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34 白旗

 大陸暦718年1月27日 7:40

 群青色の夜空が東から白く染まり始め、黒い海に波のうねりが見えてきた。

 湾の東西の先端から沖へ1kmのところには、それぞれ1隻ずつのガレー船が停泊していたが、岸が明るくなり始めるとゆっくりと横に舵を切り、やがて沖へと戻って行った。

 「昨夜の奇襲の効果を観測していたのであろう」

ソレイユは、冲に戻っていくガレー船を見つめて言った。

 「4大軍神の投入。そして、昨夜の最強の白兵戦部隊である酔鬼隊の夜襲からも分かるように、アードラー帝国は最大戦力を投じて、決戦を仕掛けてきました。

 恐らく、海に浮かぶ船団が、敵援軍の主力軍だと考えます」

 レンがソレイユに話しかけた。

 「日中に決戦を仕掛けてくれれば、砲撃ができるこちらが有利だ。夜襲となると、両軍とも消耗戦(しょうもうせん)となる。

 今のところ、我が軍の強みは、圧倒的な遠隔攻撃の火力だ。アードラー帝国の強みは、攻撃を仕掛ける時刻の決定権を持っていることだ」

 「ソレイユ様、我が軍が勝る点があります。それは地の利です」

 「地の利・・・なるほど、アードラー帝国は船上で待機していなければならないからな」

 「もともと移送のための船団です。バイキングなどとは違います」

 ソレイユは深く頷く。

 「そうなると、敵の理想は短期決戦。互いに消耗戦となる長期戦は、消して望まぬはず。

 今夜、決戦を仕掛けて来るに違いない。備えとして、東の先端に、まだ消耗のないルリ隊を上げる」

 「それがよろしいと存じ上げます。今夜は総力戦となりましょう。

 敵の切り札とも言える白兵戦部隊、酔鬼隊を壊滅させた分だけは、こちらが有利です。

 それでも、このままでは、かなりの死傷者が出ると考えられます」

 「・・・このままでは? レン、何か策があるか」

 「敵の夜襲をトネール砲で迎撃します」

 「暗闇の天と海だ。昨夜のように、敵船は闇に紛れて見えないぞ。どうやってトネール砲で狙いを定める」

 「小舟を集めます」

 「小舟を?」

 「海上に浮かべた小舟が、敵の侵攻を察知したら、複数の小舟の上で篝火(かがりび)()きます。

 篝火を焚いたら、その船を浮かべたまま、兵は別の小舟で戻します」

 「そうか、その篝火の明かりで敵船を照らすのだな。

 トネール砲照準は、予めその小舟の距離に会わせておけばよいわけだな」

 「はい。それで敵船をある程度は沈められると考えます。

 ルリ隊にその小舟の用意をさせてはいかがですか」

 「レン、ルリに指示を頼む。

 それから、兵を半数ずつに分け、交互に1時間の食事と休息、その後は3時間の仮眠時間を与えよ」


 大陸暦718年1月27日 16:00

 アードラー帝国軍船団は、トネール砲の射程外となる、湾から3km離れた海上で待機していた。

 「あと2時間で日没の時刻だ」

 ソレイユは雪風に跨り、陣地を回る。そして、名も知らぬ兵士たちと車座になって、僅かな時ではあったが談笑する。隊の指揮官たちにも気軽に声をかける。

 「レオン、怪我は大丈夫か」

 「はい、ジル殿の分も・・・必中の砲をお見舞いしてやります」

 「ロック、ルリは無理してないか」

 「行軍と応戦の指揮で疲れているようですが、ルリ様は、この程度では音を上げません」

 「ロックは厳しいな」

 「その代わり、リル様の体調は毎日チェックしています」

 「ロック、それでこそ従者だ」

ロックは照れ笑いした。

 「ルリ、準備はどうだ」

 「小舟は港湾都市だけあって、漁船などの小舟を60隻ほど集められました。その内50隻で篝火を焚く予定です」

 「ご苦労だった」

 「・・・ソレイユ様、ジルとは同い年でした。惜しい男を亡くしました。

 ソレイユ様にジルの(かたき)を討っていただいていたことで、救われました」

 「あれはジルが作ってくれたチャンスを生かしただけだ。ジルが討ったと言ってよい」

 「ジルの早過ぎる死は、後でゆっくりと悼む(いた)ことにします。そして、その時に、一人で()ってしまったジルに、文句の一つや二つも言ってやります。

 それはそうと、ガルーン守備でほぼ待機状態であった我が軍の出番が、やっと回って来ました。

 そこに座っている兵はルロールです。此奴も同じ年です。昨年、双子が生まれたばかりです」

 ソレイユはルロールの肩に手を当てて話しかける。

 「ルロールの子どもは双子か。双子はどうだ」

 「はい、姉弟なのです。姉がシャルロット、弟がイヴォンです。

 もう可愛くって、可愛くって。妻と私で奪い合いになるところなのですが、双子なので同時に抱っこできるので喧嘩(けんか)にもならず、生れたばかりだというのに親孝行者ですよ。

 私たちの希望です」

 「それは、親孝行者だ。

 レスポワー、セ ラ リュミエー キ ブリ オ フォン ドゥ トン クー。

 『希望とは、心の中に輝く光』」

ソレイユは自分のことのように喜んでいた。

 「シャルロットとイヴォンは、まさしに心の中に輝く光です」

 その後、フレデリクやアベル、ジャン、オーベルシュトルツ、クルーゲ、デュランにも声をかけて回った。


 16:50

 「ソレイユ様、監視塔の兵士から、北に新たな船影らしきものを確認したとの連絡です」

 「何! 昨日からの戦闘で、半数にまで減らした敵船団の他に、まだ援軍があるというのか」

ソレイユは監視塔に駆け上った。そして、日暮れの迫る水平線をじっと見つめる。

 「あれは船影に間違いない・・・水平線に浮かぶ新たな船影がおよそ100隻。

 ・・・いや、もっとだ」

 「ソレイユ様、目の前の船団と合わせれば、170隻は超えます」

 「かなり厳しい戦いとなるな。敵は、捕虜にした皇太子ジェルムを力で取り戻すというのだから、打ち勝つしか道はない。

 ここで我が軍が退けば、リヤン国王が(とら)われ、更に敵の大軍がオロール王国に雪崩込(なだれこ)み、我が国は間違いなく滅ぶ」

 「はい。退けばそうなります。ですが、戦いこれに勝利すれば良いだけです。

 昨日の敵は100隻でしたが、今日は170隻に増えただけです。やることは同じです」

 「そうだ。同じだ」

ソレイユは口角を上げて白い歯を見せた。

 レンもソレイユの瞳を見つめて、ニヤリと微笑んだ。

 海上に浮かぶアードラー帝国の船団が合流し、大船団に膨れ上がって行った。


 17:20

 アードラー帝国の大船団から、巨大な四角帆のキャラック船1隻が東の湾の先端に近づいて来る。

 そのキャラック船のメインマストの上には、白い旗が靡いていた。

 「見ろ、マストの上! あれは白旗ではないのか」

監視塔の兵士が叫んだ。

 湾の東西の先端に陣を張る兵士たちが、一斉に指さして声を上げる。

 「どうしたんだ。アードラー帝国の船が白旗を上げて近づいて来るぞ」

 「まさか降伏か」

 「待て、降伏勧告の使者も白旗を使うと、聞いたことがある。あの船には、俺たちに降伏を勧告する使者が乗っているのではないか」

 「そうかもな。あの大船団で、自ら降伏しては来ないだろう」

 「あのキャラック船は、ガルーン湾の奥にあるガルーン城に向かっているのか」

ソレイユはキャラック船の甲板を見つめる。甲板には多くのアードラー帝国軍兵の顔が見えた。

 「トネール砲の照準をあのキャラック船の舷側(げんそく)に合わせておけ」

 「いつでも砲撃できるようにしておきます」

レオンが引き締まった表情で答えた。

 ソレイユは雪風に跨ると、

 「ガルーン城に向かう。レン、ついて来い。

 ルリ、臨戦態勢維持。攻撃の判断は任せる。また、海上の船団にも注意を(おこた)るな」

そう言って、馬の腹を(かかと)で蹴った。

 「はっ」

 ルリが答えると、隣にいたレオンも頷き、砲兵隊の下へ駆けて行った。

 ソレイユとレンは、C型をしたガルーン湾の先端から湾に沿って馬を走らせ、湾中央の海岸線にあるガルーン城を目指した。


 湾の中で鏡のように穏やかな海面を、大型キャラック船1隻が半帆で入港して来る。ソレイユとレンは、それに鋭い眼を向けている。

 ガルーン城から200mの距離で、そのキャラック船は投錨(とうびょう)した。キャラック船から手漕ぎボートが海面に降ろされた。そのボートへは、10人程の漕ぎ手らが乗り込んだ。その内の1人が船首で白旗を持って立っていた。

 「レン、どうやら、何らかの協議を希望しているようだな」

 「はい、アードラー帝国のこの使者を、我が兵だけではなく、ガルーン城の捕虜たちも固唾(かたず)を飲んで見守っているようです」

レンの視線がガルーン城へと向いた。

 ガルーン城の柵のある窓には、柵を握りしめ、顔を寄せ合って(のぞ)き見している兵士たちがいた。


 ソレイユは幕舎へと使者を通した。幕舎の周りにはジャン隊の兵士たちが、取り囲んで警備をしていた。この警備は、隊長を夜襲で失って殺気立つジル隊からの警護の意味合いもあった。

 ソレイユがテーブルにつき、その背後にレンと、護衛としてフレデリク、他2名が直立している。一方、アードラー帝国は内務大臣ブラウンがテーブル越しに座り、その背後に官僚スミス、護衛兵3名が直立していた。

 「我は内務大臣のキングズリー・フォン・ブラウン」

 「私はソレイユ・フォン・マーティン」

 「解放の英雄と呼ばれるマーティン辺境伯は、噂以上にお若いのですな」

ブラウンの垂れ下がった(しわ)から優し気な目が覗いていた。

 「ブラウン内務大臣、敵の陣中へ乗り込んで来るとは、何故ですかな」

 「この歳になると、海峡を越えるだけでも、船の揺れと寒さでしんどい旅となり申す」

 「ご用件を」

 ブラウンの垂れ下がった皺の隙間(すきま)から、鋭い眼光が覗いた。

 「アードラー帝国皇子ジェルム様をお渡し願いたい」

 「それには、まず、お尋ねしたいことが2つあります」

 「・・・何をじゃ」

 「1つ目は、ジェルム皇子が我らに(とら)われていることは、いつ知りましたか。

 2つ目は、この交渉におけるブラウン内務大臣の権限についてです」

 「よいでしょう。しかし、それをお答えする前に、アードラー帝国皇子ジェルム様のお姿を拝見する必要があります」

 「分かりました。レン」

ソレイユは、背後に控えるレンに命じた。

 レンがジェルム皇子を幕舎まで、丁重に連れて来た。

 「ジェルム皇子、私はアードラー帝国の臣、内務大臣のキングズリー・フォン・ブラウンです。覚えておいでですか」

 5歳のジェルム皇子が屈託(くったく)のない表情で答える。

 「・・・覚えていない」

 「このように、お辛い目に合わせたことを、深くお詫びいたします。

 お体はいかがですか」

 「余は無事だ」

 「お(いたわ)しや、今しばらくの辛抱です。アードラー帝国ベルバーム・アードラー皇帝陛下も、ジェルム皇子のことを深く心配なさっております」

 「そうか。父上が余を心配なさっておられるのか」

ジェルム皇子は初めて笑顔を見せた。

 ソレイユはレンに目配せをした。レンはジェルム皇子を幕舎の外へと連れ出して行った。

 「では、2つの質問に答えていただきましょう」

 「・・・ジェルム皇子の御身が囚われと知ったのは、つい先ほどのことだ」

 「というとは、ジェルム皇子の身柄が拘束されていると知り、力で取り返す方針を変更したということですか」

 「如何(いか)にも」

 「不思議なこともあるものだ。船団が援軍に来て大船団となったにも関わらず、一度は力で奪い返すと言っていたアードラー帝国船団が、なぜ交渉の選択に変更するのだ」

 皺だらけで表情が読みづらいブラウンの瞳が左右に動いた。

 「2つ目の回答じゃ。私はベルバーム・アードラー皇帝陛下の命によって、全権を有しておる」

 「全権ですか。・・・分かりました。事態はデリケートな問題をもはらんでいるようです。互いに腹を割って話し合う必要があるようです。よろしいかな」

 「・・・ジェルム皇子の御身に代えられるのならば、致し方ない」

 ソレイユは、ブラウンの垂れ下がった皺に潜む瞳を、真っすぐに見つめて提案する。

 「この協議の目的を、オロール王国とアードラー皇帝の終戦条約にしてはいかがですか。その証として、オロール王国は、ジェルム皇子の身柄をお返しします。

 アードラー帝国は、オロール王国の人や財産等を全て放棄し、領土から完全撤退する。

 如何(いかが)ですかな」

 「・・・いや、それは・・・いかに全権を委ねられているとはいえ、国家関係を左右する終戦条約までは・・・せめて、1年間の停戦条約であるなら・・・」

皺だらけのブラウンの額から、キラリと光る(しずく)が線を引いて垂れた。

 「分かりました。ブラウン内務大臣にもお立場があることでしょう。

 それなら、3年間の停戦条約でいかがですか」

 「・・・分かりました」

 「オロール王国の人や財産等を全て放棄し、領土から完全撤退することは、よろしいのですね」

 「致し方ありません。ジェルム皇子の御身のためです。アードラー帝国皇帝ベルバーム・アードラー陛下も、必ずやそれをお受けになるに違いありません」 

 「では、両国が望むこの3年間の停戦条約とその条件のために、ここからは駆け引きではなく、互いに腹を割って話をいたしましょう。

 リヤン・レクス・オロール国王は首都パリリスの地で、アードラー皇帝軍グリフィス将軍に囚われている可能性もあります」

 「何ですと!」

 「ご心配なさられるな。それでも停戦条約には影響はありませんし、ジェルム皇子を無事にお渡しできます」

 「・・・停戦条約に、国王と皇子の交換も含めるということじゃな」

 「私は腹を割って話しました。今度はブラウン殿にも、話してもらいたい」

 「ソレイユ殿、何のことですかな」

 「一度は力で奪い返すと言っていたアードラー帝国船団が、なぜ交渉の選択をしたのか。その船団に国家の重鎮(じゅうちん)のブラウン内務大臣が加わっていた理由です」

 「そ、それは・・・」

 「3年間の停戦条約と言っても、まだ口約束。これからは、双方の信頼が大事となります」

 「・・・分かりました。

 ジェルム皇子が、帝位継承権第1位の皇太子となられたからです」

 「皇太子は他にいたはずでは?」

 「数日前、皇太子アレクサンドル様が崩御(ほうぎょ)なされました。

 2年前には帝位継承権第2位のザンジバーム皇子が急逝(きゅうせい)されて、代わりに当時帝位継承権3位だったジェルム皇子が、このオロール国王の王として派遣されたのです。

 相次ぐ皇太子と皇子の急逝で、ジェルム皇子が、皇太子となられたのです。

 アードラー帝国皇帝ベルバーム・アードラー陛下は、ジェルム皇太子を至急本国へ呼び戻すよう私に命じました。そこで、救援軍の船団に私が乗船して来たのです。

 先ほど、ジェルム皇太子を力で奪い返すと言っていた、前皇太子派の船団司令官は極刑にしました」

 「ブラウン殿、よくぞ話してくれました。

 私とブラウン殿の目的達成のためには、停戦条約締結と国王と皇太子の交換を成し遂げなければなりません。

 互いの国と事情、そして、思惑に差異こそありますが、互いの目的のため力を合わせましょう」

 ブラウンは皺くちゃな顔で頷いた。

 その後は、捕虜交換や停戦条約調印式について、しばらく話し合った。話が済むと、ブラウンらは大型キャラックに戻って行った。 

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