第0話 プロローグ
書き出しをちょこっと加筆しました。2月18日
「さて、ゲームを始めますか」
僕は、鈍い七色の光を返すディスクを愛用のゲーミングPCに読み込ませる。
どんなタイトルであったとしてもその儀式めいたやり方は変わらない。
それがどれだけ酷評されているモノであったとしても起動するまでのドキドキやワクワクは……いい歳こいてそんな稚拙な表現を使いたくはないのだけれど。
幼い頃、街に出る親に無理矢理ひっついていって、駄々をこねて買ってもらった内容もわからないカセット型のソフトを手にしていた頃の気持ちのような。
まるで、小さい身体にヘリウムの詰まった風船を巻きつけたような浮遊感にも似たソワソワと落ち着きのない浮かれた気分。
これだけは何歳になろうが変わらない、たまらない感覚だ。
「それでは勇者『候補』様。幻想世界エメンガルドを魔王の手から救いだしてくださいますよう貴方様の無事を心より祈願しております」
モニターの中の女神様がこれから待ち受ける新たな冒険への期待感を高めるような、ある意味でテンプレ染みたことを言ってくれる。
画面は女神様が祈るような格好のまま白くフェードアウトしていく。
「は?」
男一人住まいのワンルームの木造アパート(築35年)の床は、それこそ空の段ボールに重い物を落とした時の具合にパカンッと開き、椅子から振り落とされる形で不安定な宙空に身が投げ出された。
「ああいえええええ……!!」
あまりの衝撃でまともな声が出ない。
スカイダイビングなんてものは生まれてこの方やったことがないので、その状態がそうであるという事は後になって思うのであるが、まぁなんとも……言うなれば幼い子供に鉛筆と真っ白なキャンバスを与えて自由にジグザクに直線を描かせた程度には頭の中が混沌としていた。
漠然とした驚きと不安が入り混じるような整理のつかない気持ちで胃の内容物が声を掛けてくる「お、どうした、どうした」と、こんにちは! と挨拶でも交わしてきそうなものではあったが遠慮して胃の中へと戻っていってくれた。
下から突き上げる風が剥き出しの肌に突き刺さり痛みのあまり思わず視線を上に持っていくと、パッカリと開いた僕の部屋が、おもちゃの家具でも貼り付けたように落ちることなくプラプラと見えたので、もう何がなにやらである。
果たしていつまで落ちていくのか。
次第に落ち着きを取り戻す……なんてことはなく、掻いた汗は瞬時に乾き、何度も気を失っては目を覚まし、下をみる勇気のない眼は遠くに薄らとある雲よりも高い山々だけ確認させてくれ、少なくとも僕の住んでいた地域ではないことだけは理解させてくれた。
この状況で冷静に物事を捉えることができる人なんて方がいらっしゃれば是非お目にかかりたいものだ。というのもやはり後々になってから取ってつけたような感想である。
下から突き上げる空気の塊に抗うことすらも許されず、ただただ身を任せるほかなかった。
どれくらい経ったであろうか、未だに落ち続けている。
もう気がどうにかなりそうだ。
空気を切り裂く音が耳を劈き、あらゆる感覚が麻痺し始めた頃、遠く地上から何かがせり上がってくるのが目に入った。なお、地上はまだ見えない。どうやら文字のようである。文字?
『平和な世界であった幻想世界エメンガルド。その地を我が物とせんがため、異世界より現れたのは魔王とその配下の魔物たちであった。争うことを知らない幻想世界エメンガルドの民は彼らの目的を知ることなく歓迎し、結果として知らぬ間に魔王は幻想世界エメンガルドの半分をその手中に治めることになるのであった。幻想世界エメンガルドに住む民はそれでも魔王の混沌とした目的を理解することができずにいた。貴方の目的は幻想世界エメンガルドを魔王の手から解放し、何も知ることのない平和な世界を取り戻すことにある。さぁ87人目の勇者候補よ。今こそ、立ち上がり、戦うのだ。世界を魔の手から救うために』
みたいな内容の文章が不自然に、それも軽快なBGMと共に下から上にスライドしていくのである。勿論、そんなもの冷静に読み取れる訳がない。
その後も落ち続けて、ようやく地面が目に入ってきたものの、落下速度は遅くなるどころか、無情にも投げ出された頃よりも速いと思えるくらいだ。
異常なスピードで近づいてくる地面に恐怖してしまい、いよいよそんな長ったらしい文字の存在など視界の端に捉えはすれども全文を追いかけられるはずも無かった。
なので、前述の流れていたであろう文章は後になって説明書に記載があった内容を便宜上流用したものである。チラチラとしか見えはしなかったが恐らくは同じ事が書いてあるように思える(たぶん)。
よくある物語であればどんなスピードであろうが『地面に落ちても不思議な力で怪我一つなかった』であるとか、直前になって『極端にスピードが緩やかに』なるであるとか、ようは生きた状態で地に足をつくことができるというものが王道。……というよりは話が始まらないのでそうせざるを得ないといった至極ありきたりな大人の都合。とはいっても結果がどうであれ実際に超高速で落ち続けている今、頭を働かせろという注文自体が、あまりにも酷というものであろう。
恐らくこれが『走馬燈が見えた』という体験なのであろう。恐らくは時間にしてたかだか数十秒。よくもまあこれほどに頭が回ったものだと自分で自分を誉めてあげたい気持ちは特に関係ないのでそっとしまておこうと思う。
「……ぁぁぁっぁあああああ!」
旅客機が豆粒ほどに視えるような上空から投げ出された身体が空気抵抗という名のクッションだけで地面に叩きつけられた場合、どうなるのであろうか? 想像したくもない映像が僕の身体を用いて表現されるが、少なくとも人の形を留めることはないようで、辺りに飛び散ってしまったようであった。
『何故か』自分がグチャグチャになってしまったその光景を少し上空から見下ろすような形になっていたが、その一番大きな肉片の上には『GAME OVER』の赤い血文字のようなメッセージが現れ、その下に『高い位置からの落下ダメージを軽減するにはパラシュートが必要だよ』と、ゲームのヒントのような事務的なメッセージが流れていた。
え? 終わり?
読了ありがとうございました。
話はまだまだ続きますので気軽にブクマや評価、感想など是非お聞かせくださいませ。