第1章 祖父の日記
久々に訪ねた亡き祖父の家で、奇妙な記録書を見つけた女性。
無口だった祖父は、何を伝えたかったのか。
謎が解き明かされた時、おぞましい真実が明かされる。
名古屋から新幹線に乗って、私は故郷の村へと帰った。私の村は過疎化の進む山間部に位置しており、観光に使えそうなものもないので、村人の多くは老人と敢えて住んでいる奇特な若者だった。
村に帰ると、祖母が温かく迎えてくれた。
私の両親は、18歳の頃に仕事の都合で離婚しており、父は関西に、母は東京に住んでいた。
家族関係は良好だが、3人とも多忙な為、なかなか会う機会がない。
「てるちゃん良く来たね〜!待っとったよ」
てる というのは私の名前である。「照」と書くのだが、てるてる坊主みたいで、小さい頃は少し恥ずかしかった。
祖母がお茶を用意してくれてる間に、私は祖父の仏壇に手を合わせる。祖父は私が生まれるずっと前に亡くなっていて、記憶はないが、優しく真面目な人物であったと祖母たちから聞いている。
お茶を出しながら祖母は、「この家も物が多いから、ちょこちょこ片付けてるんだけどねぇ」と言うので、私は滞在中に片付けを手伝うことにした。
昔の家というのは、とにかく物が多い。今と違って、アルバムも紙だし、物も大きいし、大勢で集まる機会が多かったから、大量の食器やらタオルやらが出てきた。中には一度も開けていない新品まで入っている。私は祖母を手伝いながらアレコレ片付けて、ついでに仏壇も掃除することにした。
「せっかくだし、奥の方も拭いておこう」
右手のタオルを左に持ち替えて、私は奥の隙間を掃除した。「拭ける限界まで行きたい!」
謎の闘志を燃やしながら裏まで手を伸ばすと、何かに当たった。
「あれ?なんかある」
手で掴もうとしたが、指の太さで上手くいかない。しかしここまで来たら何としても光の元に出したかったので、私は菜箸を持ってきて、限界まで手を伸ばした。
「本っぽい…?」
感覚としては、薄い本のようなものだった。菜箸の先に力を集中させて、とうとう薄いものが陽の目を見た。白かったであろう表紙は長い年月で黄土色に変色し、飲み物でも溢したのか、薄い水跡が付いていた。端は細い麻紐のような物で結ばれており、手作り感満載である。
「これ、おじいちゃんの物だよね?」
仏壇にしまっていたとは、よほど大事な物だったと見える。こういうものは、子孫である自分が大切に守っておきたいと私は心底思った。
「おばあちゃん、仏壇から本みたいなのが出てきたんだけど、これ何か知ってる?」
机で新聞を読んでいた祖母は、老眼鏡を傾けて
「あら、何かしらね…」言った。どうやら彼女も知らない物であるようで、祖父の秘密だったのかも知れない。人の秘密を探ることに罪悪感を感じつつも、私はなぜかこの書物に深い興味を抱いた。
夜、私は机の上でそっと書物を広げた。
"1971年10月11日 相川宏常(あいかわ ひろつね)
我ガ村ノ記録並ビニ同胞ノ印ヲ記ス"
1ページ空白があり、次のページをめくると、村人の名前と日付が書いていて、名前の下には薄黄に変色した水跡があった。表紙の水跡と同じように見えたが、どのページにも均一にその水跡は付いていた。肉親の宝物とはいえ、私は少し気味が悪くなった。この水跡は何なのだろう。記録ならその人物との思い出や写真を綴れば良いものを、なぜ祖父は、こんな奇妙な記録をしたのだろうか。