第九話 もう一度ホラー映画を見てみる
「遼、時間まで買い物付き合え」
今日は桜との約束の土曜日。夕方前に桜に家に姉さんの車で送ってもらうことになっているのだが、昼飯を食べた後に姉さんが俺の部屋に来て拉致られる。人の予定も少しは聞こうね。
姉さんの車に助手席に座る。タバコに火を着けた姉さんが車を発進させる。姉さんのタバコはいい匂いがするので嫌いじゃない。
向かった先は桜の地元のショッピングモール。桜とのデート中に姉さんと遭遇した場所だ。
「姉さん、また藍の服を買うの?」
「いや、今日は自分の服を買う」
「あのかわいいやつ?」
そこまで言うと姉さんが睨み付けてきた。美人が台無しだよ。怖いから謝っておく。でも似合っていたよと伝えるとボディーブローをお見舞いされた。暴力反対!
そんなやり取りをしながら姉さんが入ったのはアジアンファッションのお店。スタイルがいい姉さんに似合いそうな服が多く取り揃えられていた。
ちょっと待ってろと店内の服を物色する姉さん。放置ですか!? あのー俺は何をしておけばいいのでしょうか? 藍のようにどっちがいい? とか聞いてくるほうがまだ気が楽。
五分後袋を手に戻ってくる姉さん。その袋を俺に持たせる。決めるの早いよね。曰く、選ぶのがめんどくさいから最初に手に取ったものを試着し悪くなければ買うそうだ。俺でも服を決めるときはもう少し時間かかるよ。言動といい発言といい姉さんは女を捨てたのか?そんなことを聞いたら次の瞬間俺はこの世にいない気がするから口が裂けても言えない。
その後も何件か周りその度に荷物を俺に持たせる姉さん。結局俺は荷物持ちなんですね。
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「お前桜と付き合っているのか?」
姉さんの買い物を終え、車で桜の家に向かう中そんなことを聞いてきた。
「いや、付き合ってないよ」
「そうか……。この前の感じだと付き合っていると思ったが、相変わらずのヘタレか」
「ヘタレって。この前も話したけどあの日は桜と会うのが二度目だったんだ。一度会った後はメッセージのやり取りしかやってないよ。なんでそんなこと聞いてくるのさ?」
「あいつは私が見てきた子で一番素直でいい子だからお勧めなんだ」
姉さん、人の心配するより自分の心配しなよと言うとゲンコツされた。頭をさすりながら、これだから姉さんは彼氏いないんだよと言うとさらにもう一発ゲンコツをされた。暴力反対!と訴えるとすごい目で睨み付けてきた。美人が台無しだって。あと前見て運転してください。
「藍から聞いたんだが、お前桜以外の女の子ともデートしてたんだってな? 女をたぶらかして都合のいいように使うチャラ男になったのか?」
花のことか。都合のいいようにしてるわけでもないしチャラ男になるつもりなないので否定しておく。やっぱり周りから見てもそうなるよね。花といえば、
「姉さん。その子は教育学部に進学したいみたいなんだ。姉さんのことを話したら興味を持って話を聞いてみたいって言ってたんだけど」
花の部屋で話したことを姉さんに伝える。この人はなんだかんだ面倒見がいいから了承してくれるだろう。あ、今のとこ姉さんに言うと殺されるからオフレコでお願いします。
「あぁいいぞ」
タバコに火を着けながら姉さんは答える。やっぱりね。
「ちょうど九月から学園で教育実習することになっているんだ。その時でいいだろ?」
え?なんだって? 姉さんが教育実習で学園に来るんだって?そんな話聞いてないと言うと言ってないからなと煙を吐きだす姉さん。そういうのは在学中の俺に先に言ってほしい。
「そういうことだ。その子に伝えててくれ。着いたぞ。ここが桜の家だ」
車が停まったので姉さんにお礼を告げてドアを開け車を降りる。
「さっきの話。私は割りとマジだ。桜はいい子だ。お前との相性もいいだろうよ。考えとくんだな。それと今日は帰ってこなくていいぞ。桜一人で寂しいと思うしな。あいつには私から伝えてある。ただし、間違いだけは起こすなよ。ま、ヘタレだからそれに関しては心配してないけどな」
去り際に姉さんが爆弾を置いていきやがった。女の子の家にお泊りだと? いや、そんなの許されるわけがない。それに桜も二人っきりで俺を泊めたりなんてしないだろ。いや、他の誰かもいるのか?そうだ桜の友達がいるかもしれない。それなら俺も安心だ。むしろ俺が泊まる必要性がなくなる。
そうだ、俺が帰らないと藍が発狂するに違いない。うん絶対暴れる。ただでさえ女の子と遊びに行くことにかなり抵抗してくる藍だ。お泊りなんて聞いたら発狂しながら乗り込んできそうだ。よし、お泊りはなしだ。絶対帰る。姉さんに何言われようが絶対帰る!
「遼! いらっしゃーい!」
頭を抱えていると玄関から桜が飛び出してきた。車が来たのに気づいて出てきたのか?それとも姉さんが連絡したのか?
「ささ、中へどうぞー」
いつも通りの桜。少し心が落ち着く。じたばたしてても仕方ない。とりあえず今日を楽しもう。俺は玄関へ入っていく。
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今日の桜はこの前買ったゴスロリのワンピース。白黒のデザインは天使と小悪魔を印象付ける桜にぴったりな服だ。うん、かわいいよ桜。
「その服部屋着にしているの?」
「そんなわけないじゃん。今日は遼がうちに来るからちょっと気合入れてみたんだよ」
天使スマイル頂きました。さっきの悩みなんてどうでもよくなってきた。クルクル周ってアピールする桜。癒される。桜はワンピースがすごく似合っているね。
「桜はワンピースがすごく似合っているね」
思ったことが口に出てしまったと思ったが、ありがとと天使のスマイル。よかった。満足そうだ。
「今日はショーパン履いてないよ」
今度は意地悪そうな笑みで囁く。天使から小悪魔へシフトチェンジ。別にそういうつもりで言ったわけではないのだが。それにこのワンピース膝下まであるからスカートが捲れない限りパンツ見えないよ。
「うふふ♪ じゃあ私の部屋に案内しまーす!」
手を上げながら明るい桜。うん、いつも通りに戻った。
確認のためさっき考えていたことを聞いてみるか。
「桜、今日他に人はいないのか?」
「ん? 家は私だけって話したよね?」
「それは聞いたんだが、桜の友達とかも来るのかなと思ったんだ」
「なんで? 今日はこの前の映画を見て一緒に消化不良を感じた遼だけだよ?」
ですよねー。まあこの前も一緒に映画見たわけで今日も何も変わらない、大丈夫だ。ちなみに姉さんを誘ったのだがホラー映画と聞いて即断られた。あの見た目と言動からホラー映画が苦手ってなんだかギャップを感じるよね。
「遼は私と二人じゃいやなの?」
「そんなことないよ。この前の映画も二人で見に行ったし少し気になっただけだよ」
全然嫌ではない、むしろうれしいけど姉さんが置いていった爆弾の件があるからね。間違いは犯さないように気をつけないと。
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「私の部屋に到着でーす! どうぞどうぞー」
部屋の中へ通される。花の部屋とは違いぬいぐるみが多く全体的に明るい、女の子の部屋って感じだ。藍の部屋に似ているな。
桜が座布団を用意してベッドに背中を預けながらに並んで座る。桜は俺の右側に座った。桜のいい匂いがする。雰囲気を出すために桜が部屋を暗くする。なんかピンクムードの気がするがこれから始まるのはホラー映画鑑賞だ。
「さっそく鑑賞会を始めましょう」
今回見るものは俺が選んできた。桜も見たことがあるであろうメジャーなシリーズの二作目とあまり知られていないマイナーな作品の二つを持ってきた。どちらも怖いがマイナーなやつは俺が見ているときに一瞬だけこれを目にした姉さんが叫ぶくらいだ。藍が見たらたぶん泣くだろう。
俺はメジャーなやつをプレーヤーにセットし再生する。マイナーなやつは俺の取っておきだ。いくらホラーが好きだからと言ってもこいつは桁違いだと思っている。むしろ何故有名にならなかったのか疑問に思えてくる。さて、もう一度女の子とホラー映画を見てみますか。
「桜、もちろんこれは見たことあるよね?」
「もちろんだよ。このシリーズの作品ではやっぱり二作目が一番怖いよね」
そんな会話をしながら映画を見る。あまり怖がっている感じが無い。子供っぽいがホントにホラーには強いんだな。
呪いでたくさんの人が死んでいく中、呪いを解除しようと試みる主人公。中盤でそこそこ怖いシーンがやってくる。ここだ。怨霊が隙間から主人公を覗いている。これはよく見ないとわからない。遠くで覗いている怨霊。その気配を感じた主人公をカメラが映す。主人公が気配を感じた方を見るがそこには何も無い。再び主人公をカメラが映し次のシーンに切り替わった時には怨霊が近くにいる。シーンの切り替えがうまい。ホラー映画はやはりこういったシーンの切り替えで恐怖のレベルが変わる。
桜を見るがあまり怖がっていない。まだまだ序の口だしな。そう思っていると突如俺のスマホの着信音が鳴った。
「きゃっ」
桜がかわいい悲鳴を上げ俺の右腕を掴む。さすがに俺もビビった。スマホを確認すると姉さんからのメッセージだ。
『藍のこと気にして帰ってくるつもりだろうが
藍には私から伝えてある。安心していいぞ。』
何も安心できませんよ。何を安心しろっていうの?
「初さんなんだって?」
「あぁ~何でもない、気にしないで」
「ふぅ~ん。あ、そういえば初さんから今日は遼が泊まってくれるって聞いたんだけどいいよね?」
姉さん根回し早いな!完全に外堀から埋められた。姉さんの完全バックアップがヤバイ。そんなに桜のことがお気に入りなのか。
「桜は俺が泊まって大丈夫なのか? その、女の子一人で家に誰もいないんだし」
直接的に断ると桜を傷つけるかもしれなので、遠まわしに断れるようさぐりを入れる。できればこの質問で桜から拒否してくれると誰も傷つかずに済む。
「ん? 遼が泊まってくてるなら大歓迎だよ。女の子が一人だと何かあったとき対処できないかもしれないし、ホラー映画見たあと誰もいない家にいるのはやっぱり少し怖いからね」
拒否権がなくなりました。ここで俺が拒否することで桜を傷つけ姉さんからの信用を失ってしまう。喜ぶのは藍ぐらいだ。仕方ない、腹をくくろう。
「わかった。桜がそういうなら今日は泊まらせていただきます」
「うん! 頼りにしてるからね!」
これはあとで聞いた話なのだが、姉さんは桜の家族全員に俺が泊まる件を伝え、了承をもらった、むしろ両親からはお願いされたみたいだ。どんだけ桜の家族から信頼されているんだうちの姉さんは。
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気を取り直して、映画の続きを見る。この辺は怖いシーンがない。主人公が呪いを解く手がかりを見つけて恋人と海外まで行くところだ。ストーリーの設定上こういったシーンを入れないといけないが内容が微妙なので少し退屈だ。
気がつくと桜は俺の右腕を掴んだままだ。さっきのがびっくりしたのだろう。ホラー映画を見ている女の子らしいかわいい悲鳴を上げたのは微笑ましいことだ。あの後スマホはマナーモードに切り替えた。急に音がなるとびっくりするからね。
さて、映画はいよいよ終盤。ここからは怨霊が出てくるのも増えてくる。気配を感じ後ろを振り返る同行者。誰もいない。正面に向きなおすと顔の前には逆さまの怨霊の顔。主人公達には見えていない。急に逃げ出す同行者を追いかけようとすると恋人は足を掴まれ引きづられる。恋人を救おうとすると何者かに手を掴まれ振り返るとそこには怨霊。主人公は気を失う。
普通の女の子なら逆さまの怨霊が出た時点で悲鳴を上げると思う。実際俺もくるとわかっていても毎回そのシーンはビビッてしまう。しかし桜はそんな素振りを全く見せない。右腕は掴んだまま。これじゃ怖がっているかどうかがわからない。怖いけど面に出ないのかな?
いよいよクライマックス。目を覚ます主人公。そこには恋人と怨霊の姿。主人公はなんとか怨霊の気をそらし恋人を助けその場から脱出する。走って逃げる主人公達。振り返ると笑いながら追いかけてくる怨霊。主人公達は逃げ切れず怨霊に捕まる。最後は恋人が犠牲となり主人公だけが生き残った。
怨霊が笑いながら追いかけてくるシーンは驚くような恐怖ではなくただただ恐怖しか感じない。考えても見てくれ。怨霊じゃなくて人でもいい、子供の鬼ごっこは別としてこっちが全力で逃げているのに笑って追われたら泣きたくなるほど怖い。あのシーンは悲鳴よりも冷や汗が出る。
「ふぅー、いやー怖かったねー。最後なんか冷や汗が出るよ」
どうやら桜も俺と同じだったらしい。右腕はまだ離さない。
「桜、そろそろ離してくれないか?」
これでは動けない。レコーダーの停止ボタンを押さないとまた再生されてしまうぞ。
「ん? あぁゴメン。途中からずっと掴んでたね。でもあのタイミングでの着信音は反則だよ」
苦笑いでごまかす桜。あれはタイミングが悪かった。姉さんどっかから見てるんじゃないか?
そんなこんなで最初の鑑賞は終わった。やはりこれは何度見ても怖いな。次のやつはもっと怖いんだよな。
レコーダーを止めディスクを片付けた俺は桜に目を移す。自分のスマホを確認している。よく見ると顔が赤いぞ。
「どうかした?」
「だっ大丈夫! 初さんからメッセージがきてたんだ」
慌てる桜を見るのは珍しい。怪しいな。ひとまず一旦休憩を取るか。今日はこの後も桜と一緒だ。夜は長い。これからどうなっていくのやら。不安な気持ちで押し潰されそうになるが覚悟を決めるしかないよね。