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28 破壊神と守護神の戦

 大陸暦718年1月21日 11:00 首都パリリス北3kmヴァリ砦

 ソレイユ軍の第1軍と第2軍に、第3軍が合流した。

 リル率いる第3軍は首都パリリス北3kmに新設されたヴァリ砦を守備していが、西の英雄エミール・フォン・ダルデスパン伯爵が首都パリリス防御の任についてため、ヴァリ砦を引き渡し、ソレイユ1、2軍と合流したのだ。

 ソレイユ軍は軍事城塞モンターニュを迂回するため、港湾都市ガルーンへ向かうノルシュド街道から外れ、東の隣国ファージ国王へと続くベルーギ街道を北上した。


 大陸暦718年1月22日 軍事城塞モンターニュ付近

 ノア・フォン・ガルシエ伯爵が、馬上から遠くの城塞を眺めている。

 「あれがかつては、我がオロール王国が誇っていた難攻不落の山岳軍事城塞モンターニュか。正に天然の険しい斜面を利用した城塞だ。最外郭の城壁は、20m近くあるな。

 これを建造したオロール王国設計家を称賛してやりたいが、今はその設計家には罵詈雑(ばりぞうごん)言を浴びせてやりたい気持ちだ」

 「はははは、全くですな、ガルシエ伯爵。

このアードラー帝国に占拠されてからもう6年も経ちますな」

ラファエル・フォン・ブーシャルドン子爵が馬を並べながら応じた。

 「モンターニュの東と西、南の城門は我の軍が受け持ちます。北門の封鎖はブーシャルドン子爵にお願いしますぞ」

 「予定通りですな。お任せください。モンターニュに兵は3万強と聞いています。

 我らの7万の軍勢に囲まれれば、肝が冷えるでしょうな。はははは」

 ガルシエ伯爵が右手を上げると、ラッパの高い音が冬の乾燥した空気に響き渡る。馬蹄で土埃(つちぼこり)を巻き上げながら、騎馬隊が疾走した。その後ろには数万の歩兵が順に続く。

 地響きを上げながら走る兵士が、山岳城塞都市モンターニュの城壁を包囲していく。


 モンターニュ西の森にあるエメラルド湖

 乳白色のミルキーグリーンに輝くエメラルド湖の湖岸から広がる平原に、2万7,000の大軍が潜んでいた。

 「スティーブ、斥候(せっこう)からの報告通り、ガルシエ伯爵とブーシャルドン子爵率いる7万の軍勢が来ましたね。

 両者はオロール王国西地域で武名を馳せて、西の英雄と並び評された英傑らしいわ」

 「2人の英雄も、イブと俺の敵ではない。

 全てが、イブの戦略に沿った動きをし始めた。いつものことながら、イブは恐ろしいとつくづく思う。

 それぞれの軍がそれぞれの将の意思で、このオロール王国を南北に駆け巡っているように見えるが、俯瞰(ふかん)すれば、その全てがイブの(てのひら)の上で動いているだけだと思える」

 「スティーブ、作戦名『夢幻泡影(むげんほうよう)』の戦略的勝利には、戦術的勝利の積み重ねが必要です」

 「分かっている。

 1つ目は、ベルーギ街道を通り、密かにガルーンを目指すソレイユ軍をやり過ごす。

 2つ目、この西の英雄たちが率いる軍の戦闘力を、戦闘不可能なまでに削ぐ。

 3つ目、我が軍とソレイユ軍との距離がひらいたその隙に、神速の一撃でパリリスを陥落させる。

 その全てを達成して、戦略的勝利を得る」

 「ええ、(おおむ)ね、そうね。でも、スティーブ、間違えないでね。オロール王国のリヤン国王を捕えることが、戦略的な勝利よ」

 「イブ、我がガルーンのジェルム皇子を餌に、ソレイユを誘き出すとは恐れ入った」

 「城塞都市フルーブと軍事城塞コトー、ヴァリ砦と首都パリリスの東と西、北を、そのままソレイユ軍が守っていたら手出しは難しかったわ。

 そこで、リヤン国王を使ってソレイユを動かすことにした。リヤン国王が、目の前にある最上級の(えさ)に気づくように仕向けたの。

 こちらの思惑通りに、リヤン王子は、その最上級の餌をソレイユに捕りに向かわせたわ。

 ソレイユが首都周辺から動く。この千載一遇(せんざいいちぐう)の機会に、神速の一撃を振るう」

 「イブ、リヤン国王を捕えれば、この戦争は我がアードラー帝国の完全勝利だ」

 「ええ、国王を捕えれば、どのような条件でも飲ませる事ができる。つまり、この戦は終わり、それが多くの民の犠牲(ぎせい)を防ぐことに繋がる。

 私は、いくつもの街で、この国の民に触れて分かったの。この国の民には温かさがある」

 「イブは、素敵な出会いだと言って、多くの民との交流を楽しんでいたな」

 「今思えば、私が12歳まで育ったアードラー帝国は弱肉強食の国だった。

 オロール王国の民は、無慈悲で悪意を忍ばせていると教えられてきたけれども、実際にこの目で見てみると、暮らしは貧しくとも、心は豊かであったの。

 もうこの国の民は(あや)めたくない」

 「イブ、ソレイユは我らが首都パリリスに向かったと知ったら、引き返して我らを追ってくるだろうか」

 「ソレイユはパリリス奪還の直後に『リヤン王子の下、オロール王国の民として、人として、その尊厳(そんげん)を取り戻してほしい』と民衆に語りかけていたわ。

彼の心に、リヤン国王への忠誠心と民への慈しみがあるからこその発言なの。これがソレイユの人を()きつける美徳であり、同時に弱点でもある。

 ソレイユは、自身の持つリヤン国王への忠誠心と、戦禍に巻き込まれることになるパリリスの民への慈愛(じあい)の心に(あらが)うことはできないわ。

 つまり、ソレイユは国王とパリリスの民のために、我らを追わざるを得ない。そして、必ず国王とその民を解放しようとするはず。

 それがソレイユ」

 「なるほど、ソレイユの信条や性格による行動パターンを分析し、ある状況下での判断を特定した戦略か。

 作戦『夢幻泡影』か、つくづく恐ろしい。

 では先ずは、この西の英雄ガルシエ伯爵たちの軍の戦闘力を()ぐことにしよう。ガルシエ伯爵軍が、我らの背後を脅かす存在とならぬようにな」

 「そのためには、包囲の持久戦を目標にしているオロール王国西の英雄たちに、我が軍と本気で戦ってもらわないと困りますわ。

 『ちょっと手を伸ばせば(つか)めそうな勝利』の甘美な誘惑に、西の英雄は果たして抗うことができるかしら。

 スティーブ、騎馬隊2,000を予定通りに」

 スティーブは頷くと、身近な言葉で兵に命じた。


 軍事城塞モンターニュの西と南を包囲しているオロール王軍の背後を、軍旗を持たない騎馬隊2,000が2方向に分かれて切り裂いて行く。オロール王軍を分断し、軍事城塞モンターニュに向かっての突撃であった。

 突然の攻撃に兵士たちに動揺が走る。

 「どこに潜んでいたのだ。奴らはどこの所属の軍だ」

 西の英雄ガルシエ伯爵が落ち着いて指示を飛ばす。

 「たかが1,000程度の騎馬2隊だ。慌てずに包囲しろ」

 「しかし、騎馬隊の威力は壮絶。そのままでは、我が軍を分断します」

 「敵騎馬隊により、我が軍の被害は甚大です」

 「心配無用だ。モンターニュ手前で騎馬隊は必ず反転する。その速度が落ちた時こそ、包囲の好機。その機を逃すな」

 「あああ、あれを! 西の城壁の門が開いていきます」

 「南門も開いていきます。敵騎馬隊を呼び込んでいます」

 「なに!! 騎馬隊の後を追え! 

 西と南門だ。我が軍もこの機に城塞内へ入り込め。何としても城塞内へ入れ。突撃だ!」

最後尾にいたガルシエ伯爵が、馬を駆けさせながら叫んだ。

 オロール王国兵を引き裂き、アードラー帝国の騎馬隊が開いた西門へ向かう。オロール王国兵がその騎馬隊の後を追う。

 「城門を(くぐ)れー。我が軍は7万! 城塞内に入れば我らの勝ちだー!」

ガルシエ伯爵が()えた。

 オロール王国兵は西門と南門目がけて殺到する。

 アードラー帝国の騎馬隊が南門と西門から入城する。その騎馬隊が入城すると、ズズーンと城塞内のどこかで重い何かが閉まる音が響いた。

 やや遅れてオロール王国兵が、南門と西門から堰を切った水のように、城塞内へと流れ込んで行く。

 城塞の南門と西門が締まり始めたが、半開きで止まった。この間に、オロール王国兵が雪崩れ込んで行く。

 「進めー! 城塞内へ進めー!」

 オロール王国兵が西と南門から絶え間なく大群が押し寄せる。もう城内には2万から3万近くが入り込んだと思われた。

 北側を囲んでいたブーシャルドン子爵が兵に尋ねる。

 「西側が騒がしいようだが。何の騒ぎだ」

 「ガルシエ伯爵が西門と南門からモンターニュ城塞への侵入に成功したようです」

 「何! ガルシエ伯爵は何をしているのだ。モンターニュの包囲が我らの務めのはずだが・・・

 しかし、モンターニュへ侵入できるとなれば、攻略のチャンスだ。

 この北門から西門へ兵を1万移動させろ。ガルシエ伯爵と共に、モンターニュ城塞内へと兵を侵入させろ」

 「はっ」

北門から1万の兵が駆けだした。


 軍事城塞モンターニュの城壁に掲げられた紺地に赤十字、アードラー帝国軍旗が揺れている。城壁の上を兵士たちが駆け回っているのが分かった。

 北側を囲んでいたブーシャルドン子爵の兵も西門を潜り始めた。

 ガルシエ伯爵が剣を抜き、高々と天に掲げて命じる。

 「敵も混乱しているぞ。全軍、半開きの門を潜り抜けろー!」

 突然、半開きで止まっていた門が閉じられた。

 城門前まで迫ったガルシエ伯爵が、

 「ぐ・・・我が軍全ての兵士とはいかぬが、城壁内に3万の兵士が潜り込めた。後は城内に侵入した兵士が城門を開ければよいだけ」

と、荒い息を繰り返す馬の上で呟いた。

 城壁の上に、弓を構える兵士たちが現れた。シュッ、シュッ、シュッシュッシュッシュッ。城壁から放たれた矢が天を黒く染めて降り注ぐ。

 城門前に密集していたオロール王国兵が叫びを上げながら、バタバタと倒れて行く。

 「退けー。退けー!」

ガルシエ伯爵が退却を命じた。

 シュッシュッシュッシュッ、シュッシュッシュッと容赦なく黒い影が空を(おお)う。逃げる兵たちの背中に刺さり、次々に倒れて行く。

 兵士たちがモンターニュの城壁から弓の射程外へと距離を取った時には、城壁の上の敵弓兵は、城内に向かって射かけていた。

 西と南門からモンターニュ城塞へと入ったオロール兵3万には、攻める通路も逃げる通路もなかった。ただ複雑に入り組んだ細い迷路と、広場があるだけであった。

 城塞内に閉じ込められた部隊長が、広場で馬首を返す。

 「くっ、ここも行き止まりだ! 引き返せー!」

 「後ろから味方の兵が押し寄せてきて、下がれません。どんどんその数が増えるばかりです」

 「これは、罠だ! モンターニュ城塞の狩場に誘い込まれたのだ。退けー!」

 狩場となった広場では、味方同士で押し合いを始めた。そこに矢が空を黒く染め降り注いできた。兵は行も退くもできず大混乱となり、悲鳴を上げて倒れていく。

 シュッシュッシュッシュッ、シュッシュッシュッ矢の射る音と悲鳴が響くだけであった。


 この時、軍事城塞モンターニュへ3万を突入させたため、モンターニュを包囲するオロール王国の兵数は、東側が1万6,000、北側が1万、西側と南側が6,000にまで減っていた。

 ガルシエ伯爵が蒼白になりながら、

 「モンターニュ城塞の中では、送り込んだ兵士たちが、弓の的になっているのか」

拳を震わせていた。

 「・・・・何とかして、救出せねばならん。

 全軍城門に突入しろ。開門して、兵士たちを救い出すのだ」

 突撃ラッパが鳴り響いた。各城門に向かって、兵士たちが駆ける。意外なことに、モンターニュの城壁からは矢1本打ってこなかった。

 オロール王国兵は城門の破壊のため、丸太をぶつける。梯子(はしご)をかけ城壁にへばりつき始めた。

 実は、モンターニュ城塞の中の守備兵の数は、巧妙に隠されていた。その守備兵の数は、5,000人程度であった。現在、守備兵全てが城塞内に突入して来たオロール王国兵の殲滅(せんめつ)に当たっていたのだ。

 「一気に攻略しろー」

ガルシエ伯爵が激を飛ばす。

 その時であった。南門を攻めるガルシエ伯爵本隊めがけて、破壊神スティーブ・フォン・グリフィス率いる2万5,000が、森から突撃して来た。

 「・・・ま、まさか。あ、あの赤紫の布地に金色のグリフォンの意匠!

 ガルシエ伯爵・・・敵はグリフィス将軍です。あの4大軍神筆頭、破壊神グリフィス将軍です」

 「あれが・・・破壊神グリフィスか」

 グリフィス将軍が先頭で槍を構え、ガルシエ伯爵本隊とぶつかる。グリフィスの槍が先頭にいた兵の胸を串刺しにする。抜く槍の穂先で首を刎ねる。そのまま槍を左右に振って、兵士たちを()ぎ払っていく。グリフィスは馬で無人の野を駆けるが如く疾走する。

 これを見ていたガルシエ伯爵は、グリフィスの破壊力に驚嘆する。

 「・・・あの武は人外、魔の域だ」

 グリフィスの瞳がガルシエ伯爵の姿を(とら)え、馬首を向ける。

 「貴様がガルシエ伯爵か」

 ガルシエ伯爵は馬上で剣を上段に振りかぶる。


 ガルシエ伯爵本隊は抵抗らしい抵抗もできず、あっという間に飲み込まれていった。その中でオロール王国西の英雄ガルシエ伯爵は、破壊神グリフィスに討ち取られた。

 次に、グリフィス率いる2万5,000は、東側が1万6,000を狙った。

 森の中で戦況を観察していたイブが命じる。

 「騎馬兵を出す。花火を上げて」

 護衛の兵たちが花火を打ち上げた。ドドーン、ドンと火花と灰色の煙が空に上がった。

 オロール王国東隊は迫って来るグリフィス軍を察知した。

 「グリフィス軍、南から迫ってきます」

 東隊の隊長が指示を出す。

 「東隊、全軍迎撃態勢!」

 目の前の東隊が迎撃態勢を整え始めたのを見たグリフィスは、槍を高々と突き上げると、振り下ろして穂先を前方の一点に定めた。騎馬隊はその一点を目指して、突撃用の紡錘(ぼうすい)陣形に変わる。

 花火の合図により東門が開きはじめた。先ほど城塞に駆け込んだグリフィス軍2,000の騎馬隊が躍り出て、オロール王国東隊1万6,000の側面に突撃した。

そこをグリフィス軍本隊が正面から襲いかかった。

 「隊長! 挟撃をされました」

 「・・・ぐっ、耐えろ。しかし、何だ、あの先頭を駆ける将の強さは・・・グリフォンの軍旗、敵将はあの破壊神か・・・」

 西の英雄ガルシエ伯爵が討たれ、総指揮官を失った東隊は脆かった。青紫の地に金色のグリフォンの意匠のついた軍旗をみとめただけで怖気づいた。グリフィスの前に立ちはだかる兵は、ことごとく槍の餌食(えじき)となった。

グリフィスに従う騎馬や歩兵は、破壊神への絶大な信頼を持って一丸となって付き従う。「一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れにまさる」との例えはあるが、正にグリフォンの王がグリフォンの群れを率いていた。グリフィス軍の突進力は凄まじく、戦場にあっても枯葉を吹き飛ばす風のようであった。

 グリフィス軍は、そのまま東側から北側へと疾駆(しっく)する。

 攻城戦をしていたブーシャルドン子爵が、異変を感じて東を見た時には、もうグリフィス軍が目の前に迫っていた。

 グリフィス軍が、攻城戦の最中であったブーシャルドン子爵軍1万の背面を抉り取っていく。北側の城壁下では、阿鼻叫喚の地となった。

 グリフィス軍が更に西側を通過した後には、オロール王国軍の膨大な(しかばね)が地に伏せていた。肢体に傷を負いながらも生き残った僅かなオロール王国軍兵は、体を引きずるようにして森へと四散して行った。

 軍事城塞モンターニュでの掃討戦が終了し、兵士たちが合流して来る。グリフィス軍は、僅かな犠牲を出しただけの完全勝利であった。


 30騎に護衛され、近づいてくる騎馬があった。それは、守護神の異名を持つイブであった。

 「スティーブ、終わったようね」

 「あぁ、イブの戦術は、理に(かな)い、洗練されている。だから美しい。

 次が、この戦争の最終決戦、国王のいるパリリス攻略だ」

 「ええ、この戦争を早く終えるためにも、負けられない」

 スティーブは黙って頷くと、声を張り上げて兵たちに指示を出す。

 「四散したオロール王国軍兵には構うな。

オロール王国兵の兜と鎧だけ馬車に積め。

1時間後に、全軍で南下する。

 戦術目標は、オロール王国首都パリリス奪取!」

 おぉー!という勝ち鬨が冬の乾いた空気を振動させた。

 赤紫に金色のグリフォンが後ろ足で立ち上がっている意匠の軍旗が風に(なび)いている。グリフォンとは想像上の生物で、獅子の胴体に翼が生え、頭と前足が大鷲をしている。

余談ではあるが、スティーブの姓のグリフィスには、グリフォンの王という意味があった。


 大陸暦718年1月22日 14:00

 モンターニュ城塞の北門と東門が開き、輸送隊の馬車が列になって続く。

 グリフィス軍3万は、そのまま首都パリリスを目指して、いや、オロール王国リヤン国王を目指して行軍した。

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