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だから俺、お前のこと嫌いなんだよ

作者: カラスク

 家に帰って、ただいま、と言わなくなった。ご飯を食べる時、手も合わせず無言で食べるようになった。寝る時にぼそっと「じゃ」と言うだけになった。実家に帰っても、親とほとんど話さず、自室に籠るようになった。

 もう、家族と、親と上手く話せなくなった。私は、家族が嫌いだから。


 中学2年生、2月。まだ分厚いコートが必要な寒い日だった。日曜日で部活もないため、思い切り寝坊し10時ごろに起きた。いつもの朝だ。

 お腹が空いているが、体がいうことを効かず、ストーブの前で体を丸めていた。寒いし眠いしやる気が起きない。そんなとき、なぜか父親と出かけることになっていた。何をしに出掛けたのか、もう覚えていない。ただシャツは、学校の体操服、ズボンは長袖のジャージという恰好だった。冬には似合わない姿だ。そんな軽装で、父親と出かけた。

 父親は、日曜日以外は仕事という大分ブラックな会社に勤めていた。家に帰るのも普段は、深夜12時頃。学校のある私とは生活する時間帯が異なっていた。だから小さい頃、父親といる時間は貴重で、父親がいる日は、父親とよく遊びに出かけた。

 きっとこの日も何か遊びに出かけたのだろう。何の変哲もない日だったと思う。


 「昼ごはん、どこで食べたい?」確か、父はこういった。

「マック!!」

4人乗りの小さな車の中、後部座席から父親の運転する席をのぞき込む。

「じゃ、マックに行こう!」

何かの用事を済ませたら、お昼はマックで食べることになった。マックなんて今じゃ、糖質や脂質を気にして食えやしない。本当に、無邪気だった。


 何かの用事を済ませた後だった。駅の近く、ある時期になると屋台が多く並ぶような場所だった。車の中で父親と話していた。他愛もない会話。少し、会話の内容を覚えている。確か、言葉の勘違い、ケアレスミスみたいな内容の話をしていた。

「こういう言葉ってよく間違えるよね。」

・・・。ダメだ。上手く思い出せない。少なくとも、このような会話があった。

「パッとした時でも正確に答えられることが必要なんだ」

「俺出来るよ!」

「ほんとか?」

少し挑発的な言い方だった。父親は、少し間をおいてから

「じゃあ、6×7は?」

「ろくしち、48!」

私は、他の人よりも頭の回転に自信があったので、即答しようとした。しかし変な緊張感から間違えてしまった。

「ほらー。」

「あ!違う。42!」

私は、とっさに言い直した。しかし

「だから、言ったじゃん」

非常に腹の立つ言い方だった。間違えはしたが、普通に考えれば正確に答えられた。そして自分の本来の力を発揮できなかった。だから私は、ムッとした。

「違うよ!」

「こういうので、ミスる人が入試で落ちるんだよ。」

父親は、たまにウザい言い方で相手をイラつかせる。そのせいで母とも喧嘩になる。そういうところが、昔から私は嫌だった。

 加えて、私はこの時期プライドが高く、素直になれなかった。だから、相手に言いくるめられるのはすごいムカついた。だが、私は、何を言い返したのか、思い出せない。ただお互いに向きになって、イラついていたと思う。そして多分、最終的にこのような会話に行きついた。


「というこ・・・」

私は、父親の話を遮り、大げさに仰け反りながら

「へー知らなかったなー。」

「聞けっt」

「6×7って48だったんだ。へぇ~」

と中学生がやる、低レベルな皮肉を父親に投げかけた。ミラー越しに見える父親の目は、小さくなっている。

「りゅーがこんなに頭が悪かったなんて、お父さんショックだよ」

父親も低レベルな皮肉をもって返した。車が高校、コンビニ、飲食店などが立ち並ぶ大通りに差し掛かった。

「いいから、素直に聞けって」

と続けて父親は、確かこんな感じのこと言っていた気がする。それに私は、返答した。後ろになるについてれ、声は小さく、ぼそっと呟いた。窓の外に見える高校を眺めながら、私は常々思っていたことを言ったのだ。

 この一言は、一言一句覚えている。この一言だけ、ずっと私は、覚えている。その時の感情も。


「誰が、お前なんかの言うこと聞くかよ。お前みたいなクズみたいなやつ」


小さかった炎は、徐々に大きく鳴り、烈火と化したのだ。でも、すぐ消えた。

 言った瞬間に背筋から冷えていくのを感じた。スーッと冷えていく感覚。ぞっとするような、寒気というようなものと近い。背中が徐々に凍っていくようなイメージ。じわりじわりと冷えていく。

「しまった」と思った。耳の悪い父親には、聞き取れなかったかもしれない。でも、この静かな車内の中では、聞き取るのには、十分すぎた。もう遅かったのだ。

「君、今何て言った?」

ミラー越しに見える父親は、血液が表情に浮き出ている。反対に私の身体から血の気が引いていく。

「なんでもねぇよ」

私は、どうしたらこの状況を打開できるか、考えた。

マズい、マズい。

「君、今、こんなクズみたいなやつって言ったよね」

私は、無言のまま考えていた。マズい、マズい、マズい。

「クズから、生まれたならお前は、クズ以下だな。ふっ」

父親から言われた。涙目になっていたと思う。でも、今はそうじゃない。そんなことを考える時じゃない。マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい。

 謝らなければ、そう考えた。謝れば元に戻るって、そう思った。まだ元に戻せるかもって。戻らなかったら、嫌だから。でもたった一言、謝ればまだ大丈夫って。罪悪感と謝罪の気持ちが沸き起こる。元に戻さなきゃって。戻らないかもって。だからここで、自分の誇りを捨てた。気持ちを抑えた。謝るんだって言い聞かせた。壊れる、って予測じゃないから。謝るんだ。謝るんだ。謝るんだ。


「すみませんでしたぁー」


 口から出てきたのは、反省のはの字も見られない、1㎜の謝罪の気持ちも伝わらない謝罪だった。頭を下げるどころか、顎を上げ、目尻は、下がり、顔が前へ伸びていて、語尾を伸ばした。先ほどの発言もあって素直にものを言えぬ私は、相手を小馬鹿にしたような物言いをしてしまったのだ。

 でも、気づいてくれるよね。あなたは。だって私の父親。分かるよね。私が必死で感情を殺して、謝ったんだって。さっき言ったことも、本気じゃないって。理解してくれるよね。精一杯の謝罪の気持ちを込めてたって。思春期で、色々不安定で、プライドも高くて、素直になれない時だってあるけど、それでも。あなたと仲直りしたかったって。

 父親なら、大丈夫だよね。


「そんな気持ちの籠ってない謝罪は、要らない」


私は、父親から目を離し、窓の景色を眺めた。枯れた低木が並ぶ。対向車の走る音がよく聞こえる。車は、ずっと風を切る。あーあ。


 あいつが少し落ち着いたころで、音が聞こえた

「養ってもらってる身で、父親に向かってクズとは何だ」

もうどうでもよかった。

「ああ?お前に養ってもらった記憶なんてねぇよ。一人で生きていけるわ。」

養ってもらってない。だってあんたは、俺の父親じゃないんだから。一人でも生きていくよ。

「俺が居なかったら、一週間も生きてられないくせに」

「そんときは、死んでやるよ」

もう、どうでもいいんだ。どうだっていいんだ。

「死ぬな」

あいつの方をみた。でも、直ぐにもとに戻った。もう、おせぇよ。

 車の中で、地面とタイヤのこする音が響く。

 今思えば、あいつも同じだったのだろうか。私と同じで、仲直りしたかったのだろうか。つい、素直になれなくて、言い過ぎたのだろうか。いいや。違う。あいつは、そんな奴じゃない。そのときの感情に身を任せ、後で何もなかったかのように振舞う。そして自分の罪を認めようとしない。

車が橋の近くの交差点で止まる。ふと口を開いた。

「一人で生きていけるなら、マックなんかによらなくてもいいよな?」

最初、何のことかわからなかった。でも直ぐに思い出し、空腹感を必死に抑えて言った。

「うるせぇよ。いらねぇよ」

俺は、ここから涙を見せぬように必死に上を向いたり、意識をそらすために窓から景色を見ていた。時折、箱の中から空をのぞき込むようにして。


車が家に着いた。

「降りろ」

そんなことを言われたような、言われてないような気がする。

俺は、家に入った。掃除機の音が聞こえる。母が2階で掃除している。手を洗い、リビングの地面に寝そべる。しかし、することもないので母親のスマホを取り、ゲームを始めた。あいつと向き合わないように。

あいつも同じ部屋にいる。携帯か何かを読んでいたのか、何をしているのかまでは分からない。

俺は、目から溢れる感情を必死に抑え、ゲームに集中しようとした。そして気をそらすために、わざと独り言をつぶやいていた。「くそー」、とか「ミスった」とかだ。肝心のゲームの内容は、ちっとも覚えていない。独り言をブツブツ呟いていた。すると、

「お前、独りでしゃべって気持ちわりぃから二階行けよ」

あいつは、そういった。きっと後ろからこちらを見ていたのだろう。

「ふざけんな。おめぇが行けよ」

死ねよ、カス。

「ここは、俺の家だ。お前が2階に行け」

「うるせぇよ」

確かに、よく考えてみれば、ここは、俺の家じゃなかった。あいつの買った家だ。あいつの所有物だ。全て。あいつの金で生まれたものだ。ああ。ここに俺の家も俺の物も、そんなものなんてない。そうだったんだ。

俺は、そこからもゲームを続けていた。中身は、まるで覚えていない。ただ、少し黙ってゲームをしていた。

5分ほど、経ったのだろうか。またあいつは、汚い口を開いた。

「だから、上行けって」

「いやだ」

「上行けって。」

「え、待って。こいつ、つよ!」

ゲームの画面に映っているのは、公式から配布されるキャラだ。俺は、ごまかした。

「独り言うるせぇから上行けって」

「うるせぇ、タバコ吸って寿命縮めてろ」

「でも、君さー」

時を刻む速さが、変った。ひどく、じっくりと感じた。地面に顔を付けている感覚も、スマホを持っている感覚もない。

「全部お前が悪い。」

ブツブツと何かを唱えた。

「一人で生きてくんだよね?」

「何もかも全部お前が悪い。」

身体の中心からふつふつとわいてくるのを感じる。目からは、気持ちが溢れそうだ。

「食べ物ないよ?」

「この世の悪いこと全部」

ぼやけた視界が、急に綺麗になってきた。スーッと目が乾燥してくる感覚。

「あ、じゃ。先に死ぬのお前じゃーん。」

「お前のせいだ。」

もう。悲しくない。

「ざまぁーみろー」

「じゃあ。俺が殺してやるよっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

二階から聞こえてきた掃除機の音が消えた。このとき、俺が最初に思ったことは、「俺、こんなでけぇ声出るんだ」だ。声を出すとき、腹から出すとはよく言うが、声を出した時、腹というか、腹の奥底から声が出ていた。「ああ、そうか。腹から声を出すってこういう感覚なんだ。」なんて、冷静に考えていた。

表に出ている感情は、烈火のごとく、激しく揺らめいているのに体の中、頭の中は夏の晴天のように澄み切っており、雲一つない思考だった。

俺は、あいつの方に振り向くのと同時にあいつは、俺に襲い掛かった。

俺は、自己防衛のために手を抑えた。

「力で俺に敵うと思ってんのかよっ!!」

「っ!」

正直に言おう。今の私の体格と筋力だったら、多分。もしかしたら。もしかしたらだが。殺していたかもしれない。この文を書きながら、殺意を感じているから。


俺は、中学から剣道をはじめ、かなりの筋力をつけた。同級生の中でもかなりの筋肉量だった。だから力では、負けない自信があった。

でもこの時の、あいつは身長が俺より10㎝以上高く、抑え込まれた。左腕を俺の首に回し、締め付けていた。そして余った右手で頭を叩く。多分、お仕置きだ、とか、このやろ、親に向かって、とか言っていたのではないかと思う。このとき、母が1階に降りてきて、二人ともやめなさいと言っていた気がする。

俺は、あいつの身体から逃れようと必死だった。しかし体のバランスが悪く、手で引きはがそうとするも力が入らない。抜け出せなかった。ただ驚いたのは、叩かれているはずの頭が微塵も痛くなかったことだ。痛覚が鈍っていたのか、全く痛みを感じない。

俺は、何とか態勢を整えようと体を動かす。足が上手く動くことに気付いた。俺は、足を踏みしめ、整える。そして勢いを付けて、あいつのけつに膝蹴りをした。

マリオがマグマに浸かった時のように、けつを抑えて、前に数歩よろける。大して、力を加えた記憶はない。俺は、自由になった身体で、キッチン方へ向かった。キッチンに向かった理由は、包丁があるからだ。

そしてあいつは、直ぐにこちらに振り返る。いつもなら、みんなで食卓を囲んでいた大きなテーブル越しに対峙する。母親は、あいつの方にいる。俺は、自分の後ろにあるものを使えば絶対に勝てると思った。

「こっちに来い」

両手を大きく広げ、テーブルの角を持っていた。こちらをじっと見つめ、普段よりずいぶんと小さな目で睨む。一方で俺は、なぜかテーブルに置いてある、お茶の入れ物の蓋が開いていることに気を取られていた。何を思ったのか、その蓋をちゃんと閉めながら言い返した。なぜか気になったのだ。後ろにおいてある物の存在は、もう霧散している。


「いやだね、カス」

俺は、悪態をついたことは覚えている。しかし具体的に何を言ったのだろうか。

「父親に向かってその態度は、何だ」

あいつは、そう言っていた。私は、父親だと。

「お前なんて、俺の父親じゃない」

私は、そう言い放つとキッチンから廊下へ渡る。自動でつく明かりの音も聞こえず、数mの距離を全力で駆けだした。そして、玄関にある靴を片手で持ち、扉を開け、必死で走った。後ろで「ダメだ。あいつ」という声が聞こえた。


まだまだ続く。序章とは言わないが、これだけじゃない。

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