どこにあったかな
※連載は未定ですが、反応があり次第決定され、また著者の気分次第で反応があろうがなかろうが不定期に更新される場合があります、ご了承ください
やなぎなぎさんの「in flight」という楽曲をモチーフにした一次創作の小説です。
その日もいつもと同じように、青年は少し息を切らしながらゴミ山に頭を突っ込んでいた。
耳鳴りのような静寂の合間に、金属同士がぶつかった甲高い響きや、ビニールがひしめくひそひそ声がやけに大きく聞こえる。外より三割り増しくらいに灰色の空間で、黒いガスマスクが塵を被って溶け込みそうになっている。
またしばらくがさごそやって、彼はゴミ山のずっと奥の方からすっかり萎えた桃色のタオルと、柄が少し割れた柄杓。ついでに数日分はある新聞紙の束を引っ掴んできた。マスクと生え際の間に汗がたまって、灰色の水が流れていた。
「注文は…うん、うん、うん」
割れた蛍光灯に気を付けながら、彼は部屋を出た。
もともとはロビーかなにかだったのか、やたらと天井が高い広間に繋がっていて、骨組みばかりになってしまった殺風景の底。中央に黄色に塗装されたリヤカーが、ガラクタを山のように積んで佇んでいる。
「イエロー、お待たせ。ブラックは?どこ行ったか知らない?」
ガスマスクの青年が誰もいない空間に、気さくに話しかける。割れた窓枠に削られた風が、ひょうと小さな音を立てた。
青年は荷台にさっき拾った新しいガラクタを放り込んだ。少し砂埃が舞って、それが床に積もらないうちに、ゆっくりと車輪が回りだした。薄い砂漠にそれとなく轍ができた。
出口も入口もなくなったあやふやな境界の先は、三割程度灰色が減って、それでもやっぱり一年前の輝きは無かった。彩が褪せて、だいたい二色。灰の街と、そこぬけに青い空。中天の太陽と相当にやかましいビル風にガスマスクは平然としている風だったが、その奥の方で「ひぇー」と小さく声を漏らしていた。しかしすぐにマスクをずらして唇を外気に当てると、渇きに耐えかねるような仕草で天を仰いで
「行くよーーーーー!!!!」
と、何かに向けて叫んだ。
数回こだまして、やがて誰の返事もなく、忌々しいビル風にもみくちゃにされていった。
青年はしばらくの間立ち尽くしていたが、目の前を真っ赤なラベルの空き缶が通り過ぎてから。腕を組んで、何度か身をよじった後に「うん?うーん、気長にかな」とつぶやいてアスファルトに腰を下ろした。
――――と、それで落ち着いたのと同じくらいに。
と、と、と
真っ白なワンピースを着た少女が、スキップをするようにやや勢い余って目の前を通り過ぎて行った。
同じくらいにガラクタの塔を大風が揺らしたから、まるでそれに乗ってやって来たかのようだった。
青年は彼女を目で追って、ようやっと勢いがおさまったころを見計らって声をかけた。
「おかえり。探し物はみつかった?シアン」
少女は首を横に振った。それから。
「―――急いでたっけ?」
今度は少女が訊いた。少しだけ振り向いて、空を掬い採ったような美しい左眼をぱっちり開いた。言葉面は控えめだったが、意志は確かだった。
ガスマスクは表情こそ変わらないが、優しい口ぶりで「じゃあ、明日も来たらいいよ」と言った。
少女は起伏の穏やかなすっとしたシルエットを灰色の背景に浮かばせながら、裾をたなびかせて。正面を向くまで、ゆっくりと純白をにじませながら。強い風がいたずらをする。登頂付近で結わえた黒髪がたなびいて、まとめて彼女を形作った。
「ありがと、マゼンタ」




