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~チャリオット・パート~

 ドタドタドタ……石畳の廊下を複数の足音が駆け抜ける。

 ここは、王宮の一画とされている場所である。城に常駐する騎士が寝泊まりする宿舎に近い事もあり、余程の緊急事態ではない限りは、静かにする事とされていた……が。

 そんな場所を、走り抜けるなんてもってのほかである。

「なんですッ! 騒々しい」

 執務室の主人……フェリンランシャオ帝国所属の水の元素騎士、ジャスティス=プラーナは、ノックすらおろそかにして飛び込んできた非常識きわまりない人影を、ギロリと睨んだ。

 ドタドタと駆け込んできたのは、三人の男女。そのうち一人は、ジャスティスと同じデザインの服……元素騎士の制服を纏っている。

 違うのは、青ではなく、緑が基調……というところだろうか。

「レオナさん……貴女……」

 思わず絶句し、ジャスティスは頭を抱えた。

 レオルーナ=ルーブル。緑の元素騎士にて、ルーブル家現当主。ジャスティスより五歳年上の二十歳で、元素騎士としても先輩なのだが、二人は親友のような間柄である。

「ジャスティー、それどころじゃないの、大変なの。聞いてよッ!」

 レオルーナの背後から、小柄な少女が叫んだ。

 第七部隊付属小隊隊長、ミショウ=ウテナ。彼女は元々戦災孤児で、ジャスティスとともに神殿で育った、いわゆる幼なじみである。

 隣には、彼女の部下であるタンザナイト=ヘリオドールの姿もある。

 付属小隊含めて第七部隊はジャスティスの管轄なので、ミショウとタンザナイトだけならまだ解るが、レオルーナと一緒に来る理由が解らない。

 いぶかしげな表情を浮かべるジャスティスに、レオルーナが笑みを押さえるように問う。

「なぁ、チャーリーに縁談がきたってホント?」

 一瞬、部屋が妙な静寂に包まれた。

「………………は?」

 ようやく、ジャスティスが声を出した。が、どうやら言葉の意味を理解していないようである。

「だぁかぁらぁ、縁談だよえ・ん・だ・ん。わかりやすく言うならさぁ、結婚するって本当?」

 結……婚……。

「………………はぁ?」

 ようやく意味を理解したらしいジャスティスは、アゴが外れるんじゃないかと思われるくらい大きく口を開いた。

「ちょ……な……」

 ジャスティスは、普段冷静沈着な彼女とは思えないほどの狼狽えっぷりを披露した。それは、思わず持ってた羽ペンを握りつぶし、インク瓶をひっくり返して、書いてた書類をダメにしてしまうほどであったという。

「うーん。……その様子じゃ知らなかったみたいねー」

「知りませんッ! どど……どっから拾ってきた情報なんですかッ!」

「ウチの情報網にひっかかったの」

 ハイハーイと、ミショウが手をあげた。第七部隊付属小隊……通称スピニカ隊は、第二部隊・第二部隊付属第一小隊・第二小隊とともに並ぶ情報網を持ち、フェリンランシャオ国内の情報部を兼ねていた。

 故に、かなり信頼できる内容の情報であるといえる。個人的に、認めたくないが。

 なにげにタンザナイトが悔しそうなのも、そのせいであろう。たしか彼は『チャリオット=プラーナ親衛隊』隊員ナンバー04だったハズだ。

 もっとも、親衛隊のメンバーの大半が、チャリオットの男気(?)に惚れた、女性騎士や女官達であるという事も、周知の事実であるが。

「で……相手は?」

 冷静さを取り戻しつつあるジャスティスは、落着くためにお茶でも飲もうと、四人分のカップを準備し始めた。

「ジャミッド=アルファージア」

 ガシャンッ……。ジャスティスの足元に、カップが粉々に砕けて散らばった。



「ジャミッド=アルファージア? ……誰? それ」

 非番で寝ていたのか、チャリオットは寝ぼけ眼で小さなあくびを一つ、噛殺しながら姉に問う。そんな妹の肩をガクガク揺すりながら、ジャスティスは怒鳴った。

「あんたッ! 何年この国に住んでるのよッ! なんでアルファージア家を知らないのッ!」

 アルファージア家……『東のアルファージア・西のルーブル・南のプラーナ・北のバーミリオン』と称される、フェリンランシャオ帝国国内の名門一族である。

 ちなみに国を統治しているのは北のバーミリオン家で、この並び称される四家は名門中の名門とされている。

 ……が。

「知らない。……そんな名前の騎士、いたっけ?」

 そうだった、こういうヤツなんだコイツは……思わずジャスティスは頭を抱えた。

 精霊の加護を持たないチャリオットは、強い者に憧れを抱いている。故に、必然的に興味の対象が、騎士に限定されているのだ。

 ちなみに文武両道の貴族が多いフェリンランシャオでは珍しく、アルファージア家ではここ二~三世代、騎士を排出してはいない。

 元素騎士は文官も兼ねてはいるが、基本的に騎士は国の防衛に回り、政治は文官に任せている。ジャミッド=アルファージアも、そのような文官の一人だ。チャリオットが知らないのも、落着いて考えてみれば、うなずける話である。

「てゆーか、なんで結婚する事になってんの? オレ」

「……それはこっちが聞きたいんだけど」

 呑気にあくびをするチャリオットに、双児の姉はツッコミを入れた。

 と、そこに、ドタドタと駆けてくる足音が一つ……。

「チャぁーリぃー……結婚するって……結婚するって、本当ぉ?」

 朱の髪に、青の瞳の少年が、目に涙を溜めてドアを勢いよく開けた。……が。

「ノックしろノックッ!」

「てゆーかヒューミィッ! 仕事サボるなッ!」

 姉妹のダブルキックを喰らって敢え無くノックアウト。……合掌。



 改めて青い瞳の少年……ヒューミット=ガレフィスを交え、ジャスティスの事情聴取が始まった。

 が、どうも解らない事ばかりである。

 当の本人……チャリオットは、ジャスティスが駆け込むまで自分の結婚話を知らなかったというのだ。

 しかも、本人曰く、ジャミッドとは面識もなく、挙げ句のハテには存在すら知らない始末。

「何処の誰かしら、こんなエセ情報流した阿呆は」

 ぶつぶつとジャスティスは呟いた。考えてみれば、脳まで筋肉……もとい、鍛える事しか頭にないチャリオットに、結婚どころか恋愛のレの字も考える余裕があるはずがない。

 ましてや、タンザナイトやヒューミットを筆頭に、彼女を慕う男は意外と多いのにも関わらず、まったくその感情に気づいていない鈍感娘なのだ。コイツは。

 ちなみにヒューミットはジャスティスの隣で、チャリオットの様子にホッと胸を撫で下ろしている。

 が……。

「チャーリー。起きてる? 入るわよッ!」

 ジャスティスが元素騎士になる前まで暮らし、今でもチャリオットやヒューミット、ミショウらが暮らしている、神殿の最高責任者……神女長アレクト=ガレフィスが、有無を待たずにドアを勢いよく開けた。

 ちなみにアレクトは、ヒューミットの母親でもある。瞳の色は違うが、男女の違いこそあれ、二人はよく似ていた。さすがに涙目ではなかったが、慌てて駆け込む姿は、少々デジャ・ビュを感じなくもない。

「チャーリー、大変! すぐに出かける準備してッ」

 はぁ? 部屋の中の三人は、顔を見合わせる。

「アルファージア家からお食事の招待を受けちゃったの」

『何ーッ!』

 三人の声がとりぷった。

「いや、個人的には蹴り倒してやりたかったんだけど、相手が相手だし……」

「母さんのおバカーッ!」

 ヒューミットが半ベソで部屋から飛び出し、廊下を駆けてゆく音が次第に遠のいていった。

 アレクトの爆弾発言に、当事者であるチャリオット含めた二人は、思わずしばらく思考停止し、硬直していたという。

 こうして、チャリオットはお見合いをする事になったのであった。



 帝都の東に位置するアルファージア家の邸宅は、それはそれは広大なものであった。

 といっても、帝都中央に神殿がたち、そこを囲むように、それぞれ四家の邸宅(城含める)があるため、帝都中央よりやや東……と言ったほうが、実際のところは正しい。

 自分の住んでる場所に意外と近かった……と、チャリオットは拍子抜けしたが、神殿並みに大きなその家が、個人所有のものである……という事を考えると、たしかにすごい相手だと、いくらなんでも思ってしまう。

 ジャミッドはその、アルファージア家の次男である。兄は女帝、アルティメーアの側近、グランツ=ミュラーの書記官をしている……と、チャリオットは姉から聞かされた。

 どんな男か……しょーもない男なら、大貴族様だろうがなんだろうがぶっ飛ばす。そう、心に決めたチャリオットであった。

 もっとも、元々貴族は大嫌いで、地と風の元素騎士であるノルン兄弟などは、憂晴らしのいいカモである(八割方は売られたケンカを買っているだけである)が。

 執事と思われる老齢の男性に案内され、広間に通されたチャリオットは、改めてボーゼンとなる。

 高い天上に、キラキラと輝く優美なシャンデリア。城にある貴賓の間の調度品と、なんら変わりが無いように見える。

 無駄だなぁと、少し所帯じみた事を考えていると、一人の少年が現れた。失礼だと頭では思ったが、思わず、チャリオットはぎょっと目を見開く。

 彼の髪は、真っ白であった。

 フェリンランシャオに古くから暮らす者達の、髪と瞳の色は真紅である。それに加えて、今は滅びた帝国の国民の末裔たち……アリアートナディアルの金、トレドットの黒、リーゼガリアスの淡青色……。

 稀にメタリアの黄緑色と、イシャンバルの紫色の髪や瞳を持つ者もいるが、彼らの大半はアレイオラに移民したので、この国では稀にしかいない。

 が、各国の皇家出身者には、ごく稀に特異な色が出る事があり、チャリオットの朱眼朱髪もそれに当る。チャリオットの死んだ父は、『南のプラーナ』と呼ばれるプラーナ家出身で、女帝アルティメーアの従兄弟であり、夫であった人物だ(もっとも自分は庶子なので関係ない話であるが)。

 白は……たしか、アリアートナディアルの皇家の色。

「珍しいかい?」

 少年はにっこりと微笑む。年齢は自分と同じくらいだが、少し小柄で、身長もチャリオットより少し低い。

「お祖母様が、アリアートナディアル出身なんです。えっと……イル・プラーナ」

 なんか……可愛いかも。

 自分の周りにいなかったタイプなので(騎士という体力資本の仕事をしているのだから、当然といえば当然である)、思わずチャリオットの表情がほころんだ。

「貴方は軍属じゃないだ……でしょ? チャリオットで構いませんよ」

 思わず素が出そうになり、言葉を飲み込んだ。ちなみに、『イル』というのは階級の一つで、四等騎士を指す。

 軍属の者は階級と家名で呼び合う風習があった。

「それではチャリオット。アルファージア家へようこそ。お食事にしましょう」

 真紅の瞳を細め、ジャミッドは微笑んだ。



 ホント……場違いだよなぁ……と、チャリオットは感じた。

 談笑しながらの食事会……普段、神殿や城の宿舎の食堂、マーケットの出店や最悪の場合携帯食で済ませているチャリオットには、なかなか耐えられない状況である。

 現在身に纏っているのは、自分が持っている中で一番上等な服……騎士の儀礼用の制服なのだが、それですら、ここにくると貧相に思えてくるから不思議だ。

 ジャミッドは、ニコニコと笑いながら、チャリオットを退屈させないよう、話しかけてくる。しかし、当の本人はうわのそらで、何を話したか、まったく憶えていない。

「あの……その、どうしてオ……自分なんですか? もっと、相応しい人がいると思いますが……」

 姉貴とか姉貴とか姉貴とか……。実のところ、ジャスティスに劣等感抱きまくりのチャリオットは、いらぬ事まで思い出し、ちょっと口に出して凹んだ。しかし、そんな彼女の様子に気づいた様子も無く、ジャミッドは赤い瞳を細め、微笑みながら口を開いた。

「貴女は、貴女が思っている以上に、素晴らしい人なんですよ」



 普段、どのような生活をなさっているのですか? という、ジャミッドの問いに答えるため、チャリオットはジャミッドを連れ、街に出る事にした。

 ……と、しばらくしてすぐの事。

「あれー親分、何やってんですか?」

 緑色の……第六騎士の制服を纏う三人の少女の姿がある。いずれも、赤い髪と赤い瞳の少女達。

「その親分っての、やめてくれ……ジル」

 ジルコニア=フローライトと、ローズ=クウォーツ、ルチル=クウォーツ姉妹。チャリオットが以前、臨時の教官として赴任した際、鍛え上げたメンバーのうちの三人である。

 実は、この時のメンバーにタンザナイト=ヘリオドールも含まれるのだが、この際関係ないので置いておく。

「それじゃぁ、教官って事で」

「今は教官じゃないだろ」

 あくまでも臨時の教官である。……あの時たまたま風邪が流行し、上位の騎士が軒並みダウン。しょうがないので遊撃隊(と、いう名の使いっパシリ)であるチャリオットに、おハチがまわってきたという。

「普通に呼べ。普通に。……てゆーかお前等、制服着てるってことは任務中じゃないのか?」

 ギクッ……思わず三人がチャリオットから目をそらした。彼女たちが手に持っているのは、服や化粧品の入った袋の数々……。

「やっだぁー、イル・プラーナ。儀礼用の制服なんか着て、お洒落しちゃってぇ」

「誤魔化すなッ!」

 ローズの言葉がきっかけとなってチャリオットの雷が落ち、思わず一瞬、三人以外の通行人の皆様も動きを止めた。

「おまえらー、買い食いは許すが、バーゲンは厳禁だとあれほど言っただろうがッ!」

「だぁって、本日限りの七割り引き。六等騎士の安月給じゃ、生活するの大変なんですよぉ」

「あんたたちの家、貴族様じゃなかったっけ……?」

 ローズの言葉に、ジルコニアがジト目で睨んだ。ちなみにジルコニアは、神殿育ちの戦災孤児である。

「爵位はあっても貧乏貴族は貴族じゃないわ」

「自慢になりませんけどね」

 ルチルの言葉に、姉のローズは頭を抱えてうなずいた。どうやら、結構な生活を送っているらしい。

 と、ルチルはチャリオットの背後にたつ、小柄な少年の姿に気づき、チャリオットに問う。

「こちらは?」

「ん……あぁ、ジャミッド=アルファージア」

 まさか、一瞬存在を忘れてたなんて、口には出せない。

 アルファージアの名を聞いた三人は、一瞬顔を引きつらせて慌てたようであった。

 そんな彼女たちの様子に気をとめる事なく、相変わらずジャミッドはニコニコと微笑んで、一歩後ろから、チャリオット達の様子を見ている。

 ……が。

「オレの……お見合い相手」

 らしい……という言葉をチャリオットが放つ前に、三人の態度は一気に急転。

 急に三人はずいっとジャミッドに詰め寄り、憤怒の形相で睨みつけた。

 ちなみに、『チャリオット=プラーナ親衛隊』隊員ナンバー01~03は、こいつらである。



 ジャミッドが三人の娘さん達に詰め寄られたちょうどその時、凄まじい轟音が、あたりに響き渡った。

 敵国の襲撃を知らせる警報である。

「コラッ、お仕事お仕事。さっさと城に駆け足ッ!」

 チャリオットの声に、三人はハッと我に帰り、我れ先にと城のほうへ走って行った。

 彼女たちは騎士であり、VDのパイロットである。

 本来チャリオットもそうなのだが、本日は非番。加えて今は、ジャミッドとお散歩中(注:デートとは考えていない)。

 本来襲撃の際は非番返上で防衛にまわらなければならないのだが、貴族様をエスコートしている……ということもあり、まぁ、許してくれるだろう……と思う。……多分。……きっと。

 ジャミッドを連れ、路地の脇から地下道を通り、チャリオットはシェルターへと駆け抜ける。

 昼間だった事もあり、帝都の民は大体、ここに避難している。入り口付近にたむろする人をかき分けながら、チャリオットはシェルターの奥へ進む。

「……まったく、ヤツらってば、容赦ないんだから……そのうちぶっ飛ばしてやる」

 チャリオットは、比較的人が空いている場所を捜し、そしてドカッと座り込んだ。

 猫をかぶるのはやめた。めんどくさいし、なにより、本当の自分ではないような気がする。

 ジャミッドは、チャリオットの隣にちょこんと座った。チャリオットがちらりと見ると、にっこりと笑った。

 しかし、先ほどとは違い、やはり怖いのか、震えているようにも見える。

「怖いか?」

「いえ……」

 ジャミッドは首を横に振る。しかし、表情は本心を語っていた。

 ジャミッドは、一つ、質問してもいいか……と、チャリオットに問う。

「何故、騎士になったんですか?」

「んー……そだね」

 チャリオットは少し考え……ふっと笑い、答えた。

「それしか、考えてなかったんだ」

「……それしか?」

 うーん、……チャリオットはちょっと困った表情を浮かべ、微笑む。

「『夢』って、あるだろ? オレは、親父のような、強い元素騎士になりたかった。ガキの頃から、ずっと……」

 チャリオットの父、ファヤウ=プラーナは、先代の緑を司る元素騎士であった。

「……いや、認められたかったのかもな。自分の存在を」

 自分は庶子……認められない子ども……だから、小さい頃は神殿で過ごしてきた。

 だから、元素騎士になれば、誰からも認められ、慕われるようになる……。

 きっと、父のように……。

「騎士になったのは、その過程。……まさか、自分に加護がなかったとは思わなかったけどね」

 元素騎士は、精霊の化身とされる、精霊機の操者。故に、精霊の加護を受けぬものは、本来は騎士にすら、なる事はできない。

 チャリオットは、見習い時代の優秀な成績を認められ、仮想精霊を組み込んだヴァイオレント・ドールを駆り、四等騎士の称号を得ることができた。

 しかし……今でも、彼女を認める者は少ない。

「でも、諦めるつもりはないよ」

 チャリオットは首を振り、ニッと笑った。

「元素騎士になれなくても、『最強』には、きっとなれる」



 チャリオットは駆けた。辿り着いた五番格納庫には、自分の相棒……形式番号F-WAT1627WH、通称アンドロメディーナが、待ちかねたように立っている。

「あれ? イル・プラーナ……」

 整備士が、不思議そうな表情を浮かべた。先ほどイル・ガレフィスが、チャリオットは火急の私用で出撃不能だと、泣きながら伝えてきたばかりなのに……。

「出るよ。準備して」

 ……自分は大丈夫です。行ってきて下さい。ジャミッドは微笑み、そう言った。本当は、怖くて仕方ないだろうに……と、彼の表情を思い出し、チャリオットはぐっと、唇をかんだ。

「装備は?」

「コレで十分」

ぐっと、チャリオットは自分の腕を前に突き出した。

「では、こないだロールアウトした強化型のアームに変えときます。それと……」

 整備士は、少し緊張した様子で、チャリオットに言った。

「自分が考案したブレード・トンファ、もしよろしければお使い下さい」

「うし、採用」

 ニッとチャリオットが笑い、親指をグッと立てると、整備士は嬉しそうに、「作業、至急かかれー!」と、同僚達に叫んだ。

 チャリオットは相棒の足元へ走り、リフトを使って操縦席へ上がる。

 そして……。

「イル・プラーナ、出るよッ!」

 純白の機体が、赤茶の砂の大地を蹴った。



 ひとしきり暴れ、アレイオラ軍が撤退した事を確認すると、チャリオットは機体を戻すため、五番格納庫へ戻る。

 と、そこに、ジャミッドの姿を見つけた。

「おーい、危ないぞ。そんなところに居ちゃ……」

 操縦席のハッチを半分開き、チャリオットは身を乗り出して叫んだ。

「そっちの方が、危ないですよ」

「……それもそうだな」

 納得するチャリオットに、ハハハ……と、ジャミッドは笑った。

 チャリオットは相棒を、所定の位置まで動かし、ロックをかけた後、被弾・負傷箇所の状態を整備士たちに報告する。

「ブレード・トンファ、いいカンジだったぜ」

「は! ありがとうございます」

 設計した整備士に向かって、チャリオットはグッと親指を立てた。

 一通り報告を終えた後、チャリオットは改めて、ジャミッドの方を向いた。

「ずっと待ってる間、考えていました」

 ジャミッドは、ジッと、チャリオットを見つめた。彼の表情に、笑みはない。しかし、今までの中でもずっと、一番いい表情に見える。

「自分も、騎士になりたい。そう、思いました」

「それが、自分で出した答えなら、いいんじゃないの?」

 チャリオットは、ニッと、笑った。



「……と、いうわけで、よろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げるジャミッドに、ジャスティスはハァ……と、深い溜め息を吐いた。

「……どういう心境の変化……かしら」

「別に……自分は、彼女に見合う男になりたい……と、感じただけですが」

 ジャミッドはその後、本当に騎士になるために試験と訓練を受け、第七等騎士ダナの称号を獲て、ジャスティス率いる水宮軍の、第七部隊へ配属されてきたのだ。

 プロポーズは、それからという事にします。と、ジャミッドの言葉に、ジャスティスは少し頭痛を感じた。

 顔は……一緒なんだけどねぇ。

「なにか?」

「いや……なんでもない」

 思わずボソリと出た本音に、ジャスティスは首を横に振った。

「ところで、大丈夫か? 色々……」

「はい、皆様親切にしてくれます。……たまに意地悪な人も、たしかにいますけど……」

 大丈夫です。と、ジャミッドは笑った。


FIN

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