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魔女達の世界  作者: 灰堂詩句
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白夜の魔女「ルルーナ・レミルレスト」

ドアノッカーを持ち上げ、二度軽く扉を叩く。もちろん返事は無い。それ以前に、後ろで響く轟音に、ノックが聞こえているかすら怪しい。ノブを回すとドアはすんなり開き、暗闇の中へと光が差していった。森に囲まれた外よりも暗い、一切光源の無い館の中を、一歩ずつゆっくりと歩いていく。


「光石は……っと」


 小袋を漁り、小さな丸い石を摘まみ上げる。魔力を流し込むと、石は黄色く光りだした。


「こんなもんか」


 石を袋に戻すと、布越しに漏れた光が足元を薄く照らす。


「あんまり明るいと文句言われるからなあ。さて、あいつの部屋は二階だったか」


 広間の脇にある階段に足をかける。遠い記憶を思い出しながら、一歩ずつ二階へと登っていく。廊下を少し歩くと、目的のドアへと辿り着いた。ノブに手を回したところで、聞き覚えのある穏やかな声が中から響いた。


「入っていいわよ」


 軋む扉を押し開ける。中もやはり、先ほどと変わらない暗闇。仄かな明かりに照らされた、白い後ろ姿だけがうっすらと視認できる。


「よう、何年ぶりだ? ルルーナ」


声をかけると、ルルーナはペンを置き、こちらへと振り向いた。


「あら、貴方だったの。あの子が怪しい人が来たって言っていたから、誰かと思っていたのだけれど。まあ、貴方なら確かに怪しいかもしれないわね」


 微笑みながら軽い口調で話すルルーナ。初めて会ったあの時と、全く変わらないその表情と態度に、少し懐かしさを感じる。


「相変わらずだな」

「ええ。貴方はずいぶん変わったみたいだけど。髭なんか生やしたりして。十六年ぶりかしら? 今日は何しに来たのかしら? 私とおしゃべり? 一人で来たの? 外ではまだドロシーが何かしている様だけど」


 立て続けに質問を続けるルルーナに、思わず頬を緩める。初めて会った時も、ルルーナはこうだった。人に何かを訊く癖に、人の話をまるで聞かない。


「そう一遍に話すんじゃねえよ。本当にお前は変わらねえなあ」


 質問を笑い飛ばし、ソファに深く座る。さて、何から話そうか。


「今日は人を連れて来た」

「誰?」

「クラムクランの忘れ形見だ」


 一つ大きく息を吐く。ここに来た理由の半分は、あいつの為だが、もう半分は、ルルーナにこれを知らせる為だ。まあ、こいつはきっと、悲しみもしないだろうが、それでも、クラムクランのばあさんは、伝えて欲しがるんだろうなあ。しょうがねえ奴だよ全く。


「クラムクランが死んだ。俺とアレンは、あいつを殺した奴を探しているんだ」

「あらまあ」


 大げさに雰囲気を作って言ってみたが、ルルーナはというと、特に動揺した風もなく、ただ一言呟いただけだった。


「それで、そのアレン君は、今何をしているのかしら?」


 そして、もう言うべき事は無いとでも言わんばかりに、ルルーナは話を切り替えた。いや、元に戻しただけか。

 ルルーナのその問いに答えるように、また大きな炸裂音が壁から響く。


「お前のとこの、ドロシーだっけ? 『暗夜の魔女』サマと喧嘩中だ。ばあさんの所で育った癖に、碌に魔力の使い方も知らねえからな。実践訓練の真っ只中だよ」

「あらまあ。それじゃあ、ドロシーが疲れちゃう前に、私も外へ出なきゃね」


 そう言うと彼女は椅子から立ち上がり、パタパタと歩いて行った。


「さて、話しているうちにボロボロになってなきゃいいが」


 まあ、心配する必要も無いか。のんびりとルルーナの後を追いながら、そう思った。


「あの剣さえあれば、まあ、負けねえだろ」





「はっはあ、こいつはすげえ」


 いつの間にかいなくなっていたイヴォークが、戻ってきての第一声がそれだった。樹はなぎ倒され、地面は抉れ、挙句未だにどちらも無傷で立っている。それは、確かに凄いのだろう。彼の方に目をやると、その隣に、先ほど少女がしていたように石段で座る、ふわふわとしたものが見えた。魔力の量からして、あれも魔女だろう。


「ああもうむかつく! なんで反撃の一つもしてこないのよ!」

「反撃できる程近づかせてくれないだろ!」

「うっさい! 臆病男!」


 ドロシーが距離を詰めるのに合わせ、後退する。激しい攻撃は続き、地面は穴だらけだ。気を抜くと転びそうになるが、そんな隙を作るわけにはいかない。


「がんばってードロシーちゃーん」

「ちゃんって言うな!」


 呑気な白い魔女の声を背に、ドロシーが吠える。


「ルルーナも出てきちゃったし、なんか変なおっさんは寛いでるし、いい加減終わらせてあげるわ!」


 今までとは比較にならないほどの魔力をたぎらせながら、彼女は言う。そして、それは巨大な一つの渦になり、やがて黒く輝く結晶へと姿を変えていく。


「小さいのがだめなら大きいのをぶつければいいのよ!」

「そんな子供みたいな……!」


 しかし、単純だが有効かもしれない。大きければよけきるのは難しいだろうし、爆発に巻き込まれないようにするのはさらに難しいだろう。彼女の顔は苦痛に歪んでいて、文字通りこれで終わらせるつもりなのだと分かる。

 なんにせよ、アレさえ凌げれば、とりあえずこのよくわからない戦闘は終えられるはずだ。


「おーい、アレン」


 こちらの緊張とは無縁のように、この状況を作った元凶が話しかける。


「その剣を使え。多分、何とかなる」

「多分ってなんだよ」


 言われるがまま木剣を構え、ドロシーと対峙する。使うったって、アレを斬れとでも言うのか。イヴォークなら言いそうだ。


「食らって死ね!」


 ほかに使い方など思い浮かぶわけもなく、剣を振りかぶる。


「うおおおおおお!」


 声で恐怖を紛らわせ、無理やりに腕を振る。しかし、思っていた様な衝撃は無く、まるで空を切るかのように刃筋は通った。二つに裂けた魔力の塊は、周囲に浮く霧と同じように散り散りになって消えてしまった。


「え?」


 何故かはわからないが、攻撃を打ち消すことが出来た。理解できたのはそこまでだった。急に胸の奥が苦しくなり、手足に力が入らなくなった。視界が端から欠けていき、そのまま地面に突っ伏したところで、俺は意識を失った。


「あらまあ」


 最後に聞こえた声は、優しく、のんびりした、感情の入っていない声だった。





「あら、起きたわね」


 目を開けると、俺の顔を覗き込む顔があった。いや、覗き込んではいなかった。目を閉じたままのその顔は、まるで母親の様に優しく微笑んでいた。


「ここは……」


 今の状況を思い返す。思い出せるのは、ドロシーと戦っていた事。何もわからないままに倒れた事。そして今は屋敷の前の石段で、ルルーナと呼ばれていた魔女に膝枕をされていたという事。

 辺りを見渡すと、何故かドロシーとイヴォークが戦っていた。さっきまで俺が握っていた木剣を慣れた様に振り回し、ドロシーを圧倒しているように見える。


「ねえ」


 不意に声をかけられた。未だ優しい微笑みの彼女は、語りかけるように問いかける。


「貴方、夜は好き?」


 何を言っているのかよく分からなかった。夜と言えば、思い浮かぶのは、暗い空に輝く星。寒さや静けさ。あとは、なんだろうか。寝る時間か。


「ああ。まあ、好きだと思う」

「まあ、お姉さんと一緒ね。ねえ、お姉さんと一緒に、夜のすばらしさを語り合いましょう? そうしましょう。ドロシーも、イヴォークも交えてというのもいいけれど、まずは貴方一人と語ってみたいわね。そのあとはみんなで意見交換ね。そうだ、まずは私のお話をしなくちゃ――」


 間違えたな。と思った。ここはきっと、興味が無いというべきだったのだろう。だが、一度口から出た言葉は、もうそれを喉に戻すことは出来ない。


「――いえ。いいえ、もっと初めから話さなきゃいけないわね。ドロシー。おいでなさいな」


 何かを思いついた様に手を打ち、先の黒い魔女(白い髪に白い服の魔女と並ぶと、まさに反対という感じがする。『暗夜』に対しての『白夜』なのか、あるいは)を呼び、手招きをする。もはやイヴォークに遊ばれていただけの彼女は、敵意も尽きたといった様相でとぼとぼと歩いてくる。


「何? どうかしたの?」

「お姉さんも、この子とお話したいなあと思って」

「えー、もう疲れてるんだけど?」


 しぶしぶといった表情でドロシーはまた庭の方へと歩いていく。


「イヴォーク。貴方はこっち。ドロシーとお留守番しててね」

「はいはい。あんまりこいつをいじめないでくれよ?」


 イヴォークは彼女の声に素直に従い、木剣を俺に放り投げる。


「そいつは、魔力を斬り、吸収する。俺が昔作ったもんだが、今はお前に預けといてやる。壊すなよ?」

「壊さないよ」


 立ち上がり、剣の感触を確かめる。軽く扱いやすいそれは、風を切り、小さく鳴く。

 体の調子も問題ない。暫く眠っていたからだろうか、むしろ良好と言えるだろう。


「それじゃあ、いらっしゃい。お姉さんと一緒に遊びましょう」


 庭の方、先ほどまでイヴォークとドロシーがじゃれていた辺りまで彼女は歩いていき、そして、立ち止まった。


「それじゃあ、頑張ってね、ドロシー」

「はーい」


 気だるげに返事をしたドロシーは、また魔力を放出し(その小さな体のどこに貯めてあったんだ)俺と彼女を覆うようにその形を整えていった。出来たのは大きく、暗い部屋。魔力を物質化させ、光を通さないように壁を、天井を作り、俺とルルーナの二人をそこに閉じ込めたのだ。


「なるほどね。これが『暗夜』か」

「ええ。私の為にあの子が作ってくれた技よ。その代わりに、私は、あの子に名前をあげたのよ」


 ふらりと、人影が動く。

 俺の目には、魔力が、魔力の放つ光が見える。それ故に、この空間でも、まるで昼間の様に全てがはっきりと見え、そして、その中でも、彼女はより強い光を放っているように見えた。


「貴方は、この中でも私が見えるんですって? イヴォークが教えてくれたわ。でも、私も、貴方の事は見えるのよ」


 その瞬間、彼女は、人間とは思えないほどの速さでこちらに迫ってきた。突き出された拳を腕で受けるも、衝撃に体ごと弾き飛ばされる。


「私は生まれつき目が悪くて、強い光は見ることが出来ないの。だから、夜の暗さを、私は愛しているのよ。そして、夜もまた、こんな私を愛しているの」


 彼女は挑発するように、手招きをする。


「さあ、貴方の好きを、私に聞かせて」


 剣を支えに立ち上がった俺を、にっこりと張り付けた笑みで見据える。その時初めて、彼女の本当の顔が見えた気がした。


「『白夜の魔女』ルルーナ・レミルレスト。お姉さんと遊びましょ?」





「それで、あいつらはいつになったら出てくるんだ?」

「もうしばらくすれば自然に壊れるわよ。そうしたら出てくるわ」

「爆発するのか?」

「しないわよ」


 屋敷の中から椅子を持ち出し、ドロシーと二人であの半球状の塊を眺め続けて暫く。「暗夜の魔女」サマは最初こそ披露した様子で地面に寝そべっていたのだが、今や初めて見た時の様にピンピンとしている。


(金の髪に金の目、ねえ)


 心の中で呟いた。以前タビナの町で起こった失踪事件、そして、人攫いの魔女の話として語り継がれているそれの被害者が、金髪金目の少女だった。


「一応聞いてみるけどよ。お前、魔女になって何年だ?」

「……十と少し」


 不思議そうに、不機嫌そうにこちらを睨みつけながらも、ドロシーは答えた。


「お前が攫われてから暫く、町は酷い騒動だったぜ」

「攫われたんじゃないから。自分で着いて行っただけ」

「周りからしたら一緒だ、んなもん」


 溜息を吐いた。まさかルルーナが本当に人攫いの魔女だったとはな。もしやとは思ってはいたが。

 

「四属性も扱えないようだが、魔法らしい魔法は教わってないのか?」

「だってルルーナ、全然魔法使わないし。文字も独学だからって全然教えてくれないし」

「文字?」


 問いかけたところで、半球に亀裂が入ったのが見えた。


「もうそろそろ出てくるよ。アレン? だっけ。どうなってるかしら、あいつ」

「まあ、ぶっ倒れてるだろうな」


 ルルーナと初めて会ったときは、俺も酷くやられたもんだ。


「あいつは、手加減ってのを知らねえからな。本人からしたら死なない分手加減してるってことなんだろうがな」


 そう言っているうちに亀裂が広がっていき、砕けた破片から霧散して消えていった。

 その中に立っていたのは、やはりルルーナ一人で、しかし、膝をつきながらも、何とかアレンは倒れずにいた。


「おお、やるじゃねえか、あいつ」


 ルルーナがニコニコとした笑みを張り付けて、こちらへと歩いてくる。相変わらず、何考えてんのかは全く分からねえが、とりあえずご機嫌そうだ。


「どうだった?」

「気に入ったわ。あの子なら、ドロシーを任せてあげてもいいかもしれないわね」

「え? なんの話?」


 ドロシーが俺とルルーナを交互に見る。そういや言ってなかったな。


「いやなに、二人旅ってのはあいつには辛いだろうからな。『暗夜の魔女』サマをちょっとばかし借りられないかって話をしてたんだがな」

「あの子が信頼できそうなら良いわよ、って承諾しちゃった。ごめんねドロシーちゃん」

「そういうことは私に相談してからにしなさいよー! あと、ちゃんって言うな!」


 怒って吠えるドロシーを、ルルーナが笑いながら宥める。まったく、思い付きで言ってみたとはいえ、騒がしい旅になりそうだ。


「そうだ、おーいアレン、大丈夫か」

「……なんとか」

「そうか。じゃあ、行くぞ」

「いや、さすがに休ませて」


 そう言って、アレンは倒れた。一日に何回倒れたら気が済むんだよ。


「しょうがねえなあ。しばらく休んだら出るから、ドロシーも準備しといてくれ」

「はーい」


 不服そうに、ドロシーは答えた。

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