1
「やっぱり馬鹿だったのね」
赤い薔薇が見事に咲き誇る王宮の庭にて。
銀髪の美しい女の唇からため息とともに吐き出された言葉を聞いたリカルドは、なっ、と叫びそうになったのを慌てて堪えた。
リカルドは、ライーダ王国の第二王子として生まれた。
金髪碧眼で美形の両親を持つリカルドの容姿ももれなく端正で、物語に出てくる王子のようだと言われたことも少なくはない。
しかも小さい頃から文武両道で、教師からは何度も天才だと言われた。
両親も第一王子である兄も優しく接してくれたし、順風満帆な人生を送っていた。
─────あの日までは。
そろそろ婚約者を決めようと父に言われ、クリスティーナ・ノーチェ公爵令嬢と初めて会わされたのは十歳の時。
宰相であるノーチェ公爵に連れられた同い年の少女は、母親譲りの輝く銀髪と父親譲りの知性を感じさせる青い瞳を持つ美少女だった。
『クリスティーナ・ノーチェです』
名乗る声も可愛らしく、優しそうに微笑む彼女となら上手くやっていけると思っていたのだが。
結果として、リカルドとクリスティーナの仲はこの上なく悪くなった。
クリスティーナは、もの凄く優秀だったのだ。
勉学でも武術でも、軽々とやってのけた。クリスティーナにかかればリカルドなど取るに足りないものだっただろう。
仕入れた真新しい知識を披露してみれば、何倍にもなって返ってくる。
リカルドが間違えれば、諌めてくる。正しいことを教えようとする。
勿論、将来の王族が優秀なのはいいことだ。
ただ、リカルドのプライドが、ぽっと出のクリスティーナに何もかもを越されることを許さなかっただけだ。
リカルドがクリスティーナより上なのは、身分だけ。
しかしその身分ですらクリスティーナはほぼ同等になる。他ならぬ自分との結婚によって。
どれだけ尊大に振る舞っても、クリスティーナが反論せず自分の言うことを聞くようになっても、劣等感は消え去らなかった。
今まで、自分が中心だった世界が崩れ去った。
その崩壊をもたらしたクリスティーナに歩み寄ろうとはどうしても思えなかった。
そうして七年が経った。
町から帰ってきたリカルドは、メイドから庭でクリスティーナがお茶をしていると聞き、そこへ向かった。普段なら顔を合わせるのも億劫なため避けていただろうが、丁度クリスティーナに話したいことがある。
庭には王家の紋章でもある赤い薔薇が咲き誇っていた。
クリスティーナはどこにいるだろうと、乱雑に足を動かす。
「本当にいつ見てもこの庭は素晴らしいわね……」
小さい頃から聞き飽きた声が聞こえた。
(あっちか……?)
声がした方を探し、ようやくクリスティーナの銀髪を視界に捉えた時。
「ええ、ですが貴女の美しさには及びませんけどね」
甘い口調の男の声がした。