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どこにあったかな4

この日の夕食は、昼とはうって変わって豪華と言える。

「シアンはカレー、食べたことあるんだっけ」

「いいえ。始めて見た」

 シアンの視線は、鍋の中のものに注がれている。それは濃い褐色をしていて、固体のようにも液体のようにも見えた。マゼンタが、シアンの昼寝の間に綺麗にした桃色の柄杓でそれをそっと混ぜるたびに、湯気に乗って香ばしい香りが漂ってくる。

「これ、ふしぎ」

「どう不思議だって?」

「最初にいろんなにおいが来るのに、すぐにひとつのにおいになってる。どこかにいってしまうんじゃなくて、全部が一つになる」

「…面白いこと言うね、シアンは。でも確かに、そうだね。これは、そういうものだ」

 マゼンタは少し嬉しそうに、さっきより早めに柄杓を回した。底の方から、種類は少ないがいくつかの具らしきものがぷかりぷかりと浮かんできて、頭をのぞかせた。シアンが両目でそれを捉えて少し見開くのに気付いたマゼンタは、面白がってまた数回混ぜた。シアンは待ちきれないという顔をしている。中腰でかがめた背中が、左右に小さく揺れていた。

 器は、昼のものと同じだった。陽光ですっかり乾いていたから、使うのにも問題はなかった。昼のスープよりやや粘っこく、様々な色を味蕾が感じ取るからなんの味とも言えないけれどなんだかおいしくて、少し舌先がひりつくような気がするこの食べ物を、シアンはそれなりに気に入った。缶詰パンを浸しながら、黙々と食べた。

 シアンはいつも食事が早い。あまり噛んでいない様子だが、特に喉に食べ物を詰まらせるような様子や、消化不良を起こすようなことは無いので、マゼンタは気づいていなかった。

彼は自分の食事の合間、彼女と顔を突き合わせるということをしたことがない。会食形式の食事が苦手だというわけでは無い。食事中にはガスマスクを外さなくてはならないのが、その理由だった。

 ほくほく顔でカレーとパンを頬張るシアンの背中合わせに、夕闇化粧に火の光をちろちろまぶして浮かぶ横顔。それが声色や背格好より明らかに老けて見えるのは、なぜだろう。

しなびた白髪で、瞳が灰色で、頬や額に痛々しい痣や大きな白斑が点々とあるというだけなのだ。もう半面は少し癖のある黒髪で、瞳は木々の新芽に譲り受けたような若々しい翠色をしている。くっきりと、彼の左右半面で分かたれていた。どちらもどこか寂しそうだったし、不安げに見える。

シアンはそれをまだ、一度も見たことがなかった。

彼女がいつもまっすぐ見つめている大きすぎるマゼンタの瞳は光無く、彼の隣にいた。輝き出した一番星を写しながら、彼の嫌悪する横顔と同じように、火に炙られていた。


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