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「お前との婚約を破棄する!」
ある場所で行われたパーティーで、一人の男が傍らに立つ少女を庇うように抱きながら言い放った。
その少女は、男爵令嬢アリアーネ。
クリスティーナはそんな婚約破棄の瞬間を第三者として眺めていた。
「あれがアリアーネ嬢………初めて顔を見たけど、確かに可愛らしいわね」
独り言のように呟くと、隣にいる青年が肩を震わせた。
「お、おい、今更蒸し返すなよ? 別に俺はアリアーネに本気だったわけじゃないからな? 今も何とも思ってないからな?」
「蒸し返してません。ただの感想ですよ。あと貴方が彼女にキスすらしていなかったことは知ってるので現在も疑ってません」
「くそ、それまたあいつからの情報だろ………」
「逆にそんなに慌てていた方が怪しく見えますよ、殿下」
クリスティーナはくすっと微笑んでリカルドを見た。
一年前まで、クリスティーナの婚約者のリカルドもアリアーネに夢中だった。それが何があったのか知らないが、急に彼女から離れ、クリスティーナとぎこちなくも関わるようになった。
今ではすっかり仲良くなっている。
現在でもアリアーネに夢中なのは、今婚約者に婚約破棄をつきつけたある公爵家の子息だ。
が、父親の公爵が出てきて息子の首根っこを掴み、パーティーの参加客に謝罪をしてから、引きずっていった。婚約者の令嬢とその父親もそれについて行き、アリアーネは公爵家の騎士に連れられてその後ろを引っ張ってかれている。
「良かったですね、殿下。殿下も一歩間違えていたらあんな風になってましたよ」
後ろから聞こえた揶揄う口調の男の声に、リカルドは眉間に皺を寄せて振り返る。
「………うるさいぞ、オスカー」
「失礼しました」
茶髪の美青年が慇懃無礼に頭を下げる。忌々しそうにリカルドがそれを見ているが、オスカーのその態度はリカルドが許してくれることを見越してのものなので出会った時から崩れない。
「でもホントに、殿下がクリス様と今の関係になれたのは僕のおかげでもあると思うんですけどね」
「…………それについては感謝しているが」
クリスティーナとの仲を修復するために彼女の好きなものを贈ったりしたいと思ったが、何せリカルドはクリスティーナと長年冷戦状態だったため、情報が全くない。
そんな時、偶然オスカーを王宮で見かけた。
あの時クリスティーナと会っていた情報通の怪しい男に頼むのは少し不安だったが、面白そうという理由でオスカーは情報提供を引き受けてくれた。
『………お前、クリスティーナが好きなんじゃないのか』
『好きですけど、likeなだけでloveではないですよ。僕はクリスティーナ様に拾ってもらって、教養をつけてもらって、今の子爵家の養子にしてもらったんで、その恩を返すために色々やってるんです。なので安心して下さい、殿下のライバルにはなりませんから!』
『べ、別にそんなことを心配してたわけではないからなっ?』
『はいはい〜』
クリスティーナには言えないような会話をしていたこともあるので、今ではクリスティーナよりもリカルドの方がオスカーと仲が良い。
「クリス様、リカルド殿下はクリス様を溺愛されてますから何も心配はいりませんよ」
「お、おいっ!」
「知ってるわ。それに私ももうリカルド様によそ見させる気はないから。…………ずっと抱いていた想いがやっと実ったのだから」
幻滅は、した。婚約破棄も言われれば受け入れただろう。
それでもどうしても、初めて会った時から胸に灯る想いは捨てられなかった。
柔らかく微笑んだクリスティーナに我慢できなくなったリカルドは子息の婚約破棄で騒がしいパーティー会場の隅で、クリスティーナの唇に自分のものを重ねた。