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最弱の勇者候補は『理不尽』が少し楽しい  作者: 田中ヒロミチ
第二章 初めての泥棒→捕まる→脱獄→イベント報酬
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第37話 残酷な転生物へのアンチテーゼ

 僕は死んだ。


 のような、もっと丁寧にいえば車に轢かれたであるとか、何かしらの事故にあってしまったであるとか。

 あるいは神的な者からの落雷のようなもので命を失ったうえで、現実世界にさよならを告げて理想郷への転生を迎える。

 

 現実世界ではうだつの上がらなかった、現実世界では会得することのできなかった力であるか、あるいはハーレム的に言い寄る女性に事をかかないといったような妄想と想像を働かせて生み出される物語。


 ざっくりといえば転生物の物語の大筋はそんなところであろう。

 現実世界とは早々にさよならをしているのにも関わらず、現実世界で得た知識や常識をさも、哲学者か何かのように当たり前のように並べ立て、それは神であったり女神の力であったりするのかもしれないが、ようは活躍する。現実世界で主人公になれなかった鬱憤うっぷんを晴らすかの如く主人公を演じる。


 その手の物語が流行っているということは、少なからず現実世界に嫌気がさしているから『異世界』という理想郷に逝くことのできた主人公に思いをはせてみたり、イメージを膨らませてみたり、そんな感じであろう。


 否定はしない。


 否定する程に偉くもなければ、やっぱり僕も、ある種そのような話に憧れを抱かざるを得ないのであるから。だがしかし、疑問を投げかけるとすれば『現実世界にさよなら』を告げるという点である。


 一種の儀式めいたその行為を果たして主人公に課す必要があるのかどうか。……答えはYESであろう。何故ならば、一旦『死ぬ』という行為にリセット的な意味合いを持たせているのであるから。では、面白いからといって現実的に真似をするであろうか。

 ……NOだ。物語は物語で小説は小説だ。現実は悲しい程に現実であるし、異世界は羨ましい位に異世界だ。憧れはせども、求めるものではない。そんなことが許されるのは、日曜朝の仮面ライダーに憧れる子供くらいなものであろう。


 少なくとも、フリーターとはいえども現実世界で生活を営むためには、相応の現実を受け入れなければならない。

 それは切ない程に当たり前のことである。


 異世界はアニメであればエンディングを迎えるし、ゲームであればクリアすると終わる。小説であっても本を閉じれば目の前に広がるのは異世界ではなく机か天井かテレビ位のものであろう。現実はどうしもようもなく、いつどんな時でも現実であり、それを押し付けてくる。


 その現実が今である。


 腹這はらばいになり痺れる足を引き摺りながら玄関にいる男と扉を挟んでそれを半泣き状態で見下ろす女性。なお、時間はもう朝の方が近い様な時間帯。


「美里ちゃん? なんで? どうしたの?」


 問わずにはいられない。

 首を限界まで持ち上げて喋りかけるその姿は最早イグアナのそれである。人の姿ではない。

 正常ではなく異常だ。ともすれば彼女の脳内における異常というシグナルがどのように働いているのか、であるが、言葉になっていなかったので、整理してみることにした。


 彼女は、熊谷美里ちゃんは今朝方体調を崩してしまっていたらしい。


 それも突き詰めれば前日の夜からのことであったそうではあるが。なんにしても、体調が悪かったとのことだ。

 日中、薬を飲んで安静にしていると夕方には何とか動けるようにはなった。そのため予定通りアルバイトに向かうのであるが、どうにもこうにも時間になってもメンターの慄英雄おののきひでおが来ない。帽子の中は実は落ち武者スタイルな店長に質問をしたところ、なんとその慄英雄。

 まさかの風邪でダウンしたというではないか。人一倍責任感が強かった彼女は風邪を患ったというメンターに対して思う「あぁ私が移してしまったのだわ」と。


 一度決めたことは猪の如く周りが見えなくなる彼女は時間のことなどそっちのけで自責の念にさいなまれる。「私のせいだ。私の体調管理が悪いせいで英先輩が」と。

 

 シフトの時間が終わり、いたたまれなくなった彼女は走る。

 風邪に良さそうな滋養強壮剤を仕入れて夜の、深夜の住宅街を。

 そうして呼び出す。連打である。薄い壁のせいかチャイムが室内で鳴り響いていることは扉の外からでも聞こえていた。しかし反応がない。なので、叩く。扉を叩く。高校生の頃に習った救命救急の要領で呼びかける「大丈夫ですか?」と。


 やがて部屋の中から現れた男は視線の先には在らず地を這っていた。


 彼女は思う「それ程までに状態が悪いのか、私のせいだ」と。


 そんなところである。


 この後に及んで「仮病で休んじゃった」なんてことは言い出せる雰囲気ではない。

 勿論、寒空というか住宅街とはいえども交通機関も動いていない深夜帯に若い女性を一人で放置する程に僕は度胸がある男ではない。


「と、とりあえず、上がって。狭くて申し訳ないけれど」


「……はい。この度は申し訳ございませんでした。私の……私の体調管理のせいで……うっ……」


「泣かなくていいから。ほらほら、僕ももうだいぶん元気になったし。ね? ハハッ」


 グスングスンという鼻をすする音が実に胸に痛い。僕も泣きそうだ。

 現実とは、現実とはここまで胸が痛むものなのか。なんかもう本当に、色々と胸がいたい。

 

 今日は女の子の涙で胸が痛い。心臓を鷲掴みにされるかの如く締め付けられながら、それでいて針でチクチクと突き刺されるような。なんかもう本当ごめんなさい。


 美里ちゃんを、三つ編みの可愛らしい女の子を、眼鏡を涙で濡らした女性を、部屋の中に通したはいいものの、泣き止むまでの間、場は重苦しい雰囲気に包まれていた。始めて女の子が部屋に上がってきてくれたのになんだか残念な気持ちでいっぱいである(お隣さんの襲撃はカウントしていない)。


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