樹の国/少女「ミーニャ」
「やっぱり、この国は良い。活気があって健全だ。なあ、そうだろう」
少女は店主の居ない屋台に腰掛け、退屈そうに足をぶらつかせている。
その隣には、薄緑の鎧を着た、背の高い男が立っていた。
「それは、私の国があまり良い国では無い、と言う皮肉ですか」
「うん。そうだよ。よくわかったね」
話しかけられた男は、大して感情も込めずに答える。
「王子の身として聞いておきましょうか。私の国をよくするためには、何をすれば良いか。貴方はどう考えますか?」
「簡単だ。君が王を継げばそれだけで良くなるだろう。その為には、父君にはできるだけ早く死んで頂かねばな」
「……その回答は聞かなかったことにしましょう。私の目的に反します」
「ははは。父君が魔女に成ってしまえば、それは達成されなくなるものな」
ケタケタと笑いながら、舐めるように男の顔を見る。
「……何か?」
「いいや。君にも、思う所はあるのだなと思ってな」
「……無いとは言いませんよ。私も、あの方の息子ではありますが、あの国の民でもありますから」
男の返答に、意地の悪い笑みで返す少女。
「なあに、心配はないさ。彼が魔女に成れるかどうかなど僕にもわからないが、成ってしまったらそれはそれだ。邪魔になったら殺すまででしかない」
「ええ。なんでしたら、貴方だって同じですよ。貴方はあの方を助けてくれる人物だと、今のところは思っています。ですが、それが違うとなれば、貴方を殺して国に帰るまでです」
「おお、怖い怖い。君、凄んだ顔も出来るんだね。魔女を殺す時ですら汗一つかかなかった癖に」
男は何も答えない。いつも通りの澄ました顔に表情を戻し、何事も無かったかのように佇んでいる。
「まあいいさ。あれが名高い魔女の一人だったとは言え、初めての魔女殺しでは無いのだからな」
「ええ。それに、私は悪意を持って殺しているわけではありませんから」
「ああ。あくまで決闘を行っているだけだとかいう奴かい?」
「彼らは皆、私と決闘を行い、死ぬかもしれないという覚悟を持ったうえで戦いに臨んでいます。それ故に、彼らは私を恨んでなどいないでしょう。皆、穏やかな死に顔でした」
思い起こすように、男は目を閉じる。
「……まあ、君がどう思おうが僕には関係は無いのだけどね」
少女は立ち上がり、銀の髪を揺らしながら、正しく少女の様に駆けて行く。
「何処へ行くのですか?」
「ドナートの奴が戻るまで、まだ時間があるだろう。折角だ、僕達も楽しんでこようじゃないか」
彼女の言葉に、納得したのかそうでないのか、男は淡々と着いて行く。
「貴方、小さいんですから、はぐれないでくださいよ?」
「心配いらんよ。此処は僕の庭みたいなものだ」
「この国の生まれで?」
「いいや。だが、長く住んでいた。僕が魔女に成る前の話だ。気になるかい?」
「いえ」
「つれない奴だね」
少女はそのまま人混みの中に溶けていく。男は溜息を吐き、彼女の消えた方へと歩みを進める。
「見失ったんですか?」
辺りを見回している所を、戻ってきたドナートに声を掛けられる。
「……ええ。もうお仕事はお済みですか」
「終わりましたよ。儲かりはしませんでしたが、面白い人には会えました」
「そうですか。……見つかりそうにないですね。何処かで戻ってくるのを待ちましょうか」
「そうしましょうかね。どうせ彼女の事です。飽きたら直ぐに戻ってきますから」
いつもの事だというように、ドナートは首を振って見せる。
「レインさんも、そろそろ慣れてきたみたいですね」
「彼女にですか?」
「ええ。ミーニャさんとは、僕もそう長くはないですけど、気ままなあの性格ですからね。慣れるのは大事です。大事ですとも。しかし、どうか気を付けてください。たとえ慣れても、流されてはいけません」
「心得ています」
「それは良かった」
張り付けたような笑顔で、ドナートは言う。
「それで、次はどちらへ?」
レインが問いかける。
「この辺りは大人しい魔女が多いですからね。もう少し東へ向かってみましょうか」
「東と言うと?」
「炉炎の国なんてどうでしょう」
「炉炎……。鋼国エリスですか」
大陸の東、赤鋼の産出国であり、商人には馴染みのある国だ。
「腐っても商人ですからね。あの国については詳しいつもりです」
「そこには、どんな魔女が居るんですか」
「ハリダール夫妻と言う魔女の夫婦が居ます」
焔硝のトレイトン・ハリダール。延焼のセオドーラ・ハリダール。
炉炎の国に相応しく、炎の属性の魔女夫婦だ。