AI狂騒曲(ラプソディ) ――世界を変えるのは、AIか。それとも期待か―― 第一話・後編②
カレン「株価は単純に『AIだから』上がっているわけじゃないのは言ったわよね。AIの普及によってGPUなどの需要が増える。需要が増えれば、企業の売上が増える可能性がある。売上が増えて、利益も増える。そして市場が、その企業の将来の利益まで高く評価すれば株価が上がる。」
森本は黙ってスマホを見ていた。
森本「……」
カレン「どうしたの?」
森本「なんか……昨日まで株価の数字しか見てなかったけど。その数字の後ろに、会社の商売があるんだな」
カレンは小さく頷いた。
カレン「そういうこと」
森本「……投資って難しい……」
カレンは少し笑った。
カレン「だから面白いのよ」
森本「じゃあ、株価が高い会社は、必ず優秀な会社?」
カレン「いい質問ね、でも答えは違うわ」
森本「え?」
カレン「株価は会社の通知表じゃない。市場参加者が、その会社の未来にいくらの値段をつけているかよ」
森本は少し考えた。
森本「じゃあ……今は赤点だけど、将来東大に行きそうな高校生には高い値段がつく?」
カレン「……」
森本「例え、変?」
カレン「いえ、珍しく分かりやすい」
森本「珍しくは余計!」
カレンは続けた。
カレン「例えば、今の利益が100億円の会社があるとする。でも市場が、『この会社は数年後に利益を500億円にできる』と考えれば、現在の利益だけを基準にした評価では説明できない株価になることがあるの。逆に、今は大きな利益を出していても、将来その利益が減ると思われれば株価は下がる」
森本「つまり……株価は現在だけじゃなくて、未来への期待も入ってる」
カレン「その通り」
カレンはタブレットを森本へ向けた。
そこには、
『PER』
と書かれていた。
森本「来た」
カレン「何が?」
森本「ついに必殺技」
カレン「違う」
森本「PER! なんか強そう。確か前に聞いた気がする(なんだっけ?)」
カレン「株式投資では非常に基本的な指標。前に説明したわよね(このリアクション、絶対忘れてるわ)。でも、使い方を間違えると危険なの」
カレンは簡単な数字を書いた。
会社A
株価 1,000円
1株あたりの純利益 100円
カレン「この会社のPERは?」
森本は考える。
森本「なんだっけ?」
カレン「アホ、株価1,000円を1株あたりの純利益100円で割る」
森本「10!」
カレン「そう、それに◯◯倍と付けるのよ」
そうか、確か……
森本「じゃあPER10倍なら安い?」
カレン「……」
森本の顔から笑みが消えた。
森本「また間違えた?」
カレン「その考え方が危険なの」
カレン「PERは、株価が1株あたりの純利益の何倍まで買われているかを見る指標。だから比較には役立つ。でもね」
カレンは指を一本立てた。
カレン「PERだけで安い、高いを決めてはいけないわ」
森本「なぜ?」
カレン「成長率が違うから」
カレンは二つの会社を書いた。
A社
利益100億円
成長率ほぼゼロ
PER10倍
B社
利益100億円
利益が毎年大きく成長
PER40倍
森本「B社の方が高い!」
カレン「そう」
森本「じゃあA社を買う」
カレン「なぜ?」
森本「PERが安い」
カレン「じゃあ、もしB社の利益が数年で100億円から300億円になったら?」
森本は黙った。
カレン「現在のPERだけを見てB社を高すぎると判断すると、成長を取り逃がす可能性がある」
森本「なるほど……」
カレン「逆もあるわ。高PERだから成長株だと思って買った。でも実際の利益成長が期待ほど伸びなかった。すると、株価は利益の伸び悩みと評価倍率の低下の両方から下落することがある」
森本の顔が曇った。
森本「……怖い」
カレン「だから、株価を見る。PERを見る。でも、それだけじゃない。
『キャッシュフロー』
『競争力』
『将来の需要』
そして、株価にどれだけ期待が織り込まれているかを考えるのよ」
森本はスマホに必死でメモをした。
森本の頭の中に、突然イメージが浮かんだ。
巨大なスーパー。
そこに二つの果物屋がある。
A店。
りんご100個。
毎日100個売れる。
B店。
りんご100個。
しかし、店主が叫んでいる。
「来年は200個!」
「再来年は400個!」
「その次は800個!」
森本は財布を握りしめる。
森本(妄想)
「B店だ!」
そこへカレンが現れる。
カレン(妄想)
「なぜ?」
森本(妄想)
「未来の成長!」
カレン(妄想)
「その予想、本当に実現する?」
森本(妄想)
「……」
店主が叫ぶ。
「絶対です!」
森本は財布を開く。
すると店主の後ろにある小さな看板が目に入る。
※天候次第では収穫できません。
森本は青ざめる。
森本(妄想)
「聞いてない!!」
現実。
森本「……なるほど」
カレン「何が?」
森本「PERって、未来への期待を買うこともあるんだ」
カレン「そう」
森本「でも未来は保証されない」
カレン「そう」
森本「……投資って難しいな」
森本はスマートフォンを操作した。
画面にはキオクシアの株価チャート。
大きく上昇したあと、激しく上下している。
森本「カレン!」
カレン「何?」
森本「これ、すごい上がってる」
カレン「そうね」
森本「でも……下がるときもすごい」
カレン「そう」
森本「なんで?」
カレンはチャートを指差した。
カレン「株価が急上昇するとその上昇を見て新しく買いたくなる人が増えるよね? 一方で、早い段階から持っていた投資家には利益が積み上がる。そこで利益確定売りが増える。さらに、期待が高まりすぎていた場合、ちょっとした材料でも失望売りが出るってことよ」
森本「つまり……上がったから下がる!」
カレン「そんな単純じゃない」
森本「ですよね」
カレン「でも、急上昇した銘柄ほど、値動きが激しくなることは珍しくないわ。特に半導体のような景気循環の影響を受ける業界では、需要・在庫・設備投資・価格などの変化が業績に大きく影響するの」
森本はチャートをじっと見つめた。
森本「じゃあ……上がっている途中で買えば、さらに上がるかもしれない。でも……そこがピークかもしれない」
カレン「そうよ」
森本「……」
カレン「だから買う前に考える。なぜ今この株が上がっているのか。その理由は、まだ続くのか。今の株価はその成長をどこまで織り込んでいるのか。もし期待が外れたら、どこまで下がる可能性があるのか」
森本は黙って頷いた。
森本「じゃあカレン、結局いつ買えばいいの?」
カレンはすぐには答えなかった。
コーヒーを一口飲む。
カレン「その質問いつかすると思ってた」
森本「やっぱり?」
カレン「でも、答えは一つじゃないの」
森本「え?」
カレン「長期で優良企業を積み立てる場合。暴落時に少しずつ買う場合。成長株の決算を確認してから買う場合。配当株を割安なときに買う場合。全部、考え方が違うわ」
森本「じゃあ万能な買い時はない?」
カレン「ない」
森本「万能な売り時は?」
カレン「もっとない」
森本は頭を抱えた。
森本「じゃあ、投資って攻略本ないの?」
カレン「ある」
森本「えっ?」
カレン「決算書」
森本「……」
森本はゆっくり椅子にもたれた。
森本「ゲームより難しい」
五分後。
森本「でも、昨日よりは、ちょっと分かる」
その言葉は、本人も気付かないほど小さかった。
投資を始めた頃の森本なら、ここでスマホを閉じていた。
『分からないから買わない』
ではなく、
『分からないけど調べてみる』
そこだけは、少し変わっていた。
数日後。
AI関連株のニュースがまた増えた。
NVIDIA。
SK hynix。
キオクシア。
東京エレクトロン。
アドバンテスト。
市場には強気の声が溢れていた。
SNSでは、
「AI革命はこれから!」
「半導体はまだ序章!」
「押し目は全部買い!」
そんな言葉が飛び交っている。
森本は画面を見つめた。
そして――。
森本「……買いたい」
その指は、購入ボタンの上で止まった。
以前なら、すぐ押していた。
でも今は違う。
森本「……カレンに聞くか」
スマートフォンを手に取る。
しかし、途中で止めた。
森本「いや。まず自分で考えてみよう」
スマホを開く。
森本のチェック
・なぜ上がっている?
→AI需要への期待
・業績は?
→確認中
・利益は伸びている?
→企業ごとに違う
・株価は割高では?
→PER確認
・期待は織り込まれている?
→分からない
・下がったら?
→考えてから買う
森本は最後の一行を見つめた。
そして小さく笑った。
森本の反省ノート
今日覚えたこと
① AIは「テーマ」であって、個別企業の利益を保証するものではない。
AI市場が成長しても、すべてのAI関連企業が同じように成長するとは限らない。
② 株価は現在の業績だけで決まらない。
投資家は企業の将来の利益や成長性を予想して株価を付けている。
だから、良いニュースが出ても株価が下がることがある。
「良い会社」と「良い株価」は別問題。
③ PERは重要だが、PERだけで判断しない。
PERが低いから必ず割安とは限らない。
PERが高いから必ず割高とも限らない。
利益成長率や将来性、競争力、景気循環などを合わせて考える必要がある。
④ 急騰した株は、上昇理由を考える。
「上がっているから買う」のではなく、
「なぜ上がっているのか」
を考える。
今日の格言
「価格はあなたが支払うもの。価値はあなたが得るもの」
――ウォーレン・バフェット
森本はノートの最後に、その言葉を書いた。
そして、その下に小さく付け加えた。
「メロンパンも同じ」
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