20 停戦協定
大陸暦717年9月25日 10:00 パリリス
ソレイユの領都エフェールに新設した機密鍛冶工房は、敷地面積も人員、設備、増産体制もフォルトを遥かに超えるものであった。そのエフェールから工房長のザクールが、パリリスのソレイユを訪れた。
「ソレイユ様、砲011は大きく完成に近づきました。
砲は発砲時の砲身への反動が大きく、それが命中精度を著しく低下させ、また砲身が後ろにずれるため次弾の発砲までの時間が長くなるという大きな欠点がありました。
そこで、機密鍛冶工房では、砲身部と反動制御部、砲弾部の3部門に分けて改良を進めてきました」
「ザクール、砲009は、金属の車輪のついた荷台に乗り、砲弾も新型銃改Ⅱのものを大型して後装式であったな。
軍事城塞コトー攻略で使用した砲兵隊長レオンが、その威力を絶賛していた」
「そうですか。あの程度で絶賛されるとは、いささか残念です。
新型の試作品砲011を2門持参していますので、まずは現物を見てください」
ザクールは、馬2頭で引いてきた大型の金属製の荷台を持つ馬車に掛けられた帆をめくり上げた。
ソレイユは帆の下から現れた砲011の砲先を見て、思わず声を上げた。
「こ、これは・・・砲先がT時になっているぞ。しかも、砲先の正面と左右の3か所に穴がある」
「はい、砲身部の画期的なアイディアを採用しました。
弾頭は正面の穴から発射されます。左右の穴は反動となる高圧力のガスを逃すためのものです。これで砲身への反動が緩和されます」
「ザクール、これで命中率があがるということか」
「ソレイユ様、それだけではありません。この砲011は、反動制御部からの改善案も実装してあります。砲の荷台に固定されたこの金属のレールを見てください。
従来の反動対策への発想を逆転させました。
それは、従来の発砲時の反動を無理に抑え込むのではなく、その反動で砲身自体を、この金属のレールの上を後ろに滑らせます。
しかし、それでは発砲後に、また元の位置へ砲身を手で戻さなければ次弾は撃てません。
そこでです、この金属の杭で金属製の荷台を大地に固定し、砲身と荷台を強力なバネで繋ぎます。これなら、発砲後に砲身は瞬間的にはレールの上を後退しますが、バネの力によって元の位置に戻ります。
これによって、次弾の発射間隔が驚異的に短縮できました」
「・・・凄いぞ。さすがはザクールと機密鍛冶工房の職人たちだ。
命中率と発砲間隔の短縮を同時に改善したのか」
「お褒めの言葉は、試射をなさってからにしてください」
パリリス郊外
ソレイユとレン、レオン、ザクール、砲兵隊が1㎞先の的まで足を運び、弾頭の着弾点を確認している。的の置かれた丘の斜面には、直径3mのクレーターができていた。
「ソレイユ様、こ、これは・・・」
「レオン、其方の驚くのは無理もない。私も・・・ふっ、レンも驚いているぞ」
「これを驚かずにはいられません。ソレイユ様、僅か15秒間隔で連射できたこともそうですが、2発の弾頭がこの直径4mの的に命中しています。
もうこれまでの砲とは、別物の砲と言っても過言ではありません」
「ザクール、見事だ」
「ありがとうございます。これで我々職人の魂が報われます」
「ザクール、新型銃改Ⅱに続き、この砲011も量産してくれ」
「承知しました」
レンが、ソレイユに話しかける。
「新型銃改Ⅱやこの砲011に、名称をつけてはいかがですか」
「そうだな。それは考えもしなかった。
・・・新しい世界の扉を開く新型銃改Ⅱは、ポルト銃。
砲011は、トネール砲とする」
ザクールは満面の笑みを浮かべて復唱する。
「ポルト銃とトネール砲。扉と雷鳴。・・・まさに新時代の扉と、天の怒りの雷鳴。
この名称に職人たちも喜ぶことでしょう」
レオンは砲兵隊を見ながら、
「これからは、我ら砲兵隊が、ソレイユ軍の主力の一翼を担えるよう訓練を重ねます」
ソレイユに敬礼をした。
「レオン、期待しているぞ」
トネール砲の完成を機に、ソレイユは、レオンの指揮する砲兵隊を倍の200名に増員した。
大陸暦717年9月27日 10:00 パリリス 会議室
ソレイユが奥に座り、テーブルの周りには主だった重臣たちが着席している。レンは表情を隠したままソレイユの斜め後ろに起立していた。
「昨日、ジェルム皇子の追跡をしていたオーリ族から報告があった。
それは、パリリスから逃げ延びたジェルム皇子が、オロール王国最北部の港湾都市ガルーンに入ったということだ。ガルーンは、やがて上陸して来るアードラー帝国の増援軍が、まず拠点にすると目される都市だ。
ジェルム皇子曰く、と言っても摂政ガラメルの言葉だろうが、パリリスから逃げたのではなく、ガルーンに遷都したそうだ」
ソレイユが左の口角を上げて、皮肉っぽく微笑んだ。
デュランが手を上げる。
「ソレイユ様、我が軍だけでは兵力が足りないと言っておられましたが、その遷都先の新首都ガルーンを攻略しますか」
巨漢のジルが立ち上がり、威勢よく声を上げた。
「ソレイユ様、敵を追い詰めています。ここは我らの軍でアードラー帝国軍を海峡の藻屑としてやりましょう」
ソレイユは、白いベネチアンマスクから覗く金色の瞳で涼しげにジルを見る。
「ジル、南西部を失ったアードラー帝国軍は、首都ガルーンを目指して集結しているという。その数7万」
ジルは「・・・7万」と呟くと、静かに椅子に座った。
「ここパリリスから北へ100㎞、逆にガルーンから南へ70㎞のほぼ中間地点に、難攻不落と言われている山岳軍事城塞モンターニュがある。オーリ族の報告では、現在軍事城塞モンターニュをアードラー帝国軍2万の兵で守っている。
アードラー帝国軍の増援軍が到着し、難攻不落の軍事城塞モンターニュを更なる大軍で守られてからでは遅い。
増援軍到着前に、このモンターニュを奪還する」
重臣たちが黙って頷いた。
「このパリリスの守護はサージとリルに任せる。
作戦名は『高き山の頂』。出陣は10月1日」
「「「「「「「「はっ」」」」」」」」
重臣たちは一斉に立ち上がり、敬礼した。
大陸暦717年9月30日 15:00 ソレイユ執務室
ソレイユはレンとサージ、オーベルシュトルツ、デュラン、リルたちと共に、テーブルに広げた地図で、翌日に迫ったモンターニュ攻略について最終確認をしていた。
ドアをノックする音が聞こえる。
「入れ」
「リヤン・オロール王子からの書簡が届きました」
「何!」
ソレイユはその書簡を手に取って読み始めた。
「な、何たることだ・・・なぜ、今なのだ・・・」
ソレイユは目を疑う内容に、込み上げる怒りと不信感を押さえようがなかった。
ソレイユは黙ったまま、レンに書簡を渡す。
「・・・停戦協定」
レンの発した言葉に一同が騒めき、レンの脇から書簡を覗き込む。
盲目のサージがレンに問いかける。
「停戦協定と聞こえたが、どのような内容なのだ」
「9月26日、アードラー帝国皇帝ベルバーム・アードラーより停戦が申し込まれた。リヤン王子は、戦でこれ以上の犠牲を望まぬと、停戦協定を承認したと書簡にあります。近く正式に調印するとも・・・」
「なんと・・・今の時期に停戦とは・・・アードラー帝国に時間を与える利敵行為だ」
サージは見ることのできない瞳を瞼できつく閉じたまま、深く息を吐いた。
「あのアン・オロール元王妃が、リヤン王子を説得したのでしょう」
レンの言葉に、サージも同意の言葉に述べる。
「アン元王妃は、元々戦には反対している。3年前のアードラー帝国の皇帝に王位を譲るという和平条約締結がその最たるもの。
厭戦気分の理由は、民のためではなく、我が子可愛さ故ともまことしやかに囁かれておる。
アン元王妃の盲目的な愛情ゆえの視野の狭さとその心の脆さ・・・アードラー帝国皇帝ベルバーム・アードラーは、全てを見越していたようだ」
オーベルシュトルツは、黙ってレンとサージの言葉を聞いていた。
デュランがソレイユに尋ねる。
「双方の大将が戦を止めるというなら、俺たちは戦の大義名分がなくなる。
アードラー帝国を追い出す戦はもうしないのか? この先の戦で犠牲となる命を理由に? これからも続く民の苦しみからは眼を背ける? まさか、王子のため?」
「まだ、アードラー帝国占領下にある大勢の民たちを、見捨ててオロール王国は国家を名乗れるのか・・・」
リルはそう言って唇を噛んだ。
サージが地図を手で触り、オロール王国の国土を確認してから呟く。
「・・・民あっての王位。
民のための王となるか、己がための王となるか」
レンはサージの言葉に頷いてから、言葉を選びながら話す。
「王位はあくまで権威。
王位に就いてから、何を為すかによって王となる」
ソレイユは、放心状態となっていた。
レンはソレイユの背後から、顔を覗き込むようにして尋ねる。
「明日の出陣は、いかが致しますか」
「・・・停戦合意を破る訳にはいかぬ。中止だ」
ソレイユの握りしめた拳が僅かに震えていた。
その言葉に重臣たちも沈黙したまま視線を落とした。
大陸暦717年9月30日 21:00 ソレイユの部屋
「ソレイユ様・・・、ソレイユ様・・・」
レンが部屋の外から声をかける。
「今は誰にも会わぬ。今夜はレンも自室に戻れ!」
リュミエールが、ベッドに伏したまま叫んだ。
そして、床の上に投げ捨てられた右側にアゲハチョウの右羽の意匠のついた白いベネチアンマスクに、鋭い視線を投げつけた。
「・・・重臣も兵も、同じ気持ちでしょう」
「・・・・・下がれ」
「下がりません。
民を開放するという目標が棚上げとなりました。ソレイユ様の行き場のない怒りや絶望感は理解できます。
こうしている間も、占領下の地で苦しむ民がいます。あるいは、その民の関係者も兵の中にはいるかもしれません。明日の出陣の準備をしていた兵は、どれほど無念なことでしょう。
それだからこそ、ソレイユ様には、将としての責任を果たす必要があります」
「・・・・・」
「ソレイユ様、ドアを開けてください」
「・・・・・」
「ソレイユ様・・・・、・・・・、・・・・・・」
「・・・・・」
内側からカチャと小さな音がして、ドアが開いた。室内から白のベネチアンマスクをつけたソレイユが顔を出した。
「・・・ソレイユ様・・・」
「・・・・・ここまで・・・ついて来てくれた兵たちに・・・将としての責任とは?」
「部屋に入れてもらえますか」
「・・・入れ」
レンは、一礼すると、ワゴンを押して部屋に入った。ワゴンの上には、冷めた紅茶の入った白地にピンクのバラの意匠のついたティーポットとカップなどが乗っていた。
ソレイユはソファーに腰かけ、壁際で直立しているレンに視線を向ける。
「レン、将としての責任とは何だ」
「そのことについて、ソレイユ様は、何をすべきか答えをお持ちのはずです」
「・・・将として兵に、停戦について語れということか」
「お心のままに」
「私には、オロール王国とアードラー帝国との間で、停戦を合意したとしか伝えられない」
「それでよろしいかと」
「レン・・・それだけでは」
「ソレイユ様、恐れてはなりません」
「恐れる? ・・・私が何を恐れているというのだ」
「兵や民からの誹りです。
ソレイユ様は、解放の英雄として民や兵から絶大な支持を得ています。それがソレイユ軍の求心力となっています。
その支持を失うことを恐れています」
「・・・私は兵に対し、オロール王国からアードラー帝国軍を追い払い、民を解放すると宣言して来た。このままでは、私は兵との約束を違えることとなる」
「兵や民からの誹りを恐れる必要はありません。今、心を尽くすべきことは信と望です。
信とは、兵と民、そして重臣たちを信じることです。
望とは、希望。
ソレイユ様の掲げる民の解放という目的が、民や兵の心を揺さぶり、希望の光となって心を突き動かしていたのです。ソレイユ様ご自身が、民の解放という目的を持ち続けるのです。その希望を将が持っている限り、兵も民も希望を持ち続けます」
「・・・希望とは、心の中に輝く光か。
明日、停戦協定のことを伝え、民解放という目的を、今後も持ち続けていくことを兵に宣言しよう」
「それがよろしいと存じ上げます」
ソレイユは白のベネチアンマスクを外した。
「レン、紅茶をいただきます」
「リュミエール様、温かな紅茶を入れてまいります」
「そのポットの紅茶で。
クールダウンができた頭には、丁度よい温度だと思います」
「この紅茶はフルーツティーです。葡萄とザクロ、リンゴを入れています」
レンはそう言いながら、ティーポットからフルーツティーをカップに注いだ。
リュミエールは、お気に入りのカップを口に近づける。
「うーん、フルーティな香り・・・わぁ、酸味と仄かな甘みが絶妙です」
「各フルーツの特徴が融合し、繊細な味わいを生みます」
「特徴や個性を互いに引き立て合って、新しいものに生まれ変わる。
人との関係でもそうありたいものです」
リュミエールが白地にピンクのバラの意匠のついたカップを持ち、琥珀色のフルーツティーを見つめて言った。
翌10月1日 パリリス 7:00 閲兵広場
ソレイユは、4万の兵士を前に、オロール王国とアードラー帝国との停戦に合意したこと、これからもソレイユ軍は民の解放を最優先の目的とすることを、よく通る声で語った。
兵たちは、昨夜のうちに重臣たちより停戦合意についての話は聞いていた。兵たちの胸には、まだ苦しんでいる民への思い、また、敵を追い詰めながらも手出しが出来ぬ無念さで、心にざわざわとした波が押し寄せては返す状態であった。しかし、その胸中には、夏の夜に舞う蛍のような仄かな灯を感じていた。
同日、リヤン・オロール王子とアン元王妃、重臣たちは、戴冠に胸を膨らませて首都マルドゥーユを立ち、パリリスへと出発した。




