわ)めきの声が()れ聞こえてきた。

 ソレイユは更に続ける。

 「其方たちは、もはやアードラー帝国の奴隷兵士ではない。

 オロール王国民として、その権利を行使し、豊かな生活を過ごすがよい」

 ソレイユの話を聞いたマレ村の元奴隷兵士が声を上げた。

 「俺たちマレ村の民は、元々オロール王国に住んでいた民。それなのに家族や子供たちは、まだ奴隷としてマレ村にいます。

 どうかマレ村をお救い下さい。俺たちは、ソレイユ様と共に戦います」

 「「「お願いします」」」

 「ソレイユ様、どうかお慈悲(じひ)を・・・」

マレ村の元奴隷兵士は、すがるような眼をして懇願(こんがん)した。

 「・・・分かった。マレ村も同じオロール王国の民。いずれ、このソレイユが必ずや救出に向かおう。

皆の者、リヤン・オロール王子に忠誠を誓うがよい」

 ソレイユがマリ村の救出を承諾すると、おおおーっと大歓声が巻き起こった。

 デュランは、酒瓶の酒を飲み干し、物足りなそうにその瓶の口に目をつけ、瓶の底を(のぞ)き込んでいた。

 「・・・デュランがソレイユ様に見出した新しい価値とやらが、現実へと進む・・・食えない奴だ」

レンの(つぶや)きは、歓声に消えて行った。


 「大変です。ソレイユ様! 北からアードラー帝国軍が、このロッシュに進軍して来ます」

城壁の上から、偵察していた兵士が叫んだ。

 即座にレンが問い返す。

 「敵の兵力と、軍旗を報告しろ」

 「・・・敵の兵力、3000。軍旗は、紺地(こんじ)に銀の月」

 「誰か、その軍旗を知っている者はいるか」

レンの声にマリ村の兵士が答える。

 「それは、アードラー帝国軍4大軍神の1人、騎神(きじん)ヘルムフリート・オーベルシュトルツ将軍の軍旗です」

 「よりによって、オーベルシュトルツ将軍とは・・・俺たちはここで全滅だ」

 「4大軍神率いる4軍団と、青い体の酔鬼(すいき)隊は、アードラー帝国軍の最精鋭軍だぞ。

あぁ、俺たちはここまでか」

 「せめて、マリ村にいる家族を解放してからにしてほしかった・・・」

マリ村の兵士たちが動揺していた。

 「アルノー解放軍司令官が恐れていた、あの将軍のことか」

ソレイユは、アルノー解放軍司令官の恐れる顔を思い出していた。

 「ソレイユ様、ここはお任せを。

 負けない戦をします。全てのオロール王国の旗とビアージュ家の軍旗を、城壁に立ててください」

レンが冷静に進言した。

 「分かった。・・・皆の者、我が国と我がビアージュ家の旗を、城壁の上に並べろー」

ソレイユがよく通る声で命じた。

 ロッシュの城壁には、次々にオロール王国とビアージュ家の旗が並んで行った。

 ソレイユとレン、千鳥足のデュランは、城壁の上に立ち、迫り来るアードラー帝国軍の騎神オーベルシュトルツ将軍の軍勢を眺めていた。


 都市ロッシュ北400m

 「行軍止まれ」

オーベルシュトルツ将軍が片手を上げて命じた。

 アードラー帝国軍3000の一糸乱れぬ行軍が止まる。

 「クルーゲ、ロッシュの城壁に並ぶ旗は、オロール王国の旗のようだが、どの隊のものか調べて参れ」

黒髪と黒瞳、中背でがっちりした体型の50歳前後のオーベルシュトルツ将軍が、副官のカイム・クルーゲに指示した。

 「はっ」

薄青色の髪と薄青色の瞳、中肉長身の二十代半ばの副官クルーゲは、短く返事をした。

 クルーゲは、単騎でロッシュに向かって駆けて行く。

 ロッシュの城壁手前50mで馬を止める。馬はクルーゲを乗せたままブロロッと鳴き、荒い息をしたまま足踏みをしている。

 「私は、アードラー帝国軍ヘルムフリート・オーベルシュトルツ将軍の副官カイム・クルーゲ。

 其方らの隊が、このロッシュに駐留している理由を答えられよ」

フルーゲは城壁に立つ人影に向かい、戦場の口上らしく堂々問うた。

 「我はソレイユ・ビアージュ。

 何を分り切ったことを問う。このロッシュはオロール王国の国土。その国土に我らが駐留するは自然の道理。

 城塞都市アルカディアを包囲していた敵国アードラー帝国軍は、既に駆逐(くちく)した。

 これ以上の説明は不要であろう」

 「では、もう1つ。白地に金獅子と剣の意匠の軍旗は、どの隊の軍旗か」

 「この軍旗は、オロール王国ビアージュ子爵家の紋章。

 この紋章をご所望とあらば、我らと一戦してこれを奪ってみよ」

アゲハチョウの右羽の意匠のついた白のベネチアンマスクをつけたソレイユが、敵への敬意を保ちながらも、高々と宣戦布告をした。

 「仔細(しさい)承知した」

フルーゲは、ソレイユの顔から眼を離さずに手綱を引いた。

 そして、オーベルシュトルツ将軍の下へ駆け戻って行った。

 デュランが(あき)れ顔で尋ねる。

 「ソレイユ殿、あのオーベルシュトルツ将軍の軍と本当に一戦するつもり?

 ・・・ひょっとして、言葉の綾? 売り言葉に、買い言葉でつい言っちゃった?」

 ソレイユはオーベルシュトルツ軍を見つめながら問いかける。

 「・・・レン、あの軍に勝てるか」

 「勝てません」

 「では、我が軍は負けると?」

 「最初に言ったはずです。負けない戦をすると」

 「・・・痛み分けになるということか」

 「違います」

 「では、どうなる」

 「あれをご覧ください」

レンがオーベルシュトルツ軍を指さした。

 「・・・退却しているのか」

 「退却ではありません。撤退です」

 デュランが2人の会話に割って入り、レンに問いかける。

 「どう違うんだ」

 「戦に負けて退却するのではありません。あの軍は帰還するだけです」

 「なぜ、オーベルシュトルツ軍は撤退するのだ」

 「彼が真の名将だからです。

 オーベルシュトルツ軍の軍事目的は、城塞都市アルカディア攻略軍への援軍。

 ところが、城塞都市アルカディア攻略軍は壊滅、そしてこのロッシュも陥落しました。

 オーベルシュトルツ将軍の軍事目的そのものが消失したのです。

 真の名将は、明確な目的のない戦闘はしません。

 もし、ロッシュ奪回の名誉欲に(あらが)えず戦端を開く愚将(ぐしょう)であるなら、戦わざるを得ないですが、その程度の将が指揮する敵軍ならば、この城壁とソレイユ銃士隊で打ち負かしてご覧にいれます」

 「レンの言っていた負けない戦とは、このことを言っていたのか」

 「ソレイユ様、城塞都市アルカディアのアルノー司令官にロッシュ奪還の報告と、捕虜兵引取りの要請を出しましょう」

 デュランはレンを見て、驚きを口に出す。

 「お前は、ここまで先を読んでいたのか」

 「当然です。アルカディアでアルノー司令官から、軍神と誉れの高いオーベルシュトルツ軍がロッシュへ向かっているとの情報を得たので、これを加味して、以後に備えることは私の務め」

 「レン、お前は一体何者なんだ」

レンはソレイユの脇に立って、(りん)とした姿でデュランの眼を見て答える。

 「私は、ソレイユ様の至高の執事、至強の従者」


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