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22 衣食住の先

 大陸暦717年11月10日 14:00 領都エフェール郊外

 ソレイユとレン、そして銃士隊副隊長のアベルは、白アゲハ騎銃士隊1000騎の戦闘訓練に来ていた。

 白アゲハ騎銃士隊は、軍制改革で新設した従者隊であり、その全1000騎がポルト銃を装備していた。

 「レン、アベル、行くぞ」

 「承知しました」

 「はい」

 ソレイユとレン、アベルは馬を疾走させながらポルト銃を構え、発砲する。次弾を込めて、再発砲する。その後ろを駆ける白アゲハ騎銃士隊も馬上から発砲を繰り返す。横に並ぶ的に無数の穴が開き、崩れ落ちていく。

 ソレイユも疾走する馬上で射撃をしながらレンに声を上げる。

 「レン、これは予想以上に難しいな・・・狙いがぶれる。

 しかし、最大の欠点は、次弾装填(じだんそうてん)から発射までの時間の長さだ。もたもたしていると最大の強みとなる機動力が(あだ)となり、敵に接近し過ぎて槍や剣で斬られる」

 「白アゲハ騎銃士隊には、まだまだ課題があるようです」

 アベルが手にしているポルト銃の横から銃弾を込めながら呟く。

 「揺れる馬の上でのこの作業、1発1発の弾込め作業自体も難度が高いですね。白アゲハ騎銃士隊兵の何人かは、その作業中に銃弾を馬上から落としていました。

 もし、弾込めが省かれるなら使い勝手が格段に上がりますね」

 「アベル、それだ! 予めポルト銃に銃弾を込められるようにすればよい」

ソレイユが目を輝かせた。

 レンがソレイユの喜びを()ぐような一言を発する。

 「ソレイユ様、それでも銃弾を撃ち尽くしてしまえば、やはり騎乗での困難な弾込め作業があります。その時の弾込めには、複数の銃弾を扱う必要があります。その間に、馬は数百mを駆け抜けるでしょう。

 これまで以上に、(すき)が大きくなります」

 「・・・むう、確かにレンの言う通りだ。これは難題だな。この点についての改良を、ザクールに相談してみるか」


 大陸暦717年11月11日 9:00 領都エフェール 機密鍛冶工房

 エフェールに新設した機密鍛冶工房は、組立工場と対にして建設され、安定的な量産体制を誇っていた。

 ビアージュ子爵領フォルトの機密鍛冶工房と共にフル稼働となっていた。今月も2工房合わせてポルト銃1200挺とトネール砲6門、銃弾と砲弾などが、ソレイユに搬入された。

 また、鍛冶工房長ザクールも人材育成に努め、既存の工房拡張と都市ロッシュにも増設工事が開始されていた。

 「ザクール、同規格によるポルト銃及びトネール砲の増産化は見事だ」

 「トネール砲も完成しましたが、今後また改良があればおっしゃってください」

 「ポルト銃なのだが、銃弾を1発ずつではなく、複数発を1度に込めることはできないか」

 「それは連射を可能にする、ということですか」

 「そうだ。騎兵隊にポルト銃を持たせたいのだ。その機動力を生かすために、連射速度を高めたい」

 「騎兵隊にポルト銃ですって!

 うーん・・・馬上での操作・・・そうすると銃弾を簡単に装着する必要が・・・待てよ、気密性の問題もあるな・・・弾丸の威力が落ちてしまう・・・これは難題だ。

 あ、ソレイユ様、失礼しました。お引き受けします」

ザクールは楽しそうにぶつぶつ呟いた。

 「ザクール、頼んだぞ」

 ザクールは数人の職人を呼び、ポルト銃を持ちながらあれこれと眼を輝かせて議論していた。ソレイユはそれを頼もしくも(うらや)ましくも感じながら工房を後にした。


 9:30 領都エフェール

 首都パリリスで参謀をしているビアージュより文書が届いた。

 ソレイユは白のベネチアンマスクを外してから読み始めた。読み終わるとため息を一つ吐き、レンに文書を見せた。

 レンはこれを一読して、(くちびる)をキュッと(むす)んで思いを言葉にする。

 「リュミエール様が進言した、パリリスと山岳軍事城塞モンターニュの中間地点に軍事城塞を建設するという案は、アン母后(ぼこう)の反対で中止ですか・・・」

 「やはり、アードラー帝国を刺激したくないとの考えのようですね。向こうが侵攻してきたら、首都すら守れなくなるというのに・・・」

 「それでも、パリリスの北3kmに首都を守るための(とりで)は、承認され建設中だと書いてあります。名はヴァリ砦」

 「レン、砦では、数日間の足止めさえも危ういですよ」

 「リュミエール様、それでもビアージュ様とフォンテーヌ内務大臣は頑張ったようです。

 ここに常勝のビアージュ様が設計した砦と記載されています」

 「そう書いてありました」

 「見かけは砦でも、それ以上だと期待できます」


 大陸暦717年11月16日10:00 都市ロッシュ

 ソレイユとレン、アベルは、白アゲハ騎銃士隊を伴い、領内2番目の大都市ロッシュへと来ていた。アベルはロッシュ近郊で、白アゲハ騎銃士隊の調練をしていた。

 ソレイユとレンはベネチアンマスクを外し、一般的な女性姿のリュミエールと剣を帯びたレンの2人は、ロッシュの街中を極秘で視察していた。

 道行く人々は、端正な目鼻立ちに青い瞳、金色の長い髪を風に(なび)かせて歩くリュミエールに、思わず足を止めて見とれている者も多かった。

 「ちょっと、もぉー、何を見とれているのよ」

と、すれ違う若いカップルの女性が(ほお)(ふく)らませ、男性の腕を引っ張る姿や、

 「あの男性は背も高くて黒髪が素敵。素敵なカップルねー。」

 「ほんとお似合い」

などと、リュミエールとレンを見て羨望(せんぼう)の眼差しを向ける女性たちもいた。

 「レン、この商店街は、活気がありますね」

 「はい、民も生き生きとしていて、活気があります」

 「品も豊富ですね」

 その時、横を向くリュミエールに10歳くらいの男の子がぶつかって来た。

 「あら、ごめんなさい」

そう言ったリュミエールの視線が、急に鋭くなった。

 レンがその男の子の手首を握っている。男の子はリュミエールの小物入れの中に手を入れていた。男の子は赤髪で短い巻き毛であった。

 赤髪の男の子は、レンの足を蹴ろうとしたが宙を舞った。

 リュミエールは、赤髪の男の子を心配そうな目で見ているまだ幼い子供たち数名が、遠巻きにしていることに気づいた。リュミエールの視線に気づいた幼い子たちは、一斉に逃げ出して行った。

 「レン、離してあげなさい」

 レンが手を離すと、赤髪の男の子は雑踏(ざっとう)の中に(すべ)り込むようにして走り去る。リュミエールは視線でレンに合図する。レンも雑踏の中に消えて行った。

 リュミエールは1人で極秘の視察の続きを始めた。商店街の通りを曲がると、(にぎ)やかなメイン通りに出た。メイン通りの交差点には、銅製の像が立つ噴水があった。

 「随分と賑やかな通りね」

などと道行く人たちを眺めていると、若草色のつばの長い帽子に若草色のワンピースを着て、銀髪と緑瞳をもった端正な顔立ちをした女性が前から歩いて来る。

 「銀の髪が風に揺れ、緑の瞳は神秘的だわ、なんて美しい人。私と同い年位かしら」

とソレイユが見とれていた。

 リュミエールはその女性とすれ違った。すると、背後からその女性が、リュミエールに話しかけて来た。

 「すみません。お嬢さん」

リュミエールは振り向く。

 「はい、何かご用でしょうか」

 「人を探しています。ソレイユ殿です。どこに行けばお会いできるかしら」

 「え! ソレイユ・・・殿、を探しているですって」

 「はい。以前、『パリリスにて、オロール王国の民として、人として、その尊厳(そんげん)を取り戻してほしい』という演説を聞いて感激して、思い出す度にお会いしたくなり、ついに街を飛び出して来ました」

 「まあ、街を飛び出して来たなんて・・・」

リュミエールは思わず口に手を当てた。

 「私はよく飛び出しますのよ。そうすると、スティーブに心配をかけてしまうの」

 「街を飛び出せば当然です。ところで、スティーブさんとは、ご兄弟? 恋人?」

 「兄みたいな人。でもね、スティーブは、私が飛び出したことを心配するのではないの。私が極端な方向音痴(ほうこうおんち)で、道に迷って帰れなくなるから心配するのよ」

 「はははは、あ、ごめんなさい。笑ってしまって・・・」

 「ふふふっ、いえいえ、私はそのつもりでお話しましたので。

 それより、私たちは気が合いそうですね。お友達になりませんこと?」

 「・・・ええ、喜んで。私はリュミエール。貴方は?」

 「私はイブ・ウォーカー。よろしくね。

 リュミエールさんは、この街で何をしていたのですか」

 「もう友達なのだから、リュミエールでいいわ」

 「あ、それなら私もイブと呼んで」

 「分かったわ、イブ。私はロッシュの街の散策よ。街が気になって・・・」

 「リュミエールには、何かお目当ての品があるの?」

 「ううん、この街には活気があって、見ていてワクワクするの」

 「私は人が多くて活気があると、なおさら迷子に・・・。

 でも、大丈夫よ。今まで、どんなに迷っても、必ず家に帰ることができていたから。

 私には、必ず家に帰れる自信があるわ」

 「きっとそうでしょうね。・・・こうして無事でいるのだから」

 「ふふっ、それには秘密があるの。リュミエール、その秘密は何だと思う? 

 私を必ず見つけてくれる人がいるの。スティーブよ」

 「はははは、イブ、それはいつも探してくれるスティーブさんに感謝しないといけませんね」

 「ほんとですわね」

 「そうそう、もし、ソレイユ殿とお会いしたいのなら、今はこのロッシュの街に来ているということだから、辺境伯邸を尋ねてみるといいわ」

 「ありがとう。尋ねてみる」

 「ところでイブは、ソレイユ殿に会ってどうするつもりなの?」

 「ソレイユ殿といろいろと話をしてみたいの。

 民や兵にも(した)われているみたいだし、そのコツがあったら知り・・・あ、私を探し当ててくれたみたい・・・こっちよー」

イブは数人の男女に向かって両手を振った。

 「・・・コツ? ねえイブ・・・」

 「リュミエール、今日はここまでみたい。楽しかったわ。また、お会いしましょう」

 「ええ、必ず」

 イブは、迎えに来た男女の下に、ワンピースの(すそ)(めく)って走って行った。イブの向かう先では、背の高い二十代半ばの男性が笑顔で迎い入れていた。

 リュミエールには、人混みの中でもイブとその男性は、(まばゆ)いオーラに包まれているようにさえ感じた。

 「あれがスティーブさんかしら。素敵なカップルね。

 イブは澄ましていると深窓の令嬢、歓談すれば飾らず、ちょっぴりお騒がせで魅力的な女性。

 是非、またお会いしたいわ」


 大陸暦717年11月16日14:00 ソレイユの部屋

 「レン、遅かったな。何かつかめたか」

 「ソレイユ様、あの赤髪の男の子は、裏町にある家に逃げ込みました」

 「その家とは」

 「オーバンという男の家です」

 「そのオーバンとあの赤髪の男の子たちとの関係は?」

 「オーバンは、戦や病死等で親を失った子供たちの里親でした。

 ところが、毎日朝から酒を飲んでは、子供たちへ暴力を振っているところも目撃されています」

 「レン、それで里親なのか」

 「恐らく、ソレイユ様が定めた里親制度で支給される金目当ての者と思われます」

 「子供を引き取り、その金で働きもせずに飲んだくれているのか」

 「その子供たちへは、食べる物も与えずに、スリや物乞いをさせて暮らさせているようです」

 「許せん! レン、クズに楽をさせ、子供たちを苦しめる里親制度を見直せ!

 このロッシュを任せたクロードは何をしていたのだ」

 「ソレイユ様、クロードは正式にこの地に赴任してまだ5日。

 それでも、昨日、裏で人身売買をしていた宝石商ガブリエル・カバニスを逮捕しました。

 今、この件をもって、クロードを責めるのは(こく)かと思います」

 「それならば、我の責任だ!」

そう声を荒げると、ソレイユは剣を腰に()びた。

 「ソレイユ様、白アゲハ騎銃士隊20名を待機させてあります」

 「・・・行くぞ!」


 オーバンは瞬く間に白アゲハ騎銃士隊によって拘束された。

 ソレイユは、オーバンの地下室の隅で不安がる子供たちに頭を下げて話しかける。

 「すまなかった。皆の苦しみを、今日まで気づいてやれなかった」

 子供たちは白のベネチアンマスクをしたソレイユに、不安げな視線を向ける。

 「約束する。もう、皆には危害を加えさせない」

 赤髪の男の子が、ソレイユを猜疑心に満ちた眼で(にら)みつけて()えかかる。

 「けっ! 信用できるか! 大人はみんなそうだ。

 それに・・・オーバンは俺たちを殴る蹴るして、飯も食わせてくれないクズやろうだったけれども、この地下室に俺たちの居場所だけは与えてくれた。

 俺よりもずっと小さな子もいるんだ。俺たちはどこにいけばいいんだ」

 「其方の名は?」

 「・・・バスチアン」

 「皆と同じように親を亡くして、苦しい生活をしている子供も多いことだろう。

 バスチアン、約束する。この領内の子供たちの住む場所を作る」

 「住む場所? 本当か?」

 「ああ、約束する」

 「め、飯も食えるのか?」

 「勿論だ」

 3歳くらいの幼い女の子がソレイユを見て言葉を発した。

 「パン、たべられる?」

 「パンだけではない、野菜や肉の入った暖かいスープも飲める」

 その幼い女の子の表情が明るくなった。

 「お嬢さん、名前は?」

 「メアリー」

 「メアリー・・・アードラー帝国人の名だな」

 バスチアンが不安げな目つきになって、(あわ)ててソレイユに言葉を投げる。

 「アードラー帝国人の子供では、居場所がなくなるのか・・・メアリーは、オロール王国人の俺の妹みたいなもの・・・い、妹なんだ」

 「・・・バスチアン、心配するな。今まで敵国の子、メアリーをよく守っていてくれた。

 憎しみや差別のない其方の純真な心には、胸を打たれる思いだ。

 その心に応えるためにも領法を制定する」

 バスチアンは神妙な面持ちで慎重に話しかける。

 「・・・実は・・・そこにいる2歳のビリーも、アードラー帝国人の子だ。ビリーもいいのか」

 ソレイユはビリーに温かく微笑み答える。

 「この領内の子供は、全て私たちの子供だ。安心しろ」

 不安げな目をしていた子供たちの眼がパッと明るくなって喜びの声を上げる。

 「「「「「「うあーぁ、ありがとう」」」」」」

 ソレイユは振り向きレンを見つめる。

 「領内にある領主の別邸と別荘は、全て身寄りのない子供たちの住む施設とする。足りない分は増設する。そして、全ての子供に教育を与える。レン、異論はないな」

 レンは頷いてから、ソレイユに答える。

 「民なくして国王も領主もありません。この子供たちは、将来の納税者です。自立できるまでの場所と知識を与えることは、善き為政者の務めです」

 「この子たちへの今日明日の衣食住の話をしていたのだが、納税者か・・・気の遠くなるような先の話だな」

ソレイユはレンを見て笑った。

 「ソレイユ様、為政者(いせいしゃ)は民への(いつく)しみの心が肝要(かんよう)です」

 バスチアンはソレイユを見て尋ねた。

 「白いマスクのお兄さん、名はなんというの?」

 「ソレイユだ」

 「ソレイユ兄ちゃんか」

 レンがバスチアンに視線を向け、低い声で淡々と説明する。

 「このお方は、マーティン領の領主、ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯」

 「えーっ、新しいご領主様!」

 他の子供たちは、きょとんとした顔で(つぶや)く。

 「りょうしゅ?」

 「へんきょ・・・?」

 「ソレイユ兄ちゃんの名前はすごく長いねー。覚えられないや」

 「あははは、全くその通りだ。余分なものが多くなったな。ソレイユでよい」

 「・・・ソレイユにいちゃん、これならおぼえられる」

 バスチアンはもじもじしながら、レンを指さして恐る恐る尋ねる。

 「そこの黒いマスクの、ちょっと怖いお兄さんは誰?」

 レンは背筋を伸ばして答える。

 「レンだ。ソレイユ様の至高の執事、至強の従者」

 「しこー? しきょー?」

 「・・・しこ?」

 「それなに?」

 「ソレイユにいちゃんと、どっちがえらいの?」

 「レンにいちゃん、むずかしいよ」

子供たちが口々に(ささや)いた。

 ソレイユは声を上げて笑った。


 21:00 ソレイユの部屋

 キームンの甘い花のような深い香りが、リュミエールの嗅覚を刺激する。

 「バラ?・・・いや、蘭に似た深い香りです。美しい黄色かかった褐色。・・・うーん、渋みも少なくて後味が格別です。

 キームンは、紅茶の女王と呼ぶに相応しい」

 レンは深く頷きながらリュミエールに説明する。

 「このキームンは、最も味の良い時期といわれている夏に収穫したものです」

 「旬というわけですね」

 「何事にも最適な時期があります」

 リュミエールは、急に思い出したようにハッとした表情でレンに話しかける。

 「今日の『自立できるまでの場所と知識を与えることは、善き為政者の務めです』は、子供たちの教育の時期を考えてのことだったのですね」

 「教育は、子供たちの生に新しい可能性と選択肢、そして希望を与えることができます」

 「それは・・・レン自身の幼き日と重ねての発言だったのですね」

 「その通りです。戦争孤児の私には頼るべき大人はなく、その日の食料のために残飯漁りと盗みで生を繋いでいました。当時の私には、未来への希望などありませんでした。

 ただ、人を(ねた)み、自分を(さげす)み、運命を(うら)んでいました。

 そんな(すさ)んだ私を街で見かけたビアージュ子爵は、衣食住だけではなく、人間として最も大事な尊厳と学問を授けてくださいました。

 私に新しい未来を持った生を授けてくれたのです。私はこの新しい生に希望を見出し、懸命に生きていくことを誓いました」

 「レスポワー、セ ラ リュミエー キ ブリ オ フォン ドゥ トン クー。『希望とは、心の中に輝く光』。

 レンの生き方を変えたのですね」

 「はい。不思議なことに、自己生存のためだけにあった生が、他者のために役立つことに充実感を覚えました。他者の役に立っている自分に有用感や存在感を感じ、そのような生き方に価値を覚えました。これまでに感じたことのない、衝撃的な価値観、新たな希望でした」

 「人の育つ環境は、大きな影響を与えるということですね」

 「無力な子供たちにとっては、自力ではどうする事も出来ない環境に、その後の人生も左右されることもあるでしょう。

 現に、ビアージュ子爵に拾われた他の子供たちも成長し、今や役人や商人、機密鍛冶工房の各種職人などになり、人としての尊厳を持ち、豊かな人生を送っています」

 「・・・我が家に来たばかりのレンは、庭でうずくまっていましたね」

 「リュミエール様は、そんな私に言葉をかけてくださいました」

 「レンは獣のような眼光で私を睨んでいました。不信と諦め、世の中の全てを憎悪するような恐ろしい眼でした」

 「私の存在、恐らく私の生や死にも無関心であった人間とは異なり、繰り返し声をかけてくださるビアージュ子爵やリュミエール様に、鬱陶(うっとう)しさを感じていました。

 やがて、私の存在を認め、関心を示してくれているからだと理解できるようになりました。これが人の愛だと気づきました」

 「そうなのですか。近づき難い男の子でしたが、放っておけなくてつい・・・」

 「今日出会ったバスチアンや他の子供たちも同じです。

 領法で養育環境を改善することはできますが、人間はそれだけでは変わらないと考えています。

 他者からの愛情が、人の心を豊かに育んでいくのだと実感しています」

 「民のことを思った制度でも、それを運用し、支える人の心が最も大事だということですね」

 「はい、領主の優れた施策があっても、現場でそれを運用する者の心次第では、玉にも石にも変わるということです」

 「レン、率直な意見をありがとう。領主として、民の衣食住の充足の先にある心の豊かさを目指すべきだと確認できました」

 リュミエールは冷めたキームンを一気に飲み干し、レンを見る瞳に新しい光が灯っていた。


 大陸暦717年11月20日

 ソレイユ・フォン・マーティン辺境伯名で領法「バスチアン法」が発布された。

 それは、マーティン領内の全ての子供たちに教育を受けさせること及び、保護者のいない子供たちを保護施設で養育すること、里親となる者の基準を厳格化することであった。


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