残暑
残暑
夏が終わらない。
残暑とは言葉ばかりだ。
夏そのものだ。
夏生まれでも夏はキライ。
好きになることはできない。
そんな季節をよそに出会いと別れは繰り返される。
いいことも悪いことも。
柊木結弦は、この夏、彼女と別れた。
街や店やショップなどで、彼女のつけていたお気に入りの香りがただよってくると、彼女か?と思ってしまう。
未練があるとかではない。
体が、鼻が覚えていて反応するのだ。
ある意味、彼女の忘れ物とも言える。
嫌いで別れたわけではない。
お互いの環境の差だろう。それはなかなか埋まらなかった。
そんな結弦は、次の恋など考えてもなく日々は淡々と過ぎて行った。
冬月未来は、この夏彼と別れた。
彼から別れを告げられた時、目の前が真っ暗になったのを覚えている。
「未来のことを嫌いになったわけではないんだ。ただ、今のままでもダメだと思う。お互いのために別れよう」
別れの言葉が、脳内再生され続ける。
確かに忙しかった。
お互い色々がんばっていた。ただ自覚はしている。自分が比重を間違えていたことは。
それでも、結弦はその点を責めなかったし、理由にしなかった。
「お互い今のままではダメだ」未来もわかっていた。
ちょっとしたバランスの取り方を間違えていたのは‥。
未来も別れを引きずっているのではなかった。
変えられない過去の自分の行動に歯痒さを感じていた。
そんなせいか、街や店やショップで赤いキャップを被る身長の高い人をみかけると、一瞬ハッとする。
結弦がお気に入りで被っていた赤いキャップがある。赤と言っても深い色の赤だ。
ボロボロなっても使っていたキャップだが、それは未来がはじめてプレゼントしたものだった。
夏は終わらないが、2人の恋は終わりを迎えた。
そんな2人に神様の悪戯か(そもそも悪戯するのかわからないが)偶然か、ショッピングモールの音楽店の前で2人はバッタリ出くわす。
2人とも、CDは普段買わない。
ただ、この夏発売された(今日発売)アニメの主題歌が気になり見にきたのだ。
結弦と未来双方が同じ理由でここにいる。
一瞬固まる2人。
「元気そうだね!」と最初に言葉を発したのは、結弦だった。
「うん。結弦も元気そうだね」そう言って左耳にかかった髪をすくう。
別れた頃より髪が伸びていた。
結弦は相変わらず赤いキャップを被っている。
「もしかして、未来もCD見に来たとか?」結弦がそんな未来を見ながら聞いた。
「うん。あのアニメも歌も好きでさ」と何気ない会話を続ける。
内心は心臓がバクバクいっていた。
「アニメは、その、ごめん、ボクのせいだな」といいキャップを被り直す結弦。
「色々なアニメみせられたからね!」
ふとお互いの視線が合う。
思わず笑う2人。
とりあえず店に入る2人。
CDと楽器を扱っているだけあって、店内は広い。
お目当てのCDはすぐに手に取り、店内を見て歩く。
「夏のはじめだから、もう2ヶ月になるのか」と結弦がサラっと言った。
多分無意識言っているのだろう。
アニメコーナーを見てる時に言ったので、未来は普通に会話を合わせた。
「ホント、早いよねー」
店内をほぼ見て回り、レジに向かいお目当てのCDを買った。
いや、結弦が買ってくれたが正しい。
未来の分まで買ってくれたのだ。
未来のはスペシャル版で少し高い。
にもかかわらず買ってくれた。
(相変わらず、さりげなくやさしいな‥)未来はそう思いながらバクバクが回転数を上げていた。
会計を済ませて終わりだと思って、結弦の顔をしっかりみようとみる未来。
そしたら、結弦はもう未来にロックオンしていた。
「未来、この後予定あるかな?」と聞かれ、少し慌てる未来。
あ、だの、え、だの、たどたどしくなってしまった。
「よ、予定はないよ!うん」と言う返事からもわかる。
「だったら、お昼たべない?」
未来はハッとなった。
時計をみたら12時10分前だった。
未来は改めて思った。
結弦といると疲れないということを。
それは、変な駆け引きがないからだ。
付き合う前は誰しも駆け引きがある。
それが面倒で、未来は次の恋に行けなかった。
それだけが理由ではないが、それも理由でもある。
気を許せる、変な神経を使わない。
(逃した魚は大きかったな‥)未来がそう思うのも仕方ない。
この時間が終わらないことを願う自分がいることを感じていた。
一見、冷静にみえた結弦も、内心はフィーバーしていた。
だからといって、それを抑えるためにカッコつけていたのか?と言われたらNOである。
自分の彼女ではないというボーダーラインが彼を抑制していた。
また彼女が仕事や趣味を優先したら?と頭によぎっているのも確かだった。
しかし、それを凌駕するほどの心地よさ‥結弦のボーダーラインは今にも意味をなさなくなりそうだ。
意外にも、話を切り出したのは未来だった。
「あのね、この2ヶ月色々あったの」
優しさに包まれた雰囲気で、それを聞く結弦。
「わかるよ。ボクも色々あった」
周りはランチタイムを過ぎ、人もまばらだ。
「結弦は、この先どうするの?」
「この先かぁ‥深い質問だね」と柔らかい笑顔でこたえる。
未来は真剣に結弦をみている。
「2ヶ月さぁ‥」そう結弦は切り出した。
「自分をよく見つめる機会になったよ。何が大事でとか、優先すべきとかさ。自分の弱さや弱点についても考えさせられたなって。それと、もっと我慢できてればって‥」
結弦の言葉に、未来は頬に涙が流れた。
「み、未来!ごめん、そんなつもりじゃ‥」慌てる結弦。
激しく横に首を振る未来。
「ちがうの。ホントちがうの」
そう言って涙を拭う未来。
「結弦はね、我慢してくれてたよ。ホントわたしってバカだよね」
そう言って泣き顔なのに、笑顔をつくる未来。
(あぁ、そうだ。そうだった。この笑顔を‥)
結弦は未来から目を離せなかった。
未来と結弦が呼ぼうとしたら、未来の手が目の前に出てきた。
「結弦、ごめんね!わたしから言いたいの」
外は残暑で日差しが眩しい。
そんな日差しはギラギラしているが、2人はお互いがキラキラして見えていた。
何十分か、何時間後わからないが、その後2人は手を繋いで帰ったそうだ。
2人は次の季節に向かって歩み出した。
-おわり-
短編小説、残暑、いかがだったでしょうか?
まず、はじめに復縁を勧めてるわけではないので、ご理解くださいね。
恋愛は素晴らしいひと時の反面、莫大なパワーを使います。
付き合う前、付き合い始めは特にそうと言えるかもしれません。
そんかパワフルなひと時もあれば、お互いが心地よいひと時を奏でる期間もあるわけです。
結弦と未来のこの話は、最初は別れた話にしようと思っていました。
書き出して、しばらく悩みました。
(ホント、出だしを書いて止まりました笑)
そこで、考えがまとまるまで書くのをやめました。
色々考え‥別れ→復縁→ハッピーエンドにまとまりました。
最後の方で結弦や未来の言葉を詳しく書いてないのはわざとです。
読まれた方に膨らませていただければと考えてそうしました。
人生を四季に例えれば、彼らは厳しい冬を越え、希望に満ちた春を迎えたことになります。
今回は、夏のお話ですが、意味合いはかわりません。
長くなってしまいすみません。
残暑を読んでくださった方々、本当に感謝いたします。
-みやびあい-