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クラヴィエ少女と悠然なる鐘の音

作者: 悠ノ伊織

 学校とは知識を学ぶために建てられた、言わば強制労働施設である。学生たちは授業という労働を行い、挙句テストなどという不要な罰を課せられる。見返りは人類の叡智、しかし労働対価には到底見合っていなかった。もっと効率的かつ合理的な知識を肥やす方法を、政府には模索してほしいものだ。


 と、脳内で論を唱えるカノンは今日もまた、学校の使用されていない古き音楽室に向かう途中である。ここまで現状に不服を抱く理由は、三日前から学生諸君の天敵である小テストが行われたからであった。三日前は五時間目、一昨日は三時間目、昨日は二時間目に小テスト。疎らに実施されるそれらから見て、学校に計画性という三文字は皆無らしい。


「よ。暇してるだろ、暇つぶしに付き合いに来た」


 ガチャリ。扉をスライドさせるとこちらを睨んでくる少女が見え、その眼力に思わず嘆息をつく。煌びやかな長い金髪の少女、――クラヴィエ。彼女は外国からの留学生である。そのため、制服も物珍しいゴスロリのような衣類を着ていた。


「君は暇人だな。大いに羨ましく思うよ、私は読書で忙しいんだ」

「そんなことを言いつつ、毎度暇してるのはクラヴィエの方だったりするが?」


 書物を持ちながらも、それに目を通さないのは既に読破済みの物であるからだ。先週も同じ書物を持って、彼女は速読。果てには机に上半身を乗せてあくびをする退屈そうな姿を見ると、カノンの発言は第三者から見ても明白な事実と確信するには材料が揃い過ぎていた。


「授業くらいちゃんと参加したらどうだ留学生さま。別に皆、差別的な眼で見てないだろ」

「君こそもっと自国らしく振舞ったらどうだね。名前がカノンなどという不可解な謎は解けない」

「違和感は名前だけだろ。あと名前に言いたいことがあるなら、うちの両親に言ってくれ」

「毎度、私は君の良い心、良心に語り掛けているつもりだが?」

「戯言も過ぎると、俺は返ってしまうぞ。せっかく不可解な謎を持ってきたのにいいのか?」

「……なにっ」


 いつもの煽り合いの後、カノンが告げたのはクラヴィエを退屈から遠ざける秘策。彼女は頭が良く、推理することが趣味な独特の少女である。故に、退屈から唯一逃れるには謎解きをすることであった。

 面食らうクラヴィエは黄金色の双眸を輝かせ、先程の眼力が嘘のように消えていく。余程退屈していたのだろうか、百八十度変化する表情にどう応じればいいのやら。一つ咳を前置きして、とある謎を語り始めた。


「三日前からの連日、学校のチャイムに一日一度だけ謎の鐘の音が鳴るが、クラヴィエは聞いたことあるか?」

「ああ、そういえば聞こえはしたな。悠然とした鐘の音色だった。それが謎というのかね」


 連日鳴る鐘の音、学校中この話題でもちきり。にもかかわらず、クラヴィエがこの噂を知らないのは、あまり他の人物と関係を持たないからだろう。


「そうだ。鐘の音が鳴る時間はバラバラ、そして何より原因は不明」

「あれは放送室からの音だ。つまり放送室に何らかの仕掛けがあるのではなかろうか。まあ、悪戯の類だろう、面倒なものだ」

「その仕掛けも分かっていない。授業中に鳴ったから、誰一人放送室に入ってない」


 放送室はこの目で見て来たが、なんら特筆するような違和感はなかった。普段から放送委員ではないカノンは、通常の光景を知らないため一概に違和感がないとは言えない事実もある。


「席を立った者が犯人だろう。解けてしまったか」

「当然の結論だが、問題は誰一人鐘の鳴る前に席を立っていない。鳴った後なら席を立った奴はいる。クラヴィエはどう思う?」


 首を横に振ってクラヴィエの解を否む。彼女は少し眉を顰め、謎を楽しむかのように笑みを浮かべた。

 この謎に包まれた事象を解くのは、クラヴィエにとって丁度いい謎解きであろう。だが、容易に解ける謎ではない。職員が動けば一発で分かりそうな謎、理解している彼女は焦ったのか背伸びをしてカノンの肩をポンと叩き、


「この謎、私が解くとしよう」


 ドヤ顔で宣言するクラヴィエは、椅子に再び座るとまずは顎をしゃくって深々と考え込む。頭の整理をしている時の彼女は、一人の世界に飛び込んでしまう。今は何を言っても無駄で、何か言えば邪魔をした罰に啖呵を切られるのは目に見えている。

 そうして一分ほど考え込み、クラヴィエの意識がこの世界に回帰してくると、彼女は溜息を一つ置いて状況整理を始めた。


「一日に一度鐘の音が響く。時間は疎ら。放送室にはなんら仕掛けがない。席を立った者はいない。放送室の鍵はどうなのかね?」

「あそこは誰でも入れる部屋だ。だから、誰にでも犯行は可能だとも言える」

「一つ。どうやって鐘の音を鳴らしたのか、トリックの謎。二つ。犯人はどうして無駄なことをしたのか。動機の謎。まあ悪戯の線が大きそうだがな」


 跳ねるように立ち上がるクラヴィエは部屋の扉を開き、情報取集をする気満々の様子。真顔だが恐らく内心ワクワクしている彼女、しかしカノンは彼女の肩を叩き返し、


「休み時間は終わる。次の休み時間に聞き込みするか」

「……な、……ななっ」


 動揺を隠せないクラヴィエを余所に、カノンは自分のクラスに戻る。この学校の休み時間は十五分、ゆったりとこの部屋に来たので残り時間は僅かしか残されていなかった。


「じゃ、次の休み時間はすぐ来るからな」

「ま、待て。待ってくれ。この退屈をまた一時間も味わなければ――」


 それ以上は聞こえなかった。無慈悲にも彼女の声は遠ざかって行くばかり。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 次の休み時間、急いでクラヴィエの元へ向かった。再びのんびりしていると、今度は本当に怒号を浴びせられかねないので。到着すると、扉の前で緊張の唾を飲み込む。ゆっくりスライドして扉を開け、小さな隙間から覗くと無表情の彼女がいた。


「お邪魔するぞー」

「ふふ、ふっふっふ。やあカノン君。ようやく来たか。それじゃあ、――一発この蹴りを味わえ!」

「失礼しましたー」

 今まさに暴行事件が発生しようとしていたが、見なかったことにしておこう。面倒事は知らなかったという言い分が楽である。と、その場を離れようとした時、背後から殺気が放たれ渋々カノンは部屋に入った。


 中に入るとクラヴィエは椅子に腰かけ、


「先程は情報取集する気でいたが、校内全員に聞くのは現実的ではないな」

「ああ、それならいい情報がある。事件に対して名乗りを上げた人物がいる」

「そうか。ならその者の元へ行くのが手っ取り早いというものか」

「疑問に思わないんだな。自分から事件に関与していると言っているようなものだが」

「人間とは非合理的な生き物だ。自分から事件に突っ込みたい、面倒な輩も意外といるのだよ」


 クラヴィエは肩を竦ませながら、人間の非合理的一面をバカにするように述べた。それも、こちらを見ながら。カノンは良心でこの事象をクラヴィエに教えたのだが、どうやら彼女から一ミリも感謝の念を感じられない。


「さ、行くぞカノン君」


 旧音楽室を後にする。名乗りを上げたコトヨという女性の元まで、クラスは一年のC組だったはず。カノンが先導して歩き、クラヴィエは何か怯えるようにカノンの服を摘んでいる。彼女は対人関係スキルが皆無であるが故、他人と話すとき横柄な態度を取る。更に彼女は人見知りの類で、人間に恐怖することもしばしば。それでも、謎解きの方が優先順位は高いらしい。


「着いたな、一のC組」

「じゃあカノン君、コトヨとやらを連れてこい」


 上から目線の指示に、「へいへい」と返事をしてコトヨを呼び出した。名乗りを上げているだけあって、机の周りには数名ほどコトヨに質問をする同類がいる。


「あの、すみません。コトヨさんですか?」

「そうだけど、ちょっと皆待ってね。で、あなたは一体?」

「あー、旧音楽室の探偵の知り合いです。お話を聞いてもいいでしょうか」

「え、嘘! 本当にいたんだ。いいよ、いいよ。それじゃあレッツゴー」



机を囲んでいた同類たちに、コトヨは謝罪しつつカノンと廊下に向かった。その際、痛い視線を山のほど食らったカノンは、嘆息をついてストレスを発散させる。


「こいつがクラヴィエ。探偵もどきだ」

「何か言ったかカノン君?」


 コトヨを前にしても、カノンへの睨みは弱まることを知らなかった。その視線をコトヨに移動させ、ブツブツと独り言を呟き始める。流石に爽やかオーラを放っていたコトヨも苦笑いをし、対応に困っている様子。見かねたカノンは、本題へ移るため声を出した。


「まず、コトヨさんは自ら関係者のような口ぶりですがその理由は」

「これ。私、鐘の音を聞くと落ち着く人間なんだけど、この音楽プレイヤーにはあの謎の鐘の音と同じ音源が入っているの。ね、関係者でしょ?」


 コトヨの期待の眼差しは、クラヴィエの方に向く。視線を受け取った少女は吐息を溢して、


「なるほど、同じ音を持っているから関係者と」


鐘の音を聞くと落ち着くとは、変わった人種である。

 クラヴィエは瞑目し、それが納得の意を持つことをカノンは知っている。それからゆっくりと目を開く彼女は掌を出して、手招きするように動かした。


「ちょっと拝借してもよろしいか?」

「いいですけど、仲のいい友人に貰ったので大切にお願いします」


 二人で音楽プレイヤーをまじまじと見る。最新型の機種だろう。音質は恐らくハイレゾ、SDカード対応、ブルートゥース対応。容量は六十四ギガのよう。設定を見る限り、それくらいの情報が得られた。しかし、肝心の曲数は僅か一桁。低音量で再生してみるも、どれも鐘の音。最後の曲だけ鐘の音とは違う、謎の演奏が聞こえてきた。


「これは何かね?」

「ああ、元いた部活の女の子の友人がくれた時に最初から入ってたんだけど、彼女がテスト前にこの音を聞いてみてねって言ったの。なのにまだ私、試してないの。鐘の音聞いてばかりで」

「つまり、鐘の音は自分でいれたと?」


「自分……。一応お母さんだけど」


鐘の音はコトヨが入れた以上、音楽プレイヤーをくれた友人は関係なさそうだ。問題は放送室からこの端末に入っている鐘の音が鳴る理由。ただの偶然とは思えない。


「テスト前にとはどういうことかね? 集中するためとかの類かね?」

「そう。私、テスト前の自習時間に曲を聞くくせがあるから。このくせは仲がいい人ならだれでも知ってる。あとこれは吹奏楽部にいた頃の練習合唱。この吹奏楽部にいた頃の音を聞くと、戻りたくなっちゃうんだよね」

「今は所属してないと。大体把握した。他に疑問に思った点はあるかね?」

「私、機械音痴だからわからないんだけど、自習中たまに音楽が止まる時があるんだよね」


 堂々と機械音痴と言い放つコトヨに、クラヴィエは肩を竦ませて呆れている。音楽が止まるのは機械側の故障に近い何かだろう。これ以上の情報は望めなさそうで、顎をしゃくりながらクラヴィエはコトヨに、「情報感謝する」とだけ述べた。それ以上は何も言わず、沈黙が続く。


 苦笑いで場を濁すコトヨに何も言わず、クラヴィエは振り返って歩き始めた。相も変わらず横柄な対応、カノンも大概だがそれを凌駕するほどの態度だ。


「情報感謝します。では失礼します」

「そういえば放送室で皆が鐘の音が鳴るのを待機してるみたいだよ。中に人は入れず、勿論中の物には一切触れていないみたい。解決したら教えてね。探偵さんと助手さん」


 放送室でそんなことがあるのか、と皆の激しいやる気に呆れてしまう。

 軽く一礼してカノンは振り返り、背後からの期待とプレッシャーを浴びつつクラヴィエを追う。

何やら考え事をしているようで、あまり周りが見ていない。その方が彼女にとって、人が苦手なため良いのかもしれないが。


 背中をトンと叩き、意識をこちらに向かせる。先程得た情報でどれくらい事象の答えが分かったのか、是非とも聞かせてもらいたい。振り返るクラヴィエは一瞬ツンとした目をするが、瞬いて冷静さを取り戻す。


「探偵さん。謎はどれくらい解けたか?」

「推測の域だが、正しければ半分ほど解けたと言っていいだろう。考えられるトリックは一つ思い当たったのだが。動機についてはまだ不確定要素が多すぎるのでな」

「トリックとやらを聞いてもいいか?」

「これから放送室に向かう」


 カノンの問いを無視して、クラヴィエは階段を降り始めた。放送室は一年C組から少し歩き、下の階に存在する。階段を下りていると何やら騒がしい声が聞こえ、人が溢れかえる様子が真っ先に窺えた。


 恐らく皆は鐘の音の正体を見破るため集まったのだろうが、部屋の中には誰もいない。それっくらいしか、この人溜まりの中で情報が得られなかった。


「カノン君、中の状態は?」

「誰もいない。さっきコトヨさんが言っていたが、皆、鐘の音を待機しているらしい。勿論中の物には一切触れていないとも言っていた」

「なるほど。私たちも待ってみるか。無意味なことだが」


 一分ほど経った。生徒たちの騒めきは聞き飽きて、カノンは腕組しながら壁に背を預けている。その隣に佇むクラヴィエは何か言いたげな鼻息を漏らし、眠たげにあくびをした。


「クラヴィエ、戻ろう――」


 旧音楽室に戻る提案をしようと、カノンが声を出そうとした刹那。声を掻っ切るように鳴る何かの音、聞き間違えるはずもない。――悠然とした鐘の音。


 背伸びして放送室の中を見るが、誰一人として入っていない。生徒たちは無人の放送室にもかかわらず、鐘の音が響いている現に困惑している。クラヴィエの方に視線を移すと、心地よさそうに鐘の音を聞く彼女の様は冷静であった。


 生徒たちが起こす雑音で精密に聞き取れないが、今までと比べて鐘の音の音量が小さい気がする。音量については雑音が酷いため、厳密には本当に小さいのか謎であるが。もっと深く音を聞きたいカノンだったが、鐘の音はすぐさま途切れてしまった。


「やはり鐘の音は心地が良い」

「クラヴィエも悠然としてないで、何か情報を得られたなら教えてくれ」

「カノン君。今日はもう一度、――鐘の音が鳴るぞ」


 にやりと笑みを浮かべて、クラヴィエは再び歩き出す。もう一度鐘の音が鳴ると彼女は言うが、何を根拠に述べているのか疑問だ。その疑問を解消する術はカノンにない。問うたところでスルーされるのがオチである。


「休み時間が終わる。続きは昼休みだ」

「それはいいが、一人で部屋まで戻れるのか?」

「も、戻れるとも。私を誰と思っているのかね」


 虚勢を張っているのか、得意げな表情を浮かべるも震える体のせいでその効力はゼロに等しかった。


 それから、時は刻々と過ぎていく。現在昼休み、学食で空腹を満たしている最中。

 基本的にカノンは小食、今日もガッツリ食すことはない。食事をとりながら、二時間目終わりの休み時間に起こった鐘の音について考える。


 誰がどう聞いても鐘の音、けれど胸に突っかかる違和感が一つだけあった。音量が小さく感じたのだが、やはり実際音量は連日よりも小さかったらしい。放送室から離れた三年生の会話を盗み聞きした結果、あまり鐘の音は聞こえなかったと。


 その事実が分かったとして、何故そうなったのかはわからない。あの場で突如音が鳴った理由、そして普段より音量が小さかった理由。犯人はどうしてもあの時間に鳴らす必要があったのなら、強引にでも小さい音で出した線は考えられる。その動機については、謎だらけだが。


 あの後コトヨと話したのだが、どうやら音楽プレイヤーはバッグにしまっていたらしい。これにより、コトヨとの関連性も消えつつあった。


「ん? 電話か」


 突飛として鳴り響く電子音は自身の携帯電話で、バッグに突っ込んでいたそれを摘み取ってやった。すぐさま連絡先の人物の名を確認し、応答する。


「クラヴィエ、あまり目立ちたくはない。電話は使うな」

「それは徒歩で君のところへ向かえというのかね? 冗談もここまでくると微笑すら浮かばないわけだが。まあそんなことはいい」

「ようがあるんだろ? 今昼飯を食ったから、そっちに行く」

「ここではなくていい。少し吹奏楽部の部長の元まで殴り込みに行く」



 今から暴君が猛り狂うらしい、これ以上のクラヴィエへの接近は自らを滅ぼすこととなろう。カノンは横柄な彼女がいないため、帆杖をつきながらやる気のない目を露わにさせている。せっかくの昼休みぐらい、こうやって怠けていたいものだがクラヴィエがいると気を張らなければならない。彼女はカノンのやる気のない姿を見ると、嫌味を唱えてくるからだ。絶対に動かない。と、そんな怠惰な思考も電話越しから聞こえる嘆息に、諦めるしか選択は残されていなかった。


「この電話番号は現在使われて――」

「何か言ったかねカノン君? 来ないと私からの罵倒一時間の刑に処すぞ」

「それはどうも」

「とにかく三のA組まできたまえ、以上!」


 叫び声は鼓膜が劈かれたように痛く、反論しようにも既に電話は途切れていた。こういう時、怒りで反射的に体を動かさないカノンは、短気ではなく気長な性格だと思う。


 呼び出されたので指定された三のA組まで、カノンはやる気のない足を動かした。

 廊下の先にある離別した棟に三年生の教室、三のA組は二階にある。少し歩き三年の棟の前、クラヴィエが不機嫌そうな顔で佇んでいる。


「一人じゃ緊張して行けなかったか」

「そういう無神経なところは直した方が良いぞ? あと緊張していたわけではない」

「本題に移る。三のAに吹奏楽部の部長がいるんだな?」

「そうだ。さっそく殴り込みに行くぞ」


 他にも言い方があるだろうと、面倒なので叱りはしないが。

 吹奏楽部はコトヨの元所属していた部活動だ。そこに何か関係があるとクラヴィエは推察している。コトヨとの関係性が薄れつつある今、極めて無駄な行為をしているように見えるだろう。しかし、実際はまだコトヨが無関係と言い切れず、関係性を確かめるため事象の残滓を探るべく吹奏楽部の部長の元に来たわけだ。


「天下り的実像を暴くには確定的虚像を探る、か」

「その通り。根拠明示のない実像はまず、不確かな事実を探ることから、だ」


簡単に言うならば、確定的な証拠を見つけて、推測の域にしか達していないクラヴィエの推理を正しいと立証させよう、ということだ。


「そういえば君、テストの結果はどうだった?」

「今する話か? テスト前の自習時間に鐘の音が鳴った。だから集中力を削がれた」

「言い訳もここまで来ると見苦しいものだな」

「五月蠅い」


 緊張を解きたかったのか、僅かにクラヴィエの表情が弛緩する。

 さて、三のA組前。二年年上となると声をかけづらく、集団だと尚のこと。一人で廊下に出てくる先輩をターゲットに、カノンは待機した。時を待たず一人の女性が出てくると二人は近づき、カノンは声をかけた。


「あの、少しいいですか?」

「ん、誰だい?」

「一年カノンです。隣はクラヴィエと言います。A組にいる吹奏楽部の部長に用がありまして、どの方かわかりませんか?」

「ああ、それなら私だ。イツキ先輩とでも呼んでほしい。クラヴィエ、旧音楽室の子か。質問いいかな?」


 イツキの視線はカノンからクラヴィエに移り、凛とした眼差しで微笑みながら見ている。

 留学生だ、物珍しさはあるだろう。好奇心が抑えられないのか質問の可否を尋ねられる。昼休みは長い、故にゆっくりと会話する時間はある。だが、カノンは無駄な時間を過ごすのは好きではない、時間の浪費は避けたいところだった。クラヴィエとて同じであろう。


 咳払いを一つ、それから凛とした眼差しにカノンは活力のない目で対抗し、


「先にこちらの質問をしてもいいでしょうか。その後クラヴィエ一人でゆっくりお願いします」


 クラヴィエを生贄にした代償は重く、彼女の鋭い眼光に思わず冷汗を流した。

 カノンの提案を受け入れたのか、イツキは頷いて、


「用とは何か? 話してもらって構わない」

「コトヨの件。何でもいいので話してもらいたい、あとは最近の吹奏楽部の状況もお願いする」


 相変わらず先輩に対しても愛想のない言葉遣いだが、イツキは表情一つ変えない。それは怒っているのか、無関心なだけなのか、多少不安要素はあった。


「コトヨは凄い才能を持ってたんだけど、何で止めてしまったんだろうね。今年の文化祭で彼女の演奏を聞けば、廃部の危機を回避できるんだけど」

「廃部? そんなに状況は悪いのかね」

「そう。だから皆よってたかって彼女を部活再起に必要な、道具のような眼で見て戻れって言って、嫌われちゃったみたい」


 廃部についてクラヴィエが言及すると、色々と黒い部分が見えた気がした。人間とは己のためならば他人を犠牲にする利己主義者がいる。廃部寸前という窮地に陥れば手段を選んでいる場合ではない、と考え人もいるため仕方がないのだが。もっと違うやり方があったのではないか、カノンは焦りに駆られた吹奏楽部の部員たちに呆れる。


「ふむ。復讐、あるいは……。まあいい。全員コトヨのことをそういう眼で見たと」

「私は含まない。あとアズサ、レン、カズキ辺りは今でも仲がいいと思う」


 ぽつりクラヴィエが呟いたが、すぐさま話題を切り替えた。復讐、吹奏楽部が無くなるのはコトヨのせいだと、そう考える者もいないわけではあるまい。人間は一歩でもグレーゾーンから黒に染まったら、悪い方にと思考を巡らせはじめる。


 だが、この件は鐘の音の事象との関係が見当たらない。コトヨとの関係は垣間見えるが、そもそも彼女が事件と関係あるのかも謎だ。


「男性と女性どっちかね?」

「アズサだけ女性。彼女は今もコトヨと仲がいい。あとレンは男性でサプライズが好きだ。コトヨの誕生日に贈り物をしたらしい。カズキも男性で、まあ特別言うことはない」

「ピースは揃った。カノン君、放課後コトヨと一緒に放送室の前にきたまえ」


 クラヴィエは謎が解けたと言うが、今の会話から何が得られたのか今ひとつピンとこない。

 振り返り旧音楽室に帰ろうとするクラヴィエに、イツキは腕を伸ばして、


「ちょっと待って、質問の件は?」

「クラヴィエがあの状態じゃ無理だと思われます。では先輩、お時間取らせてすみませんでした」

「鐘の音の件でしょ。ちょっとやるせないけど、頑張りたまえ」


 一方的な質問であったが、イツキは事象の謎を解くことに快く応援してくれる。

 カノンは軽く一礼し、クラヴィエの後を追って、途中で別れて一年のクラスへ戻った。

 そろそろ五時間目が始まる頃だ。小テスト前の自習時間。思い返せばここ数日の自習時間は、鐘の音の騒動で碌に集中できなかった。今日こそは、と意気込む気力もない。平均点さえ取ることができれば、なんら問題はなかった。


 天才を目指しているわけでもなし、カノンは平凡でいい。クラヴィエという天才を前にしても、嫉妬心などに駆られたことは一度だってなかった。


 自習時間が始まる。この静けさが眠気を誘い、自然と瞼が沈みそうになった頃。

 ――その音は鳴った。


 放送室からではない、しかしクラスのスピーカーから鐘の音が鳴る。生徒たちが騒々しく喋り始め、教師が、「静かにー」とやる気のない一声を上げてこのクラスは静まる。


 クラヴィエが言っていたことは本当だった。もう一度鳴ると彼女は確信して、カノンは半ば信じていなかったが、鳴った。恐らく今日を持って最後の鐘の音だと思われる。なぜなら、クラヴィエ少女が全ての謎を解いたからである。



▽▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 放課後。コトヨを呼び出して、放送室に向かった。扉を開けると壁に背を預けながら瞼を閉じ、悠然と二人を待つクラヴィエの姿が目に入った。


「連れて来たぞ。さて、全ての謎を解明してもらおうか」

「その前にコトヨと言ったな。音楽プレイヤーを貸してくれ」

「あ、わかったよ」


 コトヨがバッグから音楽プレイヤーを取り出し、クラヴィエに渡す。それから、放送室の機器をいじり始めたクラヴィエは、音楽プレイヤーを再生させた。


 校内から鐘の音が盛大に聞こえる。勝手に機器をいじって校内放送したクラヴィエに、カノンは髪の毛をくしゃりと掻きながら機器の電源ボタンを押して電源を切った。


「何故切るのかね?」

「俺は教師に叱られたくない。鐘の音を鳴らす理由もわからない」

「ガキかね君は。まあいい。そういえばコトヨはブルートゥースというものを知っているかね?」

「ナニソレ、オイシイノ?」

「機械音痴もここまで来ると笑えないな」


 などと煽るように、「はっはっは」と声を出すクラヴィエ。

 さて、そろそろ本題へ移りたいところ、その思考が顔に出ていたのか、察するようにクラヴィエが言う。


「カノン君、推理勝負をしようじゃないか」


 カノンとて馬鹿ではない。可能性の糸くらいは掴んでいる。だが、推測の域でしかないし、推理勝負にまず勝ち目はない。クラヴィエは天性の推理の才を持つ人間だからだ。


「じゃあまず、今日もう一度鐘が鳴ると言った根拠は何だと思うかね?」


 機嫌を損なわれると面倒なので推理してみる。カノンは前髪をいじりながら、思考した。

 今日は例外であの時鐘が鳴ったと言うのならば、恐らく音が鳴る時間の共通点があるはずだ。


「連日、鐘の音が鳴ったのは自習時間だ。共通点で言えば、今日も同じタイミングで鳴ると思うのが普通。これを踏まえて、自習時間に音楽を聴くコトヨは関係者に当たる」

「そうだね。コトヨは関係者だ。じゃあ犯人だと思うかね?」

「実行したのはコトヨだ。だが、主犯格は別にいる」


 この場合、コトヨは利用されたと言うのが正しい。詳細を言うには、トリックの種明かしをまず行うのが最適である。


「トリックは見破れたかな?」


 一つだけ証拠に欠けている。その欠けているものをクラヴィエは先程入手したはずだ。手を出して、物を求めるように指を動かした。彼女が手の上に置いたのは、音楽プレイヤー。

 設定項目を確認。重きを置くのはブルートゥースの項目。自動接続設定はオンになっていた。

「今ピースが揃った。あ、コトヨ、これ返す」

「あ、ありがとう。それで、あのトリックというのは?」

「今から言うのは所詮、妄言に過ぎない。トリックは簡単なものだ。答えは間違いなくブルートゥース、そうだろ?」


 今から語るのは所詮妄言の域、確定的な証拠は残されていない。しかし、裏を返せばそれ以外の実行するタネは存在しない。


「正解。この放送室の機器とブルートゥースを接続すればいいだけの話だ。仮に接続できない場合は、マイクをオンにしてブルートゥース機器を近くに置けばいい。ここまで同じかね?」

「ああ。この部屋はかなり防音性能が強固で、ノイズというものも気にならないはずだ」

「そういうわけだ。因みにブルートゥース機器は、すぐに回収に来れば問題はない、まあ見つかったとしても犯人からすれば問題は皆無だがな」


 トリックは実に簡単。コトヨの音楽プレイヤーのブルートゥースと、もう一つのブルートゥース機器を繋げればいい。あるいは、マイクの近くに置いておけばいい。自習前の時間に機器を置いて、そして自習時間に音が鳴った後、回収に行けば何も問題はない。


 これで犯人がコトヨを利用したという理由は伝わったはずだ。コトヨ本人は何を言っているのか、まだいまいちピンときていない様子だが。


「カノン君、今日二度鳴った理由はわかるかね?」

「ん? あれはフェイクだろ。生徒と教師がこの事象に対して放送室は無関係と思わせるフェイクだ」

「あの音量を出せたのは、音声拡張機、小型スピーカーをバッグに忍び込ませていたのだろう」


 まんまと踊らされたが、あれはフェイク音声だ。言った通り、放送室と事象の関係性を絶つための仕掛け。あの人混みだ、バッグに突っ込んでいたのなら誰が鳴らしたのかわかるわけもない。


「次に犯人について。クラヴィエとコトヨ、それからイツキ先輩の会話から、一人しか思い当たらない」

「そうだな。だが一応聞こう。音楽プレイヤーを触ったのはコトヨ、君とそれを貰った友人だけかね?」

「そうだけど。まさか――」

「そのまさだ。コトヨは音楽プレイヤーを貰ったのは女の子と言った。故に男子はない。元いた部活の子とも言った。コトヨは吹奏楽部の連中を嫌っている。そして年上の部長をそんな呼び方はしないと思う」

「それを踏まえた上で一人だけ当てはまる。そう君の友人、――アズサだ」


 そう。今までの会話の中で、犯人は見つかっていたのだ。トリックが仮に合っていた場合だが。この推理は、トリックありきのものである。そしてトリックの証拠は依然としてない。


 だから、今から確かめるのだ。クラヴィエが鐘の音を鳴らしたのは、単に遊びたかっただけではない。犯人をおびき寄せる餌である。

 クラヴィエが美味しいところを持っていたので、カノンはその推理を正す手助けをしよう。


「答え合わせをしようかね」


 クラヴィエの声と同時、放送室の扉を盛大に開け、そこに聞き耳を立てていた者が一人いるはずだ。


「どうも、アズサさん。初めまして、ですね。カノンと言います。どうぞよろしく」


 怯えた表情のアズサは、渋々放送室の中に入った。ここで逃げたら確実に犯人呼ばわりされると、そう思っているのだろう。しかし、逃げなければ勝算はあるとも思い込んでいるはずだ。彼女はバッグを持っていない、故に証拠品は今別の場所にある。バッグを忘れてきたと、言い訳などいくらだって作れる。だから、肝心のトリックの証拠がない。


「私はアズサ、って知ってるみたいだけど、犯人じゃないからね」

「ほうほう。犯人が言うセリフ第一位じゃないかね。ちょっと感動だよ」

「トリックがあーだこーだ言ってたけど、結局は机上の空論。証拠がないじゃない」

「確かに。クラヴィエ、どうするつもりなんだ?」


 動機についてカノンは察しがついているが、そもそもアズサを犯人にするのには証拠が欠けすぎている。それをどう補うのか見どころだ。


「確かにブルートゥースのトリックは証拠が欠けている。君がやったという証拠は今のところない」

 図星を見事に突けたと言いたげな、得意そうなアズサの表情。それに抗するのは冷静かつ退屈そうなクラヴィエの顔。今にもあくびが出てきそうな、眠たげな表情。


「なら、明日放送室を隠れて監視すると宣言する。これで明日鐘の音が鳴らなければ、必然的に君が犯人となる。この件を聞いたのは君と私たちだけ、つまり監視を知っている犯人は放送室に近づけないからだ」


 なるほど。カノンはクラヴィエの案に、人が悪いと思う。これでは何を言おうがアズサが犯人で決まり、無論この場にはコトヨもいるのだが、彼女は容疑者から疾うに除外済みだ。


「コトヨも容疑者でしょ?」


 一縷の望みを掴むように、縋るように、アズサは必死の抵抗をした。カノン、それからクラヴィエはこの質問に対して、コトヨが犯行不可能な決定的理由を知っている。それはアズサだって知っいるはず、だから顔を顰めているのだ。


「コトヨは機械音痴だ。ブルートゥースという存在自体知らない様子だった。つまり犯行は不可能。それとも明日放送室に来て犯人でしたと謝るかね?」


 完璧なる勝利と完全なる敗北を見たが、クラヴィエからしたら茶番の域に過ぎないだろう。最初は恰好だけでも決まっていた彼女だが、今はまるで赤子のように寝そべっている。どうして赤の他人の、それも犯人の前でそのような態度が取れるか、不思議でならない。


「でも、アズサは何でそんな変なことしたの? 教えて?」

「動機については言いづらいだろうな」

「私が話そう」


 アズサは一歩身を退いた。それは恐怖から来る怯える対応、彼女は動機について一番知られたくないだろう。なにせ、二人は友人なのだから。


 この事件はコトヨがアズサの友人であるか、友人でないかでかなり視野が変わってくる。後者の場合、クラヴィエが呟いていた復讐、その線も捨てがたかった。だが、友人であるが故の、簡単に見えて人間の複雑な心境が垣間見える事件である。


「鐘の音自体、アズサの誤算だったのだよ。元々は吹奏楽部の練習音を流す予定だった」

 犯行は全てが都合よくいくとは限らない。今回の誤算は鐘の音が響いたことにある。が、そこは重要なポイントではない。


「練習音が鳴ると、その現場を想起させる。では想起させる理由は何故か。この場合、怨嗟的なものならば、もっと良い復讐方法があるだろう」

「もっとも適した解は、廃部寸前の吹奏楽部を思い出し、戻ってきてほしかったというものである、か」

「違うかね?」


 クラヴィエの言葉に続けてカノンが動機について解説し、彼女がアズサに当否を問うた。

 まだ核心に触れていないだけ、アズサの表情には余裕がある。その仮面もいつまで続くのか、これもまた見どころである。


「そうよ。友人だから、戻ってきてほしかった。ただそれだけ。ごめんねコトヨ」


 ここで終わらせるのが二人のためだろうが、クラヴィエは恐らく満足しないだろう。カノンとて、ここで終わらせるには納得がいかない点がある。


「そうだったんだ。気づけなくてごめんねアズサ。でも、何でこんな回りくどいやり方を?」


 一瞬、アズサの手がピクリと動いた。動揺した証拠だろう。


「続ける。この音は吹奏楽部の練習中の風景だ。吹奏楽部の事件と謳われれば、吹奏楽部が話題となり繁栄に繋がる可能性が上がる。と、ここまでが茶番だ。推測の域だが、中々当たっているだろう?」


 クラヴィエが意地悪く、悪戯心を纏った笑みを浮かべた。

 これからが、アズサの聞かれたくない部分だと思われる。

 コトヨは首を傾げて、疑問視を向けてくる。当然、彼女は事件解決だと思っているためだろう。この解説で解決ならば、ここまで手の込んだことをする必要がない。


「基本的に君たちの中は悪くなかった。むしろ良好と聞き、偽りなく今も同じ関係性だとも聞いた。けれど、コトヨに戻るようには言えない。これについては後ほど説明するとして、コトヨに戻ってきてほしかった理由は――」

「黙って!」

 クラヴィエの声を掻っ切って、アズサは彼女の口を威圧で封じるよう怒鳴った。けれど、相手がクラヴィエだったのが運の尽きだろう。彼女は特段怖気る様子もなく、掻き消された声を継いだ。


「コトヨ。君の才を披露すれば、廃部の回避に大きく貢献するからだ」


 その発言を聞いたコトヨが、「え?」腕をぶらりと下げて落胆する。

 アズサもまた他の部員と同様、コトヨの才を部活動繁栄のため求めていた。廃部になるかもしれない不安から、こんな事件を起こしてしまったのだろう。


「コトヨに鳴らさせた理由は二つ。一つはより正確に思い出してほしかったから。ただの練習演奏を自分で鳴らしただけでは、コトヨに気付かれない可能性がある」


 カノンがコトヨに鳴らせた理由の解説を始める。彼女である必要性、その多くは練習音だと気づいてほしかったから。語った通り、コトヨが気づかなくては意味がない。


 そして、校内放送でなければいけない理由は先に言ったが、吹奏楽部を話題にさせるためだ。より合理性を求めるのなら、コトヨに鳴らさせるのが手っ取り早い。


 最後に、他人に校内放送をさせた理由、クラヴィエが口を開いた。


「二つ目の理由は教師に見つかった時、コトヨを容疑者に仕立て上げるため。ブルートゥースが繋がっている以上、言い訳はできない」


 濡れ衣を着させるため、他人に鳴らさせたのだ。


 真相を知ったコトヨは放心状態、怒ることもなくただ裏切られたというショックに駆られているのであろう。アズサもここまで来ると反論はしてこない、意味もなく握り拳を作っていた。余程コトヨに悟られず吹奏楽部へ連れ戻すことと、トリックに自信があったのだろう。


「そんな、学校中巻き込んでそんな回りくどいことする?」


 コトヨはまだ納得できていない。反論すらしないアズサを見てもまだ友人だと信じている。

 クラヴィエは肩を竦ませながら、既に決着がついているが声を続けた。

「先程も行ったが、吹奏楽部が話題になれば廃部の危機が無くなる。君が戻らなかった場合の保証かもしれない。それは私もわからない」

「私でなきゃならない理由は? 才能があるから言えなかったって言うの⁉」

「大方合っている。才あるため直に言えなかった。友人としてではなく、廃部になるかもしれない吹奏楽部の復活の道具として見てほしくなかったのだろう。部員たちのように。結果、自らの安全のために、君を犠牲にしたのは違いないが」


 アズサは極力バレないように必死だったと思われる。これはあくまでもカノンの妄想だ。彼女は確かにコトヨを身代わりに使ったが、できるのならバレてほしくはなかったと思う。確かに友人として戻ってきてほしかった、その願いは本音だとも思う。


「鐘の音でも続けた理由は、察してほしかったのだろう。あるいは、続けていれば練習音が流れると思っていたからだ」



▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 事件解決後、クラヴィエと学校の校門にいた。彼女は自宅から来る車を待っている。カノンについては、今から帰還しようとする最中であった。


 あの後、二人はどうなっただろうか。ふと、疑問に思う。


「あの後二人は喧嘩でもやったのかね」

「さあ、人間の心理は複雑だ。あれで怒っていないのなら、許したかもしれない」


 カノンとクラヴィエは謎を語った後、すぐさま退散した次第であるため、その後を知らない。何かと後味が悪い事件だった。そう脳裏に過った時、目に入ったのは、


「あれはコトヨとアズサじゃないか?」

「泣くアズサをコトヨが励ましてる。いやはや人間とは愚かな生き物だ」


 結局和解したようで、後味の悪さは消滅していった。やれやれと首を振るクラヴィエの感情もわからなくはなかった。


 あれだけ罠にはめられて、それなのに友人を続けるとは余程仲がよろしかったのだろう。カノンなら即座に縁を切るレベルで、今回の事件は性質が悪かった。


「クラヴィエは人間じゃないのか全く」

「私を君と同類にするな。と、言いたいところだが、推理勝負は互角だったな。それなりに楽しめた。君はいつからわかっていた?」

「推理を始めた時だ。つまり勝負を仕掛けられた時。記憶を探って導き出した」


 基本的には会話の内容を聞いていただけで、放送室に来るまで何もわからなかった。

 推理を始めた時、記憶を呼び起こして答えを導いた形だ。そう説明するとクラヴィエは三度呆れて、首を振った。何かおかしな発言をしただろうか、首を傾げて考えてみるもわからない。


「本当にカノン君、君は普通じゃないな。この場合、私は褒めている」

「それはどうも。クラヴィエはいつからわかってたんだ?」

「部長さんと話した時だが。そもだ、私もこんな回りくどい解き方をしたのは、もっと謎を楽しみたかったのだろう。君が最初に席を立った人物がいると言った時点で、そやつが犯人だとわかっていた。なのに、楽しみたいがために回りくどいことをした」


 最初の状況説明の段階でクラヴィエは犯人と思わしき人物を特定していたらしい。

 よく考えれば、ブルートゥース機器を回収しなければならないため、当然と言えばそうなのだが。多分、何か言い分を作って廊下に出たのだろう。一番想像がつくのはトイレだ。あの教室とトイレの方向は同じだからである。


「才能か。時にそれは諸刃の剣となる、か」

「君の才能には驚かされるよ。途中から記憶を探る推理とは、やはり興味深い」

「クラヴィエに褒められるとなんだか違和感がある、だから止めろ」

「今日の夕暮れは私を賞賛しているようだな。ははは、また退屈な日々が始まるのか」


 クラヴィエは再び相まみえる退屈に、肩をがくりと落とす。

 夕暮れの光が妙に気持ちよく、吹きあがる涼風はやや肌寒かった。

 こうしてクラヴィエ少女と悠然なる鐘の音の事件は終わりを告げた。


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