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「さて……と話を聞こうかの」


杏子に自分たちの食糧をわけると、李姫たちは杏子と向かい合った。

夜が深まっているが、辺りはぼんやりと明るい。火事の影響だ。

先ほどは興味ないと言い放った李姫も大人しく座っている。

杏子はがつがつとご飯をお腹にいれると、落ち着いたのか、手を止めた。

「うん。あたしはあっちの山にある村から来たの」

「あっちとは、やはり火事の方向から来たんじゃな」

「うん」

おずおずと白虎に答える杏子。まだ虎に慣れないのか落ち着きが無い。

「あの火事が起きたのは7日前位なの」

「7日?随分長いな」

「火が消えないんだもん」

「燃えるものがあるから燃え続けておるんじゃろ。木を伐ったりしながら、範囲を狭めるしかないの。灰になった場所では燃えることはないからの」

「違う!」

拳を握りしめ、強く否定する杏子に白虎は僅かに動揺する。

「ち、違うとは?」

「あの火は違うの」

杏子は思い詰めた顔で訴える。

「あの火はその場所の草なんかが燃えて灰になっても、ずっと同じ場所で燃えてるの」

「はぁ?そんなことがあるのか?」

「だって実際そうなんだもん!あの火はあたし達の村の周りをずっと取り囲んでるの。村はまだ燃えてないけど、私達村の人間が外に出ることが出来ないの」

「あらあら。大変ね」

必死に訴える杏子だが、李姫は素っ気ない。

「でもいつか村を焼いてしまう。私は火が弱い間になんとか皆が助けてくれたけど、まだ他の人は火の中に」

そう言うと杏子は大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。

「村を助けるのを手伝って!」

「そうじゃのう……」

白虎はそう言うとちらりと李姫を見る。李姫に特に変化は無い。

白虎は李姫のことを未だ計りかねていた。自分を助けてくれた優しさを垣間見えたかと思えば、大抵のことは興味が無いと切り捨てる。そして、あの不思議な果実。この少女は一体何者なのか?

「何故我々なんじゃ?二人でどうにかできるものでもあるまい」

「だって神様とモノノケでしょ?火事位なんとか出来るかもって」

「ワシはモノノケじゃない。聖獣じゃ。……うん?神様?」

「そのお姉さん」

杏子は李姫を指差す。

「はっはっは。神様か。そりゃ良い。確かにそうかもな」

白虎は大きな口を開き、楽しそうに尻尾を振る。

「ち、違うの?そんなに綺麗なのに」

「そりゃそうじゃ。李姫よ。お主何者なんじゃ」

「只の人間よ。さて、助けると言っても私達に何か出来るかしらね?」

驚く杏子と茶化す白虎。それを華麗にいなす李姫。

白虎はそんな李姫に不満を持ちながら尻尾を落ち着ける。

必死に訴える少女に少しくらいは助け船を出してやるか。白虎は思う。

「それなんじゃが恐らく火事には聖獣が関わっておると思う」

「あらあら。何故分かるのかしら?」

「杏子娘の言うことを信じるならば、あの火事は普通の現象ではない。そして、あの山の近くに聖獣の気配がする。そうなると十中八九、あの火事には鳥の聖獣が関わっとるじゃろう」

「鳥?」

「そうじゃ。そして鳥ならばお主の探しておる奴の可能性は高いと思うぞ。同種の聖獣はなかなかおらんからな」

「何故鳥なのかしら?」

「鳥の聖獣はな本来は雉じゃあない。見たこどがなく、外見が似ておる雉と言ってしまうのもしょうがないがの。本来は朱雀、不死鳥、火の鳥と呼ばれ、炎を司る鳥なんじゃ」

「炎を司る……」

「そうじゃ。何かの理由で、その村は鳥の聖獣の標的になっておるんじゃろうな」

「そう……」

李姫は思案する。ただ、手を顎に当てているだけなのに、その姿は芸術作品のようである。

杏子はその姿に感嘆の声を漏らす。

すると李姫は意を決したように立ち上がる。

「行ってみようかしら」



「こいつは凄いのぅ」

到着した李姫達の前に立ち塞がるのは空まで続く炎の壁。

周辺は真夜中だというのが信じられない程明るい。

炎の壁は近くから見ると上の方は見えない。

ただ、煙はそれほど出ておらず、暑さもそれほどではない。確かに普通の山火事とは様相が異なる。

「あたしが助けて貰ったときはこんなに凄くなかったのに……」

杏子は呆然と炎の壁を見つめる。

「鳥はどこかしらね?」

「何か目的があるなら、この炎の内側じゃろうな。しかし、熱いわい」

「あらあら。この程度の暑さが不思議なくらいだわ。聖獣ともあろう者が情けないわね」

「しょうがないじゃろ。こっちは毛で覆われとるんじゃから」

「ちょっとモノノケ、炎よりモノノケの方が暑苦しいから離れて」

「お主、いい加減にせぇよ」

李姫は燃え盛る炎と一定の距離感を保ちながら、炎の壁に沿って歩く。

「どこまで続いているのかしら?」

「ちょっと見てくるか」

白虎はそう言って、後ろ足に力を込める。

そして、ものすごい速さで駆けていった。


「あらあら」

李姫と杏子はその姿を見送る。

杏子は李姫に何か話かけたかったが、何を言ったらいいのか分からず、言葉につまる。しかし、意を決して口を開く。

「あ、あの!」

「戻ったぞ」

杏子が決心したと同時に白虎が逆方向から戻ってきた。

杏子は白虎を睨み、頬を膨らます。

「なんじゃ?」

「知らない!」

「可笑しな娘じゃ」

訳がわからない白虎は首を捻る。

「それで、どうだったの?」

「そうじゃな。やはり、村ひとつ位が入る広さをぐるりと炎が囲っておるの。これは入るのは容易じゃないじゃろな」

「そう。鳥はいたかしら?」

「鳥も姿は無い。やはり、炎壁の内側におるの」

「そう。それは厄介ね。貴方、炎は飛び越えられないかしら?」

「流石にこの高さは無理じゃな。ワシだけならいけるが、お主らを連れては厳しいの」

白虎は聖獣だけあって、強靭な脚力があるが、李姫や杏子は空中で振り落とされてしまうだろう。

「それなら紐で結べばどうかしら?着物の帯があるでしょ」

「いや、結んでしまうと、恐らくお主らでは着地の衝撃に耐えられん。諸に衝撃が身体を貫く。死ぬ可能性が高いじゃろう」

「あらあら。死ぬことはできないわ。困ったわね」

うーんと唸る二人。そこに先ほどまで、不貞腐れていた杏子が割ってはいる。

「着地がなんとかなれば、村まで行けるの?」

「ああ。そこさえなんとかなれば大丈夫なんじゃが」

「わかった。それはあたしに任せて!」

「何?どうするんじゃ?」

「うるさいなー。任せてって言ってるでしょ。モノノケ」

「お主、かっ切るぞ」

「あらあら。どうするのかしら?」

「うん!あのね!」

「こやつは……」

白虎が呆れていると、杏子は懐をごそごそと探る。

「これに口寄せるの!」

杏子は懐から取り出した物を、李姫と白虎に見せる。

それは、勾玉だった。


「口寄せ?お主巫女か?」

「そうだよ。この非常事態じゃなかったら、モノノケなんて滅してやるんだから!」

「ワシは聖獣じゃ!」

「口寄せって霊を降ろすっていうやつかしら?」

「そう!生き霊も死んでる霊も、なんなら神様だって降ろせるの!」

胸をはる杏子であるが、そんな杏子に李姫と白虎は白けた目線をむける。

自分に向けられている視線が想像していたものと異なることに気がついた杏子は李姫と白虎を交互に見る。

「な、なに?」

「やはりまだまだ幼子じゃな」

「何がよ!」

白虎は分かりやすくため息をついて、杏子を馬鹿にする。

そんな白虎に李姫は尋ねる。

「ねぇアナタ。口寄せなんて本当にできるのかしら?」

「ワシは本物には出会ったことはないの。ほぼほぼ如何様じゃな。それか頭がおかしいか」

「そう」

「出来るよ!ちゃんと霊呼べるんだから!」

杏子は慌てて否定をするが、白虎は態度を崩さない。

「信じられんわ。それに霊を呼んだからって、着地に備えられるとは思えんが……」

「ふっふっふ。いいからモノノケはちょっとそこら辺で見てなさい。神様も見ててね」

「あらあら。いいわ。物は試しだし、見てみましょう」

そう李姫が言うので、しぶしぶ白虎も承諾し、杏子から距離を取る。

杏子は勾玉を右手の掌にのせると、左手の人差し指と中指を立てる。

「この世に生きとし聖霊よ。契約者の声に答えたまえ。シャモア!」

杏子がそう唱えると、勾玉から急に光が発せられる。

そして、なにから柔らかそうな形をした物体が勾玉を包み込んでいく。

「おお!」

白虎が驚きの声をあげる。李姫には変化はないが、じっとその様子を見つめる。

そして、金色の強い光が辺りを包み込んだ。

皆が強烈な光に目を瞑る。

もう一度瞼を持ち上げると、そこには巨大な金色の綿があった。


「綿?」

「綿じゃな」

李姫が不思議そうに首を傾げ、虎が確認する。

「綿だけど、綿じゃないわよ!」

「その声は杏子巫女かめー?」

杏子の否定の声を、別のハスキーな間延びした声が遮る。

「うん?なんの声じゃ」

周りを見渡すが、声の主は見られない。

ということは……

「この綿、生きてるのか?」

「あらあら」

見つめていると、綿が動きだす。

ゆっくりだが、くるくると回り、顔がこちらを向いた。

「めー」

口をクチャクチャと動かしながら、つぶらな瞳がこちらを向く。

「あれ?杏子巫女じゃないめー」

そのつぶらな瞳に珍しく惹かれた李姫は柔らかそうな金色の毛に触れ、首を傾げた。

「貴方はどなた?」

「俺?俺はシャモア。羊だめー」

「羊?私の知ってる羊より何倍も大きいわね」

通常なら胸くらいのはずの羊だが、シャモアは李姫より遥かに大きい。

すると、白虎が驚いて言う。

「まさか、お主聖獣か?」

「そうだめー」

「えー!」

シャモアの肯定に反応を示したのは何故か杏子だった。

勾玉を手から滑らし、口をあんぐりと開いている。

「シャ、シャモア聖霊じゃなかったの?」

「聖霊っていうか、正確には聖獣めー」

「何で言ってくれなかったの?」

「呼び方に大差なんてないから、直すのが面倒だっためー」

シャモアは飄々と受け流す。

杏子はもっと小さい頃から知っているが、いつも自由というか、掴み所がない。

「それで今日は何で呼んだめー。またいつものお昼寝に付き添うかめー。それとも夜の厠の護衛かめー」

「わー。シャモア、それ言っちゃ駄目!」

「お主、聖獣をそんなことに使っておったのか」

「うー、いいじゃない!シャモアは柔らかくて気持ちいいんだもん!夜は念のためだもん!怖いんじゃないからね!」

「あらあら。良いじゃない。素敵な理由だわ」

「神様……」

杏子は涙目で李姫を見つめる。

「それで?その羊でどうするんじゃ?」

「見てわからないの?シャモアは凄く柔らかいの」

「そうじゃな」

「だからー、モノノケにシャモアごと私達も連れて跳んでもらって、着地の衝撃はシャモアに吸収してもらおうって作戦よ!」

「おーおー、乱暴な作戦じゃな。じゃそうだが、羊さんはできるかな?」

白虎が尋ねると、シャモアは顔を捻りながらゆっくりと答えた。

「あの炎の壁をあなたに連れられて跳んで、着地の衝撃を和らげたらいいのかめー?」

「簡単に言うとそうじゃな」

「出来なくはないめー」

「そうでしょ!流石シャモア!」

杏子は手を叩いて喜ぶ。

「でもそれなら杏子巫女とそちらの別嬪さんを乗せて俺が空を飛んだらいいめー」

「シャモア空飛べたの!?」

先程の喜びが嘘のように、大きな口を開けてシャモアを見つめる。

「……何でお主がそんなに驚いとるんじゃ」

「だってそんなこと聞いたことなかったから。何で教えてくれなかったの?」

「聞かれなかったから言わなかっためー」

「何でよ!」

杏子はシャモアをおもいっきり殴るが、綿に吸収されて意味はない。

それでも杏子はなんどもシャモアを殴り続ける。

すると、グズっと鼻を啜る音が聞こえてくる。

「……何でよ。それならこんな苦労せずに、皆のこと助けられたじゃない。早く言ってよ。ばかぁ」

杏子は涙を流しながら崩れ落ちた。

そんな杏子の頭にシャモアは顔を近づける。

「すまなかっためー」

優しく何度も頭をなぞるシャモアに杏子は肩を震わせる。

白虎は杏子に近づいて声をかける。

「お主、そんなに気を落とすな。まだ手遅れとは決まっておらんじゃろうが」

白虎の優しい言葉が届いたのか杏子の肩が更に大きく震える。

「……ふ」

「ふ?」

「ふふふふふ!あーはっは!シャモア止めてよ!くすぐったいってば」

どうやら杏子は頭を撫でるシャモアがくすぐったかっただけらしい。

「なんじゃい。現金な娘じゃ。心配して損したわい」

「あらあら。まあ、いいじゃない。その羊さんに乗って炎は越せるみたいだしね。急ぎましょうか」

李姫と杏子は急いでシャモアの綿に乗る。

なんとも感触が心地いい。このまま寝てしまいそうだ。

「じゃあ行くめー」

シャモアは空を跳ねるように、高く高く上っていった。






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