どこにあったかな2
シアンとマゼンタ、それからイエローは、間も無くしてビル街から出て行った。
風が強すぎたでもなくやにわに空がかき曇ったわけでもない。マゼンタにとりあえずはやらなきゃいけないことがあって、シアンの捜し物はちょっと捜して見つかるものでは無かったからだ。おまけにイエローはいつものように、何の意見も言わなかった。そもそも問われないことについて彼は業腹だったが、それを表現する手段を持たなかった。
まだ息づいているコンクリートジャングルと、不自然に立ち枯れしている鉄骨の並木。マゼンタは〈その後の世界〉では見飽きたその光景に、まだ知的な探求心をかきたてるだけの若さがあった。それでも退屈な復路でその話をしないのは、そんなどうでもいいことを考えてる自分がちょっとだけ恥ずかしかったからだった。だからいつも都会の跡を去るとき、彼はほんの少し残念そうな顔をするのだった(ガスマスクで何も見えないが)。
シアンは特に何も考えていなかった。強いて言うなら浮かんでいた雲を見て、一昨日食べた魚缶が頭をよぎったくらいだった。そして雲は、別段魚の形も缶の形もしていないのに気付いて、単に自分が腹ペコであると結論付けるに至っては、どうにかしてマゼンタにお昼ごはんの時間にしようと持ち掛けようとうまい誘い文句を練ろうとしていた。
「お昼にしよ」
「だめ」
空腹なので頭は回らなかった。もちろん、にべもない即答に反応するのにも時間がかかった。
「...ん?」
「だからまだだめだってば。場所も悪いし」
そこは原野の真ん中だった。一年前までは広大な畑だった平地は、すっかり不揃いの草丈に包まれていた。草本にとって長い時間だった一年は、しかし樹木には短すぎたのか灌木さえ見当たらない。おまけに太陽はまだ相当高いところにあったから、じりじりとそれはそれは暑かった。
シアンは食い下がる様子もなく、大股で数歩だけリヤカーと並進して。それからおもむろに振り返ると、ゆっくりと進んでいく荷台に、唐突に腰を下ろした。一瞬速度が落ちたが、ややあって車輪は少し前と同じように回りだした。
明かりも熱も少しずつ依怙贔屓をはじめるころになって、彼らは原野を分断する塀の存在に気付いた。暑い暑いと喘いで涼しげな空色を眺めていたから、前なんかちっとも見ていなかったのだ。
それは崩壊した大きな橋の残骸だった。路面だったはずの長い長方形の板が、地面に壁のように垂直に立っている。橋脚は立派だった。三十人のシアンが手をつないで囲んでやっとの外周だ。けれどそれも半ばから見事に砕けて、支えるものがなくなった脚は途方に暮れたように空ばかり眺めている。似たような不憫な円柱が、遠くからまた遠くまで、点々と佇んでいた。
そしてそこには手ごろな日陰がある。
二匹の腹の虫が鳴いた。
主食はビスケット。おかずは缶詰。それはいつものこと。
スープの調理に少し時間を割くのもまた、いつものこと。
スープが出来上がる前に少女がつまみ食いをするのも、それを青年が咎めるのもいつものことで、何度か繰り返しているうちに鍋からいい匂いがしてくる。
「いつものこと」
「なんだい、それ」
「おまじない」
日陰の中は涼しい。瓦礫はずっと昔にすわりがよくなったから、安心。
汗が少し冷たいくらい。温かいスープは大事。
「できたよ」
少しでっぷりしたカップに注がれて、湯気を漂わせている。朝の陽射しを注いだような、そんな色をしていた。少女は乾いた口の中でビスケットをもぐもぐしながら、両手で受け取った。
「今日のはアタリだね」
背中合わせの向こう側、啜る音の後に小さなため息があって、続いてマゼンタが事もなげにそう言った。シアンは「うん」「おいしい」と返しつつ、間も無く空にした。少し食べたりなかったのはお互いさまで、晩御飯まで我慢するのが約束だった。
「もういい?」
「ちょっと待って―――よし、いいよ」
シアンは背中でごそごそやっていた青年に一声かけてから、空の缶とカップを持って振り返った。ガスマスクがそれを受け取り、立ち上がった。目の前に停めてある黄色のリヤカーから一斗缶を引っ張り出して、その中から少しずつ少しずつ水を垂らしながら汚れを落とした。シアンはそれを眺めていたが、すぐに眠たくなって、大きな欠伸をした。
「少し休んでいく?シアン」
日当たりのよいところへ食器と空き缶の入った笊を置いてきたマゼンタは、目を擦ろうとする少女に注意をしながら、そう尋ねた。
シアンは「だいじょうぶ」と返しながら、塞がろうとする瞼を拒むことはしなかった。




