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31 湾岸都市ガルーンの戦い

 大陸暦718年1月25日10:00

 「南北に延びるノルシュド街道の終着点と東西を(つな)ぐノール街道が交差しているあの地点は、正に要衝(ようしょう)だな」

 ソレイユが高い丘の上から、街道を指でなぞった。

 「あのガルーン関は、この2つの街道が交差したところにあり、湾岸都市ガルーンを守っています」

 レンがノール街道とノルシュド街道を指さした。

 「ガルーン関を超えればそこは、皇子ジェルムが逃げ込んだガルーンか」

 ソレイユ軍は、湾岸都市ガルーンに肉薄していた。これには訳があった。

 2日前の1月23日 3:00 情報工作隊オーリ族の「グリフィス軍南下」という報告後に(さかのぼ)る。


* * * * * * * * * * * * * * *

 「ソレイユ様、グリフィス軍は首都パリリスを狙っています」

 「狙いはリヤン国王か」

 「恐らく。この戦争に決着をつけるつもりでしょう」

 「レン、急ぎパリリスへ戻るぞ!」

 レンがソレイユの眼を見て、慎重に語る。

 「ソレイユ様、お言葉ですが、戻っても無意味です。

 我らが首都パリリスへ着いた時には、既に陥落しています」

 「それでも、パリリスへ戻る。リヤン国王とパリリスの民を救い出さねばならない」

 「救出は、陥落後の状況では不可能です。

 リヤン国王の命を盾にされれば、我々は武装を解除して降伏するしかありません」

 「レンは、リヤン国王と民を無事に救い出すことはできないと言うのか」

 「リヤン国王は、直ちに命を奪われることはないでしょう。民も同じです。

 リヤン国王の利用価値は無限大です。生かしてこれを最大限に活用するつもりだと考えられます。同様にパリリスの民たちには、人質としての価値があります。

 ソレイユ様、今、この危機的状況を打開する手段は、パリリスの地にはありません」

 「レン、どうすればよいのだ」

 「それは、ガルーンの地で皇子ジェルムを捕縛することです」

 「!! ・・・なるほど、ジョーカー対ジョーカーの交換に持ち込むのか・・・。

 いや、待て、違うぞ。先にこのジョーカーを得た者が、この戦争を征する。

 時間との勝負になるということだな」

 「その通りです。我らソレイユ軍とグリフィス将軍のどちらが早く、目標とする人物を捕縛(ほばく)するかです。

 とは言うものの、パリリスとガルーンの距離は170kmあります。仮にどちらかが、王または皇子を捕縛した場合、捕縛された王または皇子が発する自軍への降伏命令書は、170km離れた相手の首都へ届くまでに、最短で2日間を要します。2日間の空白の時間が存在するのです。

 よって、捕縛の時間差は、命令書の移動に要する2日間までは0に等しいのです。

 もし、3日間以上の差をつけての王または皇子の捕縛ができれば、この戦争を征することになります」

 「レン、目標変更だ。皇子ジェルムを捕縛する。目的地は、ガルーンだ」

 「承知しました」

* * * * * * * * * * * * * * *


 C型をしたガルーン湾の海岸部に湾岸都市ガルーンがある。ガルーン湾岸中央部に城があり、その城は高い城壁で守られていた。その城壁外には、ガルーン湾にそって住民の居住区や商業区が広がり、海運を利用した交易や漁業などで栄えていた。

 また、居住区や商業区の外側に城壁は造られていないが、切り立った崖や山々に囲まれているため、天然の要害となっていた。

 ガルーン湾の外洋とつながるC型の切れ目は、それぞれ「東の湾先端」「西の湾先端」」と呼ばれ、その間には、150m程の距離があった。この湾の切れ目の150mが、軍船や貿易船、漁船などの航路となっていた。

 レンがソレイユに説明する。

 「湾岸都市ガルーンは、内陸部との接点の道は1本です。2つの丘の間をくり抜いたあの南に延びるノルシュド街道です。

ノルシュド街道の両脇にある丘の間には、ガルーン関と呼ばれるあのダムのような堅牢な城壁が守りを固めています。あのガルーン関の攻略は至難です。我らソレイユ軍を除いてのことですが」

 レンが口角を上げて、自信を(のぞ)かせた。

 「レン、あのガルーン関の両脇の丘の上は砦になっているな」

 「はい、ガルーン関の手前は、ノルシュド街道とノール街道が交差する要衝です。ガルーン関を両方の丘の砦がサポートしています」

 「どこから攻めるかだな」

 「それでしたら、ナナの情報工作隊が偵察に行っておりますので、間もなく判断できます」

 「レン殿、私は戻っていますよ」

ナナの声にレンが驚いて振り向いた。

 「・・・全く気配がしなかった。腕が上がったな」

 「レン殿に言われなくても、精進していますよ。未来の旦那様、ソレイユ様のためですもの」

 「レン、我が軍の指揮官たちをここへ呼べ」

ソレイユは指示をだした。


 「ナナの報告では、ガルーン関に兵5,000、その東の丘に2,000、西の丘に2,000。ガルーンの城の城壁内に約3万か。

 砲が東西の砦に1門ずつと投石機が各2、ガルーン城壁に砲2門か。

 ナナもう一度確認をする。ガルーン城の城壁内には民はいないのだな」

 「はい、城壁外に街が造られているので、内側にはアードラー帝国軍兵しかいません。

 それから、ガルーン城の東側には海に突き出た場所があって、ほらあそこ、あそこが軍港となっているの。

 いよいよとなったら、そこから皇子ジェルムたちが逃げ出すことも考えられます」

ナナは遥か遠くに見えるガルーン城の東を指さした。

 「船で逃げられたらこの作戦は水泡に帰す。対策をしなければならんな」

 オーベルシュトルツが発言する。

 「先ず初めに、その軍港を(つぶ)せばよい」

 デュランがオーベルシュトルツに意見する。

 「そりゃー、破壊できればそれにこしたことはないけれども、その方法がねぇ」

 「方法ならあるだろう」

オーベルシュトルツがレオンを見た。

 「え、・・・トネール砲で壊すの?」

 オーベルシュトルツが黙って頷いた。

 「どこから軍港を砲撃するのでしょうか」

 ルリがなるほどとばかりに手を叩いて言う。

 「ここ、この丘の上からだよ」

 「え、ここから軍港までゆうに1㎞以上ありますよ・・・しかも、訓練では1.2㎞先の的までしか試したことはありません。それも予め距離を設定して、その距離の先にある的を狙う訓練です。その肝心な距離があやふやでは、当たるものも当たりません」

 「軍港まで1,470m。城まで1,480mだ」

オーギュストが補足した。

 「あ、なるほど、オーギュスト殿なら距離が分かるのですね。

 ・・・それでも、その距離をぶつけ本番では・・・いえ、戦は常に一発勝負ですね」

 「鍛冶工房長のザクールの設計では、砲弾は2㎞先の的でも破壊できるそうです」

レンがソレイユの脇から説明した。

 「では、船による脱出口破壊はレオンに任せる。

 そして、砲兵隊には、オーギュストを観測員としてつける」

 「・・・了解しました。オーギュスト殿の才をお借りします」


 丘の上には、砲の先端がT字型をしたトネール砲10門が、陽の光を鈍く反射していた。

 砲の脇からオーギュストが目測で距離を告げる。

 「1点目の軍港、距離1,470m。2点目西の丘上の砦、距離700m。3点目ガルーン関410m。4点目東の丘上の砦、340m。5点目ガルーン城の最上部、距離1,480m」

 砲兵隊が10門のトネール砲のメモリに合わせて角度を微調整し、照準を合わせる。

 「照準微調整完了。照準よし」

 ソレイユが頷いて、レオンに指示を送る。

 レオンが砲撃命令を出す。

 「各トネール砲、斉射3連・・・撃てー!」

 T字の砲先からフラッシュのような発光と白煙が発生し、ドーンという爆発音が響く。

 トネール砲が砲撃の反動で金属のレールの上を後ろに滑る。ばねで元の発射位置まで砲が戻る。

 丘の上から発射された砲弾は、東の砦に2発命中する。投石機と兵舎が吹き飛ぶ。

 ガルーン関の門が吹き飛ぶ。その上部にも大穴が開く。

 西の砦の投石機と兵舎が一瞬にして消え去る。

 その先の軍港に、緩やかな放物線を描き飛翔する砲弾が着弾した。軍港に停泊していた大型軍船の舷側(げんそく)に大穴が開く。そして、別の砲弾が、城から軍港へと続く通路を破壊する。

 ガルーン城の最上部の屋根が吹き飛ぶ。塔の最上部が爆発音と共に崩れ落ちる。

 東西の砦は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、兵士たちが逃げ惑う姿が見てとれる。

 ソレイユは命中精度に感心して、レオンに目を向けたが、レオンは真剣な眼差しで、もう次の標的の指示をしていた。

 「次弾、狙え」

 「照準よし」

 「撃てー!」

 ガルーン関の門の上に縦に並ぶ穴ができる。ゴゴゴーと音を立てて、割れるように崩れていく。

 ガルーン城の別の塔が崩壊する。

 軍港の橋げたが弾け飛ぶ。停泊していた軍船のマストが折れる。

 「ソレイユ様、東の砦にある砲が、あ、西の砦の砲もこちらを狙っています」

 ソレイユは、東西の砦の砲を視認した。東西の砦の砲が火を噴くのが見えた。

 「発砲しました。ソレイユ様、危険です。お下りください」

 ヒュルルルーと空気を裂く音が近づいて来る。

 「あれは旧式の砲だ。当たりはせん」

ソレイユは、(まばた)きひとつせずに言った。

 ソレイユ軍のいる高い丘の中腹と上部近くに、ドーンと音を立て、敵の砲弾が着弾した。

 続いて砦の投石機から石が飛んで来るが、これも丘の中腹に落ちる。

 レオンは、次なる目標を指示する。

 「撃てー!」

レオンが叫んだ。

 東西の砦に設置されている砲と投石器が吹き飛んだ。この直後に、東西の丘の砦からガルーン城方面に、我先へと逃げ出す兵士たちが見えた。


 ガルーン関から武器を振り上げ、兵士がノルシュド街道に飛び出して来た。街道を塞ぐように横陣を敷いていた銃士隊2000が狙いをつける。

 デュランは剣を天に掲げ、それを前方に振り下ろす。

 「撃てー!」

 ポルト銃が一斉に火を噴く。

 兵士たちがバタバタと倒れていく。

 次弾を銃の脇から込め、2撃目が発射された。銃士隊が3撃目を撃とうと銃を構えるが、ガルーン関から出て来る敵兵はいない。ガルーン関は静まり返っている。

 デュランは銃士隊を前進させた。そして、ガルーン関の瓦礫(がれき)の脇から関を越えると、逃げ走る兵士たちの後姿が見えた。

 「砲術隊はここで待機。ガルーン城の城壁と城にトネール砲の照準を合わせておけ。

 フレデリク隊は砲術隊の警護。

 ガルーン城を包囲する。前進!」

丘の上でソレイユが叫んだ。


 ソレイユ軍は、街並みを挟んでガルーン城を包囲した。

 ソレイユが命じる。

 「デュラン、降伏勧告」

 「了解しました。・・・え、俺なのね?」

 「降伏を認めるこちら側からの条件は、ジェルム皇子が生きて投降すること。そして、全兵士が武器を放棄すること。以上の2つだ。

 その降伏条件を満たせば、ジェルム皇子は勿論、全ての兵の命を保証する。猶予(ゆうよ)は3時間」

 デュランは渋い表情を浮かべながら、ガルーン城の城門へとふらふらと歩いて行った。

 ガルーンの城壁上にいる兵たちは、街の通りをふらふらやって来る1人の男を、血走った眼で(にら)んでいた。城壁の上から銃で狙う者、弓を引き(しぼ)る兵士もいる。

 デュランは、両手を上げて、くるりと背を見せ1回転して止まる。胸を(ふく)らませて息を深く吸い込む。

 「俺の名はテオ・デュラン。

 なあ、俺はこの通り武器は持っていない。見えた? 今、見えたでしょう。

 俺が今ここに来た理由は1つ。

 それを聞いて怒っても、撃たないでね。俺もこんな役は嫌いなんだ。ホント御免こうむりたい。でも、これをしなけりゃ。多くの人が死ぬ。

 あ、死ぬって、俺のことじゃないよ。そっち側のもっとたくさんだ」

デュランは左掌(ひだりてのひら)を見せたまま、城壁上の兵士を右手の人差し指で示す。

 「先に言っとくが、俺を撃った者は一番先に死ぬ。そして、ここにいる全員が死ぬことになる。そこの銃を構えているあんた。その引き金は、全滅の引き金だよ。危ないよ、分かってんのかねぇー?

 あんたらの銃は何(ちょう)ある? 100挺? 200挺? おっと、そんなにはないよな。

 俺を撃った者は、俺の隊の2,000挺の銃に狙われるから、それ覚えておいてね。そっちで弓を構えるあんたも危険ね。

 えーと、俺は何しに来たんだっけ?

 あ、そうそう。降伏勧告に来たんだった。あれ、言っちゃった。・・・ねえ、怒った?

 無理とは言わないけれど、あの高い丘からドカーン、ドカーンって攻撃が来たでしょう、あれ、まだまだ続くから。

 ここで死んだらどうする。名誉の戦死? そんな死に方が本当にあるの? 

 俺はだいぶ前に、俺を前線に送り出す上官から、名誉の戦死と、その言葉を聞いたことはあったな。でも、見たことは一度もない。そこのあんたは見たことある?

 丘の上の大砲で、皆の体が吹き飛ばされて、瓦礫の下敷きになって死ぬんだぞ。それに全員が死んだら、誰がその名誉を報告するの?

 そうだ、そうだ。大事なことがあった。ジェルム皇子へ伝言をお願い。

 ジェルム皇子が生きて投降することと、全ての兵士が武器を放棄すること、この条件を満たせば、全ての兵士の命は保障する。勿論、皇子の命も保証する。これは、俺たちの大将ソレイユの言葉だから間違いない。

 折角だから言っておく。俺のお勧めは、たった1つだ。それは。偉大な皇子と大事な仲間の兵の命を守るための名誉の降伏だ。

 ・・・祖国の家族も喜ぶよ、絶対に。そこのあんたも、そう思うだろう。誰もが歓迎する結果だと。

 そこの渋い表情をしているあんた。あんたが無事に帰っても、祖国の家族は残念がりそうな顔しているな。悪いことは言わない。家族を大事にして、やり直せ。きっと家族も幸せになる。あ、これ俺のお勧めの2つ目ね。

 回答の猶予は3時間」

デュランはそう言うと、慇懃無礼(いんぎんぶれい)ともとれる丁寧(ていねい)なお辞儀(じぎ)をしてから戻って行った。

 デュランが戻って来ると、ソレイユは言葉をかけた。

 「デュラン、ご苦労だった。臆病者を装い、こちらの火力の高さを示して、脅しをかけたな。

 もう我らには勝てないと意識づけ、選択は降伏か全滅かの二択だと、誘導された者も多いだろう」

ソレイユはニヤリと笑みを浮かべ、話を続けた。

 「それに、決死の覚悟の兵士たちに、望郷の念と、生きる希望を抱かせた。

 後は、ジェルム皇子、いや、摂政のガラメルの回答しだいだな」

 「俺を買いかぶり過ぎていますよ。臆病者を装ってなんていません。

 敵兵3万の前に、俺1人出て行くんですからね。

 俺は、銃を撃つ敵前を、旗を持って馬で駆け巡った、どこかの呑気(のんき)な英雄とは違いますよ。」


 3時間後

 日没時刻の薄暗く静まり返った中を、皇子ジェルム・アードラーが、摂政ノア・ガラメルに手を引かれて投降してきた。

 「ガラメル、余は怖い目に()うのか」

 「大丈夫です。救出軍が来ます」

 「いつ来るのだ」

 「・・・そのうちです」

 「そのうちとは、いつなのだ」

 「・・・もう少しです」

ジェルム・アードラーは、まだ幼い子供であった。


 大陸暦718年1月25日17:45 ガルーン陥落。

 皇子ジェルム・アードラー捕虜となる。

 ソレイユは直ちに、アードラー帝国の停戦及び、アードラー帝国軍の武装解除の命令書を、皇子ジェルム・アードラー名で首都パリリスに発送した。

 その命令書は、早馬に乗ったナナとロキ、その護衛6名の使者に託され、パリリスのリヤン国王とグリフィス将軍の下へと急送された。

 

 港湾都市ガルーンの民は、アードラー帝国からの支配から解放され、歓喜の声でソレイユ軍を歓迎した。ソレイユ軍兵も胸を張り、笑顔でこれに応じていた。

 石畳の通りを進むソレイユたちの頭上には、赤や白、黄色など色とりどりの紙吹雪が舞っていた。

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