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第7章 選択   24 細く危険な道の分岐点

 大陸暦718年1月7日 10:00 ソレイユ寝室

 ソレイユの父であるフランク・フォン・ビアージュ子爵が馬車に乗って、国王の使者として尋ねて来た。

 ソレイユの寝室に入るなり、フランクは杖を投げ捨て、ソレイユの伏せるベッドの脇に転がるようにしてしゃがみ込んだ。

 「ソレイユ、ソレイユ・・・大丈夫か。重篤(じゅうとく)な病だと聞いて、心配したぞ」

 「ゴホッ、ゴホッ、と、父さん、私はもう先が長くないようです。・・・もう1度、父さんの顔をよく見せて・・・」

 フランクがゆっくりとソレイユの顔を(のぞ)き込む。

 フランクの心配そうな視線とソレイユの虚ろな視線が交差する。

 「・・・くくくっ・・・ふふふっ」

 「・・・ふははははっ」

 「父さん、私たちの勝ちね」

 「あぁ、リュミエール、お前たちの勝ちだ。・・・見ろ」

フランクは(ふところ)から、リヤン国王からの書状を差し出して、リュミエールに向かって、この数日間の経緯を説明し始める。

 「アードラー帝国4大軍神No.2が兵3万を率いて、軍事城塞コトーに向けて進軍を開始したと聞いたアン母后は狼狽し、アレクサンドル王都担当大臣に何とかしろと甲高い声で叱責(しっせき)を繰り返すしかなかった。

 オーベルシュトルツをオボロン領主として異動させ、ソレイユ軍の弱体を図った張本人であるアレクサンドル王都担当大臣は、アードラー帝国軍侵攻への対応策が見つからず、挙句(あげく)の果てに再びマルドューユへ遷都を勧める始末だ。

 フォンテーヌ内務大臣がこの機を逃さず、今回の状況を打開するための唯一の方法、弱体化させたソレイユ軍の再強化を、リヤン国王に進言してくださったのだ。

 そして、ソレイユの重篤な病の特効薬となる書状を持参し、最後の使者として私が指名されたのだ」

 「父さん、ありがとう。父さんとフォンテーヌ内務大臣なら、リヤン国王をよき方向へと導いてくださると考えていました」

 「リヤン国王の書状は読まなくてもよいのか」

 「読まなくても分かります。

 ヘルムフリート・オーベルシュトルツをソレイユの旗下に戻す。

 進軍して来るアードラー帝国軍を討て、でしょう」

 「リュミエールは、いつからこんな駆け引きを覚えたのだ。

 国王と母后、その重臣を相手にした駆け引きだ。国家を相手にした戦略といってもよい」

 「レンとサージが政略を打開する細い道を見つけてくれたのよ。

 この細い道を歩み、目の前の分岐点で正しい道の選択をしたため、その先へと(つな)がっただけ。今回はレンがこの道を繋ぎました。

 アードラー帝国を討ち払い、民の解放をするまでは、まだまだ細く危険な道が続きます。

次は私が道を繋ぐ番です」

 「(すご)い参謀たちだなぁ・・・」

フランクは嬉しそうにソレイユの頭をくしゃくしゃと()でた。

 「父さん、レンが聞いたら怒るわよ。レンは軍師や参謀には興味がないのよ。私の至高の執事、至強の従者に誇りをもっているの」

 「あははは、レンらしいな」

 「リュミエール、オーベルシュトルツに早く連絡をしないといけないな」

 「大丈夫です。1月5日に、城内で嬉しそうな顔をした父さんとフォンテーヌ内務大臣が目撃されています。だから、オーベルシュトルツには、戻るように既に使者を送っています」

 「なんだと! 俺たちもリュミエールの間者(かんじゃ)に見張られていたのか」

 「嫌ですわ、お父さん。それは秘密の護衛です」

 「くくくっ、(たくま)しくなったな」

 「常勝のフランク・フォン・ビアージュ子爵に鍛えられましたから」

 フランクとリュミエールは笑顔で見つめ合った。

 「これが解放の英雄と呼ばれる者の笑顔か。気に入ったぞ」

 「やめてよ。娘は名前で呼んでください」

 「その笑顔は、母さんに似て来たな」

 「ふふふっ、さあ、パリリスでリヤン国王にご挨拶をして、そのまま軍事城塞コトーに向かうわ。父さん、ありがとう」

 「リュミエール、ご武運を」

 リュミエールはベッドから起き上がり、白のベネチアンマスクを着けると、ドアに向かって声を上げる。

 「レン! 出陣の準備だ」

ドアの向こうから返事が聞こえる。

 「ソレイユ様、ソレイユ軍各隊、兵24,500と 輸送隊兵6,100、出撃の準備は整っております」

 「あと10分で行く」

 「承知しました」


 大陸暦718年1月7日 10:30 領都エフェール 閲兵(えっぺい)広場

 白と赤のツートンカラーに、中央に青のアヤメの意匠をしたオロール国大旗が風に揺れる。その脇では、深紅の布地に、切り絵のような白いアゲハチョウの紋章が風に靡き、白いアゲハチョウが舞っているように見えた。

 冬空の下、白い息を吐くソレイユ軍の3万を超える将兵たちの眼は、閲兵台に立つソレイユ・フォン・マーティン辺境伯に注がれる。

 ソレイユは、右側にアゲハチョウの右羽の意匠のついた白のベネチアンマスクをつけ、青い瞳と(なび)く金色の長い髪、端正な目鼻立ち、透き通るような白い肌が輝いているようにさえ感じる。赤の上着に金の肩章、白のズボン、黒のロングブーツの軍服を着て、赤地に白の羽根つき帽子をかぶり、腰には金のサッシュが揺れる。

 将兵たちは、ソレイユの姿に圧倒的な神々(こうごう)しさを感じていた。

 ソレイユがよく通る声閲兵台から将兵に語りかける。

 「アードラー帝国軍は停戦協定を破り、軍事城塞コトーへと進軍している。

 アードラー帝国に信義などはない。欺瞞(ぎまん)虚構(きょこう)に満ちた国である。

 停戦協定中に、アードラー帝国の支配下にある民のことを思うと、心が激しく痛み、悲鳴を上げていた。それはここにいる諸君も同じであったことだろう。

 だが、アードラー帝国は1つだけ称賛(しょうさん)されるべきことをした。

 ・・・それは、我らにアードラー帝国軍を討ち払う機会を再び与えたことだ。

 我がソレイユ軍は、リヤン・レクス・オロール国王の勅命(ちょくめい)によって、アードラー帝国軍をこのオロール王国から討ち払う。

 そして、我が軍の目的であるオロール国王領すべての民を、アードラー帝国から解放する。

 将兵の諸君、その日までの間、諸君の命を我に預けてほしい。

 我は常に諸君らと共に戦い、全ての民を解放することをここに記す」

ソレイユは、白い(さや)から金の柄のサーベルを抜くと、高々と天を指した。剣先が冬の陽の光でキラリと輝く。

 「我と共に敵を砕け! 己が家族のためにその命を賭けよ!」

 うおぉーーー!! という将兵の雄叫びが閲兵広場の地を揺るがし、興奮が冷えた空気を振動させた。

 うおぉぉぉー!! 将兵たちが武器を掲げ、足を踏み鳴らしながら叫んだ2度目の咆哮(ほうこう)は、冬の高く澄んだ空を突き抜けた。

 ソレイユはサーベルで西の地を指して命じる。

 「ソレイユ軍、出陣!」


 ソレイユ軍は3軍に編成して、それぞれの地へ行軍して行った。

 第1軍は、ソレイユ率いる兵9,600。レン、デュラン、レオン、ジル、ナナが将として加わっていた。先ず西にある首都パリリスでリヤン国王に出陣の報告をし、その後に西の軍事城塞コトーへと向かう。

 第2軍は、ジャン率いる兵7,700。コトーの南30㎞の街マドレーで、オーベルシュトルツと合流し、オーベルシュトルツ隊として、そのまま北上してコトーへと向かう。

 第3軍は、城塞都市スノールまでフレデリクが率いる兵7,200。そこでルリ隊と合流してからリル隊として、首都パリリス北のヴァリ砦の守備につく。


 大陸暦718年1月11日 11:00 首都パリリス 謁見の間

 「ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯、大儀である。

 大病を(わずら)っていたと聞いたが・・・た、体調は良いのか」

リヤン国王が、ソレイユの機嫌をとるかのように恐る恐る尋ねた。

 「リヤン・レクス・オロール国王陛下の慈しみのある書状をいただいたからには、病などと言ってはおれません。オロール国王陛下をお守りするために、この命を投げ出す所存です」

 「・・・頼もしい限りだ」

 アン母后(ぼこう)が冷ややかな視線をソレイユに向け、皮肉のこもった言葉を投げる。

 「陛下とわらわたちを冷や冷やさせおって、最初から出陣すればよいものを」

 アレクサンドル王都担当大臣も、母后に賛同するかのような辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせる。

 「マーティン辺境伯、民を思う国王陛下とアン母后にご心労をおかけするとは、不届きではあるが、今回はこの出陣で不問に致す」

 ソレイユは「正にここが細く危険な道の先にある、幾重にも枝分かれした分岐点。レンが繋いでくれたこの道、選択を誤る訳にはいかない」と心で呟き、下唇をキュッと結んだ。

 ソレイユは、アン母后とアレクサンドルを気迫に満ちる瞳で(にら)みつける。アン母后とアレクサンドルは気圧(けお)されて視線を()らした。

 「リヤン国王陛下に申し上げたきことがあります」

 「構わん。申してみよ」

 「このソレイユ、国王陛下への忠誠心は、今も変わりません。

 私が国王陛下をお守りするために、この命を投げ出すと申し上げた意味は、民を守るということです。

 民あっての国王。民を守ることで国王陛下のお命を守り、揺るぎない王位とするために、この命を捧げます。

 そして、民を守らずして、己が命と地位を守るために遷都などという愚行を口にする内患(ないかん)の臣下に、惑わされぬよう申し上げます」

アレクサンドルが()えた。

 「な、何をいうか。ソレイユ、分をわきまえろ。我を内患の臣下呼ばわりとは、何事ぞ」

 「おや、遷都を進言した家臣とは、アレクサンドル殿でしたか」

 「ぐぅ・・・・」

 「今、民を見捨て遷都をすれば、民心はリヤン国王から離れます。

 オロール王国のために、これから命を賭して戦う兵士は、主を失ったこの地でいったい何を守ればよいのですか。それで士気は高まりますか。

 今ここでの遷都は、国を滅ぼします。内患で内から崩壊するのです。これを内患の臣下と呼ばずに、何と呼べばよろしいのですか」

 「ソレイユ! 我がご進言申し上げたのは、先ずは国王陛下のお命をお守りするための遷都だ」

 「犬の遠吠えとしか思えません。

 それならば、国王陛下のお命をお守りするために、我が軍と共に己が命を懸け、最前線で剣を握っていただきましょう。いかがですかな、アレクサンドル殿」

 「・・・ぐっ・・・な、何を・・わ、我には我の高度な戦略がある」

 「ほーっ、どのような戦略ですかな。これからアードラー帝国軍と死闘をするこの身です。是非、ご教授いただきたい」

 アレクサンドルは助けを求め、アン母后にすがるような瞳を向けるが、アン母后は冷たい視線を返す。

 今度は、リヤン国王をすがるような瞳で見つめる。

 リヤン国王は顔を背けて、視線を切った。

 ソレイユは更に追い打ちをかける。

 「アレクサンドル殿、その高度な戦略とやらで、アードラー帝国軍を追い払っていただきましょう。そして、アードラー帝国から民を解放していただきましょう。

 ・・・さあ、さあ、遠慮はいりません。

 私は戦場を離れたこの安全なパリリスの地にて、お手並みを拝見させていただきます」

 アレクサンドルは高貴な貴族出身である。幼少より周囲の者がちやほやする中で思い通りに生きてこられた彼は、その能力に比べ、プライドだけは突出して高くなっていた。

 彼の高慢(こうまん)さに支えられたプライドには、追い込まれ、反撃の余地すらないこのような屈辱に対して、その耐性が極めて乏しかった。

 アレクサンドルは、アン母后とリヤン国王の顔を落ち着きなく、キョロキョロと交互に見る。

 「・・・ぐぐっ、ぐあああー、きぃぃぃー」

と、耳を両手で抑えたまま、言葉とも悲鳴とも分らぬ叫び声を上げて走り出した。そして、謁見の間の扉に行く手を(はば)まれると、その扉に繰り返し額を打ち付けた。

 「きぃぃぃぃ、ドン、我は名門アレクサンドル侯爵だ。ゴン・・・きぃぃー、ゴーン」

 最後に、ひぃぃぃーという奇声を上げ、そのまま倒れた。

 この行動はソレイユにも想定外であり、呆気(あっけ)に取られていた。

 フォンテーヌ内務大臣は、

 「国王陛下の前で、そのような醜態(しゅうたい)をさらすとは何たることだ!

 その愚臣をつまみ出して牢に入れろ。沙汰(さた)は後ほど言い渡す」

と、衛士に命じた。

 ソレイユはアン母后に視線を向ける。ひぃーっとたじろぐアン母后の瞳には、引きずられて連行されるアレクサンドルの姿が飛び込んで来た。

 「・・・ソ、ソレイユ・・・わらわは嫌じゃ。わらわはアン母后だぞ」

 ソレイユは「ここも分岐点」と、脳を高速回転させた。

 「アン母后、・・・私も共にリヤン国王陛下をお守りしたいだけです。

 私のこの心をご信頼ください」

ソレイユはアン母后に頭を下げた。

 「・・・・ま、誠か、ソレイユ」

 「はい」

ソレイユは真っすぐにアン母后の瞳を見て答えた。

 「・・・・」

 アン母后は真偽(しんぎ)を確かめるように、ソレイユの瞳を黙って見つめ返した。

 「ソレイユ・フォン・マーティンは、リヤン国王陛下の勅命により出陣いたします」

ソレイユは片膝を床につき、リヤン国王に頭を下げた。

 「ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯、武運を祈る」

 「はっ」

 ソレイユは立ち上がると、身をひるがえして謁見の間を後にした。

 「どうやら分岐点で、選択を誤らずに済んだようだ。

 レンが繋いだ細く危険な道を、新たな険しい道へと繋げられた」

ソレイユの唇がそう動いた。


 首都パリリス郊外

 ソレイユがリヤン王子への出陣報告から戻ると、ソレイユ軍第1軍は、このまま西の軍事城塞コトーへと向け出発した。第3軍は第1軍と別れ、首都パリリス北3㎞に新設されたヴァリ砦の守備へと向かった。


 大陸暦718年1月11日 21:00 首都パリリス西20km

 リュミエールは、お気に入りの白地にピンクのバラの意匠(いしょう)のついたカップから立ち上る香りをかいだ。

 「レン、ロイドグレーだな。果実のような甘い香りが心を癒してくれる」

 「はい、ロイド村の民のことを思い出します」

 その時に仮設天幕(てんまく)の外から声がした。リュミエールは、白のベネチアンマスクをつけてから入室の許可を出す。

 オーリ族のロキが天幕に入って来た。ロキは二十を少し過ぎた程度の若者であった。鋭い目つきでソレイユの前に片膝を着く。

 「1月11日 17:00、軍事城塞(じょうさい)コトー陥落(かんらく)

 「何!

 ・・・ロキ、まだアードラー帝国軍は、まだコトーに到着すらしていないはずであろう」

ソレイユの脇に控えるレンがロキに問う。

 「それは調略の寝返り工作か」

 「軍事城塞コトーを守備するアレクシ・フォン・バイイ伯爵が、アードラー帝国軍に寝返りました」

 ソレイユがロキにたたみかけるように問う。

 「そのアードラー帝国軍を率いている司令官の名は何と申す」

 「デューク・フォン・フェアリー将軍。4大軍神の1人、謀神のフェアリー将軍と呼ばれています」

 「難攻不落と言われる軍事城塞コトーを戦わずして落とすとは・・・」

 レンがソレイユに静かに語る。

 「ソレイユ様、難攻不落は存在しません。現に我らも落としております。

 地形であったり、災害であったり、守将であったりと、陥落の要因は幾つもあります。

 軍事城塞コトーの最大の弱点は、守将のバイイ伯爵だったということです」

 「・・・ロキ、第2軍のオーベルシュトルツにも伝えたか」

 「オーリ族の者が、オーベルシュトルツ殿が合流予定のマドレーの街にも向かっています」

 ソレイユは頷き、

 「ご苦労。軍事城塞コトーとデューク・フォン・フェアリー将軍について、情報を集めてくれ」

 「はっ」

 ロキは仮設天幕を出ると、()てつく闇の中を、西へと馬で駆けて行った。

 「軍事城塞コトーが寝返ったのであれば、我らは援軍の意味を失った。今後の戦略目標を修正せねばならぬ」

 「左様でございます。

 ・・・・・少々、お時間をいただきたくお願いします」

 「分かった。軍事城塞コトーが攻城戦の上での陥落ではなく。寝返りとあっては、フェアリー将軍の軍が無傷で(ひそ)んでいる。その対応が変数となるな」

 「はい、そのこともありますが、フェアリー将軍の智謀が、我々の想定を上回っておりました。それが最も深刻な問題となります」

 「・・・軍事城塞コトーの守将の心を攻め、これを陥落させた神謀だ。

 言われてみれば、こちらの方が今後の脅威となる」

 レンは(まぶた)を閉じ、思案を巡らしているようであった。


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