番外編2
「嫌いです」
念を押すようにオスカーが繰り返す。
今までは見えもしなかった敵意を丸出しにし、全身でオスカーがリカルドをまだ許しても認めてもいないことを伝えてくる。
「まぁ、思ったより殿下が面白い人だったので、これからどう評価が変わるかは分かりませんけどね〜。クリス様との仲を改善するのにも協力はします」
かと思えばすぐに普段の調子に戻る。
リカルドはまだこのオスカーという男の本質を掴めていない。
「………お前、クリスティーナが好きなんじゃないのか」
「好きですけど、likeなだけでloveではないですよ。僕はクリスティーナ様に拾ってもらって、教養をつけてもらって、今の子爵家の養子にしてもらったんで、その恩を返すために色々やってるんです。なので安心して下さい、殿下のライバルにはなりませんから!」
「べ、別にそんなことを心配してたわけではないからなっ?」
「はいはい〜」
にやにやと笑うオスカーは絶対に勘違いをしている。それも、リカルドにとって嬉しくない方向に。
「あ、ほら殿下、花屋見えてきましたよ」
話題を変えられたため、誤解を解くのを諦める。
オスカーが花屋の前で足を止め、中に入る前に店頭の花を見て感嘆した。
「結構、種類ありますね」
「花屋だからな」
「他人事のように呟いてますけど、この中からどの花を贈るかを選ぶのは殿下ですよ」
(…………あ)
花を贈ると決めた時点で、選び終わった気になってしまっていた。
「…………分かっている」
「絶対忘れてましたね?」
「そんな訳ないだろう。そんな間抜けなことを俺がするように見えるとでも?」
「見えます」
オスカーに断言されたが、失礼だと怒る気にはならなかった。
無言で扉を開ける。
「いらっしゃいませー」
本屋の時とは違い、迷いない足取りで歩いているからか、店員に声はかけられなかった。オスカーに不思議そうに尋ねられる。
「殿下、何を買うか決まってるんですか?」
「まぁな」
(赤い薔薇を買うか………)
クリスティーナは王宮の庭を『いつ見ても素晴らしい』と評していた。赤い薔薇が好きなのだろう。
その時、ある花が視界に入った。
それは可愛らしい小ぶりなピンク色の花で、どちらかと言うと大人っぽく綺麗だと賞賛されるクリスティーナのイメージにはあまり当てはまらない花。
けれどリカルドはその花をじっと見つめた。
(これは─────)
「すまない、この花を花束にしてもらえないか」
「あ、はい、分かりました!少々お待ち下さい!」
近くにいた店員に頼む。
それから振り返ってみるとオスカーが驚愕の表情を浮かべていることに気付いた。
「な、何だ?どうした?」
「…………殿下、何故その花を?」
表情や少し硬い口調の理由が気になったが、先にオスカーの質問に答える。
「まだクリスティーナと俺の仲が良かった頃………だから七年くらい前か。王妃の母上とクリスティーナの母である公爵夫人がある貴族のお茶会に招待されて俺たちも連れて行かれたんだが、どうも暇だったからクリスティーナと二人でその家の庭を散策していたんだ。そこであの花を見つけて、クリスティーナが『可愛い』と言っていたからその花を摘んでクリスティーナの髪に飾ったことを思い出した」
饒舌に語った後、ふと不安になった。
「あの花は駄目だったか?」
「いえ、そんなことは」
「駄目ならやはり最初考えた赤い薔薇に変更して…………」
「あの花にして下さい。赤い薔薇なら王宮の庭でも咲いてるじゃないですか!ここで買う意味ないですよ!」
そうこうするうちに店員が出来上がった花束を持ってくる。オスカーが受け取って、その日の外出は終わった。
「殿下、花束ちゃんと贈りました?」
「今朝持って行かせた」
翌日、顔を合わせるなりオスカーにそう言われ、忘れるわけがないという意味を込めて返す。
「ちゃんとメッセージカードつけました?」
「は?」
「え、殿下、花だけ贈ったんですか?」
オスカーの言葉に頷く。するとオスカーは、あ〜と呟いてからまぁいっかと一人で納得し出した。
「おい一人で何を納得してるんだ」
「いえ、花ならカードがなくてもいいかと思いましてね。花には花言葉がありますから」
「花言葉………」
リカルドを見てオスカーがニヤッと笑った。
何だか嫌な予感がする。
「ちなみに、殿下が贈った花の花言葉は、『忘れられない初恋』ですよ」