第4話 初めての街
「それでは勇者『候補』様。幻想世界エメンガルドを魔王の手から救いだしてくださいますよう貴方様の無事を心より祈願しております」
都合、五度目のキャラクターエディットを終え初期出現場所を『街』とした。
別段、『城』でもよかったのかもしれないが、衛兵に殺されるような気がしたのでなんとなくやめておいた。
余談ではあるがプレイヤーネームは『ヒイロ』だ。何も厨二病を患っている訳ではなく、本名の英雄から連想しているだけ。
どのゲームにおいてもこの名前で通しているので自分としては違和感なんてものは毛の先ほどもないのであるが、オフ会に参加した時などは流石に恥ずかしかったりする。
二十歳を越えた成人男性が「ども、ヒイロです」なんて少しだけハニカミながら挨拶している自分を想像するだけで肌がポツポツと鳥っぽくなる。
さて、リスポーン地点は街。
どうやら繁華街のようであった。よくある中世ヨーロッパ風の建物に町人もそんな感じだ。ワイワイガヤガヤを地で口に出している辺り、ここでも製作者の手抜きを認めざるを得ない。
「ここはニーナの街よ」
「ここはニーナの街よ」
「貿易の中継点で物が往来する賑やかな街よ」
「ここはニーナの街よ」
「ここはニーナの街よ」
……NPC曰く、ニーナの街とのことだ。
会話が成立しない辺りRPGでは当たり前のことではあるが実際に体感すると何とも気持ちが悪いものだ。ランダムで回答を選んでいるようだが、僕が質問したのは「貴女の名前は?」であったので無性にやりきれない気分だ。
なにはともあれ、街中ともなれば即死トラップのような初見殺しもないようで安心した。
相変わらずどういう原理が働いているのかわからないが没入感がすごい。
ヘッドセットすらしていないのに環境音から風、匂いに至るまで自然と感じさせてくれるのであるから。
一点不安な点と言えば、モニターを見ている視点、要は僕の本体がどうなっているのか、ということだ。例えばトイレに行きたくなったりしたら自然と意識がそちらに持っていかれるようになっているのであろうか流石にこの歳で垂れ流しは色々と恥ずかしい。勘弁願いたい。
あとは、バイトの時間になった時にこの世界から抜け出せるかも心配になってくる。
街中にあるオープンテラスのカフェの席にドカリと腰を下ろすと視線の右上に何やらトロフィーのような物が出現した。
『一時間連続ログイン&生存達成』だそうだ。
余程、序盤であきらめるプレイヤーが多いらしい。
何の達成感もないままに得たトロフィーはすぅっと視線から消えて特典の100コインがポケットの中にジャリジャリと押し込まれるのを感じた。1コインがやたらと大きいので邪魔くさくて敵わない。
さて、このゲームどう進めればいいのやら、黒髪の女神曰く魔王を倒してこの幻想世界エメンガルドを救うことが使命らしいのではあるが、レベル1のフリーターとして生まれた僕に何ができるというのか、そう考えだすと職選択を間違えてしまった感が否めない。
「えっ、2,750コイン? 嘘でしょ。この間まで2,700コインだったじゃない! 私絶対払わないからね。詐欺よ詐欺。店長出しなさいよ店長」
カフェの店内で何やら声を荒らげている女性がいた。
口調からして僕と同じくプレイヤーらしい。女剣士といったところか。素肌を晒しているなんて格好ではないが、動きやすそうな服装で剣を腰に携えているので間違いはないであろう。
ちなみに、一般的なオンゲー(オンラインゲーム)であればキャラクターの頭上にプレイヤーネームが出ていたり、近くに居れば存在を知らせてくれるアラーム機能があったりするものではあるが、このゲーム内ではそういった『一般常識』的なルールは存在しないらしい。
おいおい、どうやってNPCとプレイヤーを見分ければいいんだよ。
「2,750コインになります」
「2,750コインになります」
「お客様、コインが足りないようですが、コインを補充されますか?」
「お客様、コインが足りないようですが、コインを補充されますか?」
NPCの店員は罵倒する女剣士の言い分に正しい反応を示していない……というよりもそんな機能はない。と思われる。
やれやれ、仕方ないな彼女も初心者なのであろう。
そう考えた僕は罵倒を続ける彼女の横から先ほどポケットに捻じ込まれたコインのうち、50コインをジャラジャラと取り出してNPCの店員に渡してやった。
「ご利用ありがとうございました」
NPCがペコリと頭を下げる姿に気を良くして「通りがかりで気になっただけですので、お気になさらずに」と気取った風に踵を返して店を後にするつもりであったが、一呼吸おいて女剣士から剣を突き出された。
というか突き刺された。
背中から胸にかけて貫通した刃は、ねっとりとした僕の血液を絡ませながら床にポタリポタリと僕の力を奪い去っていった。
即死トラップとは違い、徐々に体温が低くなるのを感じ、生き死にの境に立たされていることを理解する頃には目は霞み、力なく地に伏している状態であることを認識した。
「あっ、NPCじゃなかったのね。ごめんなさい」
まったくもって反省の色の見えないそんなような言葉は最早、瀕死を通り越して絶命の縁に立たされていた僕には聴こえてはいなかった。そうしてあっけなく死んだ。
と思っていたら生きていた。
霞んでいた目はハッキリと見え、力の入らなかった足腰はしっかりと地を噛んで立ち上がることができた。なお足元には血だまりができている。
ピコーンという馴染み深いSEと共に視線の右上にトロフィーが表示されている『五度目の死』……達成報酬は『その場での復活』だそうだ。
やはりというかなんというか、このゲーム。どうにも死ぬことが前提らしい。