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29 北極星と北斗七星

 大陸暦718年1月23日 3:00

 情報工作隊オーリ族によって、1月22日に軍事城塞モンターニュ包囲戦にガルシエ伯爵とブーシャルドン子爵軍7万が敗走。グリフィス軍は軍事城塞モンターニュを放棄して南下したとの知らせが届いた。

 ソレイユはその報を聞くと、思わず椅子から立ち上り、身動きすらできずにいた。

 レンがオーリ族へ問いかける。

 「グリフィス軍3万は南下で間違いないな」

 「輸送隊の車列を連ねて南下しました」

 「・・・ご苦労。パリリスへ向い、情報を収集せよ」

レンはオーリ族へそう指示を出した。

 「ソレイユ様、グリフィス軍は首都パリリスを狙っています」

 「狙いはリヤン国王か」

 「恐らく。この戦争に決着をつけるつもりでしょう」

 「レン、急ぎパリリスへ戻るぞ!」

 レンがソレイユの眼を見て、慎重に語る。

 「ソレイユ様・・・」


 ソレイユは、幕舎から出ると、白い息を吐きながら、北の空に輝く北極星を眺める。

 「彼の星は、帝か王か・・・唯一不変の星。孤高であり、青白く美しく輝く。

 そう言えば、東洋では、その近くにある北斗七星のことを破軍と呼ぶとも聞いた。

 破軍を背にすれば、戦に勝つと言われているらしい。

 ・・・破軍を背にするのは、北の地ガルーンに(こも)る皇子ジェルムだな」

そう呟いた。

 レンも白い息を吐きながら、

 「ご安心ください。この戦争は間もなく終結します」

と言って、ソレイユの肩に厚手のコートを掛けた。

 「レン、ありがとう」

 「朝方は特に冷えます」

 「・・・コートのことではない」

 「では、何のことでしょうか」

 「我の進むべき道を提示してくれたことだ」

 「それを判断し、決断したのはソレイユ様です」

 「今思えば、リヤン国王が、ガルーンを攻め上るよう、我らに勅命(ちょくめい)を出すことも、それを成し遂げるために、我が軍が軍事城塞モンターニュを迂回(うかい)してベルーギ街道を使うことも、我がリヤン国王の救出のため、パリリスへ急ぎ戻ると判断せざるを得ないことも、全てイブの大戦略に組み込まれていた気がする」

 「そうかもしれません」

 「レンの補佐があれば、守護神イブを敵にしても、互角の戦略を()ることができそうだ。

 レン! 頼むぞ」

 「当然です。リュミエール様の至高の執事、至強の従者であることが私の務め」

レンは感情を抑え、静かな瞳でソレイユに告げた。

 ソレイユは、レンの瞳に、北の空に浮かぶ星の光が映り、密やかに瞬いているように見えた。

 「イブとの会話で分かったことがある。

 幸いなことに、イブの興味と注意は、我に向けられている。レンの存在には気づいていないようだった。

 これが、このことが、我らソレイユ軍の最大の強みとなるに違いない」

 「当然です。敵将の執事と従者など、気にかけはしないでしょう」

 「・・・そうか、そうだったのか。陰にいるからこそ、正に影だからこそ、その存在が見えぬ。

 だから、レンは軍師という役職を下世話だと避け、我の執事と従者に拘ったのは、これが理由なのか」

 「それはどうでしょうか。

 私には、ソレイユ様の至高の執事、至強の従者たる誇りがございます。

 それに、ソレイユ様には、それに見合う究極の主になっていただかねばなりません」

 「レンの究極の主とは、この戦争を終結させるより難しそうだな」

 「当然です。究極の主とは、その先にあります」

 ソレイユは、口角を上げて北の夜空を見上げた。レンという北斗七星を脇に置く、北極星でありたいと願った。

 「さあ、主な重臣たちを招集せよ」

 「承知しました」

レンは北極星を背にして、重臣たちの幕舎へと向かった。


 大陸暦718年1月23日 6:00

 首都パリリスにてリヤン国王の参謀を務めるソレイユの父フランク・フォン・ビアージュ子爵の下に、「アードラー帝国の破壊神スティーブ・フォン・グリフィス将軍率いる3万の軍勢がパリリスを目指して南下中」との報がソレイユの情報工作隊オーリ族によってもたらされた。

 ビアージュはこの報を受けると、これをリヤン国王に報告し、首都パリリス防衛について進言することにした。

 「ビアージュ子爵、それは誠か!・・・アードラー帝国軍4大軍神筆頭のグリフィス将軍が3万を率いて、このパリリスを目指しているというのか!」

リヤン国王がビアージュに叫ぶように問いかける。

 重臣たちも(ざわ)めく。

 アン母后(ぼこう)が黄色い声を上げる。

 「リヤン国王陛下の命を狙っているというのか!」

 「リヤン国王陛下の御身を狙っての侵攻と考えて間違いありません」

 「・・・そうだ、ガルシエ伯爵とブーシャルドン子爵が、軍事城塞モンターニュを包囲していたはずじゃ。彼の軍はどうなったのだ」

 「恐らく、グリフィス将軍がパリリスへ進軍して来るとなると、既に壊滅させられたと考えてよいでしょう」

 「あぁー、何と言うことだ。誰かグリフィス軍を討てる者はおらぬのか」

 ビアージュは片膝を着いて、リヤン国王に願い出る。

 「リヤン国王陛下の御身とこのパリリスの民は、ダルデスパン伯爵とその兵5万にお守りいただき、不才ながらこのビアージュはヴァリ砦にて、グリフィス軍を迎撃することをお許しください」

 「むう、よく言った。

 かつては、常勝のフランク・フォン・ビアージュと異名のある其方だ。頼もしい限りだ」

 フォンテーヌ内務大臣は、目を丸くしてビアージュに問いかける。

 「国王陛下に対する忠誠心は評価するが、其方は戦傷で杖なしでは歩行もままならぬ。馬にも乗れる体と聞いておるぞ」

 「例え体が動かずとも、この目と口は動きます。

 それにヴァリ砦は、私が設計したもの。ヴァリ砦の構造と長所は、誰よりも知っております。

 そして、リヤン国王陛下と民の命を守るため、我が軍学と経験が再びお役に立てることは、武人としての喜びです」

 「・・・すまぬ。其方にはいつも重荷を背負わせるな」

フォンテーヌが目を閉じて言った。

 「リヤン国王陛下、遷都、遷都です」

アン母后が(まく)し立てるように叫んだ。

 フォンテーヌとビアージュは、アン母后を(にら)んだ。

 アン母后はその視線には目もくれずに甲高い声を張り上げる。

 「リヤン国王陛下あってのオロール王国です。リヤン国王陛下、遷都です」

 「母上、何も学ばなかったようですね。

 ここで国王が民と兵を見捨ててどうするのです。

 見捨てた王を、命を賭けて守ろうとしますか。忠誠を尽くしますか。

 このリヤンは、オロールの国王です。もう逃げません。オロール王国と民を守ります」

 「・・・リヤン・・・・其方は・・・・・」

アン母后は、一瞬呼吸を忘れたように硬直していたが、恥ずかしそうに下を向いた。

 このリヤン国王の言葉に、フォンテーヌとビアージュは眼を丸くし、呼吸を忘れていたが、むせび泣くように息を吸い込むみ、

 「うぅ・・リヤ・国・陛下、・・・うぐぐっ・・よ・・ぞ、・・・よ・く・・ぞ・・・」

言葉にならぬ音を出し、視界がぼやけていった。

 階下の重臣たちからは、「ううう・・うう・・ひくっ・・・それ・・でこそ・・・」とすすり泣くような声が()れていた。


 首都パリリス防衛には、エミール・フォン・ダルデスパン伯爵が指揮する5万の兵があたり、ヴァリ砦に配置されていた1万の兵の指揮にはビアージュが抜擢された。

 ビアージュは、ポルト銃を装備した旗下の銃士兵100名を伴って、ヴァリ砦に急行した。

 ポルト銃は、現在ソレイユ軍が使用している9連発のヴァーグ銃の前の世代となる銃であり、銃の側面から1発ずつ弾を込める必要があったが、連射速度や命中精度においては、一般的な前装式銃とは比べ物にならぬほど優れていた。

 ビアージュの乗る馬車の後ろには、300台を超える荷馬車が連なっていた。


 ヴァリ砦は、丘を削り、高さ15mのほぼ垂直の斜面に守られ、5か所がせり出した星型の構造をしていた。そして、星型の輪郭(りんかく)にそって掘られた空堀(からぼり)に囲まれていた。

 ビアージュは、ヴァリ砦に到着すると、荷馬車から長さ40㎝メートルほどの(くい)10万本を降ろした。そして、1万の兵に命じる。

 「皆の者、その杭をパリリスへと続くあのノルシュド街道、更にその周辺に打ち込め」

 ビアージュは、杭の先端が15㎝ほど出るように打ち込ませ、街道の通行を規制した。

 「砦の裏の沼の水門を開けよ」

ビアージュは矢継ぎ早に命じていった。

 沼の水門を開けると沼の水が流れ出し、砦を囲む空堀に水が勢いよく流れ込んで来た。空堀はたちまち水深1mの水堀へと変わっていった。

 「銃士兵と弓兵は、せり出したあそこだ」

砦のせり出した星型の頂点5か所にポルト銃兵100名と多数の弓兵を配置していった。


 ソレイユの領都エフェールにいる内務長官サージ・ルグランの下にも、グリフィス将軍率いる3万の軍勢がパリリスを目指して南下中との報がもたらされた。

 サージはこの報を聞くと、見えぬ目を閉じ暫く考えている様子であった。はたと(まぶた)を開けると、文を(したた)め始めた。

 サージは従者に告げる。

 「急ぎ、この文をソレイユ殿に届けよ」

 従者が驚いたような声を出して確認する。

 「サージ様、失礼ながら申し上げます。

 ソレイユ様は行軍中、今どちらにいらっしゃいますか」

 サージは濃い顔の(しわ)を更に深くして、紙に文字を書き始めた。

 「この文が届く頃には、ソレイユ殿はここにおる」

サージから行先の書かれた紙を受け取ると、従者はきょとんとしていたが、すぐさま返事を返す。

 「承知しました。ソレイユ様にお届けします」

 「それから、儂はこれから首都パリリスに向かう。馬車の用意をいたせ。

 供の兵は10名のみ」

 「はっ」


 大陸暦718年1月26日 9:00 ヴァリ砦

 「ビアージュ司令官、北に軍勢が迫って来ます。

 旗印は赤紫の布地に金色のグリフォンの意匠。敵です。アードラー帝国軍グリフィス将軍の軍勢です。その数7,000」

 「いよいよ来たか。

 しかし、7,000でこのヴァリ砦を落とし、首都パリリスを陥落せるつもりなのか。

 如何に破壊神グリフィスとはいえ、数が少な過ぎる・・・どこかに、伏兵が潜んでいるのか」

ビアージュは首を(ひね)り、自問自答していた。

 「・・・いや、これは別動隊。本隊は別にある・・・。

 まさか! グリフィス本隊は、ベルーギ街道へと迂回し、パリリスを目指しているのか。

 ・・・今、我が隊が、このヴァリ砦を放棄してパリリスへ援軍に向かえば、我が隊の背後を突かれる。それどころか、我が隊が壊滅へと追い込まれ、この別動隊がパリリスで本隊と合流してしまう。それだけは、避けなければならない。

 最早、グリフィス本隊の迎撃は、ダルデスパン伯爵に任せるしかない」

ビアージュは、ヴァリ砦の兵に迎撃準備を命じた。

 グリフィス別動隊はヴァリ砦に400mまで接近すると、行軍を止め切り倒した木々を積み上げ始めた。

 「ビアージュ司令官、グリフィス軍は我らに恐れをなして、攻撃を躊躇(ためら)っているのでしょうか」

 「だとよいのだが、そうは見えん。何かの策であろう」

 「あの距離から、ヴァリ砦攻略の策があるのでしょうか。

 あ、積んだ木々に油をかけています・・・火をつけています」

 積み上げた木々が、まるで大きな焚火(たきび)のように黒煙を上げて燃え出した。やがて、それは盛大に燃え上がり、火の粉を巻き上げて天まで黒煙が昇って行った。

 立ち昇る黒煙を見上げながら、ビアージュは考えを(めぐ)らせる。

 「・・・むう、何のための火だ。ヴァリ砦攻略のための策? 味方への何らかの合図なのか・・・

 !! 違う。こ、これは・・・ヴァリ砦攻略のための策ではない。首都パリリス攻略のための策だ!

 パリリスに伝令を出せ。黒煙は敵の策、ヴァリ砦は健在だと伝えろ!」

 ヴァリ砦から伝令の騎馬10騎が走り出る。グリフィス別動隊から30騎の追手がかかる。その追手がヴァリ砦の前を通過しようとするが、街道に埋められた杭で馬が転倒する。速度を緩めるとヴァリ砦から撃たれた弾丸に倒れていく。グリフィス別動隊から飛び出して来た追手は、その大半を失い引き返して行った。

 ヴァリ砦から出発した伝令の10騎は、無事に林の陰に消えて行った。

 「パリリスへ伝言を頼んだぞ」

ビアージュは祈るような気持ちを込めて、伝令の騎馬の走り去った方向を見ていた。

 

 パリリスへと駆け抜ける10騎の伝令の前に、()せてあったグリフィス軍の騎馬100騎が立ちはだかった。伝令の騎馬は、瞬く間に討ち取られた。


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