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第8章 戦略  27 破壊神と守護神

 大陸暦718年1月14日 13:00 軍事城塞モンターニュ付近の森

 「イブ、やっと見つけた」

赤毛で巻き毛のスティーブが、白い息を吐きながら優しく微笑んだ。

 「ありがとうスティーブ。モンターニュ近くの森にグリーンに輝く美しいエメラルド湖があると聞いたら、もう見てみたくなって・・・そうしたら、この森で迷子になってしまったの。

 ・・・ごめんなさい」

端正な顔立ちをしたイブが安心した表情をして吐息(といき)を吐くと、毛皮の帽子から出た銀の長い髪が揺れた。

 イブの緑の瞳に映るスティーブが笑顔で語りかける。

 「イブの迷子は毎日のことだ。

 イブが迷子になると、面白い出会いが待っているのだけれども、今日の出会いはどうだ?」

 「今日はまだね。晩秋の都市ロッシュでは、リュミエールという素敵な友達が出来たのだけれども、彼女とはあれからお会いしていないわ」

 「会えるといいな。

 ・・・そうそう、イブを探している時に、グリーンの湖を発見したんだ。きっとエメラルド湖に違いない。すぐそこだ、一緒に行こう」

 「うぁー、スティーブは頼りになるわ」


 「うぁー、きれーい。このグリーンの湖面がとても綺麗(きれい)。その遥か遠くには、冠雪(かんせつ)した黒い山々と(あい)色の森、湖岸の一部にはかなり広い平原もある。全てが幻想的だわ」

 「ああ、グリーンといっても乳白色のミルキーグリーンだ。その湖面に青い空と白い雲が浮かんでいる。

 ・・・こちら側の世界と湖面に映る向こう側の世界が、同じ時間を刻んでいること自体、不思議に思えて来る。

 そして、ここは目に映るすべてが美しい。まさに神の意図を感じる」

スティーブは湖畔で(ひざまず)き、祈りを捧げた。

 「スティーブは敬虔(けいけん)な信徒ですね」

 「勿論だ。この世は神がお創りになられた」

 「スティーブ、シャモアよ」

イブは湖畔(こはん)に突き出た岩を指さした。

 岩の上に薄茶色のシャモアが乗り、首を伸ばしてこちらを眺めている。シャモアはニホンカモシカに似たウシ科の動物であった。その肉は美味であり、毛皮は帽子などに使用されていた。

 シャモアの脇に別のシャモアが近づき、臭いを嗅いでいる。更に数匹のシャモアが近づいて来た。

 雄のシャモアだろうか、1匹が岩場を駆け登ると、その後を数匹のシャモアが追いかけて登って行った。

 「5月になれば子を産む」

スティーブは春を待ちわびるように呟いた。

 「この国は、どのような春を迎えることになるのかしら」

 「この国には、民を導く聡明で強いリーダーが必要だ」

 「私の出会ってきた人々は、皆誠実で親切だった。リーダー不在が侵略戦争への理由にはならないわ」

 「どのような皇帝や王であろうと、その民はその命によって戦うしかない。・・・それが務めだ」

 「確かにそうね。でも、今の皇帝や王の選択は常に正しいとは思えない」

 「それでは、この国はイブお気に入りのソレイユに期待するのか」

 「ソレイユは今のところ、民のために一貫した行動をとっているけれども、これからはどうかしらね」

 「違う道を歩むと?」

 「分からないわ。権力には、目的を形骸化(けいがいか)させる魅力がある。

 己の権力を維持するために、その権力を行使すれば、それは民への厄災(さいやく)となる。

 果たして、ソレイユもその衝動に(あらが)えるのかしら」

 「それはオロール王国リヤン・レクス・オロール国王も、アードラー帝国ベルバーム・アードラー皇帝も同じだ」

 「あら、スティーブ、国王と皇帝たちと、ソレイユを同列に扱うの?」 

 「まさか、権力者と言う意味で例示しただけだ」

 「私たちだったら、どうなのかしら」

 「大丈夫だ。どちらかが己の道を見失っても、もう片方が正しい道に引き戻してくれるだろう。

 ・・・そう思わないかい、イブ」

 「まあ、そうね。迷子になっても私は安心だもの。・・・ソレイユにもそんな存在があるのかしら」

 「さぁ、どうだろうな・・・イブ、戻るぞ」

 「はい」


 スティーブとイブは、馬に乗って軍事城塞モンターニュの城門へ近づく。

 モンターニュの城門を守る兵士たちは、若い2人を見止めると、左右から槍をクロスさせて行く手を(さえぎ)った。

 「貴様、何者だ」

 「ん・・・! おい、そちらのお2人をお通しろ。このお方は、グリフィス将軍であらせられるぞ」

 「え! し、失礼しました」

兵士たちが背筋を伸ばして敬礼する。

 スティーブは馬上から敬礼を返すと、微笑んで声をかける。

 「私たちは長期休暇中。そう改まるな」

 スティーブとイブは馬に(またが)ったまま、城門を通過して行った。

 「グリフィス将軍の顔ぐらい覚えておけ。馬鹿者が」

 「・・・あのお方が、アードラー帝国軍4大軍神筆頭、破壊神スティーブ・フォン・グリフィス将軍か・・・まだ二十代半ばになったかどうかだな」

 「覚えるのは1人ではない。隣にいた女性は不敗の軍師と崇められている守護神イブ・ウォーカー様だ」

 「あの十代後半の若さで・・・」

 「2人の抜きんでた才能の輝きに、性別や経験は関係ない。

 グリフィス将軍は、瞬く間に4大軍神筆頭へと上り詰めた。その才能と実績は、4大軍神の中でも群を抜く。

 だがな、グリフィス将軍の才能に憧れてはいけない。その才能の(まばゆ)い輝きに憧れ、それを直視した者は、自身の眼と才能を焼き尽くされて、身を亡ぼすと言われている。

 ここだけの話だが、グリフィス将軍の二つ名の破壊神とは、敵や敵の城、街を破壊したためではなく、グリフィス将軍を模倣して、身を滅ぼした味方の将軍や司令官が後を絶たなかったために付いた名だと、まことしやかに囁かれている」

 「味方の将を破壊する神・・・」

兵士はゴクリと唾を呑み込み、恐る恐る2人の後姿を見た。

 「イブ、モンターニュ城塞の中は複雑な迷路だ。俺から離れるな」

 「嫌だわ、スティーブったら、いつも同じことばかり言って」

 「この城塞で迷子にならない日はないだろう」

こんな2人のやり取りが聞こえ、兵士は、

 「本当に、この2人が破壊神と守護神なのか・・・神を冠する二つ名のイメージとこの会話のギャップ・・・俺の精神はもう破壊され始めたのかもしれない。

 見てはいけない! 聞いてはいけない!」

と、慌てて耳を塞ぎ、視線をずらした。


 大陸暦718年1月14日 21:00 軍事城塞コトー ソレイユの部屋

 暖炉では(まき)が橙と黄色の炎を揺らしていた。

 「レン、いよいよ、アードラー帝国皇子ジェルムが立て(こも)もる新都ガルーンの攻略です」

 「左様ですが、その行く手には、まず軍事城塞モンターニュの攻略があります。

 アードラー帝国は、軍事城塞モンターニュを最終防衛ラインとして設定していることでしょう。

 そうなれば、未だに行方の分からぬ4大軍神筆頭が出て来ることになりましょう」

 「4大軍神筆頭と(ほこ)を交えることになるのですね」

 「オーベルシュトルツ殿の話では、4大軍神筆頭は破壊神と恐れられているスティーブ・フォン・グリフィス将軍とのことです。

 その才の前には、例え他の4大軍神が、束になっても勝てるとは思えぬほどの逸材と評しておりました」

 「それほどまでの逸材ですか」

 「そして、今一人います。スティーブを補佐する軍師、守護神と二つ名のあるイブ・ウォーカー。どちらも二十歳前後だと言っておりました」

 「・・・二十歳前後のイブとスティーブですって!」

 「リュミエール様は、ご存じでいらっしゃるのですか」

 「イブとは晩夏のパリリスで出会って友となりました。深窓の令嬢という外見と、飾らない人柄に好感をもちました。それに、別れ際に再会も約束しました。

 スティーブは長身の男性で、迷子になっていたイブを迎えに来ていました。

 ・・・思い出してみれば、遠目からでも、2人には周囲とは異なるオーラを感じました」

 「敵地のパリリスに乗り込んでこようとは、大胆不敵です。一体、何のために来たのでしょうか」

 「ソレイユに会いに来たと言っていました」

 「ソレイユ様に?」

 「ロッシュでの演説に感動したから、いても立ってもいられなくなって、飛び出して来たと・・・」

 「・・・尋常ならざる精神力、好奇心とも呼べばよいのでしょうか」

 「戦とは無関係の世界に生きている方としか感じられなかったわ。ましてや、破壊神や守護神と呼ばれるほどの血生臭い戦人には見えなかった・・・。

 あの屈託(くったく)のない笑顔はなんだったのでしょうか。人間とはそれほどまでに、切り替えられるものなのですか・・・イブやスティーブの心の底を測ることができず、今は心底恐ろしいわ」

リュミエールの手が小刻みに震えていた。

 「・・・震えるリュミエール様を初めて拝見しました。それほどの敵なのだと感じました」

レンは白地にピンクのバラの意匠のついたソーサーとティーカップを、リュミエールの机の上に置いた。

 左腕に白い布巾をかけ、ピンクのバラの意匠のティーポットから無駄のない動きでカップに紅茶を注ぐ。

 その間、リュミエールは、椅子の上に膝を抱えて深い呼吸を繰り返していた。

 「どうぞ、ウバです」

レンがそう告げると、リュミエールはピンクのバラの意匠のついたカップを手に取った。

 カップが小刻みに揺れ、紅茶の水面が波立っている。リュミエールは震える指を左手で抑え、ふーっと息を吐く。暖炉の薪がぱちぱちと爆ぜた。

 「・・・レン、もう大丈夫です」

 レンは膝を抱えるリュミエールの肩に、ブランケットをそろりとかけた。

 リュミエールはカップを両掌で包み、ウバを一口含む。

 「あぁ、体が温まり、心が落ち着きます・・・レン、ありがとう」

そして、レンのかけてくれたブランケットを優しく撫でた。

 「何よりです」

レンは暖炉に薪をくべながら、穏やかな表情へとなっていくリュミエールを、静かに見守っていた。


 大陸暦718年1月16日 10:00 軍事城塞コトー 謁見(えっけん)の間

 ソレイユが立ち上がって、階下に参集した重臣たちに落ち着いた口調で語りかける。

 「リヤン・レクス・オロール国王より勅命(ちょくめい)が下った。

 『ガルーンを早急に攻略せよ。皇子ジェルムの生死は問わぬ。

 軍事城塞モンターニュの攻略については、西の2英雄ノア・フォン・ガルシエ伯爵及び、ラファエル・フォン・ブーシャルドン子爵が行う』

 リヤン国王は、アードラー帝国本土より増援本軍が海峡を渡り、ガルーンに到着する前に陥落させたいと考えてのことだ。

 この作戦には、ソレイユ軍と西の2英雄軍、パリリスの警護軍などオロール国王の半数近い兵力が投入される」

 ソレイユは椅子に腰かけ、手で合図をした。

 レンは進み出て作戦を述べる。

 「首都パリリスから100km北に軍事城塞モンターニュ。更にそこから70km北の海峡に面して港湾都市ガルーンがあります。

 作戦は、ノア・フォン・ガルシエ伯爵率いる兵5万及び、ラファエル・フォン・ブーシャルドン子爵率いる兵2万がモンターニュを包囲します。これは、ソレイユ軍への援護目的であります。つまり、ソレイユ軍がガルーンを攻略するまで、モンターニュを封鎖できればよいのです。

 我がソレイユ軍の戦略的目標は、最北端の港湾都市ガルーンの攻略及び、皇子ジェルムの捕縛となります。これに生死は問いません。

 パリリスの警護はエミール・フォン・ダルデスパン伯爵率いる兵6万となります。

 課題は、アードラー帝国軍4大軍神筆頭スティーブ・フォン・グリフィス将軍の居場所が不明ということです。現在、ナナを中心としたオーリ族が捜索中です。

 ソレイユ軍は、1月20日9:00に軍事城塞コトー出発とします」 

 ソレイユは一段高い椅子に腰かけて命じる。

 「軍編成は現行を維持する。

 第1軍、我とレン、デュラン、レオン、ジル、オーギュスト、兵1万。

 第2軍、オーベルシュトルツ、ジャン、クルーゲ、兵1万。

 第3軍、リル、フレデリク、兵1万。

 偵察扇動隊はナナ、兵オーリ族。

 輸送隊、ノエル、ドミニク、ライン、ググナツ、兵1万。

 この軍事城塞コトー守備、兵3万」

 そして、ソレイユは椅子から立ち上がると、長い金色の髪が揺れる。強い意志を感じさせる鋭い視線は、見る者に畏敬(いけい)の念を深めさせる。

 「アードラー帝国皇子ジェルムを北に追いやった。そして、ついに我らの矛先が、奴の喉元に届くところまで来た。

 オロール王国の民を苦しめた(ごう)は、自らの身を持って味わせてやるがよい。

 作戦名は『北限の白蝶』、諸君らの健闘に期待する」


 大陸暦718年1月19日 9:00 軍事城塞コトー近辺

 肌を刺すような厳しい冷気の中を、ガルシエ伯爵率いる兵5万及び、ブーシャルドン子爵率いる兵2万が軍事城塞モンターニュを目指して北進して行った。

 ソレイユとレンは、軍事城塞コトーの城壁の上から、厚いコートに身を包み、この軍の長い隊列を眺めていた。

 「7万の行軍とは雄大だな」

ソレイユから白い息が()れた。

 「ソレイユ様、デュランから報告がありました」

 「デュランから?」

 「デュランに預けたオーギュストの事です」

 「問題があるのか」

 「いえ、特殊な才能があるとデュランが言っていました」

 「ほう、どんな才能なのだ」

 「距離を正確に言い当てられること、風向と風力を掴む力に抜きんでた才があるということです。その才を生かして、銃士隊の長距離射撃の命中率が更に上がったと言っています」

 「それは素晴らしいことだ」

 「それだけではありません。レオンの砲兵隊の訓練にもレンタルしているそうです」

 「あははは、レンタルか、デュランらしい表現だ。

 だが、オーギュストの才を生かせば、戦術の幅が広がる」

 レンは黙って頷いた。

 「それと、ソレイユ様、破壊神スティーブ・フォン・グリフィス将軍の所在が、掴めていないことが気になります。恐らく、軍事城塞モンターニュにいることでしょう。現在、モンターニュの兵力は3万強だと、ナナの情報工作隊から報告があります。

 その場合には、ガルシエ伯爵とブーシャルドン子爵が率いる兵7万では、心もとない気もします」

 「軍事城塞モンターニュの包囲だけなら、十分過ぎる兵力ではないか、と言いたいところだが、あのイブとスティーブが相手だとすると不安が(よぎ)る」

ソレイユは右手を握る開くを繰り返したが、もう手に震えはなかった。

 「レン、明日には我らも出陣だ。予定通りに軍事城塞モンターニュを迂回して、北北東へ向かうベルーギ街道を通る。メール街道と合流したら進路を西北西に変え、港湾都市ガルーンへ急行する」

 「予定通り迂回の先導と索敵は、ナナの情報工作隊が努めます」

 「ナナたちオーリ族には助かるな。軍事城塞モンターニュと港湾都市ガルーンにも潜ませてはいるが、このところモンターニュの情報管理が急に厳しさを増しているようだ」

 「はい、軍事城塞モンターニュの変化は、スティーブとイブが入城し、その指示で情報管理が厳格になったと考える方が自然です」

 冬の澄んだ空気の中を行軍していく軍を瞳に移しながら、ソレイユの頭の中は明日からの戦を考えていた。


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