第2話 死にゲー
リスタートではなく、リセットを選択した。
もっと具体的に言えば『はじめから』を選んだ。
荘厳なBGMに『幻想世界エメンガルド』デカデカとタイトルが表示される。
よくよく考えるとパッケージは『87人目の勇者候補』なのに、タイトル画面は違うのだ。
まぁシリアルナンバーごとにタイトル画面を作り変えるのは面倒という製作者側の怠慢さのようなものであろうが、タイトルはそうなっていた。
そしてキャラクターエディット。これがまあ、やたらと細かい。
種族はもとより眉毛だけでも二十通りもの選択肢があるものだからどうしても自分の顔を作りたくなってしまうのは仕方がないだろう。
人によっては理想の男性像や女性像を描くということもあるのであろうが、僕は自分に似たアバターを作ってしまう。別に自分が大好きという訳ではないが、どうせ世界を救うのであれば自分に近いものの方が格好いいではないか。という自分本位の考えだ。
まさか、自分自身が空高くから地面に叩き落とされて落下死するとは露にも思わなかったが。
次に職。
幻想世界ということもあり、魔法使いや剣士、魔法鍛冶といったファンタジー色の強いものが多くみられた。
その中で選んだのがフリーター。
現実でもフリーターであるからという訳ではない。
この手の入り組んだ職種の中で手に職を持たないフリーターという選択肢がある場合、往々にして広く浅く特技を取得することができて潰しが利くというものである。現実のフリーターもそうでありたいものだ。という願望を兼ねている訳ではない(たぶん)。
最後に年齢。
このゲーム、本当に嫌になるくらいにエディットが作り込まれている。
それも没入感を強く持たせる為の作為的なものなのであろうが、感心する程に。
迷うことなく実年齢を登録する。下手に低い年齢で登録して他のプレイヤーに変に勘繰られるのも好きではない。というところから年齢を入力することができる場合には実年齢に近いものとすることにしている。省略したが同様の理由から性別も男だ。
……ネカマは嫌いだ(過去に貢いだ経験あり)。
最後に出現位置。
先ほどはデフォルトにしていた。それが何を指しているのか知らなかったので。
デフォルトを上空にしていたのは製作者側のちょっとしたおふざけであろう。
もっとも『ちょっとしたおふざけ』で殺されてしまっては、それはそれでレビューに『すぐ死ぬ』と書かれても仕方がないと言えよう。
選択肢はデフォルト、山、森、草原、街、城……とこれまた選択肢が多い。今度は迷わず草原を選択した。草原であれば急に死ぬことはないだろう。という安直な考えである。
全ての選択肢を選び終わると、画面の中の黒髪の女神様がお約束の一言を告げる。
「それでは勇者『候補』様。幻想世界エメンガルドを魔王の手から救いだしてくださいますよう貴方様の無事を心より祈願しております」
◇◇◇◇◇
今度は地に足が着く。
どうやらリアル落ちゲーから脱出することができたようだ。
というよりもこのゲーム『VR装置不要』とあったが、確かにこの没入感は凄い。
一体どういう原理のゲームなのかは定かではないが、実際にゲーム内のキャラクターと同化しているようにしか思えない。
PCの前の僕は食い入るように画面と睨めっこしているのであろうが、なんとも不思議な感覚だ。喋る声も自分で発しているような。ほんの数年前までSFであるとか想像の類いでしかなかったはずのVRMMOなんてものが現実に在り得たりする世の中であったりはするが、なんの装置も要しないのは画期的というかなんというか。
……
なんてことはない。
気が付いた時には僕は少し上空から僕の死体を見下ろしていた。
死体の上には『GAME OVER』の文字が浮かび上がり、その下には白い事務的なメッセージで『はぐれオオカミは気配を絶つ達人です。常に周囲を警戒しましょう』の文字が流れていた。
どうやら『はぐれオオカミ』とやらに喉元を食い千切られたらしい。
なんとも惨たらしい死に方である。というか、死ぬ瞬間の感覚すら無かった辺りのことを考えてみると、情けないことに死んだことに気づきもしないうちに殺されてしまったらしい。
初期職業を剣士にしていれば特技『周囲警戒』が発動して感知できるらしい。
フリーターは幻想世界においても中々に生きづらい職であるようだ。
は、ふざけるな!