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「ええ、ですが貴女の美しさには及びませんけどね」
歯の浮くようなセリフに唖然とした後、よくよく見てみればクリスティーナの向かい側に茶髪の美青年が座っていた。年齢はリカルドやクリスティーナとそう変わらないだろう。
「はいはい」
クリスティーナは慣れたように返事をしてカップを持ち上げている。
青年もくすりと笑ってお茶を一口飲んだ。
二人の間に流れる穏やかな空気や、お互いのことをよく分かっている感じが何となく気に食わない。
それに険悪とはいえ、クリスティーナは王子であるリカルドの婚約者だ。そんな彼女に言い寄る男に不敬だと言ってやろうかと考えていると、カップを置いたクリスティーナが静かな声で尋ねた。
「で、どういう状態かしら?」
「特段変わったことはありません。ですがそろそろ貴女の元に突撃なさるかもしれませんね」
「あらあら」
二人の会話が事務連絡のようになった。
(何の話だ………?)
自分が知らない話を目の前でされるのも気に障る。二人はリカルドに気付いていないため、仕方ないのだが。
「ちなみに何を言いにいらっしゃると思う? 好きな人がいるという報告? その人を私が虐めているという戯言を叫びに? それとも………婚約破棄?」
くすくすと笑いながらクリスティーナが言った言葉をしばらく時間を使って頭で噛み砕いてから目を見開く。
(そ、れは………)
クリスティーナに婚約破棄を言い渡す人間、それはリカルド以外にいるはずがない。
「もしかすると、全部かもしれませんね」
「あぁ、そうかもしれないわね。なんていったかしら、殿下がご執心のご令嬢。あー、アリアリネ?」
「アリアーネ、ですよ」
アリアーネ、とはリカルドが今大切に想っている少女の名前だった。
リカルドよりも色素が薄い金髪の一つ年下の男爵令嬢。そんなアリアーネとは半年程前に偶然、町で出会った。
何もないところで躓き、リカルドの目の前で思いっきりこけた彼女に手を貸したのがきっかけだ。
クリスティーナとは正反対の、明るく優しく可愛らしい笑顔でリカルドを癒してくれるところを気に入って、それから何度も一緒に出かけていたのだが。
(俺がいない時間を見計らってクリスティーナが好きな人と会っているというわけではなく、俺の話をするために集まったのか………?)
「婚約破棄…………頼まれればしてあげるけれど、やってもない罪を被せられるのは癪よね」
「アリアーネは殿下に『クリスティーナ様にドレスを破かれたり、頬を叩かれたり、階段から落とされそうになったりしたんです……』と仰ってますよ。ご丁寧に涙まで浮かべながら、ね」
男の言う通り、アリアーネからはそう言われた。
婚約者を取られそうになっているクリスティーナが嫉妬で自分に危害を加えている、と。
そして、そのことを詰問することこそが、リカルドがクリスティーナに会いに来た理由だった。