第200話 スカウト
深夜のコンビニエンスストア。
チェーン店らしく、店内商品をPRするようなラジオのパーソナリティがあれやこれやとオススメのパンなんかを繰り返し呟いているが、悲しいかな聞いているのは身内である店員だけであった。
やることがないか、と聞かれれば「ない訳じゃあない」と答えるのが仕事人としての模範解答なのかもしれない。
働かざる者、食うべからずという訳ではないが、コンビニの店員は店内に居ること自体も立派な仕事であるのだから。
そんな誰からも聞かれることのない質問に対する言い訳めいた返答をモヤモヤとした頭で考えている程度には暇なのであろう。
賞味期限が切れてしまう廃棄の弁当や、それこそパンみたいなものは朝方の通勤ラッシュに合わせて訪れるお客様達が誤って手にとってしまわないように、せっせと入れ替えるのもこの時間帯の大事な仕事ではある。
元より、廃棄しなければならない商品はレジで弾かれてしまうので、結局のところお客様が手にする商品はキッチリと賞味期限が守られた物になることには変わりはないのであるが。
元サラリーマンの僕から言わせてもらえば「たかだか数時間の賞味期限切れなんて気にしない。朝買ったパンを夜食べるなんてことは日常茶飯事なのだから」という主張が少なからず存在していることを承知しているし、廃棄するパンの行く末を考えればディスカウントしてでも販売していいのではないか?
と思う所はある。
まあ駄目なんだけれど。
ルール的な意味合いで。
賞味期限が数時間切れました! これはもう売り物にはなりません! なんて声高に叫んだ所で、時間どころか数日単位で回収されたロスは豚さんの餌に成り果てる。
ブヒブヒ言いながら食べる。
大きくなった豚さんはドナドナと出荷されて加工されて、弁当に昇華されコンビニのレジ横にある総菜コーナーに陳列される。
なんとも良く出来た話ではないか、とさえ思う。
……そんなことを考える余裕がある程度には暇である。
大袈裟な話ではなく、数十とも数百とも言われるコンビニの商材や管理であっても覚えてしまえば、なんてことはないルーティンとなる。
もうビクビクしながら、確認に確認を重ねて作業を行っていた彼女の姿は……まだ、たまに見かける。
彼女なりに一生懸命なのであろうとは思う。
一見すると効率の悪い方法のように思える行為は、単に次に何を行うかを見通すことができていないだけであって、経験を積めば美里ちゃんだって立派にこなせるようになるであろう。
……コンビニバイトとしての話である。
時給にして千円にも満たない仕事。と言ってしまえばそれまでではあるが、やりがいなんてものは各々が勝手に見出せばいいだけの話であって、誰かに押し付けられるものではない。
接客が楽しいと感じるならば、なお良し、なのであろう。
色々と覚えることがあって楽しいと感じるならば、それも良し、なのであろう。
労働力に見合った対価ではない。と感じるならば見合った仕事を探せばいい。
ただ、それはとても私的なことであって、他人を扇動ような事柄ではないし、他人の人生を巻き込む程に大きな悩みでもなければ問題でもない。
コンビニバイトの話で、ここまで考えているなんてことを落ち武者店長が知ってくれれば二十円くらい時給が上がったりしないだろうか?
僕が店長の立場なら間違いなく、こういうだろう。
「仕事中に余計なこと考えるな! 時給分働け!」
そんなものである。
美里ちゃんは今、入口の外に設置されている大きなゴミ箱の清掃に励んでくれている。
ゴミも溜まると意外と重量があってなかなかに大変な仕事、いつも僕がやっていた訳ではあるが「仕事を覚えたいですから」そういって率先して引き受けてくれた。
とてもいい娘である。
素直でいて、地味目だけれど、ちょっと前かがみになると肩凝りが気になるくらいに重量感のある物体Xが前方に投げ出され……
とてもいい娘である。
よく頑張ってくれる。
◇◇◇◇◇
「ふう、終わりました。夜風は気持ちいいですけれど、やっぱり少し汗かいちゃいますね。店内の空調に慣れちゃうと夏場は……あんまり想像したくないですね」
「夏場の問題点はね、それだけじゃあないんだよ美里ちゃん」
僕は笑顔を振り向けながら労いの言葉を投げかけるように美里ちゃんに話す。
「ええ、やっぱり『臭い』とか酷いんですかね? それは嫌だな」
額から垂れた汗は外での作業の為か、それとも嫌な想像をしてしまったための冷や汗なのであろうか。
「『臭い』確かにそれもあるんだけれどね、夏場は虫がね、それはもう……」
昨年の夏を思い出す。
食べカスや甘いジュース、その他諸々が陽の光の当たらない大き目の箱の中でギュウギュウと押し込められて濃縮される。
発酵というべきか腐敗というべきか、そんな臭いに釣られて休憩をするかの如く虫たちが……
あれには軽くトラウマを与えられた。
「ああ、でも虫ならそれ程でもないですよ。自宅で爬虫類飼ってますから生餌なんかにも触れたりしますしね。ミルワームだったり冷凍ネズミだったり」
満面の笑みを浮かべる眼鏡の三つ編みっ娘には、この手の怖い話は通用しないらしい。
……別段、怖がらせるつもりはなかったのだけれども。
「……そう、なんだ」
「女の子が爬虫類飼ってるって言うと大抵の男性は引いてしまうんですけれど、英先輩はそんなことないんですね」
そんなことをニッコニコしながら言われてしまうと、悲しいかな男というものは見栄を張ってしまうのである。
「へえ、今度、写真でも見せてよ。爬虫類が好きって訳ではないんだけれど、少しだけ興味があるからね」
勿論、嘘である。
窓の外にヤモリが這っている程度であれば許せるが、我が家に侵入を試みた虫の類いには凄惨なる制裁を加えるような憶病者。それが僕である。
「で、それはそうと英先輩。私に何かお願い事があるんじゃあないんですか?」
「へ? お願い事って?」
「はぐらかさないでください。『魔弾の射手』と対峙されるんでしょう? 話は聞いていますよ。協力する分には吝かではないんですが、私から一つだけ条件を出してもいいでしょうか?」
変わらない美里ちゃんの表情に急に方向転換された話題。
どこからツッコめばいいのやら……
いや、その前になんでこの娘は?
「……条件?」
「明日、私が英先輩の『お仕事』に協力した後、ATOMに来てください。必ずですよ?」
「ATOMに? いや、その前に、誰から聞いたって?」
「……」
そういって休憩室へと踵を返す美里ちゃんの全身からは、それまでのホンワカした彼女らしい空気感を払拭するようにピリピリとした何者も寄せ付けないような大人びたオーラのようなものを感じ取ることができた。
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