30 首都パリリスの戦い
大陸暦718年1月26日 10:00 首都パリリス
首都パリリスの3重の城壁に囲まれた中央に位置する城に、リヤン・レクス・オロール国王はいた。
ダルデスパン伯爵は、首都パリリスの広大な城壁上には2万の兵を配置し、予備兵力として2万を城内に配置した。そして、城壁上の2万の兵の内、最外郭の城壁にそのほとんどを配置していた。
また、兵1万を南の森に伏せていた。グリフィス軍がパリリスを包囲した場合には、この1万の兵とパリリス内の兵で挟撃するためである。
パリリスの城壁の見張り台にいた兵が、ダルデスパン伯爵の下に報告に走って来た。
「ダルデスパン様、北に火の手が上がっております。天まで届くほどの、尋常ならざる黒煙です」
「何! グリフィス軍が来たのか」
ダルデスパンは城門に駆けあがって、北の森の先から立ち上る黒煙を見た。
「あれはヴァリ砦の方角だ。
あの黒煙・・・ヴァリ砦は、既に落とされているかもしれん。
皆の者、ヴァリ砦が落とされた可能性がある。次はここだ。警戒を厳としろ!」
ダルデスパンが兵士に呼びかけた。
城壁の上の兵士も、城内に待機する兵士も緊張で顔が強張った。
「敵騎馬兵発見。北に300。・・・あ、その背後に7,000の騎馬兵」
「馬鹿者、よく見ろ。300の兵はオロール王国の旗を掲げている。鎧もオロール王国兵のものだ。
オロール王国兵騎馬隊300が、グリフィス軍騎馬隊7,000に追われているのだ」
「ダルデスパン様、オロール王国兵300は、ヴァリ砦から逃げて来た兵でしょうか」
「城門を開けろ。救出に向かう。兵1万5,000を北と東西の3城門から出せ」
ダルデスパンの命令で北門と西門、東門が開き、1万5,000の兵が救出に飛び出して行った。
北門を出て行ったオロール王国兵と、北から逃げて来る騎馬隊300がすれ違う。
「鎧は多量の血が付き、穴だらけだ。ヴァリ砦の兵に道を開けてやれー」
オロール兵が後続の兵に叫んだ。
「感謝する」
ヴァリ砦から逃げて来た騎馬隊の先頭にいる男が、すれ違いざまに謝意を述べた。
ヴァリ砦から逃げて来た騎馬隊が、北門を潜る。
「全身傷だらけだ、大丈夫か」
「血塗れだぞ」
「すぐ手当をする」
などと、声が駆けられる。
ヴァリ砦から逃げて来た騎馬兵300の内、250騎が下馬した。
先頭を駆ける長身の男が、
「敵は強力な新兵器を用意している。それでヴァリ砦が攻略された。それをリヤン国王陛下に報告する。一刻を争う、御免」
と駆ける馬上から返答した。
その男に50騎が後を追うようにして、馬を走らせた。
「なに! 新兵器だと・・・」
と驚くオロール兵の人波の中を、中央にある城に向かって50騎が馬蹄を響かせ駆け抜けて行った。
パリリスの城外では、北と東西3箇所から各5,000オロール王国兵が出撃したが、その合流前に北5,000兵がグリフィス軍騎馬隊7,000に中央突破を許していた。
グリフィス軍騎馬隊7,000はパリリスの北門めがけて疾走する。
城外に出た東西の兵が北に集まった時には、北から新たに出現したグリフィス軍1万3,000の兵が迫っていた。
「ダルデスパン様、グリフィス軍が北門を突破します。城門を閉めるべきです」
「分かっておるが、北門から出て行った味方の兵がまだ外にいる・・・」
「リヤン国王をお守りせねば・・・」
「分かった。全ての門を閉じよ」
城門を閉めようとした守備兵に、ヴァリ砦から逃げて来た250名の騎馬兵が剣を抜いて躍りかかった。
250名の兵と城門兵たちの激しい戦闘が開始された。
「城門だ。外に出た兵に構うな、城門を閉めろ」
オロール王国兵が城門を閉じ始めた時には、北門めがけて疾走していたグリフィス軍7,000騎の内、5,000騎が既に城内に駆け込んでいた。
パリリス城内は大混乱になっていた。ヴァリ砦の救出に予備兵の内、1万5,000出撃したため、城内には5,000の歩兵しか残っていなかったのだ。
グリフィス軍騎馬隊5,000とオロール王国軍歩兵5,000との激しい戦いが繰り広げられていた。
「城内に入った敵兵を討て! 城壁の兵は下に降りて、城内の歩兵と共に戦え」
ダルデスパンが懸命に声を張り上げて指示を出した。
城壁上の歩兵2万が慌てて城壁の内側にある階段を駆け下りて来る。しかし、急ぐあまりに将棋倒しも起こっていた。
城外で繰り広げられているオロール兵1万5,000対グリフィス軍1万5,000の死闘に注意を払う者は、ほとんどいなかった。城内全ての眼が、城内に侵入したグリフィス軍5,000との戦いに向いていた。
ヴァリ砦から逃げて来た騎馬50騎が、城内の街並みを疾駆する。凄まじい蹄の音が石畳にこだまする。
パリリスの城下は、アードラー帝国軍が攻めて来るとあって、住民は家に入り扉を固く閉じていた。人っ子一人見当たらない街並みであった。
騎馬隊が通りを曲がると、そこに幼い男の子がしゃがんでいた。騎馬隊の先頭を駆ける長身の男が手綱を絞った。
馬は嘶き、棹立ちとなった。馬は後ろ脚で立ったまま、小刻みに脚を動かして数歩足踏みをした。石畳がコツコツと鳴り響いた。
長身の男は、馬から飛び降りると幼い男の子をひょいと抱き上げた。
「怪我はないか」
「・・・・」
突然のことに幼い男の子は、顔が引きつり声も出せなかった。
通りに面した家の扉が開き、中から母親が飛び出して来た。
「申し訳ございません。どうぞお許しくださいませ」
そう叫ぶように謝罪する。
長身の男は幼い男の子を母親の胸に抱かせると、
「謝罪をするのはこちらの方だ」
と、母親の眼を見て言った。
「とんでもございません。大事なお役目の邪魔をして申し訳ありませんでした」
「仕える帝や住む場所は違えども、このような街の通りで、いつでも子供たちが安心して遊べる世を創りたい。そのために、我らは役目を果たしておる。
この子には怖い思いをさせてしまった。許せ」
長身の男はそういうと、馬に跨り馬首を返した。
母親は男の言葉の意味が飲み込めず、きょとんとしたまま男たちの乗る騎馬の背を見送っていた。
城内にある第3の城門の前で、騎馬隊が急停止した。
荒い息を繰り返す馬の背から長身の男が、第3の城門の上から見下ろす門番の兵に声をかける。
「ヴァリ砦からリヤン国王陛下に重大な報告があって駆け戻って来た。
敵は新兵器を使用している。それでヴァリ砦が攻略された。
事は一刻を争う。城門を開けられよ」
「しかし、許可がなければ」
「このたわけ者が!
許可を求めていては、リヤン国王の命が危うい。其方の首1つで事は済まん。
第2の城門では、この国家の危機に、その門番が自らの判断で門を開けたぞ。
其方は開けぬと申すのか!」
「・・・は、はい。開けます」
第3の城門が開くと、血塗れの鎧を纏った50騎が雪崩れ込むようにして、すぐ目の前に見える城に疾走して行った。
そびえたつ白亜の城でひと際高い中央塔の頂には、白と赤のツートンカラーに、中央に青のアヤメの意匠をしたオロール国旗が風に靡いていた。
城の中層には、王が民衆に言葉を語るための大きなバルコニーが見えた。国王のいる白亜の城の城門前には、100名の兵たちが守っていた。
騎馬で駆けて来た血塗れの鎧を纏った50騎が、城門前で下馬した。
「ヴァリ砦からリヤン国王陛下に重大な報告があり、駆け戻って来た。
敵は新兵器を用意している。それでヴァリ砦が攻略された。
事は一刻を争う。ここを通されよ」
「我はこの城門の警護を預かるベグ・フォン・オベールだ。
許可を取る必要がある。暫し待たれい」
「事は一刻を争う」
「何と言われても、通す訳にはいかぬ」
「ちっ、ここまでか」
長身の男は背から大剣を抜き、オベールを切り伏せた。この長身の男は、破壊神スティーブ・フォン・グリフィス将軍であった。
「突破する」
グリフィス将軍の言葉に、従っていた50名の兵士たちが剣を抜く。
守備隊長オベールが討ち取られて、一瞬だけ動揺の色が目に浮かんだものの、流石は、オロール王国城を守る守備兵である。すぐさま槍を構え、グリフィスと50名の配下を囲むように展開する。
グリフィスは、跳躍するとそのまま大剣を上段から振り下ろす。切られた兵の槍を奪うと、別の兵に投げつけた。槍で胸を貫かれた兵士は断末魔を上げる。
グリフィスの大剣は、剣でこれを防ぐことも、躱すことも出来ぬ速さで唸りを上げ、オロール王国兵を次々に薙ぎ倒していく。
伝説上の生き物グリフォンの王に率いられた精鋭のグリフォンたち、正にこの例えに相応しく、勇敢にかつ獰猛にオロール王国兵を切り倒していった。
国王の間
リヤン国王は護衛兵に守られながら、窓から外を眺めた。遥か遠くに見える城壁に立つ旗が揺れている。
「グリフィス軍が、パリリスに攻めて来たか」
フォンテーヌ内務大臣がリヤン王子に申し上げる。
「リヤン国王陛下、このパリリスを守る兵は精鋭。されど、戦は何が起こるか分らぬもの。
強いお気持ちをお忘れなく」
アン母后がヒスレリックに捲し立てる。
「フォンテーヌ、パリリスの精鋭が破れ、グリフィス軍がリヤン国王陛下のお命を脅かすと申すのか」
「そう言ってはおりませんが、国王としての覚悟を持って、この危機に臨んでほしいという意味です」
リヤン国王が仲裁する。
「もうよい。2人とも止めよ。今は、兵の健闘と民の安全を祈ろうではないか」
「はっ」
フォンテーヌは、「責任ある立場と迫る危機は、これほどまでに人を成長させるものなのか」とリヤン国王の急激な成長に感激していた。
扉の向こう側から叫び声が聞こえた。
「リヤン国王陛下、お逃げください。ぐぁー」
王の間に待機していたリヤン国王をはじめ、その場にいる者すべてが、扉の外で行われた惨劇とその行為者を想像して戦慄した。
王の間でリヤン国王を守る護衛兵数名が扉を内から囲む。数名はリヤン国王の前に立った。
ドーン、ドーン、ドーンと王の間の扉を外から破ろうとして、何かぶつかる音が響く。護衛兵たちは、剣の柄を握る手に力が入る。
ドーンと繰り返し響く音を、王の間の奥の壁に縋りながら聞いていたアン母后が、耳を押さえヒィーと恐怖の叫びを上げ気を失った。
ドドーンと扉が破られた。手に剣を持ち、血染めの鎧を着た兵士たちが雪崩れ込んで来た。その兵士たちは、獣のような形相をして、白目は血走り殺気に満ちていた。
リヤン国王の護衛兵が侵入者に飛びかかる。先頭にいたグリフィスが、大剣を縦横に操り切り伏せた。
国王の前を守る残りの護衛兵が、決死の覚悟で一斉に切りかかった。グリフィスは、一陣の風の如く駆けると、護衛兵が剣を振り下ろす間も与えずに切り倒していた。
フォンテーヌ内務大臣や数人の重臣たちは、剣を片手に切りかかっていったが、グリフィスの配下に取り押さえられた。
玉座に座ったままのリヤン王子の下に、グリフィスは一歩一歩近づき止まった。
「リヤン・レクス・オロール国王とお見受けする」
グリフィスは、リヤン国王を魔人のような鋭く禍々しい眼で射抜いた。
「・・・いかにも。・・・よ、余がリヤン・レクス・オロール国王だ。
曲者、名を名乗れ」
「アードラー帝国軍、スティーブ・フォン・グリフィス」
白亜の城のバルコニーからトランペットの音色が響き、曲を奏でる。城内で死闘を繰り広げていたオロール王国兵の耳にも、グリフィス軍兵の耳にも聞こえて来た。
「こ、これはアードラー帝国の国歌だー! うぉぉぉー、俺たちの勝ちだー!」
オロール王国兵と鍔迫り合いをしていたグリフィス軍兵が、笑みを浮かべて叫び、オロール王国兵を突き飛ばした。
「グリフィス軍が国王を捕虜にしたぞー!」
グリフィス軍兵が戦いながら、歓喜の声が響く。
オロール王国軍の兵士たちは、グリフィス軍兵が口々に叫ぶ言葉の意味を理解できずにいた。言語そのものを理解できないのではない、トランペットの国歌演奏の意図と意味が分からなかったのである。
オロール王国軍の兵士が悲鳴のような声を上げて指さす。
「あぁーー! 城の中央の頂上を見ろ。オロール王国の旗が降ろされ、代わりの旗が上がっていくぞー!」
その間も繰り返し、アードラー帝国国家が鳴り響いている。グリフィス軍兵は、剣や槍を振るいながら、或いは敵兵に囲まれ互いに背を預けながら、アードラー帝国国歌を口ずさみ、やがて高らかに歌い出した。
「お、おい、待て、冗談はよせ・・・その紺地に赤十字は、アードラー帝国旗だ! 赤紫の布地に金色のグリフォンの旗も上がっていくぞ・・・」
「見ろ! 城のバルコニーからトランペットが鳴っているんだ・・・」
「城は落ちた・・・オロール王国の負けだ・・・」
オロール王国の兵士たちは、握っていた剣をポロリと落とし、両膝を着いた。
敗戦の情報と失意は伝染し、次々に兵は気力を失い倒れ込んでいく。グリフィス軍兵は、戦意を失ったオロール王国に目に映すと、戦闘を止めて勝ち鬨を上げた。
うおぉーー! グリフィス軍の勝ちだー! おおぉぉー! おおぉぉー!
グリフィス将軍万歳ー! グリフィス将軍万歳ー! おおぉぉー!
トランペットに合わせ、グリフィス軍兵の歌う国歌は、歓喜の雄叫びと相まって響き渡る。オロール王国兵は下唇を噛み、この異国の歌を失意の中で、呆然として聴いている。
城内で沸き起こった勝ち鬨と雄叫び、大声量の国歌斉唱が冬の天を裂き、城外で戦闘をしていた両軍の兵士たちにも聞こえた。
「俺たちの勝ちだ!」
「うおぉぉー!」
城外でも、抱き合って喜び合うグリフォン軍兵を横目に、剣を折り、武器を投げ捨て、項垂れているオロール王国兵は、自責の念と祖国を失う口惜しさ、家族の未来を憂う悲痛な心の叫びが、水の雫となって目頭から頬を伝い落ちていった。
「・・・・うぐぐ・・・」
「・・ぐ・・・ぐっ・・・」
首都パリリスの城に護衛の騎馬兵30騎を伴って、イブが入城してきた。
「スティーブ、ついにやったわね」
「あぁ、イブは戦争を終結させる大戦略を描き切ったな」
「まだよ。『オロール王国は降伏する。オロール王国兵と民は武器を捨て、抵抗を止めろ』とリヤン国王に勅命を書かせて、それをここパリリスに向かって来るソレイユと、他の所領にも届けなければ、戦争終結とは言えないわ」
「その通りだな。ソレイユが国王奪還のためこのパリリスに現れる前に、王の勅命をとらねばならない」
「スティーブ、ところで、戦の勝敗より最優先にしていたあれは大丈夫でしょうね」
「勿論だ。それを最優先にして組み立てたこの戦術だったはずだろう。イブのパリリス攻略の戦術は完璧だった。
戦術通り、兵士を除く、パリリス住民の死傷者は0だ。
敵国の首都を攻略しておいて、その住民に死傷者を1人も出さないなんて、そんな途方もない戦術を考え出せるものなのかね。イブは、つくづく恐ろしい怪物だ」
「スティーブありがとう。約束を守ってくれたのね。今は、命を賭して奮戦してくれた兵たちを、心より讃えたいと思います。
でもね、スティーブ。私にしてみれば、『そんな途方もない戦術』をやり遂げてしまう貴方の方が、よっぽど怪物よ。長い尻尾が生えているんじゃないかしら、ほら」
イブに指さされ、スティーブは振り返って尻の辺りを見回した。
「・・・幸い、まだ生えてはいないようだ。お、イブの背中に翼が生えているぞ」
「ぷっ、馬鹿言わないでよ」
共に笑いながら、スティーブとイブは見つめ合う。
「では、戦争終結のラストピースを取るとするか」
イブは瞼をやや伏せ、声のトーンを落として話しかける。
「そうね。急がないと。
・・・スティーブ、もし、これでもこの戦争が終結しないのであれば、この国の民をこれ以上苦しめる訳にはいかない。私は最終戦略の実行を視野に入れないといけなくなるわ」
「イブ、最終戦略とは?」
「まだ秘密。この戦争を終結させるための過激で平和的な最終戦略よ」
「・・・そんな戦略も考えてあるのだな。正真正銘の怪物だ。だが、これで決める。さあ、急ごう」
大陸暦718年1月26日13:00 オロール王国首都パリリス陥落。リヤン・レクス・オロール国王捕虜となる。
この報はガルーンにいるジェルム皇子の下にも発信された。
リヤン・レクス・オロール国王の停戦命令を携えた使者が、オロール王国各地に散って行った。




