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4 白地に金獅子と剣の意匠の軍旗

 大陸暦717年5月8日 塞都市アルカディア解放軍本陣

 解放軍兵士は、ソレイユ隊の帰還(きかん)称賛(しょうさん)の歓声で迎えた。

 「さすが常勝のビアージュ子爵の跡継(あとつ)ぎソレイユ様だ」

 「戦の女神の祝福を受けているビアージュ家が援軍に来てくれたからには、この戦に勝てる」

 解放軍兵士たちは、森の中でソレイユとレンの2騎による城塞都市アルカディア周回を観戦していたのだ。これまで3連敗を喫していた解放軍兵士たちは、ビアージュ子爵家のソレイユに希望を見出した。

ソレイユとレンは、本陣の簡易幕舎で解放軍指令アルノーと参謀ニコラらと作戦会議を開いた。

 「ソレイユ、アルカディア城内兵の士気高揚の任、見事な成果であった」

解放軍指令アルノーはソレイユを評価した。

 参謀ニコラは、一瞬苦虫を()(つぶ)したような表情をしたが、すぐに平静を装い、

 「士気の高まりが見えたので、次の作戦です。

 いよいよ敵司令官バーバラを討ち取ります。

 突撃隊は、是非とも戦の女神に祝福を受けるソレイユ隊にお願いしたい。

 解放軍本隊は遊軍とします」

と、淡々と説明した。

 レンは異議を唱えようと一歩前に出たが、ソレイユはこれを目で制した。


 ソレイユの簡易幕舎

 「あの参謀ニコラの作戦を、リュミエール様はいかがお考えですか」

 「レンこそどう考えたのです」

白のベネチアンマスクを外した素顔のリュミエールが、逆に問いかけた。

 「ソレイユ隊が突撃隊と言えば聞こえは良いですが、捨て駒にする気です」

レンが左手に白い布巾をかけ、右手に紅茶ポットを持ったままリュミエールの脇に立ち淡々と述べた。

 「確かに危険な任務です。

 しかし、敵司令官バーバラに肉薄できるのは、我がソレイユ隊となります。

 私たちが司令官を討ち取れば、城塞都市アルカディアは解放できます」

 「・・・ソレイユ様、それでは、私に策があります。作戦名『アゲハモドキ』」

そう言って、レンはティーポットを傾け、白地にピンクのバラの意匠のついたリュミエールのカップに、ロイド村原産のロイドグレーの紅茶を注いだ。

 「『アゲハモドキ』とは?」

リュミエールが僅かに顔を左右に動かして、ロイドグレーの香りを楽しむように一口飲んだ。

 「戦術目標は、敵司令官バーバラを討ち取ることです。

 ソレイユ銃士隊の最新型銃改Ⅱを使います。また、ソレイユ様の名も体も、双方が死地に飛び込み危険となります」

 「銃の使用に問題はありません。この一戦は、この国の未来に大きな影響を与えます。

 ・・・レン、今、ソレイユ様の名も体も、と言いましたね」

リュミエールがカップとソーサーを置くと、カチャと音がした。

 「はい。それから、その策のために、ソレイユ様からお借りしたいものがあります」

レンは、リュミエールを見て、不敵な笑みを浮かべた。


 大陸暦717年5月9日 8:00

 アードラー帝国は、城塞都市アルカディアを包囲して、攻城戦を開始した。

 北部方面司令官バーバラは、昨日と同様に東城門を攻めていた。

 攻城戦を馬上で指示する北部方面司令官バーバラに、銃兵長代理のデュランが馬を並べて話しかける。デュランは、無精髭(ぶしょうひげ)を生やした二十代後半の男性であった。

 「あのビアージュ家のソレイユが、またここに出て来ると思っているのか」

 「デュラン、司令官バーバラ様に何という口のききかただ」

参謀ダグラスが、デュランを怒鳴りつけた。

 「ダグラス、まあよい。デュランは自分の役目を果たせばよい。

 ・・・あの若造は必ず来る」

 「そうか、それなら俺は役目を果たすので、村の件はそちらが約束を果たせよ」

背に銃を背負ったデュランが、まだ現れぬソレイユを待ち()がれる様に言った。

 参謀ダグラスは、デュランを睨みながら、自信たっぷりに自画自賛する。

 「バーバラ様。ソレイユが出てくれば、我が策で、アルカディア兵の目の前で奴を討ち取り、抗戦の意志を失わせてみせます」  

 「策はあくまで策だ。・・・戦は何が起こるか分からぬ。だから、戦は面白い」

北部方面司令官バーバラは、城壁へかけた梯子を登る兵士が城壁頂上近くで落下していく姿を見ながら、しみじみと語った。


 軍服の赤い上着と白いズボン、右がアゲハチョウの羽根の意匠の白いベネチアンマスクを被ったソレイユが、森の端からアードラー帝国を凝視している。

 「昨日と同じく、東門攻城軍の後方に北部方面司令官の旗がある。やはりあそこに司令官がいる。

 皆者、其方たちの命はこのソレイユが預かる」

 ソレイユに従う騎兵5騎、歩兵200名は、戦いの女神に祝福されているソレイユに黙って頷くと思いきや、笑いを噴き出しそうになって口を押さえていた。

 「何かあるのか」

 「・・・いえ(プッ)、何でもありません。ソ、ソレイユクククッ

 「紡錘(ぼうすい)陣形」

 騎兵隊が最前列に立ち、歩兵が後列に位置して矢のような陣形となった。

 先程まで笑顔であった兵士たちは、緊張でその白目に浮かぶ黒目が異様な光を放っている。浅く速い呼吸から1つ深く息を吐いた。武器を握る手に力が入る。

 ソレイユが剣を抜いて、天に向けて突き上げる。

 「作戦名『アゲハモドキ』を実行する。敵との距離250m。突撃!」

 ソレイユ率いる突撃隊が、城塞都市の東側を包囲する司令官ただ1人目を狙い、敵本陣に向かって疾走を開始した。

 「バーバラ司令官、ソレイユが出て来ました。その数200」

兵が叫ぶ。

 すると、銃兵長代理デュランがゆっくりと馬から降りて銃を手にした。

 「馬鹿め、200だと。我が用兵を披露するまでもなかったわ。まあよい」

と参謀ダグラス呟き、しめたとばかりに笑みを浮かべて赤旗を揚げると、ラッパが鳴り響いた。

 東門攻城軍の兵士は城壁への攻撃を中止して反転すると、司令官の本隊を中央にして左右の側面に回り込んで行く。

 見る見るうちにソレイユ突撃隊は、敵司令官率いる兵士1000の陣に包囲される形となった。

「怯むなー! 我に続けー!!」

ソレイユが隊の先頭で檄を飛ばす。

 司令官バーバラ率いるアードラー帝国兵が、ソレイユ突撃隊の包囲を狭める。

 アードラー帝国銃兵長代理のデュランが銃を構え、ソレイユを見る。

 デュランは、その鋭い眼光で、ソレイユの白いベネチアンマスクの眉間(みけん)に照準を定めた。呼吸を止め、引金に掛けた指が動きかけた。その時、ソレイユの金色の髪の下から黒髪が見えた。

 「・・・違う。こいつはあのソレイユではない。偽物だ!」

デュランが銃から顔を離した瞬間、北の方角からおびただしい数の銃声が鳴り響いた。

 司令官バーバラ率いるアードラー帝国兵中央の北側にいた兵士たちがバタバタと倒れて行く。

 「あっちが、本物か」

デュランは北に駆け出した。

 意表を突かれた司令官バーバラが北側を振り向くと、そこにはソレイユ隊100名の銃士が再び狙いを定めていた。

 「いつの間に、しかもあの遠距離から・・・北だ。急ぎ北へ兵を向けろ。次弾発射までは30秒はかかる。急げ!」

司令官バーバラが命じた。

 兵士たちが北へ向かおうとした瞬間に、ソレイユ銃士隊100名の最新型銃改Ⅱが再び火を噴いた。

 アードラー帝国兵士たちは、次々に倒れて行く。

 「あの連射間隔の短さは何だ。・・・信じられん」

司令官バーバラが驚嘆した。


 アードラー帝国で新兵器として開発された銃は、銃身の先から内部の(すす)などを取り除き、火薬と球状の鉛を詰めて、それを棒で奥へ押し込んでから発砲するものであった。熟練者でも発砲から次の発砲までは、30秒近くを必要とした。

 一方、ソレイユ銃士隊が使う最新型銃改Ⅱは、ザクールたち鍛冶職人が改良を重ねた銃であり、銃の側面から銃弾を詰めるだけで発砲できた。発砲後の薬莢(やっきょう)は銃側面のレバーを引くだけで飛び出し、次の銃弾を詰めることができた。

 熟練者であれば、5秒で再発砲が可能であった。


 10秒足らずで3度目の斉射が行われた。アードラー帝国兵中央側面を守る兵士が、明らかに薄くなったのが分かった。

 その瞬間に、銃士隊の側面から赤い軍服姿に金色の髪を靡かせるソレイユが先頭となって騎兵15騎を率いて躍り出て来た。その後方には、歩兵300が続いていた。

 「騎馬と歩兵だ。先頭は、赤服に白蝶(しろちょう)のベネチアンマスク、あのソレイユだ」

敵兵の叫び声が聞こえた。

 ソレイユ騎兵隊が疾走する中、4度目の斉射が行われた。

 アードラー帝国の兵士が次々と倒れ、ついに、銀の(よろい)を身につけた司令官バーバラの姿が、ソレイユにも目視できた。

 ソレイユは、馬上で振り上げたサーベルを司令官バーバラへと真っすぐ向ける。

 「司令官はあそこだ! 続けー!!」

 騎兵隊15騎と歩兵300名は、ソレイユと共に疾駆してバーバラへと迫る。


 包囲網の中を突撃する(おとり)となった5騎と200名が、敵の陣形を食い破るように内側から激突した。その先頭にいる赤い軍服を着た偽のソレイユが、金髪のかつらと白のベネチアンマスクを外す。マスクの下から黒のベネチアンマスクをしたレンの顔が現れた。

 「北からソレイユ本隊が突撃した。こちらの囮隊とソレイユ本隊で、司令官バーバラを挟撃する。

狙うは敵司令官の命ただ1つ。進めー!」

レンが馬上から敵兵を切り伏せながら、兵たちを鼓舞した。

 勢いに勝るレンの囮隊は、アードラー帝国の陣形を切り裂いて、司令官バーバラに迫っていく。

 「行ける、司令官に切り込める・・・なに?」

 レンの刃が司令官に届くと思った時、レンの目に1人の異様な雰囲気を纏う男が映った。 男は銃を構え、遥か遠くを狙いすましていた。レンはその男の銃口の先を目で追う。

 「ソレイユ様!!」

 レンは馬首を返してその銃を構える男めがけ、即座に剣を投げつけた。男の構える銃に剣が当たると、銃口が上向きになって、そのまま発砲音が響いた。銃弾は、ソレイユの頬をかすめるように飛んで行った。

 男は、レンとソレイユを交互に指さす。

「本物? 偽物! 偽物? 本物! ソレイユの偽物」

 男がその言葉を発した瞬間にレンは、馬上からその男に飛びかかっていた。

 男はレンの下になり、力でねじ伏せられたかのように見えたが、巴投げのようにしてレンを投げ飛ばすと、腰から剣を抜いた。

 そして、レンに剣先を向ける。

 「偽物、なかなかやるな」

 「・・・見慣れぬ体術だ」

 レンは姿勢を低くし、デュランの眼をじっと見つめ牽制しながら、手探りで投げた剣を掴んだ。

 「俺は、マレ村のデュラン。お前は何ものだ」

 「ソレイユ様の執事兼従者のレン」

 「!」

  レンが即座に一歩踏み出して剣を水平に()ぎ払うと、デュランはこれを受け流す。(すき)のできたレンの胸に剣先が伸びる。レンはこれを剣の(つか)で払う。レンの剣がデュランを下から斬り上げる。デュランはこれをバックステップで(かわ)すと、剣先が鼻を掠める。

そこからは、絶え間ない両者の剣技が繰り出され、互いの剣から火花が散った。

 「こいつはなかなか手強い」

レンがそう言いながら、気になる司令官バーバラを横目で見た。

 「俺から目を離すとは良い度胸だ」

 デュランの連続突きをレンは紙一重で躱すが、頬、首元に赤い線がついていく。

 レンはデュランの空いた腹を前蹴りした。デュランは後方に飛ばされて地を1回転した。

 「うぐっ・・」

 デュランは立ち上がり剣を構えると、馬に乗り離れて行くレンの後ろ姿が見えた。

 「ちっ、俺には興味がないようだな。大将首が目の前にある。まあ、当然か」

デュランは、騎乗するレンの後ろ姿を追って走った。

 

 塞都市アルカディアの東を攻めるアードラー帝国司令官部隊を援護しようと、北側と南側を攻めていたアードラー帝国軍が、東側に迫っていた。これは、参謀ダグラスによるソレイユに止めを刺すための最終策であった。


 混戦の中で、ソレイユは司令官バーバラに斬りかかった。バーバラはこれを剣で受け止める。返す刀でソレイユの首を狙った。ソレイユは仰け反るようにしてこれを躱す。

 「ソレイユ様、アルカディア北側を攻めていた敵部隊がここ東側部隊への援軍として迫っています。このままではアードラー帝国軍に挟撃されます」

 「ソレイユ様、南からも来ます。三方向から包囲されます。お逃げください」

 ソレイユの剣先に(わず)かな動揺が見えた。これまでバーバラの剣を躱し続けていたソレイユは、躱しきれずに思わず剣で受け止めた。

 高い金属音と共に、ソレイユは馬上から跳ね飛ばされた。ソレイユ(リュミエール)は、男性と比べ低体重と低腕力なのは補いようがないハンデであった。そのためソレイユは、軽量のサーベルを使い、鎧はつけず、俊敏性に特化した剣術を身につけていた。その剣術の防御には、力で相手の剣を受け止める技はなく、全ての刃を(かわ)す、あるいは受け流す技のみであった。

 「・・・くっ」

 挟撃(きょうげき)の危機に焦りを覚えるソレイユは、集中力を欠いたまま、馬上のバーバラの喉元にサーベルの剣先を向けて跳んだ。

 「若いな、勝負を焦ったな」

バーバラは、ニヤリと笑みを浮かべながら剣を振り下ろす。

 突然、バーバラの馬の尻に剣が刺さり、馬が暴れ出して棹立(さおだ)ちになった。バーバラはこれを(しず)めようとして手綱(たづな)を引く。その時、ソレイユのサーベルがバーバラの喉元(のどもと)に食い込んだ。

 バーバラはそのままソレイユのサーベルもろ共、()()るようにして落馬した。

 ソレイユが駆け寄って、バーバラの喉からサーベルを抜いた。司令官バーバラは既に息絶えていた。

 アルカディアの城壁から大歓声が起こる。その大歓声は空気を震わし、天まで突き抜けた。

 「ソレイユ様が司令官バーバラを討ち取ったぞー!」

 「ソレイユ様自らの手で司令官を倒したぞー!」

 「ソレイユ様には、戦の女神の祝福がついているぞ。ソレイユ様に続けー!」

この大歓声を耳にした北部方面司令官バーバラ率いるアードラー帝国兵は、司令官の死を悟り戦意を喪失した。

 バーバラが騎乗していた馬の尻から、レンが剣を引き抜く。

 「この剣はレンが投げたのか」

 「当然です。ソレイユ様の至高の執事、至強の従者たることが私の務め」

 「レン、司令官は討ち取った。ここには敵の援軍が南北から迫っている。退くぞ」

 「その心配は無用の様です」

レンが北を指さした。

 「北の敵援軍に対して、解放軍司令官アルノーの遊撃隊がようやく重い腰を上げて戦い始めた。あとは南側からの敵です」

 その時、目の前の城塞都市アルカディア東門が開いた。そして、城壁内からアルカディア兵士たちが雄叫びを上げて突撃して来た。

 アルカディア兵士たちは向きを変え、南側から援軍に来た敵部隊に突撃して行った。

 「我らもアルカディア兵士たちと共に戦うぞ」

 「承知しました」

レンは乗馬すると兵に命じる。

 「我がビアージュ家の軍旗を」

軍旗を持つ兵が走り寄って来ると、レンはそれを受け取り高々と掲げた。

 白地に金獅子と剣の意匠の軍旗が、風を受けてバタバタと靡く。

 「おお、あれはビアージュ家の軍旗、我らの旗印だ。

 あの軍旗の下に集えー!」

ソレイユ隊は、ビアージュ家の軍旗を目指してぞくぞくと走り集まって来る。

 ソレイユが叫ぶ。

 「敵司令官は討ち取った。我が軍の勝利は目の前だ。我に続けー!」

 「「「「「おおー!」」」」」

 ソレイユを先頭に軍旗を掲げるレン、その後方には白蝶騎兵隊と銃士、歩兵たちが、戦場を駆け抜けた。


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