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36 心の中に輝く光

 大陸暦718年2月7日 9:00 ガルーン関近くの丘

 丘の頂上には深紅の布地に、切り絵のような白いアゲハチョウ紋章のついた軍旗が、風に(なび)いていた。

 ソレイユ全軍が整列し、丘の頂上を見上げている。顔に包帯を巻き、腕を三角巾で吊るしたり、松葉杖をついていたりする兵士たちもいる。それでも、兵士たちの瞳には、充実感と希望が輝いていた。

 また、港湾都市ガルーンの住民たちの多くも、解放の英雄の姿を一目見ようと、兵士たちを遠巻きにして集まって来ていた。

 そして、住民たちの群衆の中にはもう一人、リヤン国王の参謀、ソレイユの父フランク・フォン・ビアージュ子爵の姿があった。

 頂上には、右側にアゲハチョウの右羽の意匠のついた白のベネチアンマスクをつけ、透き通った青い瞳と金色の長い髪、端正な目鼻立ち、白い肌をして、軍服に身を包む司令官が立っていた。

 その司令官は、赤の上着に白のズボンと黒のロングブーツ、金の肩章が陽に光り、腰には金のサッシュと金の柄のサーベルを帯びていた。

 「諸君、オロール王国リヤン国王のため、またその民のため、己が愛する者のために命を賭しての奮闘に感謝する。

 諸君らの手で、このオロール王国は、真の独立を勝ち取った!」

 うおぉぉぉぉーという兵士たちの雄叫びで、丘が振動した。

 ソレイユは更に続ける。

 「アードラー帝国の占領からオロール王国の民を解放した!」

 兵士たちは白い歯をむき出して、おぉぉぉぉ!と歓喜の叫びが、冬の冷たい空気を震わせた。住民たちからも拍手が起こった。

 「ここからは、オロール王国の再建のために、諸君らとその愛する者の力を借りたい。

オロール王国のために共に歩もう!」

 おおおぉぉぉーー! 兵士と住民たちの決意の叫びが、遥か遠くの水平線まで届くようであった。

 「・・・リュミエール・・・私が、お前の人生を奪ってしまったと後悔していたが、それでもリュミエールは、自分の羽を広げ空高く舞い上がっていたのだな・・・」

 ソレイユの父フランク・フォン・ビアージュ子爵は、逞しく成長した娘の姿に、(ほお)を伝う涙を(ぬぐ)うことも忘れ、ただ黙って見つめているばかりであった。

 「最後に、この戦争で亡くなった民と英霊に安らかな永眠を祈り、また、オロール王国の再興を誓い黙祷を捧げる」

 レンが進み出る。

 「黙祷ー」

とレンのよく通る声が、冬の高い空に吸い込まれていった。

 丘は決意と静寂に包まれた。


 大陸暦718年2月7日 21:00 ガルーン城 ソレイユの部屋

 レンは白地にピンクのバラの意匠のついたソーサーとカップを、リュミエールの机の上に置いた。そして、左腕に白い布巾をかけ、ピンクのバラの意匠のティーポットから無駄のない動きでカップに紅茶を注ぐ。

 「濃い赤褐色(せきかっしょく)芳醇(ほうじゅん)な香りだわ」

 「少しお待ちください」

レンはそう言って、バラの意匠のついたカップにミルクを入れる。

 「レン、リヤン・レクス・オロール国王が首都パリリスに戻り次第、今回の戦争で戦死した英霊を(まつ)る国葬を予定していますが、それでも寂しい気がします」

 「心が(いや)されるには、時間が必要です」

 「残された我らが、オロール王国を豊かで平和な国にしていくことが、何よりも供養となりますね。民が生き生きとした国に再建していきたい」

 「その願いは、祈りとなって英霊にも届くでしょう」

 「その願いの実現は、私たちの使命です。・・・白褐色のミルクティー、アッサムですか」

 「はい、どうぞお召し上がりください」

リュミエールは、ミルクティーに目を落としながらカップを手に取った。

 「モルティーフレーバー、甘く芳醇な香り・・・美味しい。

 心が落ち着きます・・・そう、乾いた心が(うるお)います。

 アッサム独特のパンチの利いたコクが、ミルクとの相性もよく、互いの個性を生かしながらも、引き立てあっていますね」

 「はい、アッサムティーとミルクは、合わさることで互いの特徴を更に生かし、別の味わいを生みます」

 「主と、執事や従者の関係に似ていますね」

 「そうかもしれませんが、やはりアッサムティー次第だと思います」

 「主次第ですか・・・私は主としてどうでしょうか。究極の主に近づきましたか」

 「リュミエール様はどうお考えですか」

 「・・・レンの考えを聞きたいのです」

 「リュミエール様は、オロール王国を亡国の危機から救い、占領地の民を解放しました。それは、解放の英雄と称賛されるに相応しい偉業だと考えます。また、敵将であったグリフィス将軍やイブ殿からも信頼を得るほどになりました。

 それでも・・・」

 リュミエールは、レンの瞳を見つめて微笑んだ。

 レンもリュミエールの瞳を見つめ返して、

 「それでも、まだです」

と、レンは普段とは異なり、優しい口調で語りかけた。

 「そうですか、究極の主は果てしなく長い道のりですね」

 「リュミエール様のお心では、もう分かっているはずです」

 「・・・確かに、そうですね。

 私は皆の力と支えを得て、国と民に僅かながら貢献できたと自負できますが、それはマイナスから0に戻しただけです。

 民と共に、0から豊かな国へと再建して、初めて偉業を成し遂げたと言えるでしょう」

 「そのお考えを持っている限り、究極の主へと近づいて行くと考えます」

 「レンは厳しい執事であり、従者ですね」

 「当然です」

レンは背筋を伸ばし、その端正な顔立ちを更に引き締めてソレイユに断言した。

 「私は執事と従者に恵まれました」

 「そうですか。私はよき主に恵まれました」

 「・・・え、私はレンのよき主なのですか」

 「勿論です。オロール王国の民の幸せのために尽くす主なのですから」

 リュミエールは、胸がキュンと締め付けられ、鼓動が速くなり、顔が火照(ほて)るのを感じた。

 「・・・レン、私はスティーブとイブが羨ましかったです」

 「祖国と名声、地位、全てを捨てることになっても、己の信念を貫く選択をした生き方にでしょうか」

 「例え、全てを捨てることになっても、共に生きて行くことを選んでくれると、相手を信じられるところにです」

 「将軍とその軍師の関係を超えた、人間的な感情の絆のことを言っているのですね」

 「きっと、そうだと思います」

 「私にその人間的な感情の絆を期待しているのですか」

 「・・・・・レン」

 「リュミエール様が亡命したら、私も亡命するとお考えですか」

 「・・・つまらぬことを言いました。忘れてください」

 「いえ、覚えておいてください。私も亡命します」

 リュミエールの表情がぱっと明るくなった。

 「レン、本当に?」

 「当然です。リュミエール様の至高の執事、至強の従者であることが私の務め」

 「レン、ありがとう。でも、・・・微妙にずれている気がします」

 「務めが義務であり、無理強いのように感じましたか」

 「・・・ええ」

 「私にとって、務めとは人生を懸けるに相応しいものです」

 「私は巨躯の酔鬼兵に首を掴まれ、気を失う寸前にレンの顔が浮かびました」

 「そうですか。私もリュミエール様が私の名を呼ぶ声が心に聞こえてきました」

 「ふふっ、どうやら私とレンは、心では通じ合っているようですね」

 「どうでしょうか」

そう言いながら、レンはリュミエールのカップにアッサムティーとミルクを継ぎ足した。

 リュミエールはこれを一口含むと、

 「よい味です。合わさると格別の風味と味に変わります」

と、レンに微笑んだ。

 「気に入ってもらえて何よりです」

 リュミエールは、満たされている心と少しの寂しさを感じていた。


 大陸暦718年2月10日 9:00 ガルーン城

 「さあ、オロール王国首都パリリスまで、リヤン国王をお守りする。

 ソレイユ軍、出発!」

白馬雪風に乗ったソレイユが命じた。

 ソレイユは、出陣ではなく、出発との号令に平和の訪れをしみじみと感じていた。

 「ソレイユ様、どうかしましたか」

 「レン、平和を実感しただけだ」

 「それは、実に素晴らしいことです。私も胸が高鳴っています」

 「レンもそうなのか」

 「ここにいる全ての者がそう感じていると思います」

 ソレイユは、兵士たちに目を向けると、行軍する兵士の足並みが軽やかに感じた。怪我のため馬車に乗っている兵士たちも、馬車の帆から(のぞ)かせる顔が喜びに満ちている。

 「レンの言う通りだ。これが目指していた平和。そして、ここから豊かな国へと続く未来への道となるのだな」

 「0からの出発です。未来しかありません」

 ソレイユとレンは馬を駆けさせ、先頭へと向かった。


 先頭にはソレイユとレン、従者隊を含む第1特隊。その後には、ヘルムフリート率いる第2特隊、ルリ率いる第3特隊、リヤン国王の馬車を護衛するジャン率いる第4特隊、デュランの第7特隊、レオンの第8特隊と続いて行った。

 各隊には、スティーブとイブが亡命の意思を示した後に、次ぐ次と軍船から海へ飛び込み、スティーブを追って亡命してきた元アードラー帝国軍兵が分散され編入していた。

 「スティーブ、後悔はない?」

 「イブ、俺達には、現在と未来しかない。先ずは、この国の再建だ」

 「ふふっ、破壊神が建設神にならないといけないわね」

 「全くだ。それでも、建設は俺の心をよりかき立てる。ワクワクが止まらない」

 「私もよ。皆がいかに豊かに暮らせるかに知恵を巡らせ、創造していくのって素敵だわ」

 先頭にいるソレイユが振り返って、

 「スティーブ、その赤紫のベネチアンマスクは似合っているぞ」

と告げると、声に出して笑った。

 「ソレイユ殿、民から信頼を得るまでは、このマスクをお借りします。

 イブの若草色のマスクも似合っている」

 「ありがとう。スティーブ、ソレイユ領についたら、私は人探しを始めるわ」

 「え、誰を探すんだ」

 「知り合った友達よ。前に話したでしょう。直感的に気が合うと感じたリュミエールよ」

 「リュミエールか。迷子にならぬように、行く前には連絡をしてくれ。俺も一緒にいくから」

 「そうね」

 ソレイユは振り返って2人を交互に見つめてから、

 「私もリュミエールを一緒に探そう。力になれると思う」

と、再び笑いながら提案した。

 レンがソレイユに耳打ちする。

 「それでは、まず古参の重臣たちから」

 「当然だ。私は究極の主になるのだから」

ソレイユは声を上げて笑った。

 リヤン国王を守るソレイユ軍は、ゆっくりだが確実にパリリスへと進んで行った。

 

 ソレイユは馬上から、遥か遠くに見える冠雪した山の稜線を辿るように視線を動かす。レンもソレイユの視線を追うように、白く厳しい山の頂を眺めた。

 「レン、オロール王国は、美しい国だ。素晴らしい、実に素晴らしい。

 こうしていても、この国で民と一緒に創っていく明るい未来が想像できる。フォルトの初等学校で見た子供たちの輝く笑顔が浮かんで来る」

 「これが平和と繁栄への希望でしょう」

 ソレイユは、どこまでも高く、透き通った青い冬の空を見上げ、おまじないを唱える。

 「レスポワー、セ ラ リュミエー キ ブリ オ フォン ドゥ トン クー

 『希望とは、心の中に輝く光』」



 「当然です。あなた様の至高の執事、至強の従者たることが私の務め」解放の英雄編を最後まで、ご愛読していただきましたことを、心より感謝申し上げます。

 現実の世界では、不本意な選択を強いられたり、その責任を負わされたり、評価されたりするなど、不遇な状況を誰もが経験をしていることと考えます。

 不思議なことに、本編を書き進めるうち、不遇な状況下でも、自ら考え判断し、環境を変えていくことで、人生をもう一度やり直していこうとする城塞を守る名もなき兵士たちや脇役ともいえる登場人物の推しになっていました。心の中にある小さな光、自分の心の奥に輝く本当の思いを叶えるために行動をすることは、難しいことだなと感じています。 

 今後も読者の皆様と共に、作品を育てていけることを願います。

 


                  2025.8.1


   当然です。あなた様の至高の執事、至強の従者たることが私の務め


            解 放 の 英 雄 編




               花 野 井(はなのい)  (けい)




                    終


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