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17 衝動

 大陸暦717年8月23日 7:00 軍事城塞コトー近郊

 オーベルシュトルツ隊は東の大河を渡河し、深い森を抜けて平原に出た。そこからは、険しい丘を城塞化し、難攻不落の形容に相応しい軍事城塞コトーが望めた。

 「オーリ族のロトの報告では、既に軍神ギャレットが出陣し、コトーには3000の守備兵のみとのことです」

 「クルーゲ、油断は禁物だ」

 「はっ、コトー攻略に際しては、まずレオン殿を使えとレン殿がおっしゃっておりましたが、いかが致しますか」

 「軍師レン殿がそう指示なさるなら、無論、レオンに任せる」

 オーベルシュトルツがそう言って振り向くと、レオンが明らかに(ひる)んだ。

 ジャンが申し訳なさそうに口を(はさ)む。

 「オーベルシュトルツ様、ソレイユ軍の旗下となってまだ日の浅い私は、うっかりレン殿を軍師とお呼びしたことがありました。

 そうしたら、いつもは冷静なレン殿が怒気をはらんだ口調で『私は下世話(げせわ)な軍師などではない。ソレイユ様に仕える、誇り高き至高の執事、至強の従者だ』と訂正されていました」

 「わはははは、軍の命運を握る軍師よりも、執事と従者だとおっしゃったのか。

 実にレン殿らしい。人の価値観や誇りは、忠誠心を向ける対象者によって大きく変わるのだな」

 「私もオーベルシュトルツ様の副官であることを誇りに思っています」

 「クルーゲだけではありません。このジャンもオーベルシュトルツ様にお仕えできることが誇りです。後ろに控える兵士たちも同じ気持ちだと考えます」

ジャンは、後ろの兵士たちを振り返って熱く語った。

 「個人への忠誠心が大き過ぎることは、時として危険でもある。

 ソレイユ様は、この国を、民を救うために戦っておられる。目的を同じくして我らも従う。それだけでよいではないか」

 「「はっ」」

 オーベルシュトルツは、まだ16歳のレオンを見て命じる。

 「レオン、其方の砲兵隊の力を見せよ」

 「はい。確認したいのですが、軍事城塞は城塞都市と違って、民間人はいないと考えてよろしいですか」

 「基本的にはそうだ」

 レオンは頷くと、馬車の周りに控えていた砲兵隊兵士に命じた。

 馬車から降ろされた砲009は、長く美しい砲身の大砲で、金属の滑車のついた荷台に乗っていた。この砲は改良が重ねられ、砲の後方から砲弾を詰める後装式であった。

 砲兵たちは手慣れた動作で、砲009を馬車から降ろす。レオンは軍事城塞コトーから500mの距離に、砲009を2門設置した。その後ろにオーベルシュトルツ率いるソレイユ第2軍が横陣を敷いた。

 コトーを守る兵士たちは数的不利と見るや、討って出ることはせず、城門を固く閉ざしたまま、専守防衛に徹する構えであった。

 「始めます」

レオンが緊張した声で、オーベルシュトルツに確認した。

 「存分に力を発揮してくれ」

 レオンはごくりと唾を呑み込み、息を深く吸い込んでから叫ぶ。

 「撃てー!」

 (すさ)まじい轟音(ごうおん)を響かせ、砲は火炎を噴いた。低い弾道のまま弾頭はコトーの城門に直撃した。城門が閃光(せんこう)に包まれると破片が周囲に四散した。白い煙の中から城門の扉が砕け散っていることが確認できた。

 「うぉぉ、これほどとは・・・信じられない。1発でこなごなに」

副官のクルーゲが声を上げた。

 義勇隊から旗下となったアベルは、口をぽかんと開けていた。砲の後ろに控えている8000の兵士たちも呼吸すら忘れているようであった。

 「城門は破壊しました。次はどこを狙いますか」

初弾が命中して、落ち着きを取り戻したレオンが、オーベルシュトルツに尋ねた。

 オーベルシュトルツは、コトーの最上部を指さし、

 「城の最上部を狙え」

と低い声で指示した。

 「承知しました」

 砲兵にレオンが指示を出す。

 砲の向きと角度を調整して固定した。

 「撃てー!」

 ドドドーンとコトーの城から爆発音がした。弾頭は城の最上部には命中しなかったものの上部には命中し、大きな穴が遠目からも見えた。

 「最上部を破壊できずに、申し訳ありません」

レオンが振り向いてオーベルシュトルツに謝罪の言葉を述べていると、ガラガラ、ズズズーンと音がした。

 「レオン殿、後ろ、後ろを・・・」

アベルが指さした。

 レオンが振り向くと、城の最上部が崩れ落ち、軍事城塞コトーの景色が一変していた。

 「クルーゲ、降伏勧告だ。1時間待つ。

 武器と(よろい)を捨て、逃げる者は追わぬとも伝えろ」

 「はっ」

 クルーゲが馬に跨り、崩れた城門目指して駆けて行った。

 

 1時間後

 降伏勧告を受け入れ、コトーの全ての兵士が武器と鎧を置いて城をあとにした。

 その後、オーベルシュトルツ3000の兵が軍事城塞コトーの安全を確かめると、オーベルシュトルツの指揮するソレイユ第2軍は、堂々の入城を果たした。


 大陸暦717年 8月23日 11:00 旧首都パリリス

 ソレイユ第1軍が旧首都パリリスに到着した。

 ソレイユは、デュランとジルに命じて、騎兵隊3000を皇子ジェルムと摂政ガラメル追跡に派兵した。

 ソレイユとレンは、兵5000でパリリスの消火を指揮したが、既に多くは鎮火(ちんか)していた。カイとオーリ族がパリリス住民を指揮して、初期の段階から消火活動をしていたためであった。

 ソレイユとレンが兵と共に城内を調査していると、塔の最上部に幽閉されていた初老の男性を発見した。黒髪は白髪交じりで長く伸び、髭にも白髪が混じっている。長い幽閉生活のため肋骨が浮き出た胸、手足は棒のように細く、黒い瞳だけが爛爛(らんらん)と輝いている。

 レンが名を尋ねると、

 「・・サ、・・サージ・・・ルグラン」

と名乗り気を失った。


 都市パリリスは旧首都であったため、広大な土地と人口10万を有する大都市であった。周囲の都市や街、村々を合わせれば、50万を超える人口を抱えていた。

 また、城壁は最外郭と内郭、城周りと三重に張り巡らされていた。

 城を囲む城壁のすぐ外には、城壁から王の話を聞くことができる広場も設置されていた。


 鎮火後に、ソレイユは住民を広場に集めた。広場に収まり切れない住民はその周辺に群がっていた。住民のほとんどは、()せ細り、目だけがぎらついていた。咽返(むせかえ)るような暑さであったが、時より吹く風が夏の涼を運んで来ていた。

 「俺たちはこれからどうなるんだ」

 「無理やりとはいえ、アードラー帝国の収める地に住んでいたんだ。なんのお(とが)めもないというわけにはいかんだろう」

 「でも、ここを救ってくれたのは、解放の英雄ソレイユ様だし」

 「今よりはましになるのではないか」

などと、不安と希望を口にしていた。

 その場にそぐわない若草色のつばの長い帽子とレースのワンピースを着たソレイユと同じ年頃の女性が、広場の群衆に交じっていた。それは、イブ・ウォーカーであった。

 ソレイユが最内郭の城壁に立った。住民たちのぎらぎらした瞳にソレイユが映った。

 「私はソレイユ・フォン・マーティン。

 オロール王国の民である皆には、苦労をかけたことを()びる。アードラー帝国の領となることは、想像を超えた苦難と絶望の道であったことだろう。よく耐え、生きていてくれた。礼をいう」

住民たちが(ざわ)めく。

 「おい、ソレイユ様が謝罪と礼だって・・・」

 「私たちの辛い気持ちを察してくれているのね。(いた)わってくれているのね」

 「しーっ、静かにしろ。話が聞こえない」

 ソレイユはよく通る声で続ける。

 「リヤン・オロール王子の命により、我らはアードラー帝国を、皇子ジェルムを追い払った。皇子ジェルムは逃走中であるが、この街はアードラー帝国の支配と圧制から救われた」

 うおぉぉぉぉぉーー! という叫びが夏の空にこだまし、地に響いた。

 「諸君らは、これからは、リヤン王子の下、オロール王国の民として、人として、その尊厳(そんげん)を取り戻してほしい」

 うおぉぉぉぉぉーー! 一人ひとりの心が希望の光に照らされ、歓喜と興奮が両拳を突き上げさせ、衝動のままに雄叫びを上げた。ビリビリと地面が振動し、住民の一体感を一層高めた。

 民衆の熱気と共に吹き荒れた突風が、砂塵を巻き上げた。若草色の帽子が回転しながら舞い上がる。イブは、咄嗟(とっさ)にワンピースのスカートの(すそ)を手で押さえ、

 「きぁーっ! ・・・ソレイユは、まさに突風ね。

 ・・・突然現れ、祖国の街を取り返して、人の尊厳を取り戻してほしいなんて言われたら、私も(とりこ)になっちゃいそうよ」

と、嬉しそうにはしゃいだ。

 「いけない。帽子を探して、早く戻らないと。スティーブがまた心配するわ。

 ・・・あ、そうだったわ。私はそれ以前に、道に迷っていたのよね」

 イブが(あわ)てて帽子を探していると、

「はい、これはお嬢さんのでしょう。この辺では見かけない顔ね」

と、帽子を手渡してくれた人がいた。

 イブはワンピースの裾を摘まみ上げ、

 「ありがとうございます。帽子も届けていただいたし、ソレイユにも会えたし、今日は幸運ですわ」

と白い歯を見せて笑った。

 ソレイユが(おごそ)かな口調で民衆に語る。

 「これまでアードラー帝国の迫害によって命を落とした尊き命に黙祷(もくとう)を捧げたい。

 私から1つ願いがある。その命に、この解放のための戦いで犠牲となった英霊たちも加えて祈りを捧げてほしい」

 「「「・・・・勿論です」」」

 「「・・・捧げさせていただきます」」

 レンが声を響かせる。

 「黙祷」

 パリリスに静寂が訪れた。長く苦しい生活を耐え忍び解放された喜びなのか、涙が頬を伝う者もいる。

晩夏に浮かぶ白い雲には、(せみ)の声だけが届いているようであった。


 旧首都パリリス郊外 北15㎞

 皇子ジェルムと摂政ガラメル、重臣、その家族たちは1万の兵士を護衛にして、馬車1500台を引き連れての逃走であった。その馬車の車列だけでも9㎞にも及んでいた。

 オーリ族の情報でソレイユ第3軍を指揮するリルの遊軍は、パリリスから逃亡を図る皇子ジェルムの一団を(とら)え、殿(しんがり)となるアードラー帝国軍4000と戦闘を繰り広げていた。

 新たな追撃を恐れた皇子ジェルムと摂政ガラメルは、1500台もの馬車を捨て、6000の兵に守られながら北を目指して逃げ出して行った。

 リルが叫ぶ。

 「撃てー!」

 最新型銃改Ⅱ100挺が火を噴く。バタバタと倒れ陣形の乱れたアードラー帝国軍の側面に、騎兵隊100騎が突入する。更に乱れた陣形に銃が斉射される。

 アードラー帝国軍は既に1000名の兵を減らしている。

 「もう一息だ。撃てー!」

 そこにソレイユ第1軍騎馬隊3000が駆けて来た。アードラー帝国軍の一部が逃げ出し始めた。こうなると敗走の連鎖は止まらず、総崩れとなって逃げ出した。

 リルの脇を騎馬に乗ったデュランとジルが通り過ぎる。

 「デュラン、待て!」

リルが叫んだ。

 「リル、どうした」

 「もう十分だ。それに、追撃しても無駄だ。敵は6000だ。

 皇子ジェルムの救援に、北から5000の兵が向かっているとオーリ族の情報もある。

 それから、皇子ジェルムの逃亡先を突き止めるため、オーリ族3名が尾行している」

 「全軍止まれ!」

デュランが騎兵隊を止めた。

 「デュラン、この馬車の荷は何だと思う」

 「知っているのか」

 「分からんが、ジェルム皇子が持ち帰ろうとしたものだ」

 「・・・・そうか。何なのか確かめたい衝動(しょうどう)が押し寄せて来るが、ここは我慢(がまん)してパリリスに持ち帰るか」

 「ああ、それが最善の選択だ」

 リルとデュラン、ジルたちは1500台にもなる馬車をパリリスに引いて行った。

 言うは易く、行うは難し。遅々として進まぬ馬車の行軍は、戦闘で疲労した兵たちには、新たな一仕事となった。


 ソレイユとレンは、パリリス入城後、民心を落ち着かせると、城の宝物庫を封印した。

 「レン、宝物庫の封印は完了したか」

 「宝物庫は中を改めずに、外部の扉を封印しました。リルたちが奪還した馬車の中身は、このパリリスに到着次第、そのまま荷台ごと空いた穀物庫に格納します」

 ソレイユには私掠与奪(しりゃくよだつ)(けん)を与えられていたため、敵から奪ったものは全て所有、または与えることができた。当然、旧首都パリリスの放棄された物品もこの限りである。

 しかし、レンの推測通り、リヤン・オロール王子が今後にパリリスへ遷都(せんと)して、ここで王位を戴冠(たいかん)するとなれば話は別である。王子やその周りから思わぬ誤解や(そし)り、猜疑心(さいぎしん)を深めてしまうことも考えられる。

 敬意をもって全ての宝物を封印し、ヤン・オロール王子に献上することが最上の選択と考えられた。

 また、ソレイユは15ある穀物庫の内、8つの穀物庫を開け、住民に食料を配給した。この量は50万の民の45日分に相当した。


 大陸暦717年8月27日 7:00 首都マルドゥーユ

 「リヤン王子・・・リヤン王子。火急の知らせが参りましたぞ」

 「フォンテーヌ、静かにせぬか。朝食の最中に騒がしい・・・お前が代わりに読め」

リヤン王子は(わずら)わしそうに言って、長いテーブルの席に置かれたフルーツを摘まんで口に入れた。

 フォンテーヌ内務大臣が息を切らせ、巻かれた書状をリヤン王子に見せる。

 「この書状の封蝋(ふうろう)は、アゲハ(ちょう)家紋(かもん)です」

 「アゲハ蝶? 記憶にないが、どこの家の紋章だ」

 「このアゲハ蝶の家紋は、リヤン王子がパリリス奪回をお命じになられたマーティン辺境伯の家紋です」

 「あのソレイユ・フォン・マーティン辺境伯の家紋か」

リヤン王子は、フォンテーヌから書状を奪い取るようにして手に取ると、ペーパーナイフで書状の封蝋を切り外した。

 封蝋の砕けた破片が跳ねて散った。フォンテーヌはその封蝋が床で跳ね、転がっていくのを目で追った。

 「・・・おお、ソレイユ軍のレンが、アードラー帝国軍4大軍神の1人、あのハイレディン・フォン・ギャレット将軍を討ち取ったぞ。

 それだけではないぞ・・・あのオーベルシュトルツ率いる第2軍が、軍事城塞コトーを占拠(せんきょ)したと。

 ・・・そして、そして・・・あのソレイユが旧首都パリリスを奪回したと記してある。

 まさしく吉報だ! ・・・見ろ、フォンテーヌ、我の全身が震えておるぞ」

 リヤン王子は壁に掛けてある今は亡き父のファージ・レクス・オロール国王の肖像画を見つめた。そして、大きく息を吐くと、天井を見上げたまま無言で眼を閉じた。その手にある書状が小刻みに震えていた。

 「・・・・父上、ついに、ついに我はパリリスを奪回しましたぞ」

リヤン王子は感涙に(むせ)ぶ。

 「リヤン王子、おめでとうございます。その全身の震えは、感動故でしょう」

 「これを感動というのか・・・」

 リヤン王子はそのまま書状をマクシム・フォン・フォンテーヌ内務大臣に渡した。フォンテーヌは書状に目を通す。

 「アードラー帝国軍に街に火を放たれるも、民の消火活動によって一部延焼のみでくい止める。

 皇子ジェルム及び摂政ノア・ガラメル、重臣たちは首都パリリスから1500台の馬車を引き連れ逃走する。我が軍はこれを追跡し、ほとんどの馬車の奪回に成功する。

 リヤン王子、全てがギリギリの状況だったようです。ソレイユ辺境伯やその兵たちもリヤン王子へよく忠誠を尽くし、奮闘をしてくれました。

 何より、パリリスの民は、この戦禍(せんか)に巻き込まれずに済み、無事のようです。

 きっとオロール王国への復帰を、心から喜んでいることでしょう」

 「・・・よし、よし、我はパリリスを奪回した。これで我はパリリスで王位に・・・」

 「・・・リヤン王子?」

 「フォンテーヌ、喜べ。我はついに王位に就くぞ。我の苦労が報われた。ふはははは」

 「・・・リヤン王子」

 「フォンテーヌ、我はパリリスに向かうぞ。そこで王位に就き、遷都をする」

 「リヤン王子、それには手順が必要です」

 「我が王位に就けば、この戦況は劇的に変わるはずだ」

 「・・・それは間違いないかと」

 「ならば、急がぬか」

 フォンテーヌは心の内で、「リヤン王子の全身の震えは、領土を回復して民を開放できたことによる感動ではなく、初めて手にする権力への(おさ)えきれない衝動なのかもしれない」と(つぶや)き、床に砕け散ったアゲハ蝶の封蝋を無言で見つめていた。


 『リヤン・オロール王子の命を受けたソレイユ・フォン・マーティン辺境伯の軍は、アードラー帝国軍を破りパリリスを取り戻した。そして、ジェルム皇子はパリリスから逃走』の一報を載せた『オロール王子の諸侯と民に告ぐ。立ち上がれ! そして、余と共に戦え!』というリヤン王子名の檄文(げきぶん)がオロール国内に伝えられた。

 この一報は、オロール国内の諸侯や民は勿論、アードラー帝国に服従した諸侯や民にとっても強烈な衝撃を与えた。


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