23 外敵と内患
大陸暦717年11月26日 領都エフェール郊外
ソレイユとレンは騎馬で駆け戻って来た。
「ザクール、驚きだ! この改良型ポルト銃は9連発の弾倉付き。しかも、着脱式弾倉を差し替えるだけで9発の銃弾の補充が可能だ。・・・慣れれば、9発の銃弾補充が3秒程度というところか」
機密鍛冶工房長のザクールが、馬上のソレイユを見上げて問いかける。
「ソレイユ様、い、今、着脱式弾倉を差し替えるとおっしゃいましたね・・・。
私たちは、着脱式弾倉が空になったら、銃弾9発をその弾倉に詰め直すことを想定しておりました。
まさか、銃弾の詰めてある着脱式弾倉自体を差し替える発想とは・・・それなら9連発の着脱式弾倉の数だけ連射ができます」
「そうなのか、そのための着脱式弾倉だと考えたのだが」
ソレイユは空になった着脱式弾倉に、銃弾を1発ずつ詰め込みながら確認し始めた。
「・・・これは、意外に時間がかかるな。駆ける馬上ではほぼ無理だ」
「それでしたら、今後は、着脱式弾倉に銃弾を込めたまま納入します。
こちらも人員を増やせば良いだけの事です」
「それは助かる。領内の雇用対策にも一役買う」
ソレイユはそう言うと、改良型ポルト銃に着脱式弾倉をワンタッチで嵌め込んだ。
レンが馬から降りて補足をする。
「エフェールの機密鍛冶工房の関連工房だけでも、数千人を超える雇用創出がありました」
「レン殿その通りだ。武器の研究開発を機密鍛冶工房が一手に担っているが、こと製品の量産化に関しては、関連工房あってこそだ。
量産の効率化を図るため、部品製造部門を細分化し、同じ工程で同品質の部品を量産している。最終的には、各関連工房で量産した部品を組立工場に納品し、そこで組み立てる」
ザクールがソレイユに説明する。
「銃本体の組立工場だけでも300人、銃弾の組み立てでも100人が働いております」
レンはザクールに目をやって話しかける。
「銃や砲は各分野の技術の結晶だ。この研究と製造によって、マーティン領全体の技術力を向上させたい」
「承知しました」
改良型ポルト銃を手に取って確認していたソレイユが口を開く。
「ザクール、この改良型ポルト銃は、ヴァーグ銃と名付ける」
「ヴァーグ・・・繰り返す『波』のごとく絶え間ない連射を表しているのですね」
ザクールは目を細めて満足そうに答えた。
「ポルト銃に替えて、ヴァーグ銃を量産してくれ。勿論、着脱式弾倉も頼む」
「承知しました。領都エフェールだけではなく、フォルトとロッシュの機密鍛冶工房もヴァーグ銃の生産に切り替えます」
「まずは、白アゲハ騎銃士隊にヴァーグ銃を実装したい」
「1度の戦闘に、着脱式弾倉はいくつ必要と考えていますか」
「1騎銃士兵につき6弾倉は使いたい」
「そうなると、弾倉の所持方法を考える必要もありますな」
「楽しみだ。ザクール、トネール砲はこれまで通りに製造を続けてくれ」
「承知しました」
大陸暦717年11月29日 領都エフェール 謁見の間
ソレイユが重臣を前にして、リヤン国王からの書状を読み上げた。
オーベルシュトルツの副官カイム・クルーゲが驚きを口に出しす。
「・・・ソ、ソレイユ様、それは誠ですか」
「あぁ、オーベルシュトルツ、リヤン・レクス・オロール国王陛下からの命令だ」
ソレイユの背後に控えるレンが淡々と語る。
「過日の軍事城塞コトー攻略の報償として、オーベルシュトルツ殿はリヤン国王より、子爵の爵位とその領地オボロンを授かったのです」
内務長官サージは見えぬ眼を動かし、天井から掛かる白と赤のツートンカラーに、中央に青のアヤメの 意匠のオロール国旗を眺めるように見上げて補足する。
「オボロンはオロール王国南西部、隣国スロード王国との国境に近い小さな町。ボーとバアの2つの寒村からできている」
他の重臣たちもキョロキョロと視線が流れていた。
デュランはオーベルシュトルツを見て一礼してから、考えを述べる。
「オーベルシュトルツ殿の卓越した軍功が、正当に評価されての栄誉ある昇進は、俺も嬉しい。ほんと、嬉しいよ。・・・共に戦ってきたルリや副官のクルーゲも同じだよな? 他の皆もそうだよな?」
ルリや重臣たちは黙って頷く。
デュランは重臣たちの前をゆっくりと歩きながら、一人一人の顔をみて話を続ける。
「オーベルシュトルツ殿はアードラー帝国から亡命して、命の保証も危うかった状況から、自身の軍功によって爵位と領地まで授かるほどに上り詰めた・・・まあ、立身出世の夢物語として語り継がれるだろう。そう思うだろう? な?」
デュランはオロール国旗を背にして立ち止まり、左手の掌を見せ、右人差し指を立て横に振りながら、
「他の諸侯に対しても、軍功を平等に評価する国王としての器を示す機会になった。施策の効果として評価するなら、万々歳だな。これ以上ないという効果だ。
だが、内情はどう? オボロンはオロール王国南西部、北東部にあるマーティン領とは真反対の位置にある。体よく切り離されたも同然。
これではソレイユ軍の弱体化を意図した企みとしか思えない。
アードラー帝国を利するだけだと考えるのは俺だけか? なぜだと気になるのは俺だけか?」
と皆の心を代弁した。
ソレイユはゆっくりと立ち上がると、
「デュラン、口を慎め」
と一喝した。
「オーベルシュトルツ、其方はこの人事をどう考える」
「・・・亡命時に、この身はソレイユ様にお預けしております。それはこれからも変わりません」
ソレイユは、ゆっくりと首を縦に振る。
「オーベルシュトルツ子爵、民のためオボロンの経営に努めよ」
「承知しました」
「オーベルシュトルツ子爵、クルーゲ、息災を祈る」
ソレイユが敬礼をすると、重臣たちも一斉にこれに倣った。
大陸暦717年11月30日 早朝
エフェールの城門を出てオーベルシュトルツ子爵とクルーゲらは、南西のオボロンへ馬を進める。東から昇ったばかりの朝日を背に浴び、長い影が西へと延びていた。
エフェールの城壁の上には、ソレイユやレン、サージ、ルリ、デュラン、ナナ、レオン、ジャン、ジル、フレデリクなどの重臣たちが、朝日に輝くその後ろ姿を無言で見送っていた。
オーベルシュトルツの守備していた城塞都市フルーブには、ジャン・ガルニエがその任に充てられた。
領都エフェール ソレイユの執務室
ソレイユとレン、サージの3人は、今後の対応について話し合っている。
「オーベルシュトルツの人事は、我が原因なのだろう」
ソレイユの発した言葉に、サージが答える。
「ソレイユ殿が原因ではありません。ソレイユ殿を解放の英雄と讃える民心を脅威と感じ出したリヤン国王とアン母后、自分の地位を守りたいアレクサンドル王都担当大臣を筆頭にした一部側近の羨望、いや妬みからの排斥が原因と考えることが妥当」
「父やフォンテーヌ内務大臣では、抑えきれなかったのだろう。
・・・サージ、今回の件には、アードラー帝国皇帝のベルバーム・アードラーの意向が関係してはいないだろうか」
「それは分かりませぬ。しかし、アードラー帝国が関与しているとすれば、停戦から始まる戦略の一端、底の見えぬ恐ろしき戦略となりましょう」
ソレイユはサージの言葉に頷きながら、二の腕に鳥肌が立ち思わず腕を摩った。
腕を押さえながら、ソレイユがレンとサージに本心を語る。
「実情は分からぬが、もしそうであれば、リヤン国王とアン母后の恐怖と猜疑心といった心の内を巧みに突く戦略だ。
失礼ながら、ベルバーム・アードラーには、リヤン国王とアン母后では太刀打ちできぬ。この国は内から瓦解する」
後ろに直立していたレンが言葉を発する。
「皇帝ベルバーム・アードラーは大国を収める知略と器のある傑物。
その皇帝を支える参謀や重臣たちも、その才は計り知れないことでしょう。
皇子ジェルムや摂政ガラメルとは、比較になりません」
「オロール王国は、外敵と内患を抱えている・・・それでも、打ち勝たねばならん」
「ソレイユ様、アードラー帝国が間もなく動くはずです。
その時こそ、我らが翼を広げる好機となります」
「レン、外敵の脅威によって、内患の憂いを抑え込むということか。
・・・実に皮肉なものだな」
「ソレイユ殿、レン殿が示した好機とは、幾重にも枝分かれした細く危険な道を、常に正しい選択を繰り返して進まねばなりません。それでも、その1本の細道の選択を誤らなければ必ずや辿り着けます。
その選択をお支えすることが、レン殿とこのサージの任です」
「民のためにも、その道を誤ってはならぬ・・・期待しているぞ、レン、サージ」
サージは黙って頷いた。
レンは直立したまま、左手を腹の前に置き深く頭を下げ、冷静な口調で言葉を述べる。
「当然です。ソレイユ様の至高の執事、至強の従者であることが私の務め」
ソレイユは満面の笑みでレンに視線を向けた。
大陸暦717年12月10日 10:00 領都エフェール ソレイユの執務室
ソレイユは椅子に腰かけたまま、テーブル越しにオーリ族からの報告を受ける。オーリ族の報告であるためナナもソレイユの脇に直立していた。
「12月7日夕刻、アードラー帝国本土より海峡を渡り2万の兵が、皇子ジェルムが居城ガルーンに到着」
ソレイユは立ち上がった。
「ついに来たか」
「ソレイユ様、援軍総数2万では少な過ぎます。本隊の派遣前の先遣隊でしょう」
「アードラー帝国軍4大軍神のいずれかがいたか」
「兵士から、4大軍神、謀神のデューク・フォン・フェアリー将軍と称える声が聞こえました」
「謀神のフェアリーか・・・ご苦労であった。引き続きガルーンに潜み、その情報を伝えてくれ。ナナ、それから、ガルーンへの情報工作員を増員しろ」
「未来の旦那様、分かりました。動きがあったら逐一お伝えします」
ナナへ向けた視線をオーリ族に戻したが、そこにはもう誰もいなかった。ナナの姿さえも消えていた。
「オーリ族とは、もののけの様な尋常ならざる力を秘めた者たちだ・・・」
ソレイユは笑顔のまま唇が動いていた。
「レン、重臣たちを呼べ」
「承知しました」
ソレイユは、重臣たちにこの情報と対応策を命じると、各赴任先に戻した。
大陸暦717年12月20日 10:00 領都エフェール ソレイユの執務室
ソレイユにオーリ族からの更なる報告がもたらされた。
「12月18日早朝、4大軍神、謀神のフェアリー将軍率いるアードラー帝国兵2万が、皇子ジェルムが居城ガルーンから出立。現在南下中」
「移動先は分かるか」
「不明」
「引き続き情報を探れ。ご苦労」
「はっ」
「首都パリリスのリヤン国王及びマーティン領の各隊に伝令を送れ」
大陸暦717年12月23日 10:00 ソレイユ執務室
ソレイユはオーリ族からの報告を聞く。
「12月22日、夕刻。謀神のフェアリー将軍率いるアードラー帝国兵2万が、軍事城塞モンターニュに入城。これでモンターニュの兵力は4万となりました」
ソレイユが執務室の机に手をかけて立ち上がる。
「いよいよ、外敵がやって来た。あとはそれを利用して、内患を抑え込むだけだ」
「これで、リヤン国王も間者をモンターニュへと送ったと思います。
ここからは、幾重にも枝分かれした細く危険な道が続きます。ソレイユ様もご準備を」
「ここからしばらくは、レンの切り開く1本道だ」
「承知しております。全権委任された至高の執事、至高の従者にお任せください」
レンは左腕を腹の前に置き、恭しく頭を下げた。
レンの黒い上着が揺れ、金の飾りがきらりと光った。
大陸暦717年12月24日 11:00 ソレイユ執務室
ソレイユの執務室に駆けこんで来る兵がいた。
「ソレイユ様、リヤン国王から書状を持参した使者が来られました」
ソレイユの執務室には、レンのみが壁際に立っていた。
「ソレイユ様は、ご病気だ。私が代わりにその使者と会おう」
レンはリヤン王子とソレイユの執務室で対面した。
レンは恭しく使者から書状を受け取ると、一読してから丁寧に回答する。
「ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯は、病気に伏せております。
私はマーティン辺境伯の体調が回復するまで、全権を委ねられているレン・ボールドウィンです。
リヤン・レクス・オロール国王の勅命であっても、重篤な病状故に出陣は叶いません。
そうお伝えください」
「・・・重篤な病とは」
使者は驚きでレンの言葉を繰り返しただけで、首都パリリスへ戻って行った。
大陸暦717年12月29日 10:00 ソレイユ執務室
リヤン・レクス・オロール国王の使者が再度やって来た。今度はその服装や振る舞いからも、かなり身分の高い使者であることが推測できた。
「ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯は、病気に伏せております。
リヤン・レクス・オロール国王陛下の勅命とあっても、重篤な病状故に出陣は叶いません。
そうお伝えください」
レンは恭しい態度をとりながらも、抑揚を抑え淡々と言葉を述べた。
使者はレンの眼を鋭く見つめ、辛辣な表現も含めながら言葉を浴びせる。
「国王陛下は、マーティン辺境伯のご容態を心配なさっている。その一方で、オロール国王の危機に兵を動かさぬとは何事かと、マーティン辺境伯の忠誠心に対して、少々疑問を抱いているようですぞ」
「ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯は、病気に伏せております」
「・・・率直に言おう。国王陛下はお怒りになられています。
アン母后や重臣たちから、今日明日にでも、マーティン辺境伯の爵位を剥奪すべきだとの声も聞こえます。
国王陛下のお怒りが収まらなければ、国家反逆罪や王族不敬罪で、そのお命を差し出すことになるかも知れませんぞ。
全権を委ねられている・・・レンとやら、其方も同罪となるのは必至」
レンは眼の動きや仕草、声の調子など、全ての表情を消し無機質な回答をする。
「ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯は、病気に伏せております。
それをもって、国王陛下から処罰を授かるのでしたら、マーティン辺境伯もその処罰を謹んでお受けするはずです。
ただし、その場合には、他の諸侯と兵で4大軍神率いるアードラー帝国軍を討ち払うことになります」
「・・・・ぐっ」
使者は忸怩たる思いで、握った拳が震えていた。
レンは声を低く落として、じっくりと聞かせるように語り始める。
「マーティン辺境伯は、リヤン・レクス・オロール国王陛下への忠誠心から、アードラー帝国軍を討ち払うべく策を、寝食を忘れて思案し続けておりました。
それでも、アードラー帝国軍を討ち払う策が浮かばず、リヤン・レクス・オロール国王陛下をお守りできない己を深く恥じ、嘆く日々でした。
その心労がたったのだと考えます」
「しかし、妙だな・・・これまでマーティン辺境伯は常勝で、絶大な武勲を上げてきたではないか」
「アードラー帝国が大兵力を送ってきます。そこでは4大軍神の筆頭と次席が指揮をいたします。
それに対抗するには、現在のソレイユ軍では兵力も、それを指揮する将の数も質も足りません。このままではリヤン国王のお命をお守りできないと、病に伏せながらもうなされ、うわ言を繰り返しております」
「アードラー帝国は、今回の2万よりも多くの兵を派兵して来ると、マーティン辺境伯は考えているのか」
「はい、早ければ来年の1月下旬には。しかも、それを率いる者は最強の将軍たちです」
「・・・来年の1月・・・あと数日で1月ではないか。それも陛下にお伝えする」
大陸暦718年1月4日
軍事城塞モンターニュに駐留していたアードラー帝国4大軍神No.2、謀神のデューク・フォン・フェアリー将軍が兵3万を率いて、軍事城塞コトーに向けて進軍を開始した。
この報は、ソレイユにもリヤン国王にも、各諜報員によって速やかにもたらされたが、両者の反応は異なっていた。
ソレイユは振り向きレンと眼を合わせた。ソレイユが口角を上げて僅かに微笑むと、レンも黙って頷いた。
リヤン国王は王座で全身を小刻みに振るわせていた。その脇ではアン母后が金切り声で叫ぶと、そのまま卒倒した。




