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5. ディアナ、灰色熊を訪ねる

 悲しみの朝の後には喜びの夕べが訪れる――人生の真理だ。


 副業を失って途方に暮れた後には、破格の仕事のオファーが訪れた。


「先日のレポートを先様が高く評価されて、定期的に貴女に仕事を頼みたいとおっしゃっています」


 学長の言葉に私はよそ行きの笑顔で頷いた。


「大変光栄です」

「ご存知のように、厳しい守秘義務のある仕事です。ご家族にも仕事の内容を漏らしてはいけません」

「承知しております。やりがいのあるお仕事ですし、是非ともやらせて下さい」


 先日のレポートの謝礼金は思ったより高かった。定期の仕事となれば少し額は下がるだろうけれど、安定した収入は嬉しい。


「分かりました。先様にそう伝えましょう。それで、報酬なのですが、あちらからの提示がね……」


 学長が申し訳なさそうに紙を差し出した。


 えっ? えっ? えっ?


「調査費用も含めてこの値段なのですよ。伯爵家のお嬢様である貴女には小遣い程度でしょうが……」

「いいえっ!」


 声が上ずった。


 学長、金銭感覚どうなってるの?

 この金額、私の二ヶ月分、メイドなら一年分の報酬よ? これがほぼ毎月よ?

 はっきり言って、叫びたい。

 天に拳を突き上げて『イャッホー』とか『ウホホホホホ』とか、意味不明な叫び声を上げたい。

 が、私は曲がりなりにも伯爵令嬢なわけで、飛び出して来そうな奇声を飲み込んで微笑む。


「いいえ。金額なんて関係ありません」




――なーんてカッコつけた。


 私って、やはり見栄っ張り。


 でも、やるからにはきちっとした仕事をしたい。




 新しく受けた仕事は、多岐に渡る調べ物をしなければ始まらないようなものだった。

 とりあえず王立図書館に行って、先日借りた本を返すついでに、統計年報の類をひっくり返してみた。地道な作業になるが、仕方がない。誰にでも簡単にできる仕事なら、私のところに回ってくるはずがない。

 小一時間ほど調べたり、書き写したりしていると、司書のリヒトさんが私の横に立った。


「ディアナさん、お忙しいところすみません。少しよろしいですか?」

「はい、どうぞ」

「先日ここで会った後、リンツさんと連絡を取りましたか?」

「リンツ団長? いいえ」


 二週間ほど前に、夜の下町で出くわしたことを数に入れなければね。あれは不可抗力で、連絡を取ったわけではないし。


「そうですか。実はあれから、リンツさんが何回かおみえになりました。ディアナさんに用事があるそうです」

「うーん、それだったら、家か大学にいらして下さればよかったのに」

「僕もそう言ったんですがね、ディアナさんの都合を聞かずに押しかけるわけにはいかないとおっしゃっいまして。まあ、聖ルドヴィックの騎士団長が予約なしで来たら、逮捕かなと皆が思いますからね」


 あ、なるほど。


「酒に入れる香料の件だそうです。心あたりありますか?」


 ある。ありすぎるくらい、ある。


「ああ、ああ、あの事ですか――ありがとう、リヒトさん。リンツ団長にお手紙を出してみます」


 とは言ったものの、貴族社会の『お手紙』というのは、王都内ならば使用人が相手方まで直接持って行くものである。

 うちの場合は人手が少いので、ヨハンかメイドの女の子に頼むことになる。

 ヨハンに痛い腹を探られたくないし、若いメイドに一人で騎士団の詰所へ行けと言うのも気が引ける。

 私は迷った末に、翌日、メイドのテルマを連れて、街へ出た。


「お嬢様、お買い物じゃなかったんですか?」


 聖ルドヴィック騎士団の門前まで来ると、テルマは不思議そうに尋ねた。


「それは後で。最初にちょっと用事を足したいの」


 門扉は大きく開かれていて、『第三師団詰所』の看板がかけられたレンガづくりの門柱のすぐ横に、簡素な門番小屋があった。


「あの~、すみません」


 受付とおぼしき窓から声をかけると、赤ら顔のオジさんが『はいはい』と愛想よく出てきた。


「お嬢さん、どうかされましたか?」

「リンツ団長に面会をお願いしたいのですが」

「お約束ですか?」

「いいえ」


 やはり、予約なしは無理か。多忙そうだものね。


「今日お会いできないのであれば、次回の面会予約を入れていただけませんか?」

「お待ち下さい。確認します。こんな綺麗なお嬢様を追い返したら、団長にどやされるかもしれませんから。えーと……お名前、よろしいですかね?」

「ディアナです。ディアナ・グラウシュタットと言えば分かります」


 オジさんはサラサラとメモを書くと、門番小屋の奥に向かって誰かを呼んだ。

 ほどなく、小柄な少年が奥から出てきた。


「リンツ団長に渡せ。団長がいらっしゃらなかったら、副団長に指示を仰いで来い。急げ」


 私に対する愛想の良さと打って変わってきびきびとした、隙のない話し方だ。


「では、あいつが戻るまで少々お待ち下さい。中へどうぞ」


 オジさんはまたコロッと表情を和ませた。

 いやいや、このオジさん、なかなかの食わせ者のようだ。


「ありがとうございます」


 私が作り笑いを浮かべると、オジさんは片眉を上げてからニッコリと笑った。


 うふふふふ。

 わはははは。


 私、怪しい者じゃないからね?



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