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第9章 決戦  32 アードラー帝国軍来襲

 大陸暦718年1月26日11:00 港湾都市ガルーン

 ソレイユは、3万ものアードラー帝国兵の捕虜の扱いに苦慮(くりょ)した。それは、パリリスを攻めるグリフィス軍に、皇子ジェルムの停戦命令書が届き、停戦が成立するまでの期間、若しくは、パリリスが陥落し、リヤン国王が人質となっていた場合の策である、国王と皇子の交換交渉が成立するまでの期間における捕虜の扱いであった。

 ルリの「ガルーンに監禁したら」という提案で、ガルーン城を巨大な(ごく)とすることにした。

 アードラー帝国兵の完全武装解除は元より、城内の全ての武器なるものを城外に運び出し、城内には2週間分の携帯食と飲み水のみを残して、城門を閉鎖したのだ。

 そのことにより、ソレイユ軍はガルーン城の外に陣を張っていた。また、不測の事態に備えて、城外からトネール砲がガルーン城へと、その照準を定めていた。

 勿論、皇子ジェルムは城外に移され、ソレイユ軍の中枢で丁重に軟禁(なんきん)されていた。


 大陸暦718年1月26日11:30 港湾都市ガルーン

 「ガルーン港沖に船影発見」

船着き場の監視塔から海洋を監視しているソレイユ兵が叫んだ。

 ソレイユとレンが幕舎から出ると、船着き場には多くの兵が集まっていた。

 「まさか!」

ソレイユが監視塔に駆け上る。レンも続いた。

 ソレイユの金の髪が、監視塔の上で風に(なび)く。眩しそうに地平線を眺めると、黒い船影が地平線を(おおう)うように増えていく。

 「あれは、まさかアードラー帝国軍のオロール王国征服のための本軍か。レンどう考える」

 レンは額に手を当て、じっと眺めている。

 「船籍は不明ですが、北という方角とあの船の数を考えれば、間違いないでしょう」

 「よりによってこんな時に・・・」

 「最悪のタイミングではありません。ガルーンを陥落させた後であったことは、幸運です」

 「まあ、そうだな。しかし、捕虜(ほりょ)兵3万人が暴動を起こす可能性もある。外敵と内敵に備えなければならない」

 「それは勿論ですが、こちらは、皇子ジェルムの身を押さえています。

 そのことを船団に伝えられれば、回避できる可能性もあります。少なくても捕虜の暴動は、抑えられる可能性が高いと考えます」

 「そうだな。では、東西の湾の先端にトネール砲を4門ずつと、ジャン隊とジル隊を配置。

 ガルーン湾を閉鎖する。

 そして、湾の中央奥にあたるガルーン城の両脇にトネール砲を1門ずつ。更に、その守りとして、オーベルシュトルツ隊とルリ隊を配置する。

 遊撃隊はフレデリク隊。

 我が第1隊は、騎兵隊と銃士隊、トネール砲3門で、湾の内周を守る」

 「それがよろしいと思います。デュランのポルト銃の銃士隊を1,000名ずつに分け、東西の湾の先端に配置し、ガルーン城の左右に従者隊を配置するのがよろしいと考えます」

 「我が軍の精鋭、ヴァーグ銃の騎銃士隊1000名だな。その指揮はアベルに任せろ」

 「はい」

 「直ちに、配置に着かせろ。ジルを船団への使者に立てる」

 「皇子ジェルムからの文書を渡し、こちらの捕虜となっていることを伝えさせるのですね」

 各隊の隊長が招集され、レンの短い指示が飛んだ。オーベルシュトルツやルリたちが散り、旗下の兵に指示を与えた。

 ジルは、文書を持参し、小舟の()ぎ手1名を伴い沖へと向かった。


 ジルは文書を大型キャラック船の兵に手渡すことはできたが、乗船は認められなかった。ジルが小舟からキャラック船の甲板を見上げていると、士官らしき者が顔を出した。

 波に揺れる小舟のジルを見下すように話す。

 「グレアム・フォン・トーマス軍総司令からの返答だ。

 ジェルム皇子のお受けになった屈辱(くつじょく)は、其方たちの死をもって(ぬぐ)うであろう。アードラー帝国の威信にかけて、力で皇子を取り戻す」

 「待て、俺の話を・・・」

 「返答は伝えた。戻られよ」

 「・・・・」

ジルはけんもほろろに突き返された。


 12:30

 使者ジルとの対応で、一旦は停止していた船団が動き出した。ついに、ガルーン湾沖2㎞まで迫って来ている。

 ガルーン湾東の先端でソレイユは、船影を確認する。

 「およそ100隻・・・大型ガレー船が60隻、三角帆のキャラベル船が30隻、最新艦の大型四角帆のキャラック船が10隻といったところか」

 レオンが隣で不安そうに尋ねる。

 「ソレイユ様、あの船団の兵が全て上陸したら、何名くらいですか」

 「大型ガレーは600人乗りだと聞いているから、そうだなー、ざっと4万2,000というところだな」

 「・・・大丈夫ですかね」

 「大丈夫だ。そのために、其方が鍛えた砲兵隊があるのではないか」

 「トネール砲は、距離1,800に照準を合わせています」

 「西の湾の先端にいるオーギュストが、船団との距離1,800で青旗の合図を送ることになっている。砲撃の準備は(おこた)るな」

 「はい、先頭グループの大型ガレー船に合わせてあります」

レオンは西の湾の先端を見て、手の汗をズボンで(ぬぐ)った。


 西の湾の先端

 「オーギュスト、距離はどれくらいだ」

 「レン殿、ご安心ください。まだ1,910mあります」

 「つくづく破格の才だな」

 「あと50mです。砲兵隊、照準はよいか」

 「距離1,800mで調整し、照準準備できています」

 オーギュストは、ゴクリと(つば)を飲み込む(のど)を鳴らした。

 オーギュストが青旗を上げて、叫んだ。

 「撃てー!」

 西のトネール砲4門が火を噴いた。ドドドーンと爆発音が鼓膜を震わせた。

 続いて、東のトネール砲4門の砲先が(まばゆ)い光を放った。

 迫り来る大型ガレー船に直撃した。ガレー船の船体から光と白煙が上がると、真っ二つに折れ曲がり沈んでいく。6隻の大型ガレー船が、操船不能となり沈没していく。2発は大型ガレー船の近くに着水し、海面に荒い波を立てた。

 荒波の中を大型ガレー船は、陸を目指し船速を上げる。

 「次弾、狙え」

 「照準よし」

 「撃てー!」

 大型ガレー船は次々に海の藻屑(もくず)と変わっていった。


 ガルーン城

 ガルーン城に監禁されているアードラー帝国軍兵は、砲撃の音に動揺する。

 「何が起きているんだ」

 「援軍が来てくれたのか」

 城の窓についている柵越しに、砲の音の方向を覗く。

 「ソレイユ軍は、海に向かって砲撃しているぞ」

 「海って、アードラー帝国から援軍が来てくれたのか」

 「よし! これで助かるぞー」

 「こうしてはいられない。ここから脱出して、俺たちも戦おう」

 「だが、ジェルム皇子が捕虜になっているんだぞ。しかも、俺達には武器もない」

 「それでも、俺たちは・・・」

 その時、城外から威厳に満ちた野太い声が響いた。

 「城内にいるアードラー帝国兵よ。狼狽(うろた)えるな!

 我はヘルムフリート・オーベルシュトルツ。

 ジェルム皇子と仲間の命を救うために、降伏したのであろう。その勇気ある選択を無駄にするな。

 無益な戦いは、我らとて望まぬ。

 この()に及んで、其方たちにできることは何もない」

 「・・・ヘルムフリート・オーベルシュトルツって、あの4大軍神の騎神と(たた)えられるオーベルシュトルツ将軍だよな」

 「ああ、この戦いでアードラー帝国軍が勝てば、俺たちは解放される。今はそれを祈るしかない」

 アードラー帝国軍兵たちは、静まり返った。


 東西の湾先端から計8門のトネール砲の砲撃によって、船団の数が目に見えて減っていった。

 後方に控えていた大型四角帆のキャラック船3隻が、海上で船体を横に向けた。

 「大型キャラック船が転舵(てんだ)しています」

砲兵が指さして、レオンに報告した。

 レオンはキャラック船を確認しながら、ソレイユに尋ねる。

 「あの動きはなんでしょうか」

 「艦砲を撃つつもりだ」

 「え、船の砲ですか?」

 「大丈夫だ。この距離ではトネール砲以外、届きはしない。(むし)ろこちらの好機だ。

 横を向いた船体を狙え」

 「はい、格好の的です。

 照準、横を向くキャラック船!」

 「了解」

砲兵たちが、トネール砲の向きを変えていく。

 大型キャラック船の舷側から無数の(きら)めきと黒煙が舞い上がった。キャラック船の艦載砲から撃たれた砲弾が放物線を描いて飛んで来る。その放物線は、トネール砲のならぶ湾先端の手前300mの海面に着水した。

 「照準キャラック船、完了」

 「撃てー!」

レオンの号令が波の音を消した。

 トネール砲から撃たれた砲弾が低い放物線を描き飛行する。大型キャラック船の舷側と甲板に着弾する。舷側から木片と白煙が飛び散り、大穴が開き、甲板のマストがめきめきと音を立てながら倒れていった。

 次々と大型キャラック船の舷側に着弾していく。

 キャラック船は船体が折れ、或いは船首を沈めながら、砕けた船体を海面に浮かべていた。

 トネール砲の砲撃をかいくぐり、東西の湾先端に数隻の大型ガレー船が近づいて来る。

 東の湾先端の陣で、ソレイユの指示が飛ぶ。

 「敵が上陸するぞ。銃士隊、海岸線の防御。ジル隊は白兵戦に備えろ!」

 トネール砲から砲弾の飛ぶ下を、銃士隊とジル隊が配置に着く。

 西の湾の先端から、ポルト銃の銃士隊の銃撃音が響いた。ポルト銃の斉射によって、上陸目前の大型ガレー船から海に落ちる者、甲板に倒れる者の姿が見えた。


 西の湾の先端

 デュランが斉射を命じる。

 「撃てー!」

 1,000挺のポルト銃が一斉に火を放つ。上陸間地かの大型ガレー船に乗る兵士が、倒れていく。

 複数の大型ガレー船が西の湾先端に接舷する。大型ガレー船には、兵士が500名乗船していた。複数の大型ガレー船の船首から、湾先端に飛び降りて来る。

ポルト銃がこれを一掃するが、討ち()らした兵士が剣を構えて肉薄する。

 「ジャン隊、突撃!」

 これをジャン隊が迎え撃つ。ジャン隊の兵士の槍が、上陸したアードラー帝国軍兵の胸や腹を突く。アードラー帝国軍兵の剣がジャン隊の兵士を切り伏せる。まさに力と力の肉弾戦となった。

 レンはトネール砲隊の脇で指示を出す。

 「上陸した敵兵はジャン隊に任せろ。砲兵隊は船への砲撃だけに集中しろ! 

 この砲撃が我が軍の生命線だ。撃てー!」


 東の湾の先端

 「撃てー!」

 ソレイユの斉射命令で1,000挺のポルト銃が一斉に火を噴いた。上陸しようとするガレー船の甲板では、体を打ち抜かれた兵士たちが倒れていく。

 「左のガレー船を狙え。撃てー!」

 ソレイユ軍の銃士隊が絶え間なく射撃を繰り返す。

 レオンが砲兵隊に命ずる。

 「大型ガレー船には多くの兵が乗船している。キャラック船に惑わされるな。

 狙いは大型ガレーに絞れ。

 狙え、撃てー!」

 絶え間なく砲弾が大型ガレー船を沈めていく。

 鎖帷子(くさびかたびら)を着込み、茶色の布を被る巨漢のジルは、波の砕ける音を吹き飛ばすかのような大声で指示する。

 「手前のガレー船を狙え! 放てー!」

 ジル隊は手に持つ弓から矢の雨で応戦する。矢は大型ガレー船の舷側や甲板、兵たちに降り注ぐ。ジル自身も弓を構え、兵を射抜いていく。

 大型ガレー船から、矢の反撃があるが、ジルはものともせずに叫ぶ。

 「(ひる)むなー! 船の上から()られた矢など当たらぬ」

 先頭に立つジルを狙った矢が飛んで来る。ジルはその矢を寸前で(つか)み取る。

 「・・・まあ、たまには、船の上からでも当たる矢はあるのだな・・・」

と恥ずかしそうに言いながら、手に持った弓にその矢をつがえ、ガレー船の兵士を射抜いた。ジルは血気盛んな二十代半ば、その巨漢通りの豪胆(ごうたん)さと愛嬌(あいきょう)ある笑顔をもって、兵たちを勇気づけていた。

 ソレイユは、西の湾の先端に目を向ける。上陸アードラー帝国軍に上陸を許したものの、数に勝るジャン隊が優勢であった。

 「あれならジャンが守りきるな」

ソレイユはそう呟くと、海に浮かぶ船団に目を向けた。

 ソレイユ軍の砲撃と射撃、弓、白兵戦で、アードラー帝国軍の船団は、半数近くにまで数を減らしていった。

 船団の中央に位置する大型キャラック船のマストの頂上に、赤と黄色のツートンの旗が上がった。そして、けたたましく叩く銅鑼(どら)()が海上に響き渡った。

 大型ガレー船は転舵して、下がって行く。三角帆のキャラベル船と大型四角帆のキャラック船も船首を後方へ向けて行く。

 船団は水平線と重なる距離まで下がって行った。

ソレイユが勝ち(どき)を上げる。

 「我がソレイユ兵の諸君。我らの勝利だー!」

 「「「「「おぉー!」」」」」

東の先端にいる兵が雄叫びを上げた。

 西の先端でも、雄叫びが響いて来た。

ソレイユは西の湾の先端を見て、

 「レンと西の先端を守る皆もよくやった」

と一人呟いた。

 西の先端では、ソレイユの声など聞こえるはずもないが、

 「ソレイユ様、守り切りましたね。

 力押しが無理だと分かれば、アードラー帝国軍は、トネール砲が撃てなくなる夜襲を掛けて来るでしょう。その時が決戦です」

と、レンが呟いた。

 ソレイユは、東の湾の先端に立って、

 「レン、聞こえずとも、分かっている。アードラー帝国船団は、ガルーン湾を封鎖するこの東西先端にあるトネール砲が邪魔なのだ。必ずここを狙って来る。

 夜襲が決戦だ」

そう呟いた。

 ソレイユは、兵士たちにトネール砲の配置場所の変更命令と夜襲への備えを命じると、その後に4時間の休息や食事を指示した。

また、西の湾の先端で激しい白兵戦を繰り広げたジャン隊は、その隊の消耗を考慮し、ガルーン城の守りに下がった。

 その代わりに、オーベルシュトルツ率いる第2軍本隊が西の湾の先端の防衛についた。

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