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「殿下はそれに対して何て?」
「『分かった、クリスティーナを問い質そう。認めなければ牢に入れることも厭わない。アリアーネのことは俺が守る』だそうですよ。だからそろそろ貴女に突撃するかも、と言ったわけですが」
アリアーネに伝えた言葉はまだ記憶に新しい。
男の返事は、一文字も間違っていなかった。
「………つまり、アリアーネの言うことを信じ、私を悪だと信じて疑ってないということね」
(疑うも何も、事実その通りなのだろうが)
呆れて出たため息が誰かのと重なった。見れば、クリスティーナが頬に手をあて、嘆息している。
「やっぱり馬鹿だったのね」
心の底から憐れむようなクリスティーナの声に、リカルドは思わず叫びそうになった。
(馬鹿、だとっ?)
クリスティーナほどではないにしても、天才だと言われたことのある自分が馬鹿なわけが無い。
勉学を疎かにしている訳でもない。
何より、『馬鹿』とクリスティーナに言われることが激しく憤りを感じた。
リカルドを取られそうだという嫉妬で、アリアーネを虐めているクリスティーナに言われることが。
「そんなの、最初から分かってたでしょう」
「ここまでとは思わなかったの」
面識のない見知らぬ男にすら馬鹿だと断言され、怒りが頭を支配する。
(もう我慢できん!)
今すぐに不敬罪で諸共ひっ捕らえてやる、と息巻いたが、クリスティーナが放った次の言葉に固まった。
「アリアーネが、殿下を愛しているわけがないと分からないのかしら」
(…………は?)
「分からないんでしょうね。恋は盲目、と言いますから」
「的を射た言葉ね」
呆然とするリカルドをよそに、二人の会話は進む。
「アリアーネが恋しているのは殿下の『第二王子』という権力だけだもの。そのために私を貶めて、婚約者の地位から引きずり下ろして、そして自分がそこに収まろうとしてる」
「同じことを公爵子息や侯爵子息にもやってますからね。彼女が相手に求めているのが身分というのは調べればすぐに分かるはずなんですが。あ、あと顔か」
「そんな常識のない女に恋をしてるのね、私の婚約者は」
「あんな女が将来、殿下と結婚して王族になると考えるとゾッとしますね。あんなのに骨抜きにされた王子が将来国王陛下の右腕となって国を支えるということができるのかとも思いますが」
「そうね………」
「止めなかったんですか?」
「嫌いな私に言われたら、逆に対抗心が出てきてもっとのめり込んでしまうと思ったの」
(は…………)
「虐めのことだって少し調べれば分かることなのに、それすらもしませんでしたし。いくら惚れてるからと言って鵜呑みにしすぎですね」
素直で純粋そうなアリアーネが嘘をつくとは考えてもみなかった。メリットなんてないだろうと無意識にその考えを消去していた。
だがリカルドがここにいることを知らないクリスティーナと男が嘘をつく理由はない。
「でも七年間も一緒にいるのだから少しは疑ってほしかったわ。正々堂々を好む私が嫉妬なんかで殿下が恋する人にそんな嫌がらせなんてするはずないって。嫌われているのは分かってたけど、この七年間なんだったのかしら」