4
クリスティーナとは七年間、婚約者として互いを見てきた。
まだ彼女に嫉妬心や劣等感を抱いていなかった頃。
教師からテストが出される度に点数を競ったし、分からなかったところは教えて貰ったりした。
点数は一回も勝てた覚えがないが、『次こそは勝つ!』と毎回リカルドは言っていた。
それに対してクリスティーナは、自分の点数を謙遜するわけでもなく『私もリカルド様には負けません』と言い放ち、いつも正々堂々勝負をしてくれた。
「七年間婚約していても全然分かってくれない人もいますよ。逆に出会って間もなくても分かってくれる人もいます」
「ふふ、それが自分だと言いたいのかしら?」
「そうです」
そこで一旦会話を切り、茶髪の男がクリスティーナの顔を覗き込んだ。その行動に何故か心臓が冷えたような感覚がした。
「もし殿下から婚約破棄と言われたら、従うのですか?」
「ええ、そのつもりよ。陛下からも了承は頂いているから問題はないわ」
「では、その後、僕との婚約を受けてくれませんか?」
男がクリスティーナの手を取り、唇を落とした。
苦笑しながら彼女は自分の手を引き抜く。
「考えておくわ」
「ありがとうございます」
そこまでを見て、リカルドはふらふらとその場を去る。
(頭がパンクしそうだ…………)
仲が悪くなってからもパーティーや夜会があれば、クリスティーナをエスコートし、彼女の傍に立ち、彼女とダンスを踊った。
他の令嬢とダンスをすることがあっても、踊り終わった後、戻る場所は彼女のところだった。
彼女がいるところが、自分のいるべき場所だと思っていた。
けれどそう思っていたのは自分だけで、クリスティーナにとっては違った。
いつからだろう、顔を合わせてもちゃんと会話をしなくなったのは。
彼女が、『リカルド様』とリカルドの名前を笑顔で呼んでくれなくなったのは。
(………俺が、クリスティーナに嫌味と言いがかりをつけるようになってからか)
『女のくせに』『ズルをしたのだろう』『生意気だ』
そんな言葉を投げつけるごとにクリスティーナがリカルドに反論することは少なくなっていった。勿論、そんなことはないと分かっていながらの発言だったが、昔のリカルドは優越感を覚えていた。彼女に、自分の方が上だと思わせることができた、と。
(今考えれば、とんだ笑い草だな………)
彼女が反論しなくなったのは、リカルドに呆れ、失望したからだろう。
想いが通じ合っていると思っていたアリアーネは自分の権力目当てで。
他の男にも同じようなことをやっていて。
自分がそんな女にうつつを抜かしていたことをクリスティーナは知っていて。
婚約破棄も全然躊躇わない。次の婚約には乗り気。
色々あった中で、一番リカルドの頭を占拠している思いは。
(クリスティーナが、隣からいなくなる…………)