囚われ星女と貴公子1 逃避行
そこは華やかで美しい花と鮮やかな植物に囲まれたフラワー公国。
王族ではなく公爵が統治していながら歴史があり強い力を持っている。
永きに渡りティーコレットやパレッティナと同盟を結び、資金は花の輸出で獲ている。
表向きでは可憐な草花の輸出だけ。
しかし、花だけで富むなど全ての花を作る国であっても不可能なのだ。
『本当にすまない』
運命は生まれたときから決まっていた――――
『暗いよ…わたしなにか悪いことをしたの?』
なにも知らない赤子だった少女は、ある団体によって囲われる。
『君は悪いことなど何もしていないよ』
少年が首を横にふる。
『だけど君をここから出すわけにはいかないんだ…父さんに怒られるから』
ごめんね、少年は檻の向こう側から閉じ込めた父親の変わりに少女に謝った。
それから数年、幼かった少女は美しく成長した。
けれども地下に囚われたまま、日の光を見ることはない。
少年はあれ以来ここに来ることはなかった。
今はどうしているだろう。
夢も希望も何もない私の、ただ一人信頼できる人。
「久しいな星女」
「…ローダス」
数年振りに姿を見せてくれた少年は貴族らしい優雅な青年へ変わっていた。
彼まで名ではなく星女と呼ぶのか、少しだけ悲しくなってしまう。
だけどもう会えない、来てくれないと思っていたのに、ずっと会いたかった彼がいる。
もう、命が尽きてもかまわない程に満足した。
「今更勝手な都合を君に押し付けてしまうが…
スターリリー、僕と共にここを出ないか?」
それはこの地下から、彼が出してくれるということだった。
どうして急にそんなことを言い出したのか、なんて今はどうでもいい。
迷うことなく開かれた檻の向こうへ手を伸ばした。
絡めとるように手に指を滑らせ、腕を引かれるままに歩いた。
「まずは服を着替えないといけないか…」
ローダスが手を繋いだまま服屋に入る。
「彼女に合う服を」
「畏まりました」
歩き安い丈の薄緑のドレスを着て、ローダスに見てもらった。
「よく似合っている」
「そう?」
いつも着ていたのはシスター服。
だからどんな服が似合うか、そんなこと考えたこともなかった。
「もう少し…」
ローダスは言いかけてやめた。
なにを言おうとしていたのか気になったけど、言わないなら特に重要でないことだと思うのでそれは問わない。
買い物を済ませ、また道を歩く。
町中にふわりと甘く花の香りが漂っている。
地下にいたときは部屋に花はなく、匂いもなにも感じなかった。
外はこんなにも美しくて、長い間地下にいたことが嘘のように錯覚しそうになる。
「お姉ちゃんにあげる」
花を売り歩く女の子が薔薇を手渡して来た。
受け取ろうとした私を制し、ローダスが代わりに
刺がささらないようにしているのか、ハンカチ越しに薔薇を掴んだ。
「…君に赤薔薇は似合わないな」
ローダスがクスりと微笑んで薔薇を捨てた。
「あれがいいか…」
代わりに小さな花が可愛らしいスノードロップを買ってもらった。
「理由は明かせないが、本当について来られるか?」
「貴方といられるなら、どこまでも」
手を強く握り、彼と歩き始めた。
その先にどんな事が間っていてもきっと大丈夫と信じて。
●
「ここは……」
私と彼は隣国の【ティーコレット】へ着いた。
チョコレートのような褐色の肌、見慣れない民族衣装の人々が道を歩いている。
ローダスいわくこの国では主に茶葉を栽培しているそうだ。
たしかに茶の葉の匂いが鼻に届き、ほどよく薫っている。
ローダスは地図を買うため、露店商へ声をかける。
「なにかほしいものは?」
高い宝石や本、見慣れない辛い匂いのする植物らしいものがある。
「ないわ」
大好きな人から自由を与えられて、それ以上に望むものなどあるはずがない。
「今まで君を救えなかったんだ。遠慮しないで望みをいってくれ」
と言われた為なにか選ぶことにした。
できるだけ安いものがいいがなにかわからない植物や宝石は論外として一番無難に絵本を選んだ。
絵があるので言葉が読めない私にはあっている。
塔の中ではあまり読み書きはしなかった。ミナモ教団の崇める神に祈りを捧げさせられる毎日だったから。
「ところでこの国に住むの?」
絵本に目を遠しながら訪ねる。
「いや、この隣のパレッティナという国だよ。ここと似ているけれど、また少し違った雰囲気のある国だ」
ローダスは絵本の城に指をさしながら話してくれた。
「パレッティナ……この本に出てくる国……?」
「その絵本は結構有名で本にもなっているんだ。これからは本を読めるように覚えていこう」
「ええ」
ローダスと歩いていると、古びた鞄にほこりっぽい衣服の物語りに出てくる旅人のような姿の男性は少女と歩いている。彼女のドレスはまるで妖精のようなふんわりと軽い布地。
「どうした?」
珍しい召し物におもわず目を奪われているとローダスが訝しんでいた。
「あの服、珍しいと思ってみいってしまったの」
ただ興味をひかれただけで、とくにあれを着たいというわけではないけれど。
「ああ、たしかに変わった格好の2人組だな」
ローダスも変わっているというなら私の価値観はおかしくないと安堵した。
ティーコレットからまたしばらく歩いていくと、銀髪の美形な青年がパンの入った紙袋を持って私たちの横を通っていった。
けれど―――
「さっきの人、とても美しい顔立ちだけど目に光がなかった。ただぼんやりとして自分が生きているのかすらわかっていないような……なにかつらいことがあったのかしら」
まるで生ける屍のような、暗い目をしていた。
「先程の雰囲気だと大切な人を亡くしたとかだろうか……まあ、我々が詮索するようなことではないと思うが」
「そうね」
「もう夕暮れだ」
夜になると人は眠るのだと私は知らなかった。
地下は暗くて昼と夜に違いなんてなかったから。
彼は数分ほど宿の外観を値踏みして足を止める。
「ここならいいだろう」
「他にも空いていた宿はあるのにどうして?」
私達は逃亡中でなのだし、眠れるならばどこでもいいのではないかしら。
「窓が小さかったり、近くに屋根がない場合はいざというとき逃げられないだろう?」
「そうね」
寝ている時に追手が迫ることもないわけではない。
「人がいない場所や、見回り兵も見逃す小道だと公や法の力へ逃げられない」
「でもこの国の人は他国から逃げた人を助けてくれるの?」
逆に自国へ引き渡されてしまいそうだわ。
「この国の王子ヴェタルースは友人でね」
「……そうだったの」
ひとまず一夜を明かす場所は見つかったようだ。
ここは人の良さそうな女主人公のいる宿で身体を休めるにはいい。
いつ追手に遭遇するかわからず油断は出来ない状況ではあるのだが。
「僕は右隣の部屋だから……敵が来たら大声で叫びながら窓から逃げるんだよ」
部屋は一階にあり、万が一は逃げられる。
「わかった。けれど、そんなに心配するのならどうして一緒の部屋にしないの?部屋の料金もあるし……」
分けた意味がわからず問うと、苦い顔をされた。
「たしかに心配だし、できれば見張りたいところだけど……この国の法律上、結婚前の男女は同室禁止なんだよ。僕らの国では法律はないけど宗教、倫理感からね。まあ貴族はともかく平民にはそこまで根付いてないけれど」
たしかに私は平民だから、そんな決まりは知らない。
というより誰かと宿に来たこともないし、外の作法など教えられなかった。
「ああ、それと宿主いわく部屋数でなく人数で比例するから金銭は心配ないよ」
彼女は部屋代よりも食事代のほうを重要視しているらしい。