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銀河の戦風  作者: 水沢佑
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1 幕開け

 第4艦隊司令官・バイエルライン大将は同行者とともに部屋に入ると直立不動の体勢を取った。亜麻色の髪が微かに揺れて、止まる。


 部屋の主である金髪の青年は姿勢を解くよう言うと、2人に椅子を勧めた。


 細かく紋様の施された木製の椅子はさして華美ではないが、無駄な装飾を極力排する宇宙戦艦の備品としては豪華というに十分である。



 それに自らも腰かけると、青年はバイエルラインに向かい口を開いた。

 「ご苦労だった。いつもながら見事な勝利だ」

 「ありがたいお言葉にございますが、殿下。敵が弱すぎました。私の功ではありません」

 バイエルラインの表情にてらいはない。

 我が正規軍200隻に対し300隻と数こそ優勢だったが、所詮は素人の叛乱軍であった。

 隊列を乱しつつ無策に突撃する敵の鼻先に主砲の斉射を叩きつけ、正面から逆撃。それだけで敵はあっさりと崩れ去り、バイエルラインが用兵の妙を振るう暇もなかったのだ。

 その中でも、敵が崩れる前に予備と左翼部隊の一部を時計回りに迂回させて敵の退路を絶つなど凡将ではできない指揮ぶりを見せているのだが、これなども本人に言わせれば児戯も同然らしい。


 「謙虚だな、大将は。それでも我が軍の損害がほとんどなかったのはあなたの功績として誇ってもかまわないと思うが」

 「恐れ入ります」

 重ねて称賛する青年に対し、若くして艦隊司令官を務める勇将はそれ以上逆らわなかった。この部屋を訪れたのには、別の目的がある。


 「ところで殿下、例の件ですが」

 「ああ、艦隊情報部の報告が出来上がったのだったな。説明してくれ」

 金髪の青年……グリューネラント王国王太子、ハインツ・ルートヴィヒは目元を引き締め、居住まいを正して差し出された書類に翡翠色の瞳を向けた。







 後年、戦場となった星系の名から安直に「アルレスハイム星域会戦」と呼称されるこの戦闘には、不可解な点があった。



 なんと言っても、叛乱軍の兵力が大きすぎる。300隻といえば、その数は実に1.5個艦隊に匹敵する。

 グリューネラントの正規軍主力が5個艦隊編成である。その3割に匹敵する戦力が、辺境とはいえ自国内に忽然と現れたのだ。

 しかも、軍艦を持ってきて終わりではない。宇宙船を動かすためには動力として莫大な液体水素が必要であり、熟練した乗組員が必要であり、さらに彼らを養う食糧が必要である。それらの補給物資は辺境星域の備蓄や物流では到底足りない。

 何者かが後ろで糸を引いている、という推論が成立するのは極めて自然だった。




 「捕獲した艦艇の調査が終了しました。叛乱初期に拿補(だほ)された一部の小艦艇を除き、ほぼ全てが外国製です」

 バイエルラインの報告に、ハインツは頷いた。そこまでは予想通り。


 「出所は?」

 「合計10ヶ国軍の艦が確認されました。その中でも全体の4割、大型艦の6割を占めていたのが、ロンバルディア製です」

 「ロンバルディアか……」


 グリューネラント国内を貫き銀河の彼方へと伸びる「円環航路(ベルト・ルート)」、その一方の端に連なるロンバルディア王国はグリューネラントにとって最大の貿易相手国であると同時に歴史的な敵国でもある。

 大は国境宙域の開発問題から小は犯罪者の引き渡しに至るまで、さまざまな問題が2国間の紛争をもたらし、その解決が武力によってなされたことも稀ではない。 今回の事件が外国勢力の工作であると仮定したとき、ロンバルディアは容疑の筆頭に挙げられるべき存在だった。


 「シュリーフェン中将、どう思う?」

 ハインツはもう一人の在室者に目を向けた。

 赤毛に蒼い瞳、眼鏡をかけたシュリーフェン中将は討伐軍参謀長であり、補給や輸送の問題に詳しかった。


 「確かに、ロンバルディアは第一に疑うべきでしょう。この報告はそれを深めるもの。しかし……」

 シュリーフェンは慎重さを示すように言葉を切った。

 「あくまで状況証拠にすぎません。決定的な証拠を掴むまでは即断は禁物かと」


 「なるほど」

 バイエルラインは呟いたが、そこにはやや皮肉めいた響きがこもっていた。


 「それでは物証を示しましょう。先ほど王都シャルロッテンブルクより通信艦が到着しました。3個艦隊相当の戦力を有するロンバルディア軍が越境侵入、国王陛下はこれを撃つべく親しく3個艦隊を率いてエルザス星域方面へ進発されたよし」



 室内の空気が大きく動いた。シュリーフェンは鼻白んだとしても、それを表に出すことはなかった。


 「いかがなさいますか、殿下」

 シュリーフェンの問いにハインツは考えこんだ。それも長い間ではなかった。


 「戻ろう。罠であれば喰い破る必要がある。もし我々の思い過ごしだったとしても、父上の勝利にお力添えすることはできるかもしれない。2人ともご苦労だが、準備を頼む」

 「はっ!」

 2人は見事に声を揃えて同時に立ち上がった。それに気付いて嫌そうな視線を送るバイエルラインの横を、シュリーフェンはそ知らぬ風で退室していった。

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