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銀河の戦風  作者: 水沢佑
3/5

2 帰還の途

 戦艦ウェーゼル艦橋内。実用性第一の武骨な司令官用座席に腰掛け、ハインツは次第に遠ざかるアルレスハイムの太陽を眺めていた。



 その前に湯気を立てるティーカップが置かれる。

 見上げると、銀髪の若者が微笑みながら敬礼していた。


 「思索を邪魔して申し訳ありません、殿下。しかし、冷めた紅茶を差し上げるのはさらに気が引けましたので」


 そうか、と口の中で呟いて、彼は先ほど紅茶を淹れるよう命じた従卒の軍曹に目をやった。

 彼が入室したのに気付かなかったために、差し出す機会を失した紅茶を持ったまま立ち尽くしていたのだろう。


 「ありがとう、軍曹。ディッケルも」

 王太子付副官の彼は破顔して一礼した。




 カール・マティアス・ディッケル中尉。ハインツと同じ22歳である。

 身長は185センチ、ハインツより5センチは高いが、ハインツがすらりとした体躯の持ち主であるために傍目には変わらないように見える。


 ハインツが士官学校に1年だけ「留学」した際に同室となった縁で知りあった。

 年齢に似合わぬ知性とそれをひけらかさない落ち着きぶりに惚れ込んでいたハインツは、王宮に戻った後も彼と親交を深め、今回の遠征前に自らの次席副官に抜擢していた。



 従卒が退出したあと、ディッケルはハインツに斜め後ろに立つ。

 しばらくは無言のまま熱い紅茶をすすり、ぼんやりとモニターを見つめる。

 艦隊の前衛を務める数艦が突然、跡形もなく姿を消した。ワープ可能ポイントに達し、跳躍航法を起動させたようだ。

 ハインツが重い口を開いたのは、カップの中身が半分ほどに減ったころだった。


 「なあ、ディッケル。変だと思わないか?」

 「何がでございましょう?」

 抜けた主語を予測しながら、ディッケルは敢えて聞き返した。

 何か悩んでいる時のハインツは、ゆっくりと思考をまとめながら話す必要があることをこの友人兼副官は知っていた。


 「今回の叛乱がロンバルディアの手によるものだったとしてだ、その目的は何だ?」

 「兵力の分散を強いることでしょう。現に、わが第4艦隊が討伐のため王都を離れました」

 ハインツは機械的に頷いた。

 「それではだ、なぜ敵は3個艦隊などという半端な兵力で侵入した? 仮に陛下が大事を取って叛乱鎮定に2個艦隊を送ったとしても、王都には3個が残る。侵入した軍勢を撃破するには十分だ」



 同数の兵力で敵に当たるという用兵の邪道とも言える考えが、グリューネラント軍部では常識としてまかり通っていた。


 グリューネラントは小国だが列強に周囲を固められ、しかも円環航路(ベルト・ルート)という莫大な利益をもたらす貿易路を狙った勢力の侵入に絶えずさらされている。 そのような状況で取るべきは、質で数を補う道だった。 他国に例を見ない厳しい訓練、中継貿易の利益をつぎ込んでの装備更新、そして何よりも幾多の実戦に裏打ちされた本物の強さ。

 「グリューネラントの1個艦隊は他国の2個艦隊と同等」という言葉は誇張ではなく、誇示ですらなく、戦史統計上の単なる事実である。


 とりわけロンバルディアはグリューネラントの強さは身にしみて学んでいるはずだ。多数の手痛い教訓によって。

 まして常備13個もの艦隊を擁する大国なのだから、その戦略は数で押すのが基本となる。過去の戦闘もそうだった。


 にも関わらず同等かそれ以下の兵力で攻めてくる。しかも、わざわざ派手な策を弄しながらそれを活かす様子もない。その不自然な動きが、ハインツには誘いをかけているように見えてならないのだった。



 「罠、ということですか?」

 「だとしたら、どのような策が考えられる?」

 質問に質問を返され、ディッケルは糸のような目をさらに細めた。


 スクリーンの中で、ウェーゼルの眼前を航行していた駆逐艦がワープ航法に乗り姿を消した。


 「考えられるのは2通りあります。1つは陽動作戦です」

 「つまり、来攻した艦隊は囮、あるいは支隊にすぎないということだな」

 「御意」


 主力の出動した王都は手薄になる。そこを敵主力が衝けば容易に占領することができるだろう。

 そうでなくとも、多方面から包囲するように侵攻してくる敵は対処に難しい。一方に相対している間に他方に後方への迂回を許す危険性があるためだ。

 これを外線作戦といい、グリューネラント参謀本部が最も警戒している戦術の1つである。


 「とすれば、我が軍主力は迷わず敵支隊を撃ち、一方王都駐留の予備兵力をもって敵主力を足止めしつつ、主力の来援を待つのが方針になりましょう。その場合、我々がシャルロッテンブルクに戻り王都防衛に加わることは大きな意味があります」


 ディッケルの言う通り、王都防衛戦力が倍増すれば戦略的な選択の幅が広がり、相当の強敵にも対処することが可能となる。

 ハインツが辺境平定を後回しにして王都帰還を決断し、バイエルラインやシュリーフェンがそれを支持したのはこの点を重視したからに他ならない。




 「もう1つは?」

 「敵が計略によって兵力を過小に見せている場合です」

 つまり、味方の軍勢を小さく見せ、敵の侮りを生んで罠にはめるという戦法だ。3個艦隊が実は6個艦隊だった、ということになれば、さすがに我が方に勝ち目は薄い。


 敵の兵力が少ない時は、必ず王都に予備兵力を残すのがグリューネラントのやり方だ。それは常に多方面からの奇襲を警戒せねばならないこの国の弱点をも示しているのだが、その習性をロンバルディアが利用したとしたら。


 「しかし、そう簡単に実行できるものではありません。何百隻もの艦艇を隠すなど……」

 笑いながら自身の考えを否定する副官の声を、ハインツが遮った。


 「しかし、ロンバルディアには若いながらかなり優秀な提督がいるという。警戒しすぎることはないはずだ」

 「ブオナパルテ元帥ですね」

 王太子の常にない執着ぶりにやや面食らいながら、ディッケルはここ数年で頻繁に聞くようになった名前を挙げた。

 「しかし、彼でも艦隊を透明にする魔法は使えないでしょう。我が軍の哨戒網の前で、数をごまかすなど不可能に近いかと。大物の内通者でもいれば話は別でしょうが」


 ディッケルの下手な冗談に、ハインツは感応しなかった。


 内通者。この言葉が彼の思考回路に引っ掛かり、海藻のようにまとわりついて容易に離れない。



 考え込みながら自身の金髪を無意識にいじり始めた時、耳障りなブザー音が2人の鼓膜を刺激した。

 『艦長より総員に告ぐ。本艦はワープ航法に突入する。衝撃に備え』

 次の瞬間、微かな振動とともに外部を写し出していた全てのモニターが真っ白になった。




11月29日、慌ただしく戦後処理をすませた討伐軍はアルレスハイムを発ち、王都シャルロッテンブルクに針路を向けた。



この前日、国王オトフリート三世率いる艦隊はロンバルディア方面の辺境星域にて敵軍と衝突している。


 「ストラスブルク星域会戦」である。

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