18 蜂起
大陸暦717年8月25日 9:00 軍事城塞コトー 城塞司令官室
レンがオーベルシュトルツに尋ねる。
「コトーの上部の修復状況はどうですか」
「レン殿、砲009から発射された弾頭は凄まじい威力でした。城の上部だけでなく、中部の梁や壁にもダメージがありました」
「修理までどれほどかかりますか」
「そうですね、40日程度かかるでしょう」
「コトーの復旧状況の視察と言いながら、実はオーベルシュトルツ殿に内密の話があって来ました」
「何でしょうか」
オーベルシュトルツはそう尋ねながら、右手を上げた。
副官のクルーゲが部屋を出て行った。
「ソレイユ様にも相談は致していないことなのです。
私は、リヤン・オロール王子はパリリスに遷都するだろうと、考えています。その場合、この軍事城塞コトーは、王子の直轄または腹心の手に渡ります。それに対して異存はありませんが、不測の事態も考慮しなければなりません」
「・・・不測の事態とは、リヤン王子によるソレイユ様の粛清ですか」
「・・・オーベルシュトルツ殿の慧眼には、恐れ入ります」
「我はアードラー帝国からの降将、アードラー帝国において粛清は日常茶飯事。かくいう私も粛清されかけた身」
「オーベルシュトルツ殿、城の修理の一部と偽って、極秘の仕掛けをお願いしたいのです」
「レン殿は、どのような仕掛けをお望みですか」
「一晩でこの軍事城塞コトーが落とせる仕掛けです」
オーベルシュトルツの眉がピクリと動いた。
レンは黙って立ち上がり、窓から外を眺めた。レンが見つめた先には、広い森があった。
オーベルシュトルツも同じ森を見つめ、暫く無言であったが、
「・・・・・・なるほど、そういう仕掛けですか。お引き受けしましょう」
と、快諾した。
レンは振り向きオーベルシュトルツを見ると、口角を上げてニヤリとした。
大陸暦717年9月5日 13:00 首都マルドゥーユ
「フォンテーヌ、いつまで余を待たせるつもりだ。
余は母上を喜ばせたいのだ」
リヤン王子は、フォンテーヌ内務大臣を睨みつけた。
「リヤン王子、今しばらくご辛抱ください。遷都には手続きと費用も掛かります」
「手続きなど省けばよい。費用などは諸侯や民に負担させればよいではないか」
「民は疲弊しております」
「何のための民だ」
「リヤン王子、民は国の礎にございます。どうか民を慈しみください」
リヤンはフォンテーヌの言葉に怒気を込めて返す。
「余が民を慈しんでいないと申すのか!」
参謀となったソレイユの父ビアージュ子爵が王子に申し上げる。
「リヤン王子、慈しみの心は、これをもって十分だということはありません。常に心の中に抱くものです」
「ビアージュ子爵、余に意見をするつもりか」
「意見などとは滅相もありません」
「ふん、ビアージュ子爵は、病弱な我が子を精々慈しむがよい」
「・・・・リヤン王子」
大陸暦717年9月10日 13:00 首都マルドゥーユ
「リヤン王子、王子の蜂起を命じた檄文が我が国の諸侯と民の心を動かしました!」
杖をつきながら王子の下に向かうビアージュ子爵が声を上げた。
「ビアージュ子爵、何事だ」
「アレクサンドル侯爵、バルテルミー伯爵、ブラック子爵、ルグラン子爵などが、リヤン王子に謁見を願い出ております」
「余への忠誠心が芽生えたか。直ちに謁見する。順に通せ」
「リヤン王子、この時期にやっと応じた者です。この者たちは利己的な都合で動いたことを、くれぐれもお忘れ召されるな」
「フォンテーヌ、言われずとも分かっておる」
謁見の間にて、リヤン王子は、フォンテーヌ内務大臣と参謀ビアージュ子爵などが同席する中で、次々に諸侯の話を聞いた。
シモン・フォン・アレクサンドル侯爵は、リヤン王子に恭しく上奏する。
「リヤン国王陛下、一刻も早くパリリスを王都に定め、その地で戴冠いたしましょう。
国王の威光がオロール王国の隅々まで照らすに違いありません」
この一言を聞いたリヤン王子は「我が意を得たり」とばかりに、その場で、アレクサンドル侯爵を王都担当大臣に任じた。フォンテーヌやビアージュはこれに異議を唱えたが、言い出したら聞かぬリヤン王子である、覆ることはなかった。
マーティン軍がアードラー帝国軍を破り、ジェルム皇子を逃走させた上で、旧首都パリリスを奪還したという一報の与える衝撃とその効果は絶大だった。
オロール王国各地の領主や民が反アードラー帝国の旗を上げた。また、アードラー帝国が支配している地域であっても、元オロール王国民が武力蜂起して抗戦を始めた。
アードラー帝国は内部住民の武力蜂起によって、足元から瓦解するように、瞬く間に北西部を失った。アードラー帝国に残された領地は、オロール王国国土の8分の1である北部の一部のみとなった。
大陸暦717年9月20日 13:00 パリリス ソレイユの部屋
ソレイユの部屋をノックする音がした。
「ソレイユ様、塔に幽閉されていたサージ・ルグランが面会を求めています」
「面接室に通せ」
ソレイユはそう返答すると、扉を開けてレンと共に面接室を目指して廊下を歩いた。
「ソレイユ様、塔に幽閉されていたサージ・ルグランの身元と幽閉の理由を調べましたが、詳しいことは分かっておりませんでした。
答えにはなりませんが、150年ほど前のことですが、このパリリスにはサージ・ルグランという名の賢者がいたようです。その幽閉されていた者は、その賢者の名を口にしたのかもしれません」
「150年前の賢者サージ・ルグランか・・・」
ソレイユは面接室の扉を開けた。
部屋には、サージ・ルグランと名乗った初老の男が椅子の脇に立っていた。
ソレイユは部屋の奥にある椅子に腰かけた。レンはその後ろ脇に立つ。
「ソレイユ殿、幽閉からお救いいただいたことに深く感謝します」
サージ・ルグランは謝意を述べると、頭を下げた。
「サージ・ルグラン、椅子にかけてくれ」
「サージとお呼びください」
そう言って椅子に腰かけた。
ソレイユはサージが座る直前に、左のつま先を僅かに動かし、椅子に触れたことに気づいた。
「サージに尋ねる。あそこに幽閉されていた理由を知りたい」
「儂にも、とんと検討もつきませぬ」
「では、別の聞き方をする。どうしてジェルム皇子はサージを幽閉する必要があったのだ」
「ジェルムではない。摂政ガラメルが恐れたのでしょう」
「サージは、摂政ガラメルが恐れる能力を持っているといいたいのか」
「事実を言ったまでです」
「其方はその能力で、このソレイユのために何ができる」
「フォフォフォ、儂は飯を食って、寝るだけ。戦の足しにはなりませぬ」
「では、民のために何ができる」
「民が豊かに暮らすために如何なることでも」
「サージ、其方は60歳位に見えるが、何歳だ」
「フォフォフォ、何歳に見えますかのぉ。ソレイユ殿よりは歳をとっておると、言っておきましょう」
「サージ、我の軍をどのように見る」
「常勝の軍」
「では、我をどう思うか」
「実に危うい」
「危ういとは、どういうことだ」
「儂の介護をしてくれた兵に、命の恩人であるソレイユ殿について、これまでのことを尋ねました。
リヤン王子直々の命によりソレイユ殿は参戦し、その戦果で辺境伯に任じられたと、その兵は誇らしげに話しておりました。
話を聞けば聞くほど、脆く危うい」
「サージ、もう一度問う。ソレイユ軍には致命的な欠陥があって、今後の戦では負けるということなのか」
「違います。4大軍神と異名をとったオーベルシュトルツ殿、軍神ギャレット将軍を討ち取った猛将レン殿、デュラン殿やルリ殿などと勇将は揃っております。
ソレイユ軍は、今後も勝ち続けるでしょう」
「では、何が危ういのだ。理由を申せ」
「それはソレイユ殿が一番分っていることです。
・・・お人払いをしていただけますか」
「・・・下がれ」
ソレイユは、護衛兵に視線を向けて命じた。
「ソレイユ様の後ろに、長身細身の男がまだおりますがよろしいのですか」
「!! ・・・これは我の従者だ。気にする必要はない」
「それでは、その理由を挙げましょう。
危うい理由は2つ。
1つ目は、リヤン・オロール王子となりましょう。
ソレイユ殿はお若く、真っ直ぐな人柄のため人を引き付ける。それが最も優れた長所となりますが、逆に純真過ぎる故に脆い。今のままでは、王子に群がるハゲタカかキツネのような諸侯たちの政争、権謀術数に巻き込まれ、やがては、粛清の対象となることでしょう。
2つ目は、ソレイユ殿が女性であることを、お隠しになっておられるからです」
その瞬間、レンは剣を抜いて一っ跳びすると、サージの首に剣を当てた。
「レン、待て!」
「この男があのレン殿ですか・・・軍神ギャレット将軍を討ち取った者と聞き、てっきり剛の者とばかり考えておりました」
「彼がレンだ。サージ、よくレンが長身細身だと分かったな」
「・・・なぜ、それを儂にお尋ねになる」
「サージ、其方は目が見えぬのであろう」
「!! これは驚きました。なぜそれを」
「椅子にかける前に、つま先で椅子の場所を確認していた」
「・・・その僅かな動きを見逃さなかったのですな」
「今度はこちらが尋ねる。なぜ、我が女だと分かった」
「目が不自由な故に、敏感になる能力もあります。
ソレイユ殿が儂の脇を通った時の足音と歩幅、それと全身に纏う雰囲気です」
「サージ、それは最高機密だ・・・まあ、それを察していたから、人払いを願い出たのであろう。
・・・リヤン・オロール王子へいかに対応すべきか、考えがあるのか」
「考えろとおっしゃるなら、これから考えます」
「権力争いの政争などには、全く興味はない。
我らはまだ道半ば、民のために戦い続けて行かねばならぬ。サージ殿、民のために、その力をお貸してくださらぬか」
「民のためだと、解放の英雄から言葉をいただいては、断る理由を持ち合わせておりませぬ。不才ではありますが、このサージ、ソレイユ殿の臣下となりまする」
21:00 パリリス ソレイユの部屋
「ソレイユ様、このところ義勇隊や志願兵などが毎日のように押し寄せています。今日だけでも2000名を超えています」
「ソレイユ軍は超過になる恐れがある。入隊試験の条件を更に強化してくれ」
「既にかなり厳しい条件で選別はしております。合格者は5%。それでも、それなりの数に増えていきます」
「レン、我が領都エフェールに新設した機密鍛冶工房は順調か」
「本日、鍛冶工房長のザクールより、試作砲011を2門と砲弾40発、最新型銃改Ⅱ400挺と補充用銃弾が送られてきました」
「パリリスの民の様子はどうだ」
「初期に食料庫を開放したのがよろしかったのだと思います。現在は食料の物価は下がり、安定しております。警備兵が街中に出ていることもありますが、治安も良好です」
「よし、今日の仕事は終わりにしよう」
そう言ってソレイユは白のベネチアンマスクを外した。
「レン、今日は・・・そうねー、ウバがいいわ」
「はい、セイロン産のウバですね」
そう言うと、レンは部屋から出て行った。
部屋に戻って来たレンは、藍色のジャケットとスラックスに着替え、ワゴンを押して来た。
レンは左腕に白い布巾をかけ、白地にピンクのバラの意匠のついたソーサーとカップをテーブルに並べる。
リュミエールは午後のサージとの会談をふと思い出した。
「レンは、私への民の支持は、リヤン王子の猜疑心を増長させ、やがて私を脅威と感じることになると以前に言っていたけれども、サージも私が危ういと警告してくれました。
危機はもうそこまで忍び寄っているのでしょうか」
「ソレイユ様が、アードラー帝国に勝てば勝つほど、民の熱狂的な支持は更に加熱していきます。ところがそれは、同時にリヤン王子の猜疑心と警戒心の増長を招きます。
皮肉なことに、アードラー帝国が弱体されればされるほど、リヤン王子にとってソレイユ様の存在意義が薄くなります。いえ、不要になり、やがて邪魔になっていくのです。
つまり、目標達成に近づけば近づくほど、ソレイユ様とリヤン王子の関係は、負の循環へと落ちていく可能性があります」
「その危機を未然に回避できるでしょうか」
「問題なのは、リヤン王子のお人柄そのものよりも、重臣たちが権謀術数を張り巡らす権力争いに巻き込まれることなのです。重臣たちの意見は、リヤン王子の判断や行動に少なからず影響を与えます。
リュミエール様が駆け巡って来た戦場とは、フィールドが違い過ぎます。私たちには考えも及ばぬ政治的な戦略が必要となります」
と言うと、レンは洗練された美しい所作で、ティーポットから熱い紅茶をカップに注いだ。
リュミエールは深い椅子に腰かけ、注がれた紅茶の香りを楽しんでいる。
「オレンジのような深い赤色が美しい。この花のような芳醇な香りとこの渋み。
一口飲めば、鼻に抜けるこの香り・・・パンジェンシー」
リュミエールは振り返り、後ろで控えるレンの顔を覗き込んだ。
「そういえば、パリリスの宮廷庭園では、睡蓮が見ごろだと聞きました。橋の上から水面に浮かぶ無数の睡蓮、白の花びら黄のおしべ、緑の葉、見る者を圧倒するとのことです」
「美しいと聞いております」
「レン、明日見に行きましょう」
「睡蓮を見に宮廷庭園にですか」
「ここのすぐ裏でしょう・・・ははぁん、レンは気が乗らないようね」
「そんなことはありません」
「レンは働きづめでした。
この1ヵ月、私と共にこのパリリスの街の体制整備をしたり、マーティン領都エフェールの法整備や視察、訴訟ごとを裁いたり、マーティン領を巡回して民心を落ち着かせたりするなど正に激務でした。
当然、私もです。二人とも気分転換が必要となります」
「・・・・」
「コホン、私には、睡蓮を見て気分転換をする必要がありあます。レンも同行しますか」
「・・・当然です。リュミエール様の至高の執事、至強の従者であることが私の務め」
レンは少し冴えない表情でリュミエールに答えた。




